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紫外線利用による合成高分子の高機能化技術の開発 −吸着機能を持つ繊維製品の開発に向けて−

■繊維生活部 神谷淳 奥村航
■福井大学 廣垣和正

 シクロデキストリンとメタクリル酸ビニルを,リパーゼを触媒にジメチルホルミアミド中50℃で反応させることで,シクロデキストリンを含有するプレポリマーを合成した。このプレポリマーは,紫外線照射でポリマー化し,CDポリマーになることを確認した。CDポリマーは水にもアルコールにも不溶であった。また,合成したプレポリマーの溶液に,ポリエステル布を浸せき,乾燥,紫外線照射することでシクロデキストリンを布へ固定化した。このシクロデキストリン固定化布は揮発性のヨウ素を吸着し,抗菌性能を発揮した。また,布の色差測定から,ヨウ素を200日間以上保持し,抗菌性が持続していることが示唆された。
キーワード: 紫外線重合,シクロデキストリン,プレポリマー,ポリエステル,抗菌

Development of a High-Performance Synthetic Polymer Using Ultraviolet Polymerization
- Towards the Development of an Absorptive Textile -

Jun KAMITANI, Wataru OKUMURA and Kazumasa HIROGAKI

A prepolymer containing cyclodextrin was synthesized from vinyl methacrylate and cyclodextrin with lipase in dimethylformamide at 50℃. The prepolymer was polymerized using ultraviolet irradiation. The cyclodextrin polymer was insoluble to water and alcohol. The cyclodextrin-fixed poly(ethylene terephthalate) fabric was prepared by being dipped in a prepolymer solution, cured and exposed to ultraviolet irradiation. The fabric adsorbed iodine and demonstrated antimicrobial performance. Moreover, based on the color difference measurement of the fabric, it was suggested that the iodine was held for 200 days or more, and antibiotic properties remained.
Keywords : ultraviolet polymerization, cyclodextrin, prepolymer, polyester, antibacterial effect

1.緒  言
 近年の石川県繊維業界は「非衣料向けが自動車内装材を中心に持ち直しているものの,衣料向けが国内消費の不振等により減少している」との経済情勢報告1)のとおり,衣料用途は中国等からの安価な輸入品との競合で,依然として厳しい情勢の中に置かれている。とりわけ繊維加工業では海外品との差別化のため,新製品開発が不可欠である。そこで,本研究では,分子内部に機能性成分を取り込み,安定化や徐放効果などの特異な性質を持つ環状構造のシクロデキストリン(以下CD)の性能に着目し,その性能を活かした高付加価値繊維製品の開発を目的とした。
 糖の一種であるCD(図1)は,内径が異なるα,β,γ-CDが存在する。近年では消臭剤や食品,飲料等へ用途が広がっている2)-4)。これまでに我々は,イソシアネート系及びグリオキザール系樹脂を用い,効率的にポリエステル繊維表面へCDを固定化できることを見出している5),6)。そこで,処理時間が短く,重合時に廃液が出ない等の利点がある紫外線重合7)に着目し,CDの紫外線による繊維等高分子表面への固定化を検討した。

(図1 α-CDの構造)

2.内 容
2.1 CD 含有プレポリマーの合成
  CDを紫外線重合するには,重合部分をCDに付与させたプレポリマーを合成する必要がある。合成反応は工業的に入手が容易な試薬を用い,なるべく低い反応温度で行うことを目指し,表1に示す種々の条件で検討した。その結果,リパーゼを触媒とすることでCDが効率良く反応することを確認した。例えばβ-CD40g,メタクリル基ビニル42.3g(CDに対し10.7当量),リパーゼ4g,重合禁止剤として3,5-ジブチル-4-ヒドロキシトルエン0.4g,溶媒にジメチルホルムアミド133gを用いた場合,原料であるCDは約5時間程度でほぼ消失することをHPLC(高速液体クロマトグラフィー)で確認した。図2は反応開始1時間後の未反応のCD残存率であるが,CD種の中ではβ-CDが最も反応効率が良かった。さらに,1H-NMR(核磁気共鳴スペクトル)測定から,反応溶液から回収した物質にはCD骨格と重合部位が含まれており,プレポリマーであることを確認した。また,重合部位(二重結合)の量は,原料としてα,β,γ-CDを用いた場合,CD1分子当たりそれぞれで7.4,10.2,8.5個であり,重合に充分な状態であった。

(表1 プレポリマーの合成条件)
(図2 反応開始1時間後のCD残存率)

2.2 紫外線照射による固定化
 合成したCDプレポリマーの溶液にプレポリマーの3wt%の重合開始剤(チバ・スペシャリティ・ケミカルズ(株)製,イルガキュア2959)を添加した。この溶液をポリエステルまたはポリプロピレンフィルム上に延ばし,図3に示す装置で紫外線を照射したところ,水にもアルコールにも不溶のフィルム状の固体が得られ,CDがポリマー化することを確認した。しかしながら,ポリマー化の際には,基材フィルムからの剥離が生じ,密着性は悪かった。
 次に,布へのCD固定化を検討した。先と同様の重合開始剤を添加したα,β,γ-CDプレポリマーの5wt%溶液にポリエステル短繊維織物(密度108g/m2,たて糸密度51本/cm,よこ糸密度35本/cm)を浸せきし,マングルでピックアップ量を調整後,自然乾燥した。この布をコンベアで搬送しながら連続的に紫外線を照射することで,重量増加率3.1〜3.4%のCDポリマー固定化布を得た。なお,照射条件は4.8kWメタルハライドランプ3灯,照射高さ200mm,コンベア速度5m/minとした。
 図4に走査型電子顕微鏡によるα-CDプレポリマーで処理したポリエステル布の拡大写真を,未処理布と共に示す。未処理布との比較から,CDポリマーは非常に薄くポリエステルフィラメントを被覆していること,また,紫外線を照射しても基材であるポリエステルは損傷を受けていないことが分かった。

(図3 紫外線照射装置)
(図4 CD固定化布(a)と未処理布(b)の走査型電子顕微鏡 写真(1000倍))

2.3 機能性物質(ヨウ素)の固定化
 前項で調製したCDポリマー固定化布に対し,機能性成分として抗菌性を示すヨウ素の固定化を試みた。ヨウ素は多くの抗菌,抗カビ,抗ウィルス性を示すことが知られているが8),9),高い揮発性のため通常では長期保存が困難な物質である。
 CDポリマー固定化布を5mMのヨウ素エタノール溶液に浸せきし,マングルでピックアップ量を調整,自然乾燥させ,ヨウ素を布に固定化した。未処理布の場合は,乾燥と共にヨウ素由来の褐色が退色し,ヨウ素の揮発が認められたが,CDポリマー固定化布は一昼夜経過後も濃褐色が残存し,ヨウ素が固着されていると考えられた。また,固定化したCDの種類によって,布に残存するヨウ素由来の色の濃さにも差が見られた。未処理布との色差(ΔE*ab)を測色計(マクベス(株)製,M2020PL型)で測定したところ,α-CD固定化布は20.0,β-CDは12.6,γ-CDは11.8となり,α-CDで処理した布が最もヨウ素を保持する能力が高いことがわかった。ヨウ素はシクロデキストリンの分子内空洞に取り込まれ,包接体を形成するが,その安定度はα-CDが最も大きく,β-CD,γ-CDと内径が大きくなるに従いヨウ素の保持能力は低下することが知られている10)。このことから,布に固定化したCDがヨウ素の固定化に強く関与していることが示された。
 また,ヨウ素を固定化した布の黄色ブドウ球菌に対する抗菌性を調べた。表2はヨウ素処理したCD固定化布の静菌活性値を測定した結果である。α,β,γ-CDいずれのCD固定化布でも大きく生菌数は減少した。抗菌性能とは,(社)繊維評価技術協議会において静菌活性値が2.2以上と規定されているが11),この値もクリアしていた。
 さらに,処理液のヨウ素濃度と抗菌効果との関係を検討するため,0.01〜1mMのヨウ素溶液でCD固定化布を調製し,この布の色差と抗菌効果を評価したところ,処理液中のヨウ素濃度が0.1mM(=25mg/L)以上であると,静菌活性値が2.2以上になることを確認した。また,図5に示すように基布との色差(ΔE*ab)と静菌活性値の関係から,色差が約2以上あれば,抗菌性を示すのに充分であることを確認した。
 さらに保存耐久性を検討するために,室温で放置したヨウ素固定化布の色差を未処理布と比較したところ,α-CDポリマー固定化布を用いた場合でヨウ素の退色が最も小さく,次いでβ-CD,γ-CDの順番であり,α-CDがヨウ素の保存性能に優れていることがわかった(図6)。いずれのCDを用いた場合でも色差から200日後でも抗菌性能が残存すると考えられる。
 また,α-CDプレポリマー溶液を浸せき,乾燥,紫外線照射,続いてヨウ素溶液を浸せき,乾燥という工程で,抗菌性を有する靴の中敷きの試作が可能であった(図7)。

(表2 ヨウ素処理したCD固定化布の静菌活性値)
(図5 ヨウ素処理したα-CD固定化布の基布との色差と 静菌活性値)
(図6 ヨウ素処理したCD固定化布と基布の色差)
(図7 試作品)

3.結  言
  本研究では,紫外線によりシクロデキストリンを繊維に固定化する技術の開発について検討し,以下の成果を得た。
(1)CD含有プレポリマーの合成が可能になった。
(2)ポリエステル布に紫外線でCDを固定化した。
(3)CD固定化布はヨウ素を吸着し,抗菌性能を示した。色差から200日後も抗菌性能が残存すると考えられる。

参考文献
1) 財務省北陸財務局. http://www.mof-hokuriku.go.jp/ , (参照2010-07-01).
2) 寺尾啓二. 食品開発者のためのシクロデキストリン入門.(株)日本出版製作センター, 2004, 158 p.
3) 原田一明. シクロデキストリン超分子の構造化学. (株)アイピーシー, 2000, 201 p.
4) 寺尾啓二, 小宮山真. シクロデキストリンの応用技術.(株)シーエムシー出版, 2008, 329 p.
5) 廣垣和正, 神谷淳, 木水貢, 山本孝, 田口栄子, 金法順正,久田研次, 堀照夫. ポリエステル繊維表面へのシクロデキストリンの固定1 −溶剤系イソシアネートによる固定・包接能の付与−. 繊維学会誌. 2010, vol. 66, no. 4, p. 93-98.
6) 廣垣和正, 神谷淳, 木水貢, 山本孝, 田口栄子, 金法順正,北伸也, 吉本克彦, 四日洋和, 寺尾啓二, 久田研次, 堀照夫. ポリエステル繊維表面へのシクロデキストリンの固定2 −水系イソシアネートを用いた包接体の固定による機能化−. 繊維学会誌. 2010, vol. 66, no. 6, p. 141-146.
7) 加藤清視. UV 硬化技術の進歩. 総合技術センター, 1993,532 p.
8) 矢野邦夫. 皮膚消毒薬. 院内感染対策, 2004, 11 月号.
9) 戸澤あきつ, 恒光裕, 岡本清虎, 谷口隆秀, 八代純子, 本多英一. ポビドンヨード(イソジンR)製剤の動物コロナウイルスに対する抗ウイルス活性. 動物臨床医学. 2004, vol.13, no. 1, p. 1-4.
10)北村進一, 中谷和哉. 等温滴定カロリメトリーによる水溶液中における高重合度シクロデキストリンとヨウ素の複合体形成の熱力学的解析. 熱測定. 2001, vol. 28, no. 3, p.123-128.
11) (社)繊維評価技術協議会. http://www.sengikyo.or.jp/ , (参照2010-07-01).