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無鉛和絵具の改善研究

■九谷焼技術センター 木村裕之 高橋宏

 これまでに九谷焼で使用する無鉛和絵具の開発を行ってきた。現在では,無鉛和絵具を使用した製品数も増えてきている。しかし,絵具の使用者から無鉛和絵具に対して「不透明である」との指摘が多い。本研究では,無鉛和絵具の本格的な使用を前に,これら業界からの意見に対応するため無鉛和絵具の性質改善に関する検討を行った。
キーワード: 九谷焼, 無鉛和絵具, 不透明

Research for Improvement of Lead-free Clear Overglaze Color

Hiroyuki KIMURA and Hiroshi TAKAHASHI

We have developed a lead-free clear overglaze color pigment for Kutani ceramics. The number of products that use lead-free clear overglaze color pigment has been increasing. However, many of the users pointed out that the colors are opaque. In this research, before starting full-scale use of lead-free clear overglaze color pigment, we examined possibilities for improving the quality of the color pigment to respond to comments from the relevant industries.
Keywords:Kutani ware, lead-free clear overglaze color, opacity

1.緒  言
 九谷焼は,上絵具を使用した加飾を特徴とする陶磁器である。陶磁器の上絵具には, 九谷焼に限らず一般的に800℃前後での溶融と透明感を生み出すためにフリット(ガラスの粉砕物)の成分として酸化鉛が使用されている。しかし, 鉛は重金属であり,人体に影響を与える恐れがある。このため,食品衛生法により食器からの鉛溶出量に対し規制値が定められている(鉛の他にカドミウムの規制値も定められている)。環境問題等に対する世界的な関心の高まりから,1999年には国際標準化機構(ISO)の鉛溶出規制値が強化された。この動きに対応し,食品衛生法における「陶磁器の鉛及びカドミウムの溶出規格」の改正が行われた(表1及び表2参照)。約1年間の周知・移行期間が設けられており,平成21年8月1日からの実施が行われる。今回の改正では規制値強化と共に新しく設けられた規格があり,深さ25mm以上の3.0リットル以上と加熱用器具である。近年の食の安全性の問題等を受けて非常に厳しい値となっている。
 これらの規制強化に対応するため,これまでに工業試験場では, 九谷焼で基本色として使用する青(緑), 黄, 紺青, 紫,赤の五色について, 無鉛和絵具の研究開発等1)で無鉛化を行ってきた。また, 金を着色剤として使用した透明感を持つ赤絵具の開発2)や無鉛白盛絵具の開発3)も行ってきた。規制強化の実施期日が定まったことにより,今後,現在以上の無鉛和絵具の使用増加が見込まれる。しかし,絵具の使用者から無鉛和絵具に対して,「濁りが強い(不透明である)」や「かき難い」といった指摘を多数受けてきた。無鉛和絵具の本格的な使用を前に,これら業界からの指摘に対応するため,無鉛和絵具の性質改善に関する研究を行った。

(表1 陶磁器の溶出鉛規格基準)
(表2 陶磁器の溶出カドミウム規格基準)

 

2.実験内容
2.1 濁りの発生要因について
 無鉛和絵具中に濁りが発生する要因について検討を行った。絵付けで使用するのり剤及び凝集剤が,絵具に与える影響について検討を行った。のり剤としてふのりとCMC(カルボキシルメチルセルロース)を使用した。濁りが強い紫絵具について,ふのり及びCMCを添加したものと,ふのりと凝集剤及びCMCと凝集剤を添加したもので検討を行った。紫絵具,ふのり(液体ふのり),凝集剤(垂止め)は市販のものを使用した。CMCについては水に溶解して3.5%溶液濃度に調整したものを使用した。試料作製は,絵具3.8gに水とのり剤(0.35ml)を加えガラス板上で混合した後,垂止め(0.17ml)を加え混合し,ゴスで線描した白素地皿に均一な面積になるように塗布した。絵付け後自然乾燥を十分に行い,電気炉で850℃まで270分で昇温し,15分間保持し焼成を行った(ノリタケチップSP-1の溶融径で27.5〜28.8mmの熱量)。焼成後の試料表面を目視及び光学顕微鏡(20倍倍率)で観察した。また,使用したふのり及びCMCについて化学分析を行った。化学分析試料はろ紙上に200μlを滴下し自然乾燥により測定試料を作製し, 蛍光X線分析装置(理学電機(株)製,システム3270E,50kV,50mA,測定径20mm)で定性分析を行った。
2.2 濁りの低減条件の検討
2.2.1 添加剤の検討
 ふのりを使用し絵付けを行った場合に絵具中に発生する気泡を除去することを目的として、添加剤の効果 について検討した。濁りの傾向の強い無鉛和絵具の紫と黄絵具について検討を行った。添加剤は,硫酸ストロンチウム,酸化スズ,カリ氷晶石,塩基性炭酸亜鉛,銀化合物(特級及び一級試薬)を使用した。黄及び紫絵具50gに水20mlと各添加剤を所定量加えて自動乳鉢で30分間混合した。添加量は,硫酸ストロンチウム,酸化スズ,カリ氷晶石,塩基性炭酸亜鉛については0.5,1.0,2.0%,銀化合物については0.1,0.2,0.4%とした。各添加剤を加えた試料についてふのりのみで,2.1と同様の手順で絵付け及び焼成を行った。濁りの低減効果の状態は,試料を目視で観察・評価した。
2.2.2 凝集剤の検討
 2.1の結果より,業界で垂止めとして使用されている塩化カルシウムでは,ふのりと同時に使用し絵付けを行った場合に濁りを増加させることが確認された。ここでは,ふのりと同時に使用しても濁りの発生の少ない凝集剤について検討を行った。無機材料として塩化アルミニウム,無機高分子,有機材料として高分子凝集剤について検討を行った。のり剤としてCMCを使用し,2.1の条件で絵付け及び焼成を行った。
2.3 改善版無鉛和絵具の試作試験
 2.2では50g程度の実験室レベルの調合試験であった。ここでは,銀化合物及び無機高分子を添加した絵具について実際の絵具製造工程において, 1バッチ2.0kg規模の調合を行った。調合した絵具について無添加の絵具と比較し発色状態(濁りの状態), 剥落傾向,耐酸性について評価を行った。垂止めは加えずのり剤はふのりを使用し,2.1と同様の手順で絵付け及び焼成を行った。耐酸性については,指標としてナトリウムの溶出量を測定した。試験方法は,4.0%酢酸溶液を容器に満たし,24時間室温で静置後,溶液中に溶出したナトリウム成分を原子吸光分光分析装置((株)パーキンエルマージャパン製,AAnalyst800)で定量分析を行った。

 

3.結果及び考察
 絵付け条件(のり剤)の違いによる濁りの発生状態の違いを検討した。各焼成後の試料を目視で観察を行った。ふのりをのり剤として使用した試料では,絵具の下に線描したゴス線はほとんど確認できず強い濁りが発生している。ふのりに垂止めを加えた試料では,ふのりのみに比較し濁りの増加(特に白濁傾向)が観察された。CMCをのり剤として使用した試料では,絵具の下に線描したゴス線を確認することができ,ふのりの様な濁りは観察されなかった。CMCに垂止めを加えた試料では,若干の白濁傾向が観察された。各試料を光学顕微鏡により20倍倍率で観察を行った。のり剤としてふのりを使用した試料では,絵具の下のゴス線はほとんど確認できず,絵具中に無数の細かな気泡が観察された(図1a)。ふのりに垂止めを加えた試料では,より著しく気泡が増加しているのが観察された(図1b)。ふのりのみ(a)で観察した気泡が結合し大きくなったものやそれらが弾けている状態が観察された。のり剤としてCMCを使用した試料では,絵具の下に線描されたゴス線が確認でき,ふのりの様な気泡は観察されなかった(図1c)。CMCに垂止めを加えた試料では,微細な気泡の発生しているのが確認された(図1d)。
 以上の結果より,のり剤としてふのりを使用した場合に強い濁りが確認され,垂止めを加えることにより著しく濁りが増加することが確認された。また,CMCの場合ではのり剤のみでは気泡は観察されなかったが,垂止めを加えることにより白濁傾向が発生することが確認された。光学顕微鏡の観察より,絵具が濁った状態に見えるのは,絵具中に無数の細かな気泡が存在(発生)しているためであることが確認できた。この絵具中に発生している気泡を除去することができれば,濁りを低減する(透明感を増す)ことが可能であると考えられる。表3にふのり及びCMCの化学分析の結果を示す。各元素が酸化物表示となっているが装置の計算上の結果であり,検出時点では各元素が検出される。ふのりでは,多くの成分が検出されている。ふのりは海藻であることから,Na,Mg,K,Ca等の海水成分が多く含まれている。検出された成分で最も多いものはS(SO3)であった。これもふのりが海藻であることからS成分が多く含まれているものと考えられる。CMCについては,ほとんどが有機成分であり,無機成分ではNaとCaが検出された。CMCが水への溶解のためにナトリウム塩の形をしているためである。このようなのり剤の無機成分の違いが,焼成後にみられる絵具中の気泡の状態を生み出すのではないかと考えられる。

(図1 20倍倍率での絵具の表面観察)
(表3 ふのり及びCMCの化学分析)

3.2 濁りの低減条件の検討
3.2.1 添加剤の検討
 各添加剤による濁りの低減効果について検討を行った。紫絵具について,硫酸ストロンチウム,酸化スズ,カリ氷晶石,塩基性炭酸亜鉛では,濁りの低減効果は得られなかった。黄絵具について,硫酸ストロンチウム,酸化スズでは,添加したことによる溶融状態の変化は見られたが十分な濁りの低減効果は得られなかった。黄絵具にカリ氷晶石及び塩基性炭酸亜鉛を2.0%添加したもので,気泡の発生(残留)が少なくなっており,濁りの低減効果を得ることができた。銀化合物を加えたものでは,黄及び紫絵具何れにおいても,絵具の下に線描されたゴス線を確認でき,十分な濁りの低減効果を得ることができた。添加量は,0.1,0.2,0.4%の何れの添加量においても十分な効果を得ることができた。
3.2.2 凝集剤の検討
 塩化アルミニウムは,2.0%溶液濃度のものを使用した。わずかな添加量で十分な凝集能を得ることができたが,添加量を増していくと垂止めと同じく白濁傾向が強くなった。高分子凝集剤は,1.0%溶液濃度のものを使用した。添加量を増やしていっても,十分な凝集能を得ることはできなかった。無機高分子は粉体であるため,添加剤の場合と同じく絵具に所定量加え調整した絵具について検討した。添加量は0.5,1.0,2.0%とした。何れの添加量についても凝集能を得ることができた。また,ふのりと同時に使用しても,従来の垂止めの様な濁りは観察されなかった。
3.3 改善版無鉛和絵具の試作試験
 銀化合物と無機高分子を添加し2.0kg調合した紫及び黄絵具の絵付け焼成を行った。比較として銀化合物及び無機高分子を添加していない絵具も同時に焼成を行った。発色の状態について,無添加の紫と黄絵具では何れでも濁り(気泡の発生)が確認された。銀化合物と無機高分子を添加した絵具では,絵具の下に線描されたゴス線を確認でき濁りの低減効果を確認することができた。剥落傾向については,3度の焼成を行ったが何れの試料においても剥落傾向はみられなかった。耐酸性(ナトリウム溶出量)については, 無添加では黄0.38mg/l,紫0.41mg/l,銀化合物と無機高分子を添加したものでは黄0.40mg/l, 紫0.42mg/lの結果となった。添加剤を加えることによる耐酸性の大きな変化がないことが確認できた。
 今後,更に量産に向けて試験・検討を行っていく予定である。

 

4.結  言
 食品衛生法改正に伴う無鉛和絵具の本格使用を前に,業界からの指摘により絵具の性質改善について検討を行い以下の結果を得た。
(1) のり剤の違いによる試験の結果,ふのりで絵付けを行うと濁りの傾向が強いことが確認された。
(2) 垂止めを加えることで濁りが発生することが確認された。特に,ふのりに垂止めを加えることにより,顕著な濁りが観察された。
(3) 顕微鏡(20倍)による観察から,濁りの要因は絵具中の無数の細かな気泡であることを確認した。
(4) ふのりとCMCの化学分析の結果から,ふのりには無機成分(特にS成分)が多く含まれていることを確認した。
(5) 濁りの傾向の強い紫と黄無鉛和絵具について,添加剤による濁りの低減効果を検討したところ,銀化合物を添加したもので良好な結果を得た。
(6) 凝集剤の検討の結果,無機高分子を添加したもので良好な結果を得た。
(7) 銀化合物と無機高分子を添加した紫及び黄絵具について2.0kg規模の試作試験を行い良好な結果を得た。

 

参考文献
1) 木村裕之. 石川県九谷焼試験場研究報告, 2002, No53, p. 17-20.
2) 木村裕之. 石川県工業試験場研究報, 2004, No54, p. 67-70.
3) 木村裕之. 石川県工業試験場研究報, 2006, No55, p. 51-54.