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機能性セラミックスの低エネルギー形成技術に関する研究 −ソフト溶液プロセスを用いた熱電変換セラミックスの低温合成技術−
■化学食品部 豊田丈紫 佐々木直哉 嶋田一裕
熱電変換セラミックスのライフサイクルエネルギーの低減と熱電特性向上を目的に,液相沈殿法を用いた低エネルギー合成技術について研究した。熱分析およびX線回折測定の結果,ナノオーダーの結晶子サイズを持つp型およびn型の熱電材料が600℃の熱処理で得られた。また,合成粉末から作製した熱電素子は従来の焼結体素子と同等のゼーベック係数を示すとともに良好な導電率を示した。液相沈殿法の投入エネルギーは固相法に比べて少ないため,より低エネルギーで酸化物熱電材料が得られた。
キーワード: 熱電変換セラミックス,ソフト溶液プロセス,液相沈殿法
Study on Energy-efficient Processing Technology for Functional Ceramics
- Development of a Low-temperature Synthesis Method for Thermoelectric Oxides Involving Soft Solution Processing -
Takeshi TOYODA, Naoya SASAKI and Kazuhiro SHIMADA
For the purpose of reducing life-cycle energy in the production of thermoelectric ceramics, we synthesized thermoelectric oxides by means of the liquid phase precipitation method, which is part of soft-solution processing technology. Thermal analysis and X-ray diffraction measurement revealed that a thermoelectric material in a nano-scale crystallite size was obtained after sintering at 600℃. The thermoelectric elements made from the synthesized powder showed good conductivity with a Seebeck coefficient similar to that of sinter elements. The liquid phase precipitation method proved to be effective for obtaining thermoelectric oxides with less input energy.
Keywords : thermoelectric oxide, soft solution process, liquid phase precipitation method
1.緒 言
近年,産業分野における振動や廃熱といった未利用エネルギーを使った発電技術,エネルギー・ハーベスティング(環境発電)が注目されている。これらのキーマテリアルとして圧電効果や熱電効果を示す機能性セラミックスの利用が期待されている。その理由として,耐熱性,耐酸化性が高く実環境での安定性と材料コストに優れていることが挙げられる。しかしながら,既存のセラミックス材料の製造プロセスは焼結法であり,一般に1000℃を超す高温処理が必要で大量のエネルギーを消費するという課題がある。特に,エネルギーハーベスティング材料として利用する場合,ライフサイクル中に投入したのと同量以上のエネルギーを発電によって節減できるまでの時間(エネルギーペイバックタイム:EPT)が長くなり,地球温暖化防止という観点でのメリットが少ないという課題がある。
一方,高温超伝導体などの複雑な複合酸化物の高品質粉末を合成する手法としてソフト溶液プロセスが有効である1),2)。さらにこの手法は,常温・常圧の溶液中での合成であることから投入エネルギーや環境負荷が低いという特徴を持つ。そこで本研究では,製造工程での省エネルギー化が期待されるソフト溶液プロセスを用いた熱電変換セラミックス材料の低エネルギー合成技術について検討を行った。
2.実験内容
2.1 液相沈殿法による試料合成
液相沈殿法は溶液中に溶解している溶質の濃度を溶媒に対して過飽和にすることで沈殿物を生成し,これらの熱分解によって酸化物粒子を得る手法である。本手法は出発原料を溶液ベースで混合して共沈させることで構成元素の原子レベルでの混合が可能であり,熱処理温度の低減化とナノオーダー粒子が得られる特徴を持つ(図1)。本研究では,熱分解における化学反応や結晶性評価から熱電材料の生成温度の同定を行った。
出発原料は,硝酸カルシウム四水和物(Ca(NO3)2・4H2O),硝酸ランタン六水和物(La(NO3)3・6 H2O),硝酸コバルト六水和物(Co(NO3)2・6 H2O),および硝酸マンガン六水和物(Mn(NO3)2・6 H2O)を用い,それぞれ0.1mol/Lの濃度の溶液を作製した。p型およびn型の組成比として各々Ca2.7La0.3Co4O9とCa0.9La0.1MnO3となるように出発溶液をCa:La:Co(p型)=2.7:0.3:4.0,Ca:La:Mn(n型)=0.9:0.1:1.0に秤量して混合溶液を作製した。次にこの溶液を150℃で加熱しながら撹拌し,キレート剤(クエン酸一水和物)を金属イオンの3倍の量を加えて8時間保持することで過飽和となった金属錯体を沈殿させ乾燥粉末を得た。得られた粉末の熱重量変化を熱分析装置TG-DTA(理学電機(株)製 Thermo Plus TG8120)で測定した。また,200〜600℃で2時間焼成した粉末の結晶性をX線回折装置(BrukerAXS(株)製 D8 ADVANCE)で評価し,所望の複合酸化物が得られる熱処理温度を決定した。また,得られた複合酸化物粉末による熱電素子性能を評価するため,p型およびn型粉末をペレット成型し,それぞれ900℃12時間(p型)と1300℃で12時間(n型)焼成することで熱電特性評価用の焼結体を得た。
(図1 製造方法と生成物の大きさの関係)
2.2 固相法による試料合成
液層沈殿法との比較のため,固相法による資料合成を行った。標準的な乾式法を採用し,p型材料は,CaCO3およびLa2O3とCo3O4を所定の組成(Ca2.7La0.3Co4O9)となるように秤量し,混合・プレス成形後,830℃で1時間仮焼成した。粉砕・混合した後,プレス成形して,900℃で10時間本焼成した。n型材料は,CaCO3およびLa2O3とMnOを所定の組成(Ca0.9La0.1MnO3)となるように秤量し,混合・プレス成形後,1000℃で1時間仮焼成した。粉砕・混合した後,プレス成形して,1250℃で12時間本焼成して得た.熱電特性評価用の素子は,p型及びn型の焼結体から3mm×3mm×15mmに成型加工して得た。
3.結果と考察
3.1 熱重量測定(TG-DTA)
図2に150℃で得られた前駆体粉末の熱分析結果を示す。p型,n型ともに200℃から温度の上昇に伴い硝酸イオン分解により重量が減少し,300℃以上では更に有機物系の分解が加わり減少率が大きくなった。400℃以上ではほぼ重量減少が止まった。400℃以上では金属イオンが酸化反応を起こすことでp型,n型ともに黒色の粉末が得られた。
(図2 液相沈殿法粉末の熱重量測定結果)
3.2 X線回折測定
3.2.1 処理温度による結晶構造変化
図3に各温度で熱処理を行ったp型およびn型の粉末をX線回折で測定した結果を示す。300℃以下では20°付近に非晶質に由来する緩やかなピークが観察され,300〜500℃にかけて30°付近に前駆体のピークが観察された。その後前駆体ピークは消失して600℃以上では熱電材料の結晶構造に由来する回折ピークのみが観察された。この結果から,p型およびn型ともに硝酸の分解などの化学的な安定温度は400℃以上であるのに対して,結晶構造として熱電粉末単相が得られる温度は600℃であることがわかった。
(図3 得られた熱電粉末のX線回折プロファイル (a)Ca2.7La0.3Co4O9,(b)Ca0.9La0.1MnO3)
3.2.2 結晶子サイズ評価
結晶子とは,単結晶とみなせる最大の集まりをいう。液相沈殿法の場合は,熱分解反応により非晶質の粉末から核が生成しナノオーダーの粒子として成長するため,一粒子が単結晶とみなせる。また,ナノオーダーの粒子は比表面積が大きくエネルギー的に安定な複数のナノ粒子が集まり凝集体を構成するため粒子径の評価が困難である。一般に,X線回折プロファイルは結晶子のサイズが小さくなると結晶子当たりの回折格子の数が少なくなり,回折プロファイルにおいてピーク幅が広がる傾向を示す。このときの結晶子サイズは下記のシェラー(Scherrer)の関係式から求めることができる3)。
ここで,Dhkl:結晶子サイズ(nm),λ:測定X線の波長(0.15046 nm),β:回折X線の広がり(FWHM)(rad),θ:回折X線のブラック角(deg),κ:形状因子(0.9)である。式(1)のλ及びκは定数であり,結晶構造が同一の場合θは一定値であることから,結晶子サイズはβの関数になる。そこで,式(1)よりn型材料のX線回折プロファイルから結晶子サイズを求めた。主回折ピークである1 2 1反射を用いて得られた解析結果を表1に示す。前駆体との共存温度域の400〜600℃では10nm以下の粉末であり,熱電材料の単一相となる600℃において12.6nmとなる。同様にp型材料の600℃処理の主回折ピークで解析を行った結果,17.7nmであった。
(表1 結晶子サイズ解析結果(n型:Ca0.9La0.1Mn3))
3.3 熱電特性評価
液相沈殿法で得られた熱電ナノ粉末の熱電特性を固相法と比較するため,固相法の素子の作製条件(p型:900℃で10時間保持,n型1250℃で12時間保持)で熱電素子を作製し,熱電特性を熱電特性評価装置(オザワ科学(株)製 RZ2001i)にて熱起電力および導電率を評価した。図4にp型およびn型熱電素子の熱電特性の測定結果を固相法で作成した素子の結果とともに示す。ゼーベック係数は製法に依存せずp型で100〜160μV/K,n型で-80〜140μV/Kであった。熱起電力は結晶中の混合原子価の状態に依存することからp型,n型ともに目的の組成の材料であることが本測定結果からも示された。一方,導電率については製法と材料によって異なる結果が得られた。p型においては液相沈殿法で得た素子は固相法に比べて約1桁高い値を示すのに対し,n型では製法による大きな違いは認められなかった。
一般に導電性は結晶中のキャリア濃度や移動度とともに焼結体の密度や粒子径といった焼結状態に依存することが知られている。イオン結合性の強い酸化物のキャリア濃度や移動度は低く,素子の焼結状態に強く依存することが予想される。そこでp型素子の断面をSEM((株)日立製作所製 S-3000N)で観察した結果を図5に示す。断面観察の結果からも液相沈殿法による粉末を用いて作製した素子は緻密であり,密度が高いことが分かる。p型素子は分解温度が940℃であり,焼結温度はそれより低くする必要があり一般的な酸化物としては焼結温度が低く,活性の高いナノオーダーの粒子を用いることで緻密な焼結体が得られたものと考えられる。一方で,n型素子は焼結温度が1250℃であり,製法によらず十分な焼結状態となっていることから熱電特性において同等の性能を示すと考える。
(図4 液相沈殿法で得た粉末による素子の熱電特性 (a)p型材料, (b)n型材料)
(図5 p型素子(Ca2.7La0.3Co4O9)の断面SEM写真 (a)液相沈殿法粉末,(b)固相法粉末)
4.結 言
p型材料(Ca2.7La0.3Co4O9)とn型材料(Ca0.9La0.1MnO3)の熱電変換セラミックスの低エネルギー合成技術を検討し,液相沈殿法を用いて合成した結果を以下に示す。
(1) 沈殿生成した粉末を熱分析した結果,200℃から分解反応による重量減少が開始し400℃にて収束するとともに黒色の複合酸化物粉末が得られた。また,X線回折の結果から400℃以上で準安定の前駆体粉末が得られ,600℃により安定構造である熱電材料相の単一相が得られた。
(2) X線回折パターンのピークプロファイルから結晶子サイズの評価を行った結果,クエン酸錯体法により得られたp型およびn型の600℃処理の熱電粉末は,それぞれ17.7nm,12.6nmであった。
(3) 液相沈殿法の熱電粉末を原料とする熱電素子の熱電特性を評価した結果,固相法粉末の素子と同等のゼーベック係数であった。一方,導電率については素子化の上限温度が900℃であるp型素子の場合,液相沈殿法で得られるナノ粒子粉末を用いると良好な焼結性を示し,固相法粉末の素子に比べ1桁高くなった。
参考文献
1) M. Yoshimura. What, How and Why Soft, Solurion Processing. J. Soc. Mat. Sci. 1996, vol. 45, p. 829-830.
2) M. Kakihana, M. Yashima, M. Yoshimura, H. Mazaki, H. Yasuoka. Polymerized Complex Synthwsis of Superconductors and their Properties. J. Pow. Pow. Metal.1992, vol. 40, p 137-145.
3) A. L. Patterson. The Scherrer Formula for X-Ray Particle Size Determination. Phys. Rev. 1939, vol. 56, p. 978-982.