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微生物酵素を用いたバイオフレグランスの研究

■化学食品部 勝山陽子 道畠俊英 中村静夫
■石川県立大学 南博道 片山高嶺 熊谷英彦

 香りを付加価値とする製品開発を目指して,アミンからアルデヒドを生成する酸化的脱アミノ化反応触媒酵素のアミンオキシダーゼを用いて香料(バイオフレグランス)を合成する研究開発を行った。様々な芳香族アミンを試験した結果,相当するアルデヒドに変換された際にフローラルな香りを放つ物質を選定した。このフローラルな香りについて,定量評価法を確立するとともに,反応の効率化を図った。その結果,生成する香りの濃度上昇に関して,反応溶液中の酸素濃度が重要な因子であることが示唆された。また,30℃,10分,400μLの反応系では12-39μM程度の香りが適当な強度であることを確認した。
キーワード: 微生物酵素,バイオフレグランス,アミン,アルデヒド

Synthesis of Fragrance Formation Using Microbial Enzymes

Yoko KATSUYAMA , Toshihide MICHIHATA , Shizuo NAKAMURA ,
Hiromichi MINAMI, Takane KATAYAMA and Hidehiko KUMAGAI

This research aimed at biofragrance formation using amine oxidases that catalyze the oxidative deamination of amines to produce aldehydes, in the anticipation of developing new fragrance-added products. Among various aromatic amines tested, we selected one that has the fragrance of flowers when converted to the corresponding aldehydes. We then established a method for quantifying the compound with a floral flavor and attempted to maximize its reaction efficiency. The results indicated that the content of dissolved oxygen in the solution is rate-limiting for increasing fragrance formation. The appropriate level for floral fragrance formation was about 12–39 μM when it was reacted under the following condition: 30°C, 10 min., 400 μL.
Keywords : microbial enzyme, biofragrance, amine, aldehyde

1.緒  言
 近年,日本ではストレス社会化が進む中,癒しを求めて香りに関する様々な商品の購買意欲が高まっており,香り市場は2000億円を超える産業に成長してきた。香料物質として一般的に使用されるのは天然香料もしくは有機合成香料であり,微生物酵素を用いた香料開発例は,天然香料の改良の目的等に限られている1),2)。しかしながら,過激な条件を要し副反応が課題となる有機合成と比較し,酵素反応は反応特異性が高く緩和な反応条件で行えるという利点を有していることから,微生物酵素を用いて簡便で安価な新規香料合成の可能性が期待できる。本研究では,図1に示すようにアミンから芳香性化合物のアルデヒドをつくる微生物由来アミン酸化酵素を使用して香料(バイオフレグランス)を効率良く合成することを目的とし,候補物質の選定を行った。また,選定した香料候補物質について定量評価法を検討した。さらに反応効率,生成物濃度,副産物濃度といった観点より,反応条件の検討を行った結果について報告する。

(図1 バイオフレグランスの生成イメージ)

2.実  験
2.1 材料及び実験方法
2.1.1 材料
  検索に供試した酵素は,石川県立大学生物資源工学研究所応用微生物工学研究室にて精製したアミン酸化酵素TYOM(Micrococcus luteus 由来tyramine oxidase)の他,市販のアミンオキシダーゼ活性を有する酵素であるTYOA(旭化成(株)製,Arthrobacter sp.由来tyramineoxidase),MAOA (sigma-aldrich 製,human, recombinantmonoamine oxidase A )並びにMAOB(sigma-aldrich製,human, recombinant monoamine oxidase B)である。
 検索に供試した原料アミンは,アミンオキシダーゼの反応特異性を考慮して選択した芳香族アミン25種(東京化成工業(株)製,ナカライテスク(株)製,和光純薬工業(株)製,Acros Organics製)である(表1)。

(表1 原料アミン)


2.1.2 酵素反応原料検索
 酵素反応条件は,反応温度30℃,反応時間1時間,原料アミン濃度250μMまたは1000μM,酵素はTYOM,TYOA,MAOA,MAOBのいずれかを15mU/mLで使用した。緩衝液は10mMKPB(リン酸カリウム緩衝液)(pH7)とした。なお,酵素反応容量は1mLとし,褐色バイアル内にて密封して行った。候補物質の選択は官能評価により行った。

2.1.3  酵素活性測定方法
 酵素活性の測定は以下のように行った。ペルオキシダーゼ(東洋紡績(株)製)1mgを0.01% 4-aminoantipirine及び0.2% phenolを含む10mM KPB (pH7)25mLに溶解した溶液(Sol.A)に10mM tyramineを1.25mL添加したものをSol.Bとした。適宜KPB(pH7)にて希釈した酵素溶液25μLにKPB(pH7)を275μL添加した後,700μLのSol.Bを加えて30℃で反応後,吸光度A505<0.18 となる適当な時間においてA505を分光光度計((株)日立製作所製,U-2810)にて測定した。酵素活性の値(U/mL) は,((A505/ 反応時間(分))-(ブランクのA505)/(ブランクの反応時間(分))×( 酵素希釈率)/6.25/0.025)で算出した。

2.1.4 酵素反応生成物の定量評価法
 酵素反応生成物の定量には,酵素反応溶液に対して2,4-ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)誘導体化をまず行った。19.81mgのDNPH(ナカライテスク(株)製)を50mLのSol.C(HCl:H2O:CH3CN=1:4:5)にて溶解し,20mM DNPH stock solution(Sol.D)とした。Sol.DをSol.Cにて10 倍希釈して用時調製した2mM DNPH 誘導体化溶液(Sol.E)を酵素反応溶液に対して等量添加した後,30℃,30 分の反応後,4℃にて冷却し0.2μm PTFEメンブランにより濾過したものを定量用試料とした。なお,Sol.Eの添加をもって酵素反応終了とした。LC/MS((株)島津製作所製,2010A)による分離定量条件は,カラム(信和化工(株)製,STR-ODSII5μm(2.0×150mm)),移動相(A:H2O,B:CH3CN, 65%B),流速(0.2mL/分),検出(UV360nm),カラム温度(40℃),イオン化(APCI-negative)とした。
 検量線の作成には,phenylacetaldehyde(Aldrich 製,≧90%)をアセトニトリルにて適宜希釈したものを,酵素反応溶液と同様にDNPH化したものを使用した。

2.1.5 バイオフレグランスの構造確認
 パージ&トラップ装置(ジーエルサイエンス(株)製)に装着したナスフラスコ内にて酵素反応(30℃,P1:1mM,TYOA: 2.5mU/mL,10mM tris(hydroxymethyl)aminomethane:Tris(pH7),反応容量400μL)を30分行った後,酵素反応を停止しないまま窒素パージ(30℃,15分)を行って捕集後,TCT-GC/MS(TCT:ジーエルサイエンス(株)製,CP-4010,GC/MS:(株)島津製作所製,QP-505A)にて揮発成分を測定した。GC 条件はカラム(J&W Scientific 社製,DB-WAX,60m×0.25mm),GCプログラム(40℃;10分, 40℃→230℃;5℃/分,230℃;14分),導入部温度(150℃),検出部温度(230℃)である。マススペクトルは70eV の化学イオン化によって得られるものとし,マススペクトルデータは,NISTデータベース('98edition)との比較により解析した。

2.2 香料合成のための酵素反応条件の検討
2.2.1 酵素,原料アミン,緩衝液の選択
 2.1で選定した原料アミンと酵素の検討においては,酵素反応時及び酵素活性測定時に使用する全ての緩衝液をKPB(pH7)からTris(pH7)に置き変えて使用し活性値を比較した。緩衝液の検討においては,KPB(pH7)を適宜,Tris(pH7), piperazine-1,4-bis(2-ethanesulfonic acid):PIPES(pH7), 4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid):HEPES(pH7)に置き変えて使用した。なお,活性測定の方法は2.1.3に従い,酵素反応生成物の定量は2.1.4に従った。酵素反応条件は,反応温度30℃,反応時間30分,原料アミン濃度は100μMもしくは1000μM,酵素量1mU/mL,反応容量は400μLとし,褐色バイアル内にて密封して行った。

2.2.2 過酸化水素量の測定方法
 反応温度30℃,反応時間10分,酵素量(TYOA)10mU/mL,緩衝液10mM KPB(pH7),反応容量400μLとし,褐色バイアル内にて密封して酵素反応を行った。1分間の煮沸によって酵素反応を停止後,Sol.Aを600μL添加し,30℃,5分の反応後の溶液のA505を測定した。予め既知濃度の過酸化水素水で作成した検量線により,酵素反応溶液中の過酸化水素濃度を測定した。なお,同時に測定した酵素反応生成物定量は2.1.4に従ったが,酵素反応停止を1分間の煮沸によって行った後,2mM DNPH溶液を添加した。酵素反応時の原料アミン(P1)濃度は適宜変更した。

2.2.3 カタラーゼ添加効果の検討
 酵素反応条件は,反応温度30℃,反応時間10 分,酵素量(TYOA) 10mU/mL,緩衝液10mM KPB(pH7),反応容量400μLとし,P1 濃度は適宜変更した。カタラーゼ(sigma-aldrich 製,bovine liver由来)添加群についてカタラーゼ(CAT)濃度が10mU/mL となるようにTYOAと同時に添加した。酵素反応生成物の定量は2.1.4に従った。

2.2.4 反応時間及びP1 濃度の検討
 酵素反応条件は,反応温度30℃,酵素量(TYOA)10mU/mL,緩衝液10mM KPB(pH7),反応容量400μLとし,褐色バイアル内にて密封して行った。反応時間及びP1濃度は適宜変更した。酵素反応生成物の定量は2.1.4に従った。

2.3 官能評価
 不特定に選抜した24人のパネラーによる,P1-TYOA反応溶液の官能評価を行った。評価は4点法(0:香りを感じない,1:弱すぎる,2:丁度良い,3:強過ぎる)で行った。酵素反応条件は,反応温度30℃,反応時間10分,反応容量400μLとし,開放試験管にて行い,P1濃度及びTYOA濃度は適宜変更した。また,酵素反応生成物の定量は2.1.4に従った。

3.結果及び考察
3.1 原料の検索と定量評価法の検討
 4種のアミンオキシダーゼ及び25種の原料アミンの組み合わせについて検討したところ,2種の原料アミン(P1及びP12)がTYOM及びTYOAに対する香料原料候補となることを確認した。これらP1酵素反応生成物及びP12酵素反応生成物が,アミンを原料としたアミン酸化酵素により生成されたアルデヒドであることを確認するため,酵素反応生成物の定量法を検討した。検討した定量法はアルデヒドの定量において一般的に使用される,DNPH化反応を利用したLCによる分離定量法である。DNPH溶液の調製方法として,HCl/EtOHを使用する方法3)やHCOOH/CH3CNを使用する手法4)が報告されている。本研究では,HCl/CH3CN/H2Oでの手法により酵素反応停止を兼ねることが可能であることから,HCl/CH3CN/H2Oでの手法を採用した。その結果,P1を原料した場合,酵素反応に伴い出現する単一ピーク(DNPH化P1-CHO:r.t.9.2分)を分離することが可能であった。また,DNPH化benzaldehydeのLC/MS分析方法5)を参考に,DNPH化したP1酵素反応生成物(P1-CHO)のピークを解析したところ,9.2分のピークは予想されるアルデヒド(phenylacetaldehyde:P1-CHO)のDNPH体が示す質量値(m/z:299)であった(図2)。これより,市販試薬P1-CHOを利用した検量線の作成により,P1酵素反応生成物の分離定量法を確立することができた。なお,P12酵素反応生成物については,同様のLC/MS分析を行ったが酵素反応に伴い出現するピークが複数出現した。いずれのピークについてもマススペクトルによる構造解析を行ったが,構造確認に至らなかった。
 酵素反応溶液中に生成が確認されたP1-CHOが,気体中に揮発して鼻で感じるフローラルな香り物質,すなわちバイオフレグランスの本体となっているかを確認するため,P1酵素反応溶液の揮発成分分析をTCTGC/MS法により解析した。その結果,揮発成分としてP1-CHOが検出された(図3)。さらにLC/MS及びGC/MSによる分析結果から,P1を原料とする酵素反応により目的とする香料物質が生成しているものと判断された。

(図2 P1酵素反応生成物のDNPH化による分離検出)
(図3 バイオフレグランス(P1-CHO)の検出と構造確認)

3.2 酵素反応条件の検討
 TYOM及びTYOAに対する原料候補物質(P1,P12)に対する反応効率について検討するために,基準物質(tyramine)に対する酵素活性値を100とし,各組み合わせ反応における活性値を比較した。その結果,TYOAは,P1に対する反応効率がTYOMの約30倍であり,候補物質P12に対してもTYOMの約3倍であった。これより,原料P1及び酵素TYOAの組み合わせが有効であることが明らかとなった(図4)。反応原料P1及び酵素TYOAの反応緩衝液として,中性付近で緩衝能のある,Tris,PIPES,HEPES,KPBの4種類を選択し,酵素活性及び生成物濃度の両点から検討した。その結果,酵素活性及び生成物濃度のいずれにおいてもKPB(pH7)が適していることを確認した(図5)。さらに,生成物濃度の点から,KPBのpH条件を検討したところ,pH7が最適であることが確認できた(図6)。したがって,緩衝液はKPB(pH7)の条件で行うこととした。
 次に,短時間で効率的な酵素反応を行うため,TYOAを10mU/mL,反応時間を10分に固定し,P1濃度について検討した結果を図7に示す。P1が200μM以上になると,生成物濃度が下がることが明らかとなった。本酵素反応はR-CH2-NH2+H2O+O2→R-CHO+H2O2+NH3であることから,上記の現象の原因として,[1]生成アルデヒドが原料アミンと反応してイミンを形成し,生成した全てのアルデヒドがDNPHと反応していないこと,[2]副生成物である過酸化水素が酵素反応を阻害していること,[3]酸素濃度が足りないことが考えられた。そこで,過酸化水素濃度を測定したところ,P1-CHOと同様に高濃度原料において,過酸化水素生成濃度が下がる傾向があり,その生成量はP1-CHOとほぼ同等であった(図7)。
 これより,[1]の可能性よりも[2]もしくは[3]の可能性が高いと考えられるため,過酸化水素を酸素に分解するカタラーゼ(CAT)を共反応させることにより,[2]および[3]の課題を合わせて克服できるかを検討した。しかしCATの添加効果は認められず,生成物濃度の向上は図れなかった(図8)。そこで酸素濃度が律速であるかを確認するため,緩衝液に酸素を吹き込むことで溶存酸素濃度を上昇させた後に酵素反応を開始したところ,P1濃度の上昇に伴って生成物濃度の増加を図ることが可能であった。
 次に,反応温度を30℃,TYOAを10mU/mLに固定した際の最適な反応時間及びP1濃度条件を検討した。その結果,P1濃度200-400μM,45分程度の反応条件において最高濃度の生成物を得られることが示された(図9)。これは大気下30℃における溶存酸素飽和濃度が235μMであることに合致しており,溶存酸素濃度が本反応の律速であると考えられる。

(図4 酵素及び原料アミンの組み合わせによる反応効率の比較)
(図5 各緩衝液(pH 7)における 生成物濃度及び酵素活性の比較)
(図6 緩衝液KPBにおける各pHでの生成物濃度の比較)
(図7 過酸化水素濃度と生成物濃度の比較)
(図8 生成物濃度のカタラーゼ添加による影響)
(図9 反応時間とP1濃度の変化による生成物濃度への影響)

3.3 官能評価
 香りは,その濃度によっては不快な香りとして受け取られることがある。そこで,P1-CHOによるフローラルな香りが,どの程度の濃度で適当な強度であるかを検討した。表2に示す条件で酵素反応を行った5パターンの(試験区A-E)についてパネラーテストを行った。その結果,30℃,10分,400μLの反応系では,12-39μM程度の香りが適当な強度であることを確認した(図10)。なお,気体中の適度な香り濃度の測定法を検討するために,気体中のアルデヒド測定法として一般的に使用されるSep-Pak DNPHシリカカートリッジによる手法6)を検討したが検出不可能であった。気体中のバイオフレグランスの評価法が今後の課題である。

(表2 パネラーテストの条件)
(図10 パネラーテストの結果)

4.結  言
  微生物酵素を用いた香料の生成に関する研究開発を行い,以下の成果を得た。
(1)微生物酵素TYOAを用いたバイオフレグランスの候補としてフローラルな香りを見出した。
(2)フローラルな香りについて,定量評価方法及び最適酵素反応条件,適当な香り強度を示す濃度(12-39μM;30℃,10分,400μL反応系)を見出した。

参考文献
1) (株)白元. 微生物の代謝を利用した芳香剤及び芳香の発生方法. 特開1995-187980. 1995-07-25.
2) 天野エンザイム(株). 植物体の香気増強法及びこれに用いる香気増強剤. 特開2005-87084. 2005-04-07.
3) 久延善弘, 中野和子, 樋口香織, 末松伸一. HPLC による米飯中のカルボニル化合物の定量. 東洋食品研究所研究報告書. 2000, vol. 23, p. 83-90.
4) Andreoli R., Manini P., Corradi M., Mutti A., Niessen WM.Determination of patterns of biologically relevant aldehydes in exhaled breath condensate of healthy subjects by liquid chromatography/atmospheric chemical ionization tandem mass spectrometry. Rapid Commun. Mass Spectrom. 2003, vol. 17,p. 637-645.
5) (株)島津製作所. "Analysis of DNPH-aldehydes using LCMS".LC-MS Application Data Sheet. No. 031.
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