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無鉛和絵具における焼成温度の低温化の研究

■九谷焼技術センター 木村裕之 高橋宏

 これまでに九谷焼で使用する無鉛和絵具の開発を行ってきた。現在では,無鉛和絵具を使用した製品数も増加してきている。しかし,絵具の使用者から無鉛和絵具に対して「鉛を含んだ和絵具と同じ温度で使用できる無鉛和絵具に改良して欲しい」との要望が多い。本研究では,無鉛和絵具の本格的な使用に向けて,これら業界からの要望に対応するため,無鉛和絵具の焼成温度の低温化に関する研究を行った。
キーワード: 九谷焼,無鉛和絵具,焼成温度の低温化

Research on Lowering the Burnt Temperature for Lead-Free Clear Overglaze Color

Hiroyuki KIMURA and Hiroshi TAKAHASHI

Lead-free clear overglaze color has been developed for use on Kutani ware. The number of products that use lead-free clear overglaze color has also increased. However, there is great demand for the improvement of lead-free clear overglaze color so that it can be used at the same temperature as lead clear overglaze color. In this study, for the spread of lead-free clear overglaze color, we researched lowering the temperature at which lead-free clear overglaze color was burnt.
Keywords : Kutani ware, lead-free clear overglaze color, lowers firing temperature

1.緒  言
 九谷焼は,高い透明感と独特の色調を持つ「九谷五彩」と呼ばれる色鮮やかな和絵具による装飾がその大きな特長として知られている。陶磁器の上絵具は,800℃前後で溶融する無色透明のフリットと呼ばれるガラスの粉砕物に,遷移金属元素や顔料等の着色剤を混合したものからできており,フリットの成分に酸化鉛が使用されている。鉛は重金属であり,人体に影響を与えるため,食品衛生法により「陶磁器製品からの溶出規格基準」が定められている。国際的な基準の強化1)が行われ,これを受けて食品衛生法においても改正が行われた(表1)2)。この動きに対応するため,工業試験場では「九谷五彩」に使用する基本色(青,黄,紺青,紫,弁柄赤)の無鉛化3),無鉛透明赤絵具の開発4),無鉛不透明盛絵具の開発5)等を行い,業界へ技術移転及び普及活動を行ってきた。規制強化により,業界において無鉛和絵具の使用ニーズが高まっている。
 このような中,これまでに開発・普及を行ってきた無鉛和絵具について,強い改善の要望を受けた。従来の食器に使用する鉛を含んだ絵具(耐酸和絵具)では800℃前後の焼成温度で,次ページ図1上のように製品同士を重ね合わせる重ね焼き(センガイ)という方法で焼成を行う。しかし,先に開発した無鉛和絵具の焼成温度は850〜870℃であり,鉛を含んだ絵具に比べ50℃程度高く,830℃を超えると素地表面に使用されている釉薬が軟化し,さらに製品の重さも加わり融着してしまう。このため,無鉛和絵具の焼成の際には,図1下のように耐火物の板で段組みをして焼成を行わなければならない。段組による焼成では,作業性が悪い上に一度に焼成できる製品数が少なくなることから,製造コストが高くなるという問題が発生した。本研究では,段組みによる焼成を不要とするため,耐酸和絵具の焼成温度帯(800〜820℃)で使用可能な無鉛和絵具の開発を行った。

(表1 陶磁器製品からの溶出規格基準)
(図1 重ね焼き(上:耐酸和絵具)と段組み(下:無鉛和絵具)による焼成の図)

2.試験内容
2.1 低温焼成用無鉛和絵具の材料開発
2.1.1 無鉛フリットの試作
 開発目的の絵具は,現在の無鉛和絵具よりも50℃低い温度で焼成(溶融)可能で,かつ食器として使用可能な耐久性(耐酸性)の特性を持つ必要がある。一般的に,溶融温度を低下させるためにはガラスの骨格構造を弱める必要があり,結果として耐久性の低下を引き起こす。これに対して,耐久性を高めるにはガラスの骨格構造を強める必要があり,結果として溶融温度の上昇を引き起こす。このように,開発する絵具は,相反した特性を併せ持つ必要がある。上絵具はフリット(ガラス)と着色剤から構成されているため,ここでは母材である無鉛フリットについて検討を行った。
 フリット組成を検討するため,組成の異なる無鉛フリットを5種類試作した。ガラスを製造する際の原材料は,釜戸長石,酸化ケイ素,ホウ酸,炭酸リチウム,炭酸ナトリウム,炭酸カリウム,炭酸カルシウム,炭酸バリウム,酸化亜鉛等を用いて無鉛フリットの調合を行った。なお,釜戸長石は一級,それ以外は特級試薬を使用した。200g調合で秤量した材料を乳鉢で混合し,坩堝に入れ,電気炉で1340℃,2時間保持によりフリット溶融を行った。溶融後,電気炉から取り出し水中投下により急冷,回収した。回収したフリットは,アルミナスタンパーで粉砕を行い,ふるいで300μmを全通させ粗砕試料とした。粗粉砕後,湿式粉砕で微粉砕し,以下の試験に使用した。

2.1.2 絵付試料の作成
 微粉砕した無鉛フリットを白素地に筆を用いて塗布し,絵付試料とした。絵付試料の焼成は,耐酸和絵具の焼成温度帯での使用を目標とするため,800℃で焼成を行い評価した。焼成条件は,800℃まで4時間で昇温させ10分間保持により行った。さらに,試作した無鉛フリットについて個々のフリット混合比率を変化させることにより,透明性及び耐酸性について検討した。

2.1.3 透明性及び耐酸性の評価
 焼成を行った試料の透明性及び耐酸性について検討を行った。透明性の評価は,目視により行った。耐酸性の評価は,鉛を含んだ上絵具については,食品衛生法で定められている溶出試験による鉛溶出を指標として用いる。しかし,鉛を含まない無鉛和絵具の評価であるため,ここではフリット成分中の溶出し易い成分であるナトリウムの溶出量を耐酸性の指標として用いた。試験方法は焼成試料に4%酢酸溶液(食酢と同濃度)を満たし,22±2℃の恒温恒湿状態で24時間静置後,酢酸溶液中に溶け出してくるナトリウム濃度を原子吸光分析装置で測定した。

2.1.4 着色剤及び添加剤の検討
 九谷焼で使用する基本色の青(緑),黄,紺,紫について,着色剤及び添加剤等の検討を行った。800℃焼成においても透明性を低下させないために,無鉛フリットに対して,より溶け込み易い着色剤及び添加剤を検討した。無鉛フリット,着色剤,添加剤をアルミナポットで湿式粉砕・混合し絵具試料とした。試作した絵具試料を絵付け・焼成し,発色,透明性及び耐酸性について検討を行った。焼成は2.1.2と同じく800℃で行った。耐酸性の評価も同じく溶出ナトリウム濃度を測定した。
 九谷焼で使用する絵具で指摘される問題点は,素地表面から絵具が取れてしまう剥離の現象である。1回の焼成では問題が発生しなくても,絵具の修正等をするために複数回の焼成を行うと,剥離の傾向が現れてくる場合もある。この剥離の傾向を検討するために,各絵具を790℃の焼成を繰り返し,合計4回の焼成を行った。

2.2 低温焼成用無鉛和絵具の使用試験
 2.1の結果から,選定した無鉛フリットをフリットメーカーにおいて10kg規模で製造依頼,購入し,以下の試験に使用した。アルミナポットで湿式粉砕により調合し,700g規模で絵具の試作を行った。試作した絵具を九谷上絵協同組合に提供し,絵具の使い易さ,発色及び溶融状態等の確認のため組合で選定した絵付け職人に実際に使用してもらい,使用試験を行った。

3.結果及び考察
3.1 低温焼成用無鉛和絵具の材料開発
3.1.1 無鉛フリットの調合決定
 試作した5種類の無鉛フリットについて透明性及び耐酸性の検討を行った。試作した無鉛フリットの比較として,850℃焼成の透明絵具(白釉)を800℃で焼成し,透明性及び耐酸性の検討を行った(表2)。透明性は、絵具の下に引いた呉須線が見えないものは×,呉須線は見えるが濁りが確認でされるものは△,透明なものは○の三段階評価とした。呉須線が見えない不透明なものは無く,十分な透明性を持つフリットを得ることができた。耐酸性(溶出ナトリウム濃度測定)については,いずれのフリットにおいても850℃白釉よりも良好な結果を得ることができた。
 さらに,2種類及び3種類の無鉛フリットの混合比率を変えたものについて検討を行った。また,添加剤として塩基性炭酸亜鉛の添加効果についての検討も行った。透明性及び耐酸性の検討を行った結果,A:B:E=25:50:25のフリット混合比率に塩基性炭酸亜鉛を0.5%添加した調合割合を決定した。この結果,絵具の基礎組成となる白釉の調合が決まった。

(表2 試作した無鉛フリットの検討)

3.1.2 着色剤及び添加剤の決定
 基本色である青(緑),黄,紺,紫絵具について検討を行った。それぞれの色の調合割合について決定を行った。
・青絵具について
 銅系色素,コバルト系色素,溶融補助剤,凝集剤等を使用し,透明性,発色及び耐酸性について良好な結果を得た。
・黄絵具について
 プラセオジウム系色素,アンチモン系色素,溶融補助剤,凝集剤等を使用し,良好な結果を得た。
・紺青絵具について
 コバルト系色素,銅系色素,溶融補助剤,凝集剤等を使用し,透明性,発色及び耐酸性について良好な結果を得た。
・紫絵具について
 コバルト系色素,銅系色素,金微粒子,溶融補助剤等を使用し,発色及び耐酸性について良好な結果を得た。
 調合した絵具を800℃で焼成した試料について,耐酸性試験(溶出ナトリウム濃度測定)を行った結果を以下に示す(表3:数値は試料3点の平均値)。
 溶出ナトリウム濃度が0.8μg/mLを超えると,目視による表面状態の変化が観察されるようになる。このため,絵具としての耐酸性の目標値は,0.8μg/mLの半分となる0.4μg/mL以下とした。800℃焼成(ノリタケチップSP-1の溶融径23.0〜23.9mm)による各絵具のナトリウム濃度測定の結果は,全て0.4μg/mL以下となり,目視における表面状態の変化も観察されず,目標の耐酸性を得ることができた。
 剥離の傾向を観察するために,各絵具の4回焼成を行った。黄絵具では焼成回数が増えることにより,貫入の量の増加が観察された。しかし,剥落の傾向は観察されなかった。他の絵具については,貫入の増加及び剥落の傾向は観察されなかった。

(表3 試作した各絵具の耐酸性)

3.2 低温焼成用無鉛和絵具の使用試験
 九谷上絵協同組合の組合員の協力を得て低温焼成用無鉛和絵具の使用試験を行った。低温焼成用無鉛和絵具を使用した試作品を図2に示す。各試作品の焼成条件は,各人それぞれが行っている耐酸和絵具の条件で行った。焼成温度は何れも800℃前後であった。
 その結果,絵具の使い易さ(描き易さ)については,従来の無鉛和絵具と同等な使用感であるとの意見が多かった。絵具の発色については,「黄絵具について赤味を強くして欲しい」,「紫絵具についても赤味を強くして欲しい」との要望があった。この要望を取り入れて,黄色についてはオレンジ系の色調を強くし,紫については金微粒子の添加量を増加させて赤の色調を強くした調合に変えた。

(図2 低温焼成用無鉛和絵具を使用した試作品)

4.技術移転
 使用試験の結果を受けて,九谷上絵協同組合において量産に向けた技術移転を行うこととなった。フリットメーカーからの材料購入を行い,九谷上絵協同組合の生産設備を使用して絵具の試作を行った。試作した絵具について800℃で焼成し,焼成試料について評価を行った。発色,溶融状態,耐酸性(溶出アルカリ量)何れにおいても良好な結果を得ることができた。
 また,九谷上絵協同組合で製造した絵具を使用して,厚みと焼成温度の違いによる色見本,中間色の色見本,顔料添加による色見本等の試料数として150程度の色見本を作成した。今後,無鉛和絵具の普及や相談・指導等に活用していく。

5.結  言
 食品衛生法における「陶磁器製品からの溶出規格基準」の強化が実施されたことから,九谷焼業界における無鉛和絵具の使用ニーズが大きく高まった。このような中,業界からの強い要望を受け,耐酸和絵具の焼成温度帯(800〜820℃)で使用可能な無鉛和絵具の開発を行った。
 無鉛フリット,着色剤や添加剤等の検討を行うことにより,従来の無鉛和絵具の焼成温度から50℃低い800〜820℃で焼成(溶融)可能で,かつ食器として使用可能な耐酸性を持つ無鉛和絵具を開発することができた。この開発した絵具については,九谷上絵協同組合への技術移転を行い,製造・販売が行われている。
 今後も,業界からの要望を取り入れながら改良を行っていく。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,低温焼成用無鉛和絵具の使用試験・評価にご協力頂いた九谷上絵協同組合及び関係者の皆様に感謝します。

参考文献
1) ISO6486-2 : 1999(E). Ceramic ware, glass-ceramic ware and glass dinnerware in contact with food - Release of lead and cadmium-.
2) 平成20年厚生労働省告示第416号.
3) 木村裕之. 無鉛和絵具の実用化研究. 平成13年度石川県九谷焼試験場報告. 2002,no. 51,p. 17-20.
4) 木村裕之. 無鉛和絵具の開発. 平成15年度石川県工業試験場報告. 2004, no. 53,p. 67-70.
5) 木村裕之, 若林数夫. 無鉛不透明盛絵具の開発. 平成17年度石川県工業試験場報告. 2006, no. 55,p. 51-54.