簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:358KB、6ページ)


包接能化合物固定化技術の開発とその加工プロセスの実用化
−シクロデキストリン固定化技術によるスキンケア加工製品の開発−

■繊維生活部 山本孝 神谷淳
■企画指導部 木水貢
■小松精練(株) 金法順正 田口栄子
■根上工業(株) 吉本克彦 北伸也
■(株)シクロケム 寺尾啓二 四日洋和
■福井大学 久田研次
■7JSTイノベーションプラザ石川(現在の所属:繊維生活部) 廣垣和正

 合成繊維織物は,近年の消費者ニーズの多様化から,従来の機能加工だけではなく,スキンケアや紫外線カットなど様々な機能が要求されている。一方で,優れた機能を持ちながら,そのままでは熱や光等に対して不安定なために活用できなかった機能性成分がある。これを解決するために,分子内部の空洞に取り込むことで安定化できるシクロデキストリンを利用し,繊維表面への機能加工技術の確立とその応用製品の開発を検討した。その結果,イソシアネート系架橋剤とグリオキザール系架橋剤の配合を調製した処理液を用いることでシクロデキストリンを合成繊維表面に堅固に固定できることを見出した。また,実際の生産機械を用いて加工試験を行い,実用化可能であることを確認した。さらに,開発技術でビタミンE包接体を固定した織編物を試作し,着用試験でスキンケア効果が期待できることを確認した。
キーワード: シクロデキストリン, 包接能, ビタミンE, スキンケア

Development of Inclusion Complex Fixation Technology and its Practical Application
-Development of Skin-care Fabric with Cyclodextrin Fixation Technology-

Takashi YAMAMOTO, Mitsugu KIMIZU, Jun KAMITANI, Junsho KANENORI, Eiko TAGUCHI Katsuhiko YOSHIMOTO, Shinya KITA, Keiji TERAO, Hirokazu SHIGA, Kenji HISADA and Kazumasa HIROGAKI

In recent years, demand has been increasing for synthetic fiber fabric to have various functions such as a skin-care effect or UV resistance, in addition to conventional functions. However, some excellent functional compounds cannot be used because of properties such as susceptibility to heat or light, etc. In order to solve this problem, a processing technology for the application of a specific function to a fiber surface was developed, and its practical application was examined by using cyclodextrin that could be stabilized in the intramolecular cavity. It was found that the cyclodextrin could be fixed on the surface of the synthetic fiber by using a mixture of isocyanate and glyoxal cross-linking agents. Moreover, it was confirmed that the developed technology could be put into practical use through processing examination using a production machine. In addition, it was confirmed that the woven fabric that was fixed with vitamin E inclusion complex by means of the developed technology had a skin-care effect.
Keywords: cyclodextrin, inclusion ability, vitamin E, skin-care

1.緒  言
 合成繊維の製品開発にあたっては,これまで絹等の天然繊維の風合いや性質を目標とした技術開発が行われており,当場でもイタリアシルク研究所と共同でポリエステル織物にシルクプロテインをコーティングする技術を開発した1,2)。近年は,消費者指向の多様化によって,天然繊維を目指した技術開発に加え,抗菌,防臭,紫外線カットといった機能性加工や,スキンケアなどこれまでにない機能を持った製品に対するニーズが高まっている。
 シクロデキストリン(cyclodextrin;CD)は,デンプン類に酵素を作用させて得られる環状オリゴ糖である。図1のように6個から8個のグルコースが環状に連なった構造をしており,その数によってそれぞれα-CD,β-CD,γ-CDと呼ばれている。シクロデキストリンの環状構造の内部は疎水性,外部は親水性を示し,内部の空洞に有機分子を取り込む(包接)という特殊な性質を持っている。分子を取り込んだ状態のシクロデキストリンを包接体と呼び,包接することによって,熱や紫外線に不安定で分解されやすい物質を安定化したり,香料等を徐放,あるいは臭いや味をマスキングするといった効果が得られる3)-6)。このような性質を持つシクロデキストリンを材料表面に堅固に固定することができれば,これまで活用できなかった機能性成分を用いた高付加価値製品の開発が期待できる。
 本報告では,シクロデキストリンを繊維製品に固定する技術の確立とこの技術を応用したスキンケア製品の開発について検討した結果を報告する。

(図1 α-シクロデキストリンの構造)

 

2.実験方法
2.1 固定化技術の検討
 シクロデキストリンを繊維に固定しようという試みについては,シクロデキストリン誘導体(モノクロロトリアジノ-β-シクロデキストリン)を用いて綿などに固定する方法7)が示されているが,ポリエステル繊維など反応碁を持たない合成繊維への固定化には適用できない。そこで,本研究では,先に開発したシルクプロテインコーティング技術1,2)を参考にした。この技術では,セリシンをイソシアネートで架橋し,これをコーティング剤としてポリエステル繊維に堅固に固定するというものである。本研究においてもイソシアネート系架橋剤に着目し,シクロデキストリンの持つ水酸基と反応させることで耐久性の優れた被膜形成を目指した。具体的には,有機溶剤に可溶なタイプ(溶剤系)と水に分散可能なタイプ(水系)の2種類のイソシアネート系架橋剤を用いた。特に,有機溶剤を用いた加工方法は環境対策(作業環境,廃棄処理)の点から実用化にあたっての課題が多いと考えられるため,水系のイソシアネート系架橋剤を中心に検討をすすめた。これらについて,加工処理液の濃度,配合条件,熱処理条件と固定処理布の洗濯耐久性との関係を検討した。
 ビタミンE(α-トコフェロール)は,優れた抗酸化能,メラニンの排出生成抑制,血行促進,保湿等の効果があると言われているが,そのままでは紫外線や熱に対して不安定である。このため,応用にあたっては化学的に安定な状態に変成した誘導体を用いているが,誘導体化によって効果自体も低下するという問題がある。一方,シクロデキストリンに取り込まれた状態のビタミンEは,耐光性,耐熱性が大きく向上することが知られており,これを布加工に利用できれば高い抗酸化能を活かした繊維製品を開発することが可能となる。これらのことから,ビタミンEとγ-CDによる包接体を用いて固定化条件を検討した。固定化の耐久性は,加工布の重量変化とビタミンE量の変化をもとに評価した。

(図2 ビタミンE包接体の模式図)

2.2 実機による固定化試験
 固定化技術の実用化にあたっては,生産設備のレイアウトや機構にあわせた時間で加熱処理する必要がある。また,加工によって生じる風合い硬化の改善方法も課題である。このため,まず,実験室レベルで熱処理時間や処理液濃度の影響,風合い改善方法について検討し,この結果をもとに,小松精練(株)の生産機械を用いて固定加工試験を行った。
2.3 ビタミンE包接体固定化布の性能評価
 ビタミンE包接体を固定加工した試作布と市販の類似品について,ビタミンEの効能である抗酸化能を比較した。抗酸化能は,加工布を浸漬したDPPH(2,2-ジフェニル1-ピクリルヒドラジル)ラジカルのエタノール溶液について,ラジカルの減少量を吸光度(515nm)から求めることで評価した。
 また,ビタミンE包接体を固定加工したサポータを試作し,外部機関に依託して着用試験によるスキンケア効果を検討した。具体的には,17人の被験者に対し,右腕前腕部にビタミンE加工サポータ,左腕前腕部に未加工サポータを8週間にわたって睡眠中に着用してもらい,着用前後の皮膚性状の変化(水分量,弾力性,キメの細かさ)を測定した。図3に皮膚弾力性の測定方法を示す。減圧による皮膚吸引時(Uf)と減圧開放時(Ua)の引き込まれた高さの差を皮膚弾力性として評価した。数字が大きいほど弾力があることを示す。さらに,製品の安全性を確認するため,実機で試作したビタミンE包接体固定化布に対して,外部機関に依託して人体に対するパッチテスト(皮膚貼付けテスト)を行った。

(図3 皮膚弾力性の評価方法)

 

3.結果と考察
3.1 ビタミンE包接体の固定化と耐久性評価
 有機溶剤に可溶なタイプ(溶剤系)と水に分散可能なタイプ(水系)の2種類のイソシアネート系架橋剤について,シクロデキストリンを固定した加工布の耐久性を検討した。水系のタイプについては,水との反応を抑制するタイプ(ブロックタイプ)のイソシアネート架橋剤も検討した。図4に各試料のシクロデキストリン脱落割合を示す。試料を純水に浸して超音波を照射し,上澄み液にフェノールフタレイン溶液を加えて吸光度を測定することでシクロデキストリンの脱落量を算出した。溶剤系のイソシアネート架橋剤を用いた場合に優れた耐久性を示し,非ブロックタイプの水系イソシアネートが最も多くのシクロデキストリン脱落量を示した。非ブロックタイプでは,イソシアネート基がシクロデキストリンと反応する前に水と反応して十分な架橋ができなかったためと考えられる。さらに,溶剤系とブロックタイプの水系イソシアネートでシクロデキストリンを固定加工した試料について,洗濯後の重量変化から耐久性を評価したところ,どちらも50回洗濯後で85%以上という高い残存率を示した。
 ビタミンE包接体とブロックタイプの水系イソシアネートを各種条件で配合した処理液を用いて固定化実験を行い,試作した加工布について,ビタミンE量の変化から洗濯耐久性を検討した。ビタミンE量は,洗濯前後の固定化布を細かく裁断し,エタノールを加えて超音波を1時間照射,2時間静置後に再度超音波を1時間照射することで抽出液を得,これを高速液体クロマトグラフィで測定することで求めた。
 図5に示すように,高濃度(配合液量として13.3%,固形分では4%)のイソシアネートを配合した処理液であれば,包接体と架橋剤の配合を調整することによって50回の洗濯後でもビタミンEが15%残存する布を作製することができた。しかしながら,実用化にあたっては,設備上の制約や加工布の風合い硬化の点から高い濃度での加工は難しい。このため,低濃度(配合液量として2%,固形分では0.6%)で加工したところ,洗濯5回後でビタミンEの残存率が0%となり,十分な洗濯耐久性が得られなかった。
 この問題を解決するため,あらためてイソシアネート系架橋剤に加えて他の架橋剤(グリオキザール系,メラミン系,イミン系,オキサゾリン系)についても検討した。その結果,イソシアネート系架橋剤とグリオキザール系架橋剤を配合することによって,低濃度条件でも5回の洗濯後でビタミンEの残存率が初期の40%,50回洗濯後でも初期の5%残存する洗濯耐久性の優れた布を作製することができた。図6に加工布の走査型電子顕微鏡写真を示す。イソシアネート系架橋剤単独のものには包接体によると考えられる凝集物の偏在がみられるが,グリオキザール系架橋剤を添加した布は均一な表面状態を呈している。グリオキザール系架橋剤はシクロデキストリンと同じくグルコースからなるセルロース系繊維の防縮型仕上げ剤として一般に用いられていることから,イソシアネート系架橋剤単独よりもシクロデキストリンの持つ水酸基との架橋反応が促進され,これによって凝集物形成を抑制し,洗濯耐久性が改善されたと考えられる。
 一方,グリオキザール系架橋剤の配合量を増やすとビタミンEの固定化率が低下した。このため,製品化にあたっては,ビタミンE量と洗濯耐久性とのバランスから包接体と各架橋剤の最適な配合条件を設定する必要があることがわかった。

(図4 水洗によるシクロデキストリンの脱落割合)
(図5 ビタミンE包接体固定化布の洗濯耐久性)
(図6 加工布の走査型電子顕微鏡写真)

3.2 実機による固定化条件の検討
 固定加工時における熱処理時間の短縮の影響や加工布の風合い改善方法について検討した結果,熱処理時間を短縮すると洗濯耐久性が低下する傾向にあることや,加工処理液にポリエステル系柔軟成分を添加したり,固定加工後にもみ加工を施すといった方法で洗濯耐久性を大きく損なわずに柔軟性に優れた織物が得られることなどがわかった。これらの結果をもとに,生産設備を用いてビタミンE包接体の固定加工試験を行った。その結果,実際の生産に準じた条件(加工速度12m/分,反応時間1分)で織編物(実験にはポリエステル織物約200m,ナイロン織編物約50mを使用)を問題なく加工することができた。

3.3 ビタミンE固定化布の機能性評価
3.3.1.固定化布の抗酸化能評価
 試作したビタミンE固定化布について,抗酸化能を市販類似製品と比較検討した。資料等8)から,市販品Aは,界面活性剤でビタミンEと脂溶性ビタミンCを固定化したタイプ,市販品Bは,繊維表面に液晶被膜を形成してスクワランとビタミンEを固定化したタイプ,市販品Cは,ビタミンEをマイクロカプセルに封入して繊維表面に固定化したタイプとされている。前述のように,α-トコフェロールは不安定な化合物であるため,一般的には安定化した誘導体を用いることが多い。市販類似品のビタミンEの種類を調べた結果,市販品AとBにはα-トコフェロールが,市販品Cからは誘導体である酢酸α-トコフェロールが検出された。α-トコフェロール量は,開発技術で試作した布が市販品A,Bより10倍以上多く,市販品Cの酢酸α-トコフェロール量と同程度であった。10回洗濯した後のビタミンE含量についても,試作布は市販類似品と同等かそれよりも多く,充分な洗濯耐久性を示した。
 図7にビタミンEの効能である抗酸化能について,試作布と市販類似品を比較した結果を示す。試作布は,市販類似品と比べて,6倍から35倍大きなラジカル消去活性を示し,市販類似品を大きく上回る抗酸化能を有していることがわかった。市販品Cの酢酸α-トコフェロール量は試作品のα-トコフェロール量と同等であるが,酢酸α-トコフェロールの抗酸化活性は,α-トコフェロールと比べておよそ1/1000と言われている9)ことから,結果的に加工布の抗酸化能が低かったと考えられる。

(図7 DPPHラジカル消去活性の比較)

3.3.2 スキンケア性能評価
 試作したビタミンE包接体固定化サポータについて着用試験を行った。図8に皮膚弾力性を測定した結果を示す。ビタミンE加工サポータは,未加工サポータと比較して皮膚の弾力性を改善する効果が見られた。また,人体に対するパッチテストの結果,人体に対して安全であることを確認した。

(図8 着用試験による皮膚弾力性の変化)

3.4 製品の試作
 あらかじめインクジェットでプリントしたポリエステル織物を用いて生産設備でビタミンE包接体固定化加工を行い,加工織物を用いてドレス,パンツスーツ,ジャケット,ブラウス等の製品を試作した。これら試作品を各種展示会に出品し,このうち全国の繊維系公設試験研究機関が地域企業と共同開発した製品の展示会「全国繊維技術交流プラザ」において優秀賞を受賞した。

(図9 ビタミンE包接体加工織物で試作したドレス)

 

4.結  言
 本研究では,包接能を持つシクロデキストリンを繊維製品に固定する技術とこの技術を応用したスキンケア製品の開発について検討し,以下の成果を得た。
(1) 架橋剤として水系のイソシアネート系架橋剤とグリオキザール系架橋剤を併用し,包接体との配合条件を調整した処理液を用いることによって,洗濯耐久性の優れた固定化加工ができることを見出した。さらに,生産機械で加工試験を行い,実用化可能であることを確認した。
(2) ビタミンE包接体を固定化した試作布について,市販類似品と抗酸化能を比較した結果,試作布は市販類似品を大きく上回る抗酸化能を有していることを確認した。また,ビタミンE包接体を固定加工したサポータを用いて外部機関で着用によるスキンケア効果試験を行った結果,未加工サポータと比べて皮膚の弾力性を改善する効果を示した。さらに,人体に対するパッチテストで安全性を確認した。
(3) 生産機械でビタミンE包接体固定化加工した織物を用いて試作したドレス等の製品を各種展示会に出品し,新たな機能性加工として好評を得た。
 以上の成果をもとにシクロデキストリン固定化技術に関する特許を出願した。また,共同研究企業において開発技術の製品化・事業化に向けた取り組みをすすめており,早期の実用化を目指したい。
 なお,本研究は,(独)科学技術振興機構JSTイノベーションプラザ石川の育成研究として平成17年度から19年度にわたって実施された研究成果の一部である。

 

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた福井大学教授堀照夫氏に感謝します。

 

参考文献
1) 山本孝, 神谷淳, 森大介, C. Peruzzo, G. M. Colonna, B. Marcandalli, 堀照夫. シルクプロテイン利用による高付加価値織物の開発. 石川県工業試験場研究報告. 2003, vol. 52, p. 31-36.
2) 神谷淳, 山本孝, 森大介, C. ペルッツオ, G. M. コロンナ, 堀照夫. ミルクホエー共存下におけるセリシンの改質とそのコーティングポリエステル布帛の特性. 繊維学会誌. 2005, vol. 61, no. 7, p. 196-200.
3) 寺尾啓二. 食品開発者のためのシクロデキストリ ン入門. (株)日本出版政策センター, 2004, 158p.
4) 原田一明. シクロデキストリン超分子の構造化学. (株)アイピーシー, 2000, 201p.
5) シクロデキストリン学会. ナノマテリアル・シクロデキストリン. 米田出版, 2005, 280p.
6) (株)シクロケム社. http://www.cyclochem.com/, (参照 2008-08-18).
7) U. Denter, E. Schollmeyer. Surface modification of synthetic and natural fibres by fixation of cyclodextrin derivatives. Journal of Inclusion Phenomena and Macrocyclic Chemistry. 1996, vol. 25, p. 197-202.
8) 糸山光紀. 着るビタミン. 繊維機械学会誌. 2003, vol. 56, no. 6, p. 149-153.
9) ワッカー−ケミー ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング. β-シクロデキストリン又はγ-シクロデキストリンとα-トコフェロールとからなる複合体,その製造方法及びそれを含有する化粧品. 特開2003-238402. 2003-08-27.