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ITと工芸素材による伝統工芸デザイン支援システムの開発

■繊維生活部 高橋哲郎 松山治彰 梶井紀孝 餘久保優子
■電子情報部 加藤直孝

 高精細な質感表現とリアルタイムレンダリングが可能な3次元コンピュータグラフィックスシステムに,工芸素材の高品位な質感表現機能とその質感に対する感性評価支援機能を組み込んだ伝統工芸デザイン支援システムを開発した。実際の商品開発プロセスでシステムの試用評価を行った結果,「作り手」「売り手」「買い手」の間で求める商品イメージの共有化ができ,デザイン検討や試作に費やす時間とコスト,さらに誤発注や在庫リスクなどが大幅に軽減し,システムの有用性を確認した。
キーワード: 伝統工芸, デザイン, 3次元CG, 質感表現, 感性評価支援

Development of design review support system for designing traditional crafts based on IT and craft’s materials.

Tetsuro TAKAHASHI, Haruaki MATSUYAMA, Noritaka KAJII, Yuko YOKUBO and Naotaka KATO

We developed a system to support reviewing of the designs of traditional crafts by means of a 3D computer graphics system, which enables high-definition expression of texture and real-time rendering of the images, and is incorporated with the evaluation function of the user’s response to the texture and pattern. Experimental tests using the system in the actual product development process (designing, prototype production, etc.) confirmed that the system was effective for producers, sellers and purchasers (users) to share product images sought by the market, since communication among them was facilitated. The result was that cost and time for making prototypes, false ordering and inventory risks were all reduced.
Keywords: traditional crafts, design, three-dimensional CG, texture-review (generating camouflage materials), user’s response

1.緒  言
  石川県の伝統工芸産業は,全国第2位の企業数と生産額を誇り,国や県などが指定する伝統的工芸品は36品目にも及ぶが,現在,その生産額はピーク時の4割以下に落ち込んでいる。この状況を打開するためには,伝統工芸産地に多く見られる分業制において,製造に関与する複数の職種間でこれまで以上に緊密な意思疎通を行い,デザイン検討や試作の合理化,在庫リスクの軽減などを図る必要がある。また,近年のライフスタイルの変化や価値観の多様化に対応した新商品開発や新市場開拓を行うためには,「作り手」「売り手」「買い手」の間で,互いに求める商品イメージの明確化,共有化を図ることが重要と考える。
 そこで本研究では,商品開発のデザイン工程にコンピュータグラフィックス(以下,CG)技術を用い,仮想的かつリアルな画像によって視覚的な情報を共有することで,関係者間の相互理解や共感を深め,試作工程における効率的なデザイン検討が行える伝統工芸デザイン支援システム(以下,システム)を開発した1)。

 

2.システムの開発
2.1 システムの基本構想
 伝統工芸品や工芸素材を用いた製品のデザインプロセスをみると,商品企画・設計段階には,アイデアスケッチ,図面(一部に3次元CAD使用),形状モデル(一部に3次元CAD/CG使用)などを用い,商品化検討・商談段階には,試作品と質感・表面仕上げや文様の手板見本(一部に3次元CG使用)などを用いてデザイン案の提示,評価,決定を行うことが多い。
 特に,新たな商品や手板の実物見本によって提案するには膨大な時間とコストがかかるため,作り手によるデザインの具現化や顧客へのデザインレビューには,デザインイメージに忠実な仮想的可視化と顧客が求める感性価値の把握が必要となる。このため,後述する工芸素材データベース,工芸素材の高品位な質感表現手法,工芸素材に対する感性評価手法などを組み込んだシステムを目指した(図1)。

(図1 伝統工芸品のデザインプロセス)

2.2 工芸素材データベースの構築
 石川県には,九谷焼,輪島塗,山中漆器,金沢箔など国内有数の伝統工芸産地がある。産地で共有できる質感や文様のデータベースを構築するため,各産地組合の協力を得て約200種類の手板見本を作製し,高解像度イメージスキャナによってデジタルデータ化した。また,一部の素材データは,光学異方性反射特性BRDF(Bi-directional Reflection Distribution Function)データを計測し,CG上で忠実な質感表現2)を実現した。
 また,産地企業の一部では,Shadeなどの汎用性ある3次元CADでデザインを行っているが,IT技術に不慣れな複数の産地企業からの要望で,定番商品の3次元形状データ約80点を作成し,上述の質感・文様データと併せて,工芸素材データベースを構築した(図2)。

(図2 工芸素材データベース)

2.3 質感表現手法の応用
 工芸素材の高品位な質感表現とリアルタイムレンダリング(形状モデルへの質感データ貼り込みやモデルのアングル変更時に瞬時に描画すること)が可能な3次元CGを活用し,工芸素材の質感や文様を自在かつ簡便に貼り替えられるデザインシミュレーション機能を追求することで,伝統工芸デザイン特有のシステムに構築した(図3)。金箔,漆,陶磁器等の質感や絵柄を素材一覧から自由に選択してテクスチャマッピングを実行でき,さらに,マッピング後のテクスチャ編集も可能にした。

(図3 伝統工芸デザイン支援システムの機能)

2.4 感性評価手法の応用
 「作り手」「売り手」「買い手」の間で,工芸素材に対する印象の受止め方の違いがコミュニケーションの阻害要因の一つになると考えられるため,工芸素材と印象語との相関(類似)関係を求め,そのデータをもとに感性評価を行った。具体的には,九谷焼の工芸素材30点を対象に,26個の印象語(形容詞対)をもとに男女211名による感性評価を行い,その数値をもとにファジィ対応分析3)によって感性評価データを求めることで,感性評価支援システムを構築した。
 システムのユーザが,年代,性別,印象語を指定すると,その印象語に近い順に工芸素材がサムネイル形式で提示され,その中から任意の素材データを選択して形状モデルにマウスドラッグすることでテクスチャマッピングが行える。この操作によって簡便に工芸素材の貼替えシミュレーションが行える。なお,工芸素材と形容詞対の対応関係は2次元マップでも表示できるようにした。
2.5 拡張機能の追加
 産地企業および工芸素材を活用する異業種メーカーなどの要望から,以下の拡張機能を追加した。
 本システムはCG描画専用ソフトであるため,形状データについては,汎用性の高い3次元CAD/CGで作成した後にシステムに取り込むことが前提となる。このため形状データは,産地企業やデザイン系の企業,大学などで普及しているShadeのほか,Maya,Rhinocerosなどの汎用性のあるCAD/CGでモデリングしたデータをシステムに取り込むためのエクスポータ(描き出し機能)を開発した。
 形状データに貼り込む質感・文様データは,前述の質感データベースから選択するほか,デジタルカメラやスキャナで撮った素材データを取り込む機能を追加した。さらに,商品の使用環境に仮想設置してデザイン検討ができるように,デジタルカメラで撮った環境写真を取り込む機能も追加した。これらの機能により,仮想モデルの着せ替えや背景写真の合成などがマウスクリックで簡単に実現できる。
 また,作成したCG画像は写真データやビデオデータとして保存することができるので,顧客に対する高いプレゼンテーション効果が期待できる。
 その他,IT技術に不慣れな伝統工芸産地企業のためにGUI(システムの操作性)を追求し,開発用の「つくるモード」,営業用の「みせるモード」を用意したことで,システムのユーザは選択的に利用できる。

 

3.デザイン支援システムの試用評価
 開発するシステムが,産地企業や工芸素材を活用する異業種メーカー,流通業など個々の実情に応じて,より効果的で使いやすいものとなるように,システムの試作から完成に至る各段階でシステムを貸し出し,試用評価および結果のフィードバックを行い,システムの改善に役立てた。結果は以下のとおりである。
3.1 産地企業での試用評価
 IT技術に不慣れな産地企業のために,あらかじめ県内のIT関連企業,工業デザイン事務所によるサポート体制を整備した。産地企業がこれらの企業からデータ制作の支援を受けながら,実際の商品開発や商談の場で試用評価を行い(図4),以下の結果が得られた。
・製品仕様を職人や取引先に正確に伝えられ,商品企画や試作の時間とコスト,誤発注などが削減できる。
・高級品や大型商品の仮想試作,仮想在庫に特に有効。
・建築内装や展示会・店舗ディスプレイにも使いたい。
・商談や展示会に多くの品物を搬送する必要がなく,基本的な商品サンプルがあれば,後はCG画像で対応できる。
・個別商談にはノートPC,広い展示会や商談会でのプレゼンテーションには大型ディスプレイが有効。
・遠隔地(特に海外)の顧客との交渉には,背景写真の合成を含めてCG画像によるメール通信が有効。
・パソコンやディスプレイのモニター表示色はそれぞれに異なるため,素材の実物サンプルは必携となる。
・産地の共有データベースよりも,企業独自の形状・質感データを活用したい。

(図4 産地企業でのシステム評価)

3.2 産地企業と異業種間での試用評価
 今後,産地企業が異業種メーカーとともに新商品開発や新市場開拓を推進することを想定し,ここでは産地企業と松下電工(株)との間で,九谷焼,漆,金箔を用いた照明器具を共同開発テーマに,実際の商品開発プロセスでシステムの試用評価を行った。
 通常,異業種間で商品開発を進める場合は,意思疎通が難しく,試作や手直しの回数が増えてしまうことが多い。特に,伝統工芸技法を用いた工業製品を開発する場合は,細部の形状,色や表面仕上げ,加飾などの面で誤解が生じやすくなる。今回は松下電工(株)が手描きによるアイデアスケッチと3次元CADによる形状データを提供し,一方の産地企業は,工業試験場とともにシステムによって質感や文様を再提案するというかたちで,実際の新商品企画,開発を試みた(図5)。
 その結果,デザイン検討に要する時間が通常の半分程度に短縮でき,さらに実際の製品試作も2回程度で済むなど,開発に費やす時間とコストが大幅に削減できることが確認できた。特に今回は遠隔地の共同開発であったため,CG画像のインターネット交信が効果をもたらした。

(図5 産地企業・異業種メーカーでの試用評価)

3.3 産地企業と大学間での試用評価
 本研究では,地域における産学官連携研究の促進もテーマにしていたため,金沢漆器商工業協同組合および金沢美術工芸大学とともに,新たな漆器をテーマに実際の商品開発を通してシステムの試用評価を行った。学生は実際の商品開発にも工芸素材にも不慣れなため,異業種間の場合よりさらに意志疎通が難しくなる。そこで,組合の代表から漆器の製造工程,流通動向,購入後の取り扱いなどについて事前にレクチャーを受け,学生自らが商品企画からデザイン提案,職人との共同試作,展示計画,模擬商談までを行った(図6)。
 その結果,同大学で扱うCADソフトがShade中心であったことから,システムへの形状データ取り込みやシステムを用いたプレゼンテーションが円滑に行え,大学,産地問屋,職人の間で,デザイン意図や仕上がりのイメージが正確に伝わった。また,現物試作に入る前にシステムを用いて加工方法やデザイン面の詳細仕様を十分に詰めることができたため,通常は何度も試作の手直しが必要になるところを,ほとんど修正せずに試作品を完成することができた。

(図6 産地企業・地元大学での試用評価)

 

4.結  言
 高精細な質感表現およびリアルタイムレンダリングが可能な3次元CGに,工芸素材の高品位な質感表現機能と工芸素材に対する感性評価支援機能を組み込むことで,「作り手」「売り手」「買い手」の間で,互いに求める商品イメージを明確化,共有化しながら商品開発や商談が円滑に進められるデザイン支援システムを開発した。
 産地企業,異業種メーカー,大学のほかIT・デザイン関連のサポート企業とともに,実際の新商品開発プロセスを通じてシステムの試用評価および結果のフィードバックを繰り返した結果,商品のデザイン検討や試作に費やす時間とコスト,さらに誤発注や在庫リスクなどが大幅に軽減できることを確認した。また,システムの完成度が高まり,平成20年度内に商品化される見込みとなった。
 現在求められている感性価値の高い伝統工芸品開発,工業製品やインテリア・建築部材等への新分野進出,さらに,海外市場への進出やコンテンツ産業での新ビジネス創出に寄与できるものと考えている(図7)。

(図7 今後の展開)

 

謝  辞
 本研究は,文部科学省の都市エリア産学官連携促進事業(石川南部エリア)「温新知故産業創出プロジェクト」の一環で実施したものです。
 研究遂行に当たり,ご助言を頂いた北陸先端科学技術大学院大学教授の中森義輝氏,宮田一乘氏ならびに金沢美術工芸大学教授の村中稔氏に感謝します。また,システムの開発や試用評価等にご協力を頂いた関係企業ならびに県内の産地組合の皆様に感謝します。

 

参考文献
1) 餘久保優子, 加藤直孝, 高橋哲郎, 梶井紀孝, 荒井潤一, 原田 崇. ユーザの感性を反映した伝統工芸デザイン支援システムの開発. 感性工学と感情研究の国際会議, 2007, p.10-12.
2) 宮田一乘, 光武眞意, 友井俊弘, 田下博, 今尾公二, 坂口嘉之. BRDFとハイトマップデータを用いた金箔素材のCG表現法. 画像電子学会. 第231回研究会講演予稿集, 2006, p.55-60.
3) 領家美奈, 中森義輝. 感性ワードと評価対象のファジィ対応分析. 第8回日本感性工学会大会予稿集, 2006, p.360.