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磁器素地の品質向上研究

■九谷焼技術センター 高橋宏 木村裕之
■金沢工業大学 大橋憲太郎

 本研究は,生産実績がある透光性ハイ土に添加材を加え,強度を向上させた素地へと改良する方法を検討した。添加材は,素地の緻密化を想定した三種(シリカゾル,アルミナ粉,無機バインダ)と,素地の軽量化を想定した二種(発泡性材料,軽石系)を使用した。アルミナ粉と無機バインダの添加が,素地の曲げ強さ向上に効果が認められた。特にアルミナ粉の10mass%添加は,無添加の透光性ハイ土に比べ約50MPa上昇した。添加したアルミナ粉が,素地の空隙を埋めることにより緻密化したためであると考えられた。添加材それぞれの特徴が明らかになった。
キーワード: 九谷焼, 素地, 添加剤, 曲げ強さ

Study on Kutani-ware Quality Improvement

Hiroshi TAKAHASHI and Hiroyuki KIMURA and Kentaro OHASHI

In this study, we examined the method of raising the strength of the body of Kutani-ware by adding additives to a translucent body. Three kinds of additives (silica sol, alumina powder, and an inorganic binder) were used for densification, and two kinds of additives (frothy material and pumice) were used for weight saving. We observed that a combination of alumina powder and an inorganic binder had the effect of improving the bending strength of the body. Compared with the translucent body, the bending strength was raised by about 50MPa by adding 10mass% alumina powder. It is thought that alumina powder filled the pores of the body, contributing to its densification. The characteristics of each additive were clarified in this study.
Keywords:Kutani ware, body, additive, bending strength

1.緒  言
 九谷焼は,縁を薄く加工するなど,長年の間に築き上げた繊細な形状が特徴である。しかしながら,繊細な形状,例えば縁が尖った鋭角的な形状や,縁が上方向に向いた形状は,欠けやすくなってしまう傾向にある。このため,九谷焼は他産地の陶磁器と比較して,割れや欠けが発生しやすいというイメージが持たれてしまっている。曲げ強さの試験や衝撃試験の結果,九谷焼の素地強度が他産地の製品と比較して特別低いことはなく,ほぼ同レベルの強度を有している。しかしながら,高い強度を有する素地は,九谷焼の割れやすいというイメージを払拭するためには必要であり,将来,新製品を開発する際にも重要な条件である。本研究は,磁器素地の品質向上の重点課題として,既存の素地材料である透光性ハイ土の強度の底上げを目的とした。九谷焼では,業務向け食器用の素地材料として,既に曲げ強さを高めた磁器素地を市販化している。しかしながら,この素地は九谷焼の最も典型的な特徴である上絵を,施すことが困難という技術的課題を有している。本研究ではこれらの課題をふまえ,強度の底上げと上絵の加飾が可能な,九谷焼らしい製品を開発できる材料の創出を主眼としている。尚,本研究では,全くの新規材料を開発する方法ではなく,既に生産実績があり,入手が容易な材料をベースとして,これに添加材を加え前述した,強度の向上1)-3),上絵加飾可能な磁器素地へと改良する方法を検討した。添加材の効果を明らかにし,目的の機能に応じた素地へと改良する方策の基礎的データを収集して,品質の向上策,様々な応用への可能性を提案することが可能となることを期待している。

 

2.実験内容
2.1 試験ハイ土の作製
 基礎となるハイ土は,透光性ハイ土を用いた。圧力鋳込み成形用の泥しょうとして,解膠剤0.4%(水ガラス0.2%,プライマル0.2%),添加材を所定量加え,水分量が30mass%の泥しょうになるように調整した。添加材は,素地の緻密化を想定した三種(シリカゾル,アルミナ粉,無機バインダ)と,素地の軽量化4)を想定した二種(発泡性材料,軽石系)を使用した。添加量は,緻密化を想定した材料はハイ土の乾粉に対し,5mass%及び10mass%の割合で加えた。軽量化を想定した材料は,嵩が大きいことから,重量ベースで加えると大量の添加量となるため,アルミナ5mass%の容量を測定しその容量に合わせ加えた。
2.2 試験片の作製
 試験片は,圧力鋳込み成形した100mm角の板を8×4×40mmに切り出したものを用いた。サイズは日本セラミックス協会規格(食器用強化磁器の曲げ強さ試験方法;JCRS203-1996)5)に準拠した。ハイ土の曲げ強さを比較するため,比較対象として無添加の透光性ハイ土を用いた試験片も同様に準備した。大気中で最高温度760℃,保持時間20分で素焼きを行い,その後サイズ調整を行った。その後,本焼成をSK9,CO還元雰囲気で行った。本焼成後の試験片は番号付けし寸法測定を行った。
2.3 ハイ土の評価
 添加材を加えたハイ土の評価として,比重計(EW-1205G, MIRAGE TRADING社製)による比重測定,材料試験機(UTM-1, 東洋ボールドウィン製)を用いた三点曲げ強さ試験を行った。試験条件は上記日本セラミックス協会規格に準拠した。曲げ強さの試験では,試験片のバラツキを考慮するため試験数を15個以上とし,平均値と標準偏差を算出した。添加材による内部構造の変化を観察するため,試験片の断面を走査電子顕微鏡で観察した。

 

3.結果と考察
3.1 試験片の比重
 表1に今回作製した試験片の比重を示す。比重は見掛け比重である。シリカゾルの添加では比重の大きな変化は見られなかった。無機バインダは,添加量増加に伴う比重の変化が僅かにみられるが,大きな変化は見られない。アルミナ粉の添加では,比重の上昇が確認され,アルミナ粉添加により製品の重量が増加することが予想される。軽量化を想定した材料の添加では,期待したような変化は見られなかった。これは,軽量化に効果が確認できるほどの添加量ではなかったためであると考えられ,再考の必要性があると思われる。比重の変化では,アルミナ粉の添加は製品重量の増加を招く可能性が考えられ,次項で示す曲げ強さとのバランスを考慮する必要がある。その他の添加材については,大きな変化は見られなかったため,添加による製品重量への影響は少ないといえる。

(表1 見掛け比重)

3.2 曲げ強さ試験結果
 各試験ハイ土の曲げ強さ試験の結果を図1に示す。図中の四角のマーカーは,強さの平均値を示し,実線は平均値と標準偏差から算出した曲げ強さのばらつきを示す。アルミナ粉と無機バインダ(図中:Binder)の添加が,素地の曲げ強さ向上に効果が認められた。特にアルミナ粉の10mass%添加は,無添加の透光性ハイ土に比べ約50MPa上昇した。ただしアルミナ粉の添加は,曲げ強さのバラツキが大きくなる傾向が見られた。試験片の成形バラツキが,曲げ強さのバラツキ上昇の要因ではないかと思われたが,他の試験片と比較しても大きいことから,アルミナ粉自体が曲げ強さのバラツキが大きくなる特性を有しているものと考えられる。使用したアルミナ粉の分散性や,粒径の影響は考慮していないため,このアルミナ粉添加による曲げ強さのバラツキの上昇については,今後の検討課題としたい。次に,アルミナ粉同様に曲げ強さ向上に効果が認められた無機バインダは,バラツキは小さく安定した曲げ強さであった。曲げ強さの平均値は,アルミナ粉と比較して低いもののバラツキが小さいため,曲げ強さの最低値はアルミナ粉ほぼ同一の値となり,製品の品質安定性という観点からは非常に有効な結果となった。発泡系材料の添加による曲げ強さは,ベースの素地の強さと比較して低下した。また,バラツキは小さい。発泡系の材料は曲げ強さに対しては効果がないことを確認した。

(図1 各試験片の曲げ強さ)

3.3 試験片の断面観察
 添加材による曲げ強さ向上の要因と,発泡系材料による曲げ強さ低下の要因を探るため試験片の断面観察を走査電子顕微鏡で行った。紙面の関係上,観察結果を全て示すことが出来ないが,それぞれ特徴ある状態であった。アルミナ粉の添加は,添加材を加えない素地(図2:透光性ハイ土断面写真)に無数に存在する空隙が減少していたことから,アルミナ粉が空隙を埋める働きをしているものと考えられる。試験片のサイズが測定器の条件を満たしていないため参考値ではあるが,アルミナ粉を10%添加した試験片のヤング率の値(92.9GPa)はベース素地の透光性ハイ土の値(79.6GPa)よりも高い値を示した。アルミナ粉の添加(図3:アルミナ粉10%添加断面写真)により,空隙が減少し緻密化し固くなったため曲げ強さが向上したと推測できた。同様に曲げ強さが向上した無機バインダ(図4:無機バインダ10%添加断面写真)では,素地の空隙は焼成時にガラス化した無機バインダがしみ込む様に埋まると考えられる。しかしながら,無機バインダが融解することで発生すると思われる気泡が確認された。この気泡が,アルミナ添加よりも,曲げ強度が低くなる原因であると推測している。発泡系および軽石系材料(図5:発泡系1添加断面写真)の添加は,泥しょう調整時の分散性が影響している。これらの添加材は,分散性が悪いため凝集し,素地中で繋がった状態となっている。つまり,添加材が亀裂状の隙間を形成してしまい,曲げ強さの低下を招いてしまったと考えられる。

(図2 透光性ハイ土断面写真(200倍))
(図3 アルミナ粉10%添加断面写真(200倍))
(図4 無機バインダ10%添加断面写真(200倍))
(図5 発泡系1添加断面写真(200倍))

 

4.結  言
 本研究は,既存のハイ土(透光性ハイ土)に添加材を加えることにより,ハイ土の特性をコントロールし強度向上や軽量化を目指して実施した。以下に,本研究で得られた結果をまとめる。
(1)添加材として,アルミナ粉を加えると比重が大きくなる。曲げ強さは,無添加のハイ土と比較して1.5倍以上の上昇を確認した。アルミナ粉は,ハイ土組織の気泡などの隙間を埋めて緻密化する効果があると考えられた。
(2)添加材として,無機バインダを加えると比重はほとんど変化しない。曲げ強さは,無添加のハイ土と比較して,約1.5倍の上昇が見られた。無機バインダは,ハイ土組織の気泡などの隙間にしみ込む様に入り込むことで強度向上に効果があると考えられる。
(3)軽量化を期待した添加材は,今回いずれも大きな効果を確認できなかった。これは,成形前の泥しょう調整時の添加材の分散性を考慮しなかったためであると考えられ,凝集した添加材粒子がハイ土中で亀裂の様な状態になってしまったためであると考えられた。
 以上から,ハイ土にアルミナ粉,無機バインダを加えると曲げ強さの向上に効果があることが判明した。今後は,釉薬を施した試験片でより実際の製品に近い状態での評価を進め,強度の高い,且つ上絵加飾可能な素地の開発方法を確立していきたい。また,無機バインダについては,調合の見直しを実施し曲げ強さだけでなく,白色度やその他機能性付与を想定した検討を進めていきたいと考えている。発泡性材料についても,分散性を考慮し軽量化への知見を蓄積していきたいと考えている。

 

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,研究実施当時に金沢工業大学大橋研究室の学生であった川崎真太朗氏,山岡徹也氏のご協力に感謝いたします。また,材料を提供頂いた北陸成型工業(株)に感謝いたします。

 

参考文献
1) 小林雄一, 大平修, 磯山博文. 日本セラミック協会論文誌, 2003, Vol.111, No.2, p. 0122-0125.
2) 小林雄一, 山田光則,中山幹雄,大平修,磯山博文. 日本セラミック協会論文誌, 2003, Vol.111, No.12, p. 872-877.
3) 蒲地伸明,寺崎信,勝木宏昭,小林雄一. 日本セラミック協会論文誌, 2004, Vol.112, No.4, p. 229-233.
4) 川澄一司. ガラスバルーンを用いた多孔質軽量陶器の研究. 滋賀県工業技術センター信楽窯業技術試験場2006研究報告, p. 13-17.
5) JCRS203:1996. 食器用強化磁器の曲げ強さ試験方法.