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メソポーラスシリカの有害金属吸着特性に関する研究

■化学食品部 笹木哲也 嶋田一裕 田畑裕之

 近年,土壌や電子部品などに含まれる有害物質を規制する動きが強くなっており,簡単,短時間に有害物質を測定できる簡易型分析装置や可搬型分析装置の開発が進んでいる。しかし,これらの分析装置は大型の装置に比べ低感度の場合が多く,液体試料については固相抽出法による分析成分の濃縮処理を利用しているのが実情である。一方,メソポーラスシリカは数nmの細孔が規則配列している材料で,比表面積が大きく,有機基の導入により細孔表面の吸着特性を制御できることから,吸着材料としての利用が期待できる。本研究では,チオール基,スルホン基を導入したメソポーラスシリカの鉛吸着特性を評価し,高感度分析のための固相抽出材料への利用を検討した。
キーワード: メソポーラスシリカ,有害物質,固相抽出

Adsorption Properties of Toxic Metals on Mesoporous Silica

Tetsuya SASAKI, Kazuhiro SHIMADA and Hiroyuki TABATA

Recently, regulations concerning hazardous substances in soil, electrical and electronic equipment etc., have become extensive and strict. This recent tendency promotes the development of a portable analyzer for toxic materials. However, the sensitivity of portable analyzers is low and most of these analyzers require a concentration process using a solid-phase extraction method. Mesoporous silica, consisting of ordered nano-sized pores, has a large specific surface area. The absorption property of the surface of mesoporous silica can be controlled through the modification of organic groups. In this study, we evaluated the lead adsorption property of mesoporous silica using the thiol and sulfonic groups. We then tried to concentrate a lead aqueous solution with mesoporous silica in order to estimate its capacity as a solid-phase extraction material.
Keywords : mesoporous silica, toxic metal, solid-phase extraction

1.緒  言
 国内では土壌の有害物質汚染を取り締まる土壌汚染対策法の施行(2003年),海外では欧州において電子部品の有害物質含有量を規制するRoHS規制の施行(2006年)など,近年,土壌や電子部品などに含まれる有害物質を規制する動きが強くなっている。このため,簡単,短時間に有害物質を測定できる簡易型分析装置や可搬型分析装置の開発が進んでいる。一方,2005年に東京都が「土壌汚染調査における簡易で迅速な分析技術」の公募を開始するなど,自治体も簡易分析の普及に積極的である。しかし,簡易型装置は大型の装置に比べ低感度の場合が多く,液体試料については固相抽出法による分析成分の濃縮処理をする必要がある。固相抽出材料にはイオン吸着性を表面に付与した樹脂が一般的に用いられているが,有害物質の規制が強化される中,より高濃度に濃縮できる固相抽出材料の開発が求められている。
 一般的に,メソポーラスシリカは数nmの細孔が規則配列している材料で,有機基の導入により細孔表面の吸着特性を制御できる(図1)。我々はこれまでに,有機基を修飾したメソポーラスシリカを合成し,X線回折法と透過型電子顕微鏡観察,比表面積/細孔分測定により構造を評価した結果,合成したメソポーラスシリカは数nmの細孔が規則配列し,比表面積が大きく,吸着材料に適していることを示した1)。しかしながら,メソポーラスシリカを分析用濃縮材料に利用するためには,有害金属の吸着,脱着の切替をpH調整で行えるように改良しなければならない。そこで,本研究では,チオール基およびスルホン基の有機基を導入したメソポーラスシリカを合成し,有害金属である鉛の吸脱着特性のpH依存性を評価した。さらに,鉛濃縮用のカラムを試作して濃縮特性を評価することで,固相抽出材料への利用を検討した。

(図1 メソポーラスシリカの拡大イメージ)

2.実  験
2.1 メソポーラスシリカの合成
 メソポーラスシリカ(以下MP-none)およびチオール基導入メソポーラスシリカ(以下MP-SH),スルホン基導入メソポーラスシリカ(以下MP-SO3H)の合成は文献2)の方法に準じた。詳細は次項に示す。

2.1.1 MP-noneの合成
 蒸留水50mL,エタノール50mLの混合溶液中に28%アンモニア水を13mL,N-Cetyl-N,N,NtrimethylammoniumBromide(東京化成工業(株)製)を2.4g加えて撹拌した。TetraethylOrthosilicate(以下TEOS,和光純薬工業(株)製)3.8gを滴下して加えると無色沈殿が生成し,常温で2時間撹拌した後に沈殿をろ過した。得られた粉末を1N塩酸エタノール溶液に加え,3時間加熱還流した。放冷後,ろ過,アセトン洗浄,乾燥し,無色粉末を得た。

2.1.2 MP-SHの合成
 MP-noneの合成と同様の方法で行い,MP-SHはTEOSの代わりに(3-Mercaptopropyl)trimethoxysilane(東京化成工業(株)製)とTEOSの1:5混合溶液を,MP-CNはTEOSの代わりに4-(Triethoxysilyl)butyronitrile(東京化成工業(株)製)とTEOSの1:5混合溶液を用いた。

2.1.3 MP-SO3Hの合成
 メタノール75mL,35%過酸化水素水21mLの混合溶液中にMP-SH1.5gを加えて常温で24時間攪拌し,沈殿をろ過で回収した。得られた沈殿を0.1M硫酸水溶液75mLに加え,常温で4時間攪拌した。その後,ろ過,エタノール洗浄,乾燥し,無色粉末を得た。

2.2 メソポーラスシリカの構造評価
2.2.1 X線回折
 メソポーラスシリカの細孔の構造及び周期性を評価するため,粉末X線回折測定((株)マック・サイエンス製,SRAM18XHF)を行った。

2.2.2 X線光電子分光分析
 メソポーラスシリカ内の有機基の存在を確認するため,X線光電子分光分析計(サーモフィッシャーサイエンティフック(株)製,シグマプローブ)による定性分析を行った。

2.3 有害金属の吸着,濃縮特性評価
2.3.1 吸着特性評価
 合成材料の鉛吸着能のpH依存性を評価するため,pH1からpH7域での鉛5ppm水溶液の吸着評価試験を行った。合成したメソポーラスシリカ20mgと鉛5ppm水溶液(硝酸とアンモニアでpH1-7に調整)20mLを混合し,1時間振盪した処理液の鉛濃度をICP発光分光分析計(日本ジャーレルアッシュ(株)製,IRISAdvantage/SSEA)で定量した。
 次いで,pH3で高い吸着特性を示したMP-SO3Hについては,市販吸着材(スルホン基修飾樹脂)との吸着容量を比較した。吸着剤20mg,pH3の鉛100ppm水溶液20mLを混合し,1時間振盪した後,処理液の鉛濃度を定量した。処理前後の鉛濃度から吸着材へ吸着した鉛の量を求め,吸着材1gあたりに吸着する鉛の量を算出した。

(図2 試作カラム)

2.3.2 濃縮特性評価
 MP-SO3Hによる鉛の濃縮特性を評価するため,MPSO3Hを充填した固相抽出用カラムを試作し,鉛濃縮能を評価した。MP-SO3H200mgをガラス管に詰め(図2),鉛の20倍,および100倍濃縮を試みた。すなわち,pH3の鉛5ppm水溶液100mL,および500mLを送液した後,3N硝酸水溶液の抽出液5mLを送液し,抽出液の鉛の濃度を定量した。

3.結果と考察
3.1 メソポーラスシリカの構造評価
3.1.1 X線回折
 粉末X線回折パターンを図3にパターンピークのd値を表1に示す。粉末X線回折パターンから合成試料の細孔の規則構造に由来するピークを確認した。本ピークのd値は試料の「細孔径+細孔壁」の周期構造に相当し,MP-noneは3.7nm,MP-SHは3.3nm,MPSO3Hは3.2nmであった。3試料とも3.5nm前後の微細な細孔を持つことが確認された。

(図3 X線回折スペクトル)
(表1 粉末X線パターンピークのd値)

3.1.2 X線光電子分光分析
 MP-SHとMP-SO3HのX線光電子分光分析スペクトルを図4,5に示す。MP-SHからはS-Hの結合エネルギーに相当する164eVのピークが検出され,チオール基の存在が確認された。また,MP-SO3HからはS-Hの結合エネルギーである164eVとO3S-Hの結合エネルギーに相当する169eVのピークが検出された。これにより,MP-SO3Hにはチオール基とスルホン基が混在していることが確認された。164eVと169eVのピーク面積が同程度であることから,MP-SO3Hに存在するチオール基とスルホン基の割合は50%ずつであると推定される。

(図4 MP-SHのX線光電子分光分析スペクトル)
(図5 MP-SO3HのX線光電子分光分析スペクトル)

3.2 有害金属の吸着,濃縮特性評価
3.2.1 吸着特性評価
 MP-none,MP-SH,MP-SO3Hの鉛吸着能のpH依存性を図6に示す。MP-noneは変化させたpH域で鉛の吸着が確認されないことが判った。MP-noneは有機基を修飾しておらず,メソポーラスシリカの骨格構造であるシリカだけでは鉛を吸着しないことが判った。これに対し,MP-SHはpH0-4域で吸着が確認されず,pH4以上でpH上昇に伴い吸着量が増加し,pH6-7域で吸着率100%近くとなった。MP-SHに修飾されているチオール基が,pH上昇に伴い鉛を吸着したものと考えられる。また,MP-SO3HはpH0-1では吸着が確認されず,pH2-4域で高い吸着特性を示し,pH5以上は吸着率60%前後で横ばいであった。MP-SO3Hに修飾されているスルホン基がpH2-4域で高い吸着特性を示したものと考えられる。
 MP-SHとMP-SO3HはpH依存型の明瞭な吸着特性変化を示した。MP-SHは吸着をpH4-6,脱離をpH0-4で行い,MP-SO3Hは吸着をpH2-4,脱離をpH0-1で行うことで,濃縮材料としての利用の可能性が期待できる。通常,有害金属の分析液は酸性であり,中性,アルカリ性水溶液では金属イオンの溶解性が悪くなることを考慮すると,MP-SO3Hを用いて濃縮処理を行うことが最適と判断できる。
 MP-SO3Hと市販吸着材(スルホン基修飾樹脂)のpH3条件下における鉛吸着容量の比較結果を表2に示す。それぞれの吸着材1gあたりに鉛58mg,16mgを吸着し,スルホン基修飾試料は市販材料より3.6倍高い吸着容量を示した。数ナノメートルの細孔を持つメソポーラスシリカは比表面積が大きいため,樹脂製の市販材料よりも多くの鉛を吸着したものと考えられる。

(図6 合成材料の鉛吸着能のpH依存性)
(表2 MP-SO3Hと市販吸着材料の吸着容量)

3.2.2 濃縮能評価
 試作カラムによるMP-SO3Hの濃縮試験結果を表3に示す。pH3条件下で鉛5ppmの水溶液100mLを濃縮処理することで,濃度が20倍の鉛100ppmの水溶液5mLが得られた。また,鉛5ppmの水溶液500mLを濃縮処理することで,濃度が約100倍の鉛509ppm水溶液5mLが得られた。また,前述の実験でMPSO3Hの鉛吸着容量が58mg/gであることから,同様の濃縮実験条件下では理論上は5ppm鉛水溶液を400倍以上の濃度に濃縮することも可能と考えられる。

(表3 MP-SO3Hの鉛濃縮能)

4.結  言
(1)チオール基およびスルホン基を導入したメソポーラスシリカを合成し,X線回折分析,X線光電子分光分析により,細孔構造,有機基の存在を確認した。
(2)スルホン基を導入したメソポーラスシリカはpH2-4域で,チオール基を導入したメソポーラスシリカはpH4-6域で,鉛を効率よく吸着した。
(3)スルホン基を導入したメソポーラスシリカは,pH3における鉛の吸着容量は,市販の吸着材料(スルホン基修飾樹脂)よりも3.6倍高く,58mg/gであった。
(4)スルホン基導入メソポーラスシリカを充填した試作カラムで,5ppm鉛水溶液を100倍濃度に濃縮可能であることを確認できた。吸着容量の範囲でさらに濃縮が可能と考えられた。

参考文献
1) 笹木哲也, 嶋田一裕, 田畑裕之. メソポーラスシリカの合成と鉛吸着特性. 石川県工業試験場研究報告,2007,no.56,p.69-74.
2) V. Ganesan, A. Walcarius. Surfactant Templated Sulfonic Acid Functionalized Silica Microspheres as New Efficient Ion Exchangers and Electrode Modifiers. Langmuir. 2004,vol. 20,no. 5,p. 3632-3640.