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ダイラタント流体の流動特性と研磨技術への応用

■機械金属部 根田崇史 廣崎憲一 高野昌宏

 金型の製造工程における研磨工程は,手作業によって行われることが多い。これは,複雑な表面形状に沿った研磨を行うには,人の手による微妙な調整が必要なためである。しかし,この工程は非常に時間がかかり,省力化が望まれている。そこで,本研究ではダイラタント流体を用いた研磨法を提案した。シリカナノ粒子をポリエチレングリコール水溶液に分散させたダイラタント流体のせん断速度とせん断応力の関係を解析した結果,せん断応力が最大となるせん断速度が存在することがわかった。また,シリコーンを基としたダイラタント流体にアルミナ砥粒を混合したスラリー中で丸棒(SKD11,直径10mm)を軸方向に往復運動させて研磨試験を行った。その結果,表面粗さの向上および加工痕が確認できたことから,提案した方法を用いてSKD11の表面を研磨することが可能であることがわかった。
キーワード: 金型,研磨,ダイラタント流体

Flow Properties of Dilatant Fluid and its Application to Lapping

Takashi KONDA, Kenichi HIROSAKI and Masahiro TAKANO

As part of the process of manufacturing metal molds, lapping has been mainly performed by hand because subtle adjustments are required. However, because the process takes a long time, it is not conducive to laborsaving. In this study, we proposed a new lapping method involving the use of dilatant fluid. The relationship between share velocity and share stress was investigated. The share stress shows a peak value at a specific share velocity. Next, a lapping test was performed using dilatant fluid with alumina abrasive grains. A cylindrical rod of SKD11 with a diameter of 10mm was vibrated in the axial direction in the slurry. As a result, the surface roughness was improved. These results confirmed that the proposed method can be used to lap the surface of SKD11.
Keywords : metal mold, lapping, dilatant fluid

1.緒  言
 近年,鍛造品においてネットシェイプ化が進み,使用する金型には高精度かつ複雑な形状が要求されている。また,金型表面には,非常に大きな圧縮応力やせん断応力が作用するため,研磨工程にて鏡面加工を行い,その後TiCやTiN等の硬質皮膜処理を施して耐摩耗性の向上を図っている。現在,金型表面の研磨は手仕上げ(ラップ加工)によって行なわれているが,作業時間が長くかかるという課題がある。そのため,磁気援用加工1),マシニングセンタを用いた加工2),砥粒噴射加工3)等による研磨工程の省力化が検討されている。このうち,磁気援用加工では,複雑な形状に対する加工が可能であるが,磁束が入りにくい穴内部等の加工が困難である。マシニングセンタを用いた加工では,モデル形状に沿った高精度の加工が可能であるが,主軸可動範囲,工具径による制限があり,複雑な形状や細かい溝の加工が困難である。砥粒噴射加工では高速加工が可能であるが,加工ムラや角部のダレを発生しやすく,加工後の形状精度が低下することが問題である。以上の理由から,手仕上げに代わる研磨技術の確立には至っていないのが現状である。
 本研究では,金型を構成する部品の一つであるパンチの新しい研磨方法として,せん断速度の増加に伴い粘度が増加する性質を持つダイラタント流体を用いたスラリーによる研磨方法を提案し,代表的金型材料であるSKD11を研磨する加工実験を行った。

2.ダイラタント流体を用いた研磨方法
 図1に提案する研磨方法の概略を示す。本研究では,試料と工具との間にダイラタント流体を用いたスラリーを充填し,試料に往復運動を与えて研磨する。図2(a)に示すように,試料が速度vで運動した際,隙間hにある流体は,試料側では試料と共に速度vで動き,その反対の工具側では動かないので速度は0となるので,流体の平均せん断速度はv/hとなる。この時,流体には抵抗力が発生し,せん断応力(単位面積あたりの抵抗力)は流体の粘度mとせん断速度の積で表される。ダイラタント流体は図2(b)に示すように,せん断速度の増加に伴い粘度が増加する性質を持つ流体である。本研究の研磨方法では,このダイラタント流体を用いたスラリーを使用することにより,低せん断速度領域では流体粘度が低いため,スラリーが試料全面を覆い,試料の複雑形状部にもスラリーが充填される。一方,高せん断速度領域では,ダイラタント流体の粘度増加に伴いせん断応力が高められ,スラリーに含まれる砥粒が,ダイラタント流体に保持され,試料表面を研磨することができる。なお,水に代表されるニュートン流体は,せん断速度が増加しても粘度は一定であることから,ダイラタント流体と比べてせん断応力が小さいため,砥粒を保持できないので,研磨への効果が期待できない。
 この研磨方法では,試料を動かす駆動装置を必要とするが,上述のように,低せん断速度でのスラリーは高い流動性を示すので複雑形状部にも充填されることの他,直線運動によって試料全面を研磨するので,全面を均等に研磨でき,形状精度の低下を防止できることや,工具,スラリーは安価であるといった利点がある。

(図1 研磨方法の概略)
(図2 ダイラタント流体の特徴)

3.ダイラタント流体の特性評価
 ダイラタント流体を研磨材料に用いるために,まず,組成が公開されているダイラタント流体のせん断速度とせん断応力の関係を解析した。なお,この解析はせん断速度の上昇時と減少時に分けて行った。

3.1 PEGを基としたスラリー
 大坪らは高分子水溶液中にナノサイズの酸化物粒子を混合するとダイラタント性を発現することを報告している4)。公開されている組成を参考にして,ポリエチレングリコール(PEG:平均分子量2×105)0.5wt%水溶液にシリカナノ粒子(日揮触媒化成(株)製 カタロイドSI-350:平均粒子径9nm)を10wt%混合した液体を作製した。また,同混合液のせん断速度とせん断応力の関係を図3に示す粘性解析装置(CARRI-MED製 CSL100)を用いて測定した。
 図4は,本装置のローター停止状態(せん断速度=0)から回転数を上昇させ,高せん断速度となるまで,および,その後に回転数を減少させ,再度停止するまでの2つの結果を示している。回転数上昇時はせん断速度100s-1程度までせん断応力が大きく上昇している。2章のとおり,せん断応力は粘度とせん断速度の積で表わされることから,この区間ではせん断速度の上昇と共に粘度が高くなっていると考えられる。その後,せん断速度の増加に伴ってせん断応力が減少している。これは,シリカナノ粒子による高分子の結合が破壊され,粘度が減少したためと考えられる。さらに,せん断速度200s-1以降は,せん断応力の減少が緩やかになっている。
 回転数減少時は,せん断応力は一定の傾きを示し,せん断速度の減少とともに,せん断応力が減少した。これは,回転数上昇時に破壊された高分子の結合が回復していないので,粘度の変化が起こらなかったと考えられる。
 以上のことから,作製したダイラタント流体はせん断速度100s-1程度までは粘度が上昇し,ダイラタント性を有していることが確認できた。さらに,ダイラタント性は,せん断速度100s-1の以上ではその性質を失い,その後に,せん断速度を減少させても,回復しないことがわかった。よって,ダイラタント流体を研磨に用いるためには,適切なせん断速度で試料を移動させることが重要であるといえる。

(図3 粘性解析装置)
(図4 PEG+ナノシリカ混合液の流動特性)

4.SKD11の研磨実験
 組成が公開されているダイラタント流体の特性を解析したので,金型研磨用のダイラタント流体を作製し,SKD11を用いて加工実験を行った。

4.1 研磨用スラリーの作製
 3.1節で作製したダイラタント流体は,粘度が低く,研磨には向いていないので,ここでは,シリコーンを基に作製された粘度の高いダイラタント流体(バウンシー製 とめ蔵)をスラリーの原料として用いた。また,この流体に砥粒としてアルミナ(WA砥粒#240:平均粒径57μm)を25wt%混合したスラリーを作製した。

4.2 SKD11に対する加工実験
 前述のシリコーンダイラタント流体スラリーを用いて,SKD11丸棒(直径10mm)の加工実験を行い,加工距離(試料が動いた距離)に対する表面粗さの変化を測定した。図5に実験装置の概要を示す。駆動装置は荷重の制約により,NCフライス盤(大阪機工(株)製 PRM2V)用い,試料をスラリーの中で往復運動させた。NCフライス盤の送り速度は,本装置の最大値であり,ダイラタント性が維持できる2000mm/minとした。その他の実験条件を表1に示す。加工前後での表面粗さを接触式表面粗さ計(テーラー・ホブソン製 フォームタリサーフS4)で測定した。
 図6に加工距離と表面粗さの関係を示す。シリコーンダイラタント流体スラリーでは表面粗さが加工前の0.28μmRaから,加工距離90000mmでは0.20μmRaと向上している。図7にシリコーンダイラタント流体スラリーによる加工前後の表面を非接触3次元表面粗さ計(ZYGO製 NewView5030)にて観察した結果を示す。加工前にあった上下方向の溝が加工後に浅くなっていること,加工方向に沿った加工痕が見えることから,表面の研磨が行われていることが確認できた。このことから,シリコーンダイラタント流体スラリーを用いることで,SKD11に対する研磨加工が可能であるといえる。なお,比較のため,3章で用いたPEGダイラタント流体を基にスラリーを作製し,表1の実験条件で同様に研磨実験を行った。その結果,図6のように加工前の表面粗さ0.22μmRaは,加工距離360000mmの時点でも0.22μmRaであり,表面粗さに変化は認められなかった。

(図5 実験装置の概略)
(図6 加工実験結果)
(図7 試料表面の観察結果(シリコーンダイラタント流体スラリーによる加工))
(表1 実験条件)

5.結  言
 本研究では,ダイラタント流体を用いた研磨技術の確立を目指し,ダイラタント流体の特性評価と,金型材料を用いた研磨実験を行った。その結果は以下のとおりである。
(1) 金型表面の研磨方法として,ダイラタント流体を用いた研磨スラリーの中で試料を往復運動させる研磨方法を提案した。
(2) PEGダイラタント流体のせん断速度とせん断応力の関係を解析し,せん断応力が最大となるせん断速度が存在することがわかった。
(3) シリコーンダイラタント流体スラリーを用いてSKD11丸棒(直径10mm)の研磨実験を行った結果,表面粗さが0.28μmRaから0.20μmRaに向上し,研磨が可能であることがわかった。

参考文献
1) 進村武男. 金型材の複合研磨技術. 型技術. 2002, 17巻8号,p. 112-113.
2) 三戸正道, 小林政義. マシニングセンタによる自動磨き加工. 北海道立工業試験場報告. 1997, no. 296, p. 33-37.
3) 山下健治, 北嶋弘一, 浜田賢治, 倉谷吾郎. エアロラップ法による鏡面仕上げおよび微細バリ取り技術. 砥粒加工学会誌. 2008, vol. 52, no. 2, p. 66-69.
4) Masashi Kamibayashi, Hironao Ogura, Yasufumi Otsubo. Shear-thickening flow of nanoparticle suspensions flocculated by polymer bridging. Journal of Colloid and Interface Science. 2008, Volume 321, Issue 2, p. 294-301.