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有機単分子膜を利用した防錆皮膜技術の開発

■化学食品部 嶋田一裕 豊田丈紫 佐々木直哉

 金属加工メーカで使用されている防錆油は,浸すだけの簡便性と高い防錆能力を持つために従来からよく使われている。しかし,検査時には寸法精度に影響を及ぼすため防錆油を除去する必要があり,その時には無防錆となり錆が発生する。そこで,本研究では浸すだけの簡便性を備え非常に薄い膜のために除去の必要がない有機単分子膜を利用し,シリカ皮膜を形成し課題解決を図った。塩水噴霧で防錆効果を確認したところ,48時間で錆が発生しなかった。
キーワード: 有機単分子膜,防錆皮膜,シリカ皮膜

Development of Rust Prevention Film by Using Organic Monolayers

Kazuhiro SHIMADA , Takeshi TOYODA and Naoya SASAKI

Rust prevention oil has been used in metalworking because it has the advantage of high rust preventability through simple soaking. However, it is necessary to remove the rust prevention oil from the metalwork during inspection in order to avoid influencing the accuracy of any measurements. The rust prevention is then lost. In the present study, a new coating method of silica film was developed using organic monolayers that did not have to be removed, thanks to the thinness of the film. This method also has the convenience of only requiring coating. The effect of the rust prevention film was confirmed through salt spray testing. Results demonstrated that the filmcoated metalwork did not generate rust even after 48 hours.
Keywords : organic monolayers, rust prevention film, silica film

1.緒  言
 現在,金属加工メーカなどの金属を取り扱っている企業では工程間,保管,輸送中に防錆油を使用し錆の発生を抑制している。防錆油は浸すだけの簡便性とその防錆能力の高さから,防錆手法として一般的に使用されている。しかし,防錆油にも課題があり,検査時には寸法精度に影響を及ぼすために除去する必要があり,その時は無防錆状態となり錆が発生する。また,洗浄に使用する有機溶媒や廃液の処理の課題もある。
 そこで,本研究では有機単分子膜の技術1)を利用し防錆皮膜の開発を試みた。この技術を用いるとチオール基(-SH)を持つ有機分子が,金属部材と化学結合し自己組織的に配列された単分子膜が形成される。また,この膜は単一分子なので膜厚は数nmと薄く,溶液に浸すだけで成膜され,装置も必要ないので防錆油と同等の簡便性がある。また,酸化物と化学結合するアルコキシシラン基(Si-(OR)3)2)を有機単分子膜に配位させることにより,酸化物の膜が金属部材上に形成できる。
 本研究では,酸化物であるナノオーダサイズのシリカ粒子とアルコキシシラン基を反応させて,有機分子で表面全体が修飾されたシリカ粒子を合成した。次に修飾シリカ粒子を用いて,チオール基と金属部材を反応させて成膜した。この膜の防錆効果を耐食性試験により評価した。

2.実  験
2.1 修飾シリカ粒子の合成
  チオール基とアルコキシシラン基を両端に持つ有機分子として,図1に示す3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン(以下,MPM)を用いた。酸化物には,数十nmのシリカ粒子を用いた。10mLアセトン溶媒にMPMとシリカ粒子10mgを同時に加え攪拌した。凝集や沈殿が起こりにくいMPMで修飾されたシリカ粒子を合成するために条件(温度,攪拌時間,MPM濃度)を検討した。

(図1 3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン(MPM))

2.2 金属部材への成膜
 MPM修飾シリカ粒子溶液に銅部材を浸漬した。取り出し後にアルコール洗浄し,物理的に吸着している修飾シリカ粒子を除去した。図2に成膜の概念図を示す。シリカ粒子は,MPMのアルコキシシラン基と化学結合することでMPMに修飾されており,銅をこの溶液に浸漬するとチオール基と銅が化学結合し成膜される(図2では粒子上のMPMを代表して一つのみ示した)。

(図2 MPM修飾シリカ粒子の銅への成膜概略図)

2.3 防錆効果の確認
 MPM修飾シリカ粒子溶液によって成膜された試料の防錆評価は,JISZ2371(塩水噴霧試験)に準拠して行った。

3.実験結果および考察
3.1 修飾シリカ粒子の合成
 MPM修飾シリカ粒子の合成を室温で12時間攪拌すると凝集し沈殿が生じた。次に60℃で行うと凝集や沈殿は認められなかった。すなわち,加熱することで化学反応促進が生じ,MPMがシリカを修飾したために,シリカ同士の凝集を防止可能となり沈殿が起こらなかったと考えられる。
 合成したMPM修飾シリカ粒子を熱重量計(TG)で分析を行い,その重量減少量から修飾されたMPM量を求めた。60℃で12時間攪拌したMPM修飾シリカ粒子の結果を図3に示す。350℃付近から急激にMPMが分解し,600℃で安定した。350℃から600℃の重量減少率を修飾したMPM量とした。
 最適な攪拌時間のみを調べるために,攪拌時間を変えて行った結果を図4に示す。重量減少率は,12時間で飽和したため12時間を最適とした。また,60℃12時間の条件下で最も修飾されるMPM濃度を調べるために,MPM濃度を変えて行った結果を図5に示す。MPM濃度増加に伴い減少量が増大し,3wt%付近までは直線的に増加したがこれ以上になると飽和した。よって,最もMPMに修飾された濃度である3wt%を用いて成膜を行った。

(図3 MPM修飾シリカ粒子のTG測定結果)
(図4 攪拌時間変化による重量減少率)
(図5 MPM濃度変化による重量減少率)

3.2 金属部材への成膜
 MPM修飾シリカ粒子溶液に銅部材(10mm×10mm,Ra:0.5μm)を30分,1時間,2時間と時間を変えて浸漬させた。2時間では,銅表面上にシリカが凝集し白くなった。そこで,30分,1時間浸漬した試料の表面状態を走査型電子顕微鏡(SEM)像で観察した。図6,7にそれぞれ30分,1時間浸漬したものを示す。30分では,部材である銅が確認できMPM修飾シリカ粒子が全体に覆われていなかった。1時間では,MPM修飾シリカ粒子が表面全体を覆っている様子が観察された。そこで,浸漬時間の最適時間を1時間とした。さらに,比較するために数十マイクロメーターのシリカ粒子で成膜した試料を観察した。図8に示すように,部材である銅表面が確認でき,全面にシリカ粒子が覆われていない。このことから,マイクロオーダのシリカ粒子では径が揃っておらず緻密な膜が成膜できないのに対して,ナノオーダのシリカ粒子を用いることで緻密に成膜ができることが明らかになった。
 また,有機分子と銅の結合状態を調べるために1時間浸漬の試料についてX線光電子分光法(XPS)で測定した。硫黄(S2p)のスペクトルを図9に示す。結合エネルギー163.3eV付近のピークは硫黄(S)-銅(Cu)のピークであり3),銅とMPMが硫黄を介して化学結合を成していることが示された。

(図6 30分浸漬のSEM画像)
(図7 1時間浸漬のSEM画像)
(図8 マイクロオーダ粒子のSEM画像)
(図9 硫黄(S2p)スペクトル)

3.3 防錆効果の確認
 MPM修飾シリカ粒子で成膜された銅部材の防錆性を塩水噴霧試験で調べた。塩水噴霧48時間経過後の結果写真を図10に示す。また,XPS測定で銅/銅化合物の強度比を求めることにより防錆能力を見積もった。結果は表1に示す。ナノオーダのシリカ粒子では錆の発生を確認できず,未処理の銅及びマイクロオーダのシリカ粒子では錆が発生した。XPSの結果からもナノオーダシリカ粒子皮膜が,マイクロオーダ粒子皮膜より防錆性能に優れていることが示された。図10から明らかのようにナノオーダ粒子皮膜では,全面がシリカで覆われているために耐久性が向上したと考えられる。逆にマイクロオーダ粒子皮膜では,全面に渡って覆われていないために,そこから錆が発生したと考える。
 また,実試料での効果をみるために銅合金(筒:L=75mm,φ=15mm,Ra=0.1μm)に成膜し塩水噴霧試験を48時間行った。結果を図11に示す。実試料でも錆は,発生しなかった。形状によらずスケールが大きい実試料でも効果を確認することができ,本手法の有効性が明らかとなった。

(図10 塩水噴霧48時間後)
(表1 XPS測定による銅/銅化合物)
(図11 塩水噴霧試験48時間後)

4.結  言
  有機分子で修飾されたナノオーダのシリカ粒子を凝集や沈殿を防ぎ合成することが可能であった。その修飾シリカ溶液に漬すだけで銅部材上にシリカ皮膜が形成できた。
 塩水噴霧試験48時間で錆が発生せず皮膜の防錆効果を確認した。また,実試料についても同様の効果が認められ,本手法が防錆油に変わる新たな防錆技術となる可能性を見出した。

参考文献
1) A. Ulman. Formation and Structure of Self-Assembled Monolayers. Chem.Rev. 1996, vol. 96, p. 1533-1554.
2) J. Sagiv. Organized monolayers by adsorption. 1.Formation and structure of oleophobic mixed monolayers on solid surfaces. J.Am. Chem. Soc. 1980, vol. 102, p. 92-98.
3) 真山恵冶. フリップチップ接合部の高温耐久性-めっき銅パンプとはんだの界面-. 表面技術. 2004, vol. 55, p. 24-28.