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差圧プロセスによる高品質鋳造品の製造に関する研究−砂型差圧鋳造装置の開発とアルミニウム合金鋳物の鋳造性評価−

■機械金属部 藤井要 谷内大世 上村彰宏
■谷田合金(株) 谷田由治 駒井公一 砂山昇

 自動車エンジン部品等の強度部材へのアルミニウム合金鋳物の用途拡大のために,砂型用の差圧鋳造装置を開発した。本装置の特徴は,大気圧以上の圧力によって鋳造欠陥を抑制できることにある。さらに,試験片の鋳造性を評価し,次の結果を得た。(1)溶湯の充填時間と注入温度を適切に設定すれば流動性が向上した。(2)X線CT像の観察により,低圧鋳造では残存するガスポロシティを抑制できることを確認した。(3)疲労限度は低圧鋳造に比較して約20MPa向上した。
キーワード: 差圧鋳造,アルミニウム鋳造合金,砂型鋳造,ガスポロシティ

Research on the Counter-Pressure Casting Process for High-Quality Al Alloy Casting Products
- Development of a Sand Mold Counter-Pressure Casting Machine, and Castability Evaluation of Al Cast Alloy -

Kaname FUJII , Taisei YACHI, Akihiro UEMURA, Yoshiharu TANIDA, Koichi KOMAI and Noboru SUNAYAMA

In order to expand the application of aluminum alloy casting to high-strength parts such as automobile engine parts, a counterpressure casting machine for sand molds was developed. This machine controls casting defects through the use of high pressure rather than atmospheric pressure. Evaluation experiments were performed with the casting machine. As a result, the following was confirmed:(1) The fluidity of molten metal was improved by adjusting both filling time and temperature. (2) According to X-ray CT observation,the counter-pressure casting process allowed control of the gas porosity that occurs in the conventional low-pressure casting process. (3)The values of fatigue limit were improved by 20 MPa compared to low-pressure casting.
Keywords : counter-pressure casting process, Al cast alloy, sand mold cast, gas porosity

1.緒  言
 近年,自動車の軽量化が進み,エンジン部品などの強度部材にも軽量化が求められている。そこで,アルミニウム合金鋳物の用途拡大が有望視されているが,強度部材には繰り返し応力がかかるため,疲労強度を十分に確保することが重要である。しかしながら,鋳物の内部にはピンホールと呼ばれる微細な空隙欠陥を多く含んでいる。ピンホールは,ガスポロシティと微細な引け巣に大別される。ガスポロシティは,溶湯中に吸収されたガスが鋳物の凝固中に放出され発生する空隙であり,引け巣は鋳造時の凝固収縮に伴って発生する欠陥である。これらのピンホールの発生は,鋳造製品の疲労強度の低下に繋がるので,用途拡大の大きな課題となっている1)。
 ピンホールの抑制を行う鋳造技術の一つに,大気圧以上の圧力下で凝固を行う鋳造法がある。溶湯の鋳型充填時に差圧を用いることから差圧鋳造法と呼ばれ,その歴史は古く,約50年前にブルガリアで最初の特許が出願された。国内では,1990年代に金型鋳造での基礎的な取り組みが報告された2)。しかし,砂型における差圧鋳造を実用化した例はなく,これを達成すればピンホールの抑制に大きな効果が期待できる。
 そこで,石川県工業試験場と谷田合金(株)が共同で,砂型用の差圧鋳造装置を開発し,さらに開発した装置によるアルミニウム合金鋳物の鋳造性を評価した。なお,本研究の目標は,エンジン部品などの複雑形状への用途拡大のために低圧鋳造3)に相当する溶湯の流動性を得ることと,鋳造の後工程であるHIP処理4)に相当する疲労強度を得ることとした。
 本報告では,まず差圧鋳造装置の開発について述べ,鋳造性として溶湯の流動性,欠陥抑制,および疲労強度の試験方法とその評価結果について述べる。

2.内  容
2.1 差圧鋳造装置
  開発した砂型用の差圧鋳造装置の概略を図1に示す。本装置では,溶湯を装置下部の保持炉室に蓄え,上部の鋳型室に設置した砂型に溶湯を充填して鋳造を行う。砂型への溶湯充填は,ストークを介して行われ,図2のように大気圧以上の圧力Pを中心に制御した加圧環境下で鋳造し,溶湯含有ガス放出を押さえることにより鋳造品中のガスポロシティ欠陥を抑制する。差圧による溶湯充填は,まず保持炉と鋳物室を同時に圧力Pまで加圧し,次に保持炉室のみΔPx加圧する。この時,保持炉と鋳型室に生じた差圧によって溶湯はストークまで上昇する。次に,鋳型室をΔPy減圧することにより砂型に溶湯を充填する。最後に,保持炉室をさらにΔPz加圧して凝固収縮分に相当する充填を行い,引け巣欠陥を抑制する。なお,このとき最後の除圧を行うために,鋳型室も加圧して保持炉室と同じ圧力にする。
 本装置では,このように差圧制御が行われ,それぞれの時間や圧力条件は可変になっている。以下,上記のような鋳造方法を中心圧力Pでの差圧鋳造と呼ぶ。

(図1 差圧鋳造装置の概略)
(図2 鋳造装置の圧力制御)

2.2 流動性試験
 鋳物による強度部材の開発には,部品の複雑形状に対することが重要である。そのため,溶湯の流動性を評価することが必要である。ここでは,図3に示す渦巻き鋳型を用いて評価した。なお,アルミニウム合金としてはJISH5052AC4CHを用いた。なお,以下すべての評価試験でも同様である。この鋳型は,渦巻き形状の自硬性砂型を4段重ねて構成し,下ストーク部より押上げられた溶湯は,下から上の渦巻きへと充填される。流動停止となった渦巻き形状の長さを測定することによって評価した。実験に用いた制御条件を図4に示す。実線は圧力の制御値であり,プロットは圧力の測定値である。ここでの差圧制御は,図2のΔPzによる引け巣の抑制は不必要である以外は,同様である。なお,中心圧力Pは650kPa,ΔPxは17kPa,ΔPyは10kPaとした。これらの圧力は大気圧をゼロとするゲージ圧であり,以下すべて同様である。これらの差圧条件は,試験片の高さと鋳型の開口面積,および保持炉の残溶湯面積から算出し,十分な余裕を持たせた。また,一般に流動性を決定する主要な因子は,溶湯の充填速度と注入温度とされている。そこで,P,ΔPx,ΔPyなどを固定し,ΔPyまでの到達時間Δtのみを5秒,10秒,15秒に変化させ,さらに溶湯温度を725℃,735℃,745℃の3水準で変化させた。

(図3 渦巻き鋳型の模式図)
(図4 流動性試験における圧力制御条件)

2.3 欠陥抑制試験
 欠陥抑制評価のための鋳造実験では,ガスポロシティと引け巣両欠陥の発生挙動を分離評価するために,一般に円錐形状の試験片が用いられる。ここでは,底部直径80mm,上部直径20mm,高さ80mmとし,底部の厚肉部分に直径20mmの溶湯注入口を設置した。圧力制御は,図5上段に示すP,ΔPx,ΔPy,ΔPzを差圧条件とした。また,比較として鋳型室を加圧せずに図下段に示すように23kPaで低圧鋳造を行った。
 内部欠陥の評価には,X線マイクロフォーカスCT装置(東芝ITコントロールシステム(株)製TOSCANER-32250μhd)を用いた。このX線CT装置の仕様に合わせ,試験片を回転対称と見なし,4分の1形状に縦方向に切断してCT撮影を行った。

(図5 欠陥抑制試験における圧力制御条件)

2.4 疲労強度試験
JISH5052に準じた砂型引張り試験片鋳型を用いて試験片を中心圧力650kPaで鋳造し,500℃4時間の溶体化処理及び180℃4時間の時効処理後,平行部直径8mmに加工し,回転曲げ疲労試験を行った。また,比較のため保持炉室加圧ΔPxを23kPaで低圧鋳造を行い,同様な疲労試験を行った。

3.結果及び考察
3.1 流動性評価
 図6に,鋳造した渦巻き試験片の外観を示す。それぞれの渦巻き試験片に対する流動長を測定した。充填時間と流動長の関係を,注入温度毎に図7に示す。いずれの充填温度においても,充填時間が長いほど,つまり充填速度が遅いほど流動性が悪かった。また,注入温度では,725℃と735℃に関してはほぼ同程度であるのに対し,745℃では流動性が良くなる傾向が見られた。このように10℃という同じ温度差であっても,注入温度の変動によって流動性に変化が生じる場合と生じない場合があることがわかった。
 以上,充填時間と注入温度を適切に設定すれば,流動性を向上できるといえる。目標とした低圧鋳造で同等な試験片を鋳造することは,本装置で鋳型室を大気圧とし,今回の試験と同程度の差圧で充填することに等しい。よって,本装置による流動性は本質的には低圧鋳造と同等なレベルにあり,溶湯の注入時間と注入温度によって優れた流動性を持つことが確認できた。

(図6 流動長試験片外観)
(図7 流動長測定結果)

3.2 欠陥抑制評価
 欠陥形態の観察を目的とした円錐形状試験片のX線CT像を図8に示す。図中左の低圧鋳造品では,ガスポロシティと推察される粒状の黒点が試験片全体に分布し,視野左下,溶湯注入口に近い中央部には,引け巣と思われる粗大な空隙欠陥が確認された。一方,図中右に示す差圧鋳造品では,試験片にガスポロシティが観察されなかった。すなわち,ガスポロシティは円錐形状先端の薄肉部と下部の厚肉部で差異が無く,一様に抑制されていた。よって,冷却速度や凝固界面での温度勾配に影響されずにガスポロシティを抑制できたといえる。
 しかし,引け巣は残存しており,その理由は,今回の試験片形状においてはΔPzの追加圧時には既に溶湯注入口の凝固が始まっていたためであり,溶湯補給の効果は認められなかった。これを改善するためには,注入口のサイズや3.1で述べたように溶湯の充填時間と注入温度を適切にしなければならない。

(図8 円錐形状試験片 X線CT像)

3.3 疲労強度評価
 疲労強度試験の結果を図9に示す。差圧鋳造品の疲 労限度は約80Mpaであり,これは低圧鋳造品に比べ, 約20MPa向上していることを確認した。この値は,杉 山ら5)が行った1Mpaの加圧環境で舟形ブロックに鋳造 した試験片での結果とほぼ同等であった。さらに,目 標としたHIP処理では約40MPa向上するとされている ので,本差圧鋳造装置では,その50%を達成したとい える。

(図9 回転曲げ疲労試験結果)

4.結  言
 アルミニウム合金鋳物を対象として砂型用の差圧鋳造装置を開発した。本装置によって試験片を鋳造し,溶湯の流動性,ガスポロシティや引け巣の欠陥抑制効果,及び疲労強度を評価した。得られた結果は以下のとおりである。
(1)開発した差圧鋳造装置は,下部に溶湯保持炉を,上部に鋳型室を有する構造として,その差圧によって溶湯を充填し,かつ大気圧以上の圧力によって鋳造欠陥を抑制することを特徴とする。
(2)渦巻き試験片を鋳造して,流動性を評価した結果,溶湯の充填時間と注入温度を適切に設定すれば流動性が向上し,低圧鋳造に相当する流動性を得られることを確認した。
(3)円錐形状の試験片を鋳造して,X線CT像を観察することにより,ガスポロシティが冷却速度や凝固境界での温度勾配によらずに抑制できることを確認した。
(4)砂型引張り試験片を鋳造して,疲労強度試験を行い,疲労限度が低圧鋳造に比較して約20MPa向上していることを確認した。この疲労限度の向上は,HIP処理での50%に相当する。

謝  辞
  本研究の一部は産学・産業間連携新豊かさ創造実用化プロジェクト事業の支援を受けて実施した。事業推進者の(財)石川県産業創出支援機構に謝意を表する。

参考文献
1) 小林俊郎. アルミニウム合金の強度. 内田老鶴圃, 2001, p.195.
2) 濱葆, 渡辺洋. 差圧鋳造法の特徴と問題点及び新技術開発. 鋳物. 1994, no. 66, p. 950-954.
3) 高橋忠生, 金指研. 低圧鋳造の現状と今後の課題. 鋳物.1994, no. 66, p. 940-944.
4) 真鍋康夫, 小舟恵生他. アルミ専用HIP装置の開発. R&D神戸製鋼技法. 2004, vol. 54, no. 3, p. 73-76.
5) 杉山好弘, 水島秀和. アルミニウム合金AC4CHの疲労限度に及ぼす欠陥の影響と疲労限度評価. 鋳造工学. 1996,68, p. 118-123.