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騒音に配慮した音声案内装置の開発

■電子情報部 前川満良

 視覚障がい者のために音声で案内する装置が普及するなかで,音声案内装置が騒音源となる課題が顕在化し始めている。本研究では,まず,音声案内装置の利用状況を解析し,人が立ち止まっているときに音声案内を繰り返してしまう過剰反応や周囲の音量に関係なく大音量で音声案内を行う過剰音量が騒音の原因であることが分かった。過剰反応に対しては,2つの焦電型赤外線センサを持つ知的人感センサを開発し,過剰反応を98.5%減少させることができた。過剰音量に対しては,周囲の音量によって音声案内の聞こえる音量を実験で求め,周囲の音量を計測しながら音量を調整する機能を開発した。この2つの機能により,従来よりも騒音に配慮した音声案内装置が実現できた。
キーワード: 視覚障がい者, 音声案内装置, 騒音, 焦電型赤外線センサ

Development of a Noise-conscious Voice Guide System

Mitsuyoshi MAEKAWA

Now that the voice guide system for people with a visual disability has become widely used, the noise that it produces is becoming a serious problem. First, we investigated situations in which voice guide systems were used, and found excessive response by the human detection sensor and excessive voice volume to be some of the causes of the noise. The excessive response brought about repetition of the voice guide even when people were not moving. The excessive voice volume was due to the fact that the volume was constant regardless of the ambient sound volume. Next, in order to reduce the excessive response, we developed a human detection sensor system with 2 PIRs (passive infrared sensors). It was confirmed that the excessive response was reduced by 98.5% by these sensors. In order to reduce the excessive voice volume, we developed a means of adjusting it based on measurement of the ambient sound volume. These two improvements enabled us to develop a voice guide system that is conscious of noise.
Keywords:people with visual disabilities, voice guide system, noise, passive infrared sensor

1.緒  言
  1994年に「高齢者,身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(ハートビル法),2000年に「高齢者,身体障害者等の公共交通期間を利用した移動の円滑化に関する法律」(交通バリアフリー法)が施行され,公共性の高い施設のバリアフリー化が急速に進んできた。これにともない,視覚障がい者に対するバリアフリー化としてエレベータなどの設備機器,案内板,券売機,公共端末などに音声案内装置が組み込まれてきている。しかし,音声案内装置の普及にともない「うるさい」という新たな課題を生み出し,「うるさいので設置しない」,「夜間はスイッチを切る」といった事例がある。その後両法律を改正,集約し2006年に施行された「高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー新法)では,エスカレータに音声案内の設置を義務化し,さらに音声案内装置の普及を促している。その一方で,同法律のガイドラインでは「騒音とならないように配慮すること」と記載され,騒音が問題視されはじめたことが伺える。
 これまでこの課題に対して,指向性スピーカを利用する方法1)2)と携帯用端末機を利用する方法3)4)が開発されている。前者の指向性スピーカを利用する方法は,音声案内が聞こえるエリアを狭く限定し,その周囲には音声を漏らさないことで騒音を低減させる方法である。しかし,指向性スピーカは構造的に小型化が難しく,さらに高価であることから普及していない。後者は,利用者が専用の端末機を持つ方法とラジオを持つ方法に大別される。いずれも案内装置本体から案内音声が端末機に送信され,手元の端末機から音声案内が行われる方法である。手元もしくはイヤホンで聞き取るため,周囲の人への騒音を低減することができる。しかし,端末機を持ち歩く不便さと,常に手元から音が聞こえるために目標物の方向と距離が分かりにくいという課題が指摘されている。
 そこで本研究では,まず従来の音声案内装置が騒音を引き起こす原因を解析し,その原因に対する対策技術を開発した。これにより,音声案内としての役割を果たしながら騒音とならない音声案内装置が実現でき,バリアフリー化を促進させることが可能となった。

 

2.音声案内の騒音原因
  従来の音声案内装置は,焦電型赤外線センサを用いて人の動きを検知し,音声案内を行っている。しかし,焦電型赤外線センサでは静止している人を検知し続けることが難しいことから,人の動きを検知する度に音声案内を行う制御方法が採用されている。そのため,図1のように案内板の前で触知図を読み取るために停留している間,何度も同じ音声案内が繰り返される。この「過剰反応」が騒音原因の1つであり,音声案内が必要な視覚障がい者にとっても騒音となっていた。
 さらに従来の音声案内装置では,音声案内の音量が固定式もしくはタイマー2種類の音量を昼夜で切りかえるタイマー式が採用されている。いずれの方式も周囲の音量に関係なく音声案内が行われるため,静かな時でも大音量となる。この「過剰音量」も騒音原因の1つであり,設置現場の調査では設置されているにもかかわらず電源が切られている例もあった。
 このような騒音の原因に対して,本研究では(1)過剰反応を減少させるために,人の検知から音声案内を行う判断までのアルゴリズムを高度化させる「知的人感センサの開発」と(2)過剰音量を減少させるために,周囲音量を考慮して案内音量を調整する「音量調整機能の開発」を行い,騒音の低減を図った。

(図1 従来センサによる音声案内方法)

 

3.知的人感センサの開発
3.1 人感センサの高度化
 音声案内付き触知案内板では,視覚障がい者が触知図を読み取る間は,案内板の前で停留するために過剰反応が起きやすい。この過剰反応を減少させるためには,人の行動パターンと現在位置を把握する必要がある。
 しかし,従来の装置では焦電型赤外線センサを1つ用いて「人が検知エリア内で停留している状態と検知エリア内に存在しない状態の識別」や「人が検知エリア内で停留している状態から動き出した状態と検知エリア外から検知エリア内に入ってきた状態の識別」が難しい。
 そこで本研究では,検知エリアの異なる2種類の焦電型赤外線センサを使用し,検知状態の組合せパターンとその履歴から人の行動を推測する知的人感センサを開発した。これは広角エリアと狭角エリアの2種類の焦電型赤外線センサを組合せることで,表1のように触知案内板の前に「停留している状態」,「検知エリア外から近づいてきた状態」,「検知エリア外へ遠ざかる状態」など単純な動きを識別することができるようになり,図2のように近づいてきた場合だけ音声案内を行う設定が可能になった。

(図2 本研究のセンサによる音声案内方法)
(表1 焦電型赤外線センサの組合せによる状況判断)

3.2 実験方法
 このような音声案内付き触知案内板を試作し,図3のような装置で,従来の音声案内装置との比較実験を行った。実験は,図4に示すような「触知案内板に近づき→触知図を読み取り→トイレ内に入る」といった基本行動パターンを10回繰り返した。トイレ前の触知図の平均読み取り時間は,(社福)日本点字図書館の調査で約2分35秒であったことから,触知案内前に2分35秒間停留することとした。

(図3 センサの違いによる比較実験装置)
(図4 トイレ前の基本行動パターン)

3.3 実験結果
 実験結果を図5に示す。10回の基本動作に対して10回の音声案内が行われることが理想であるが,実験では本研究のセンサが11回,従来のセンサが78回という結果であった。つまり従来のセンサで68回行われていた過剰な音声案内が1回と98.5%減少しており,開発した知的人感センサが有効であることを示すことができた。
 このように,音声案内装置を組込む設備機器の目的と設置場所に応じてセンサ検知機能を高度化することで,過剰な案内を減少させる制御が可能となった。

(図5 実験結果)

 

4.音量調整機能の開発
4.1 音量調整機能
 現状の音声案内装置では,周囲が静かなときでも大音量で音声案内を行ってしまう。そこで,音声案内を行うときでも周囲の騒音状況に応じて「静かなときには小さな音量で,うるさいときには大きな音量」と音量を自動で調整することで騒音の低減を図る音量調整機能を開発する。
4.2 案内装置の特性
 静かなときには音量を小さく,うるさいときには音量を大きくするためには,周囲の音量を計測する必要がある。そこで,全指向性コンデンサーマイク(ホシデン製KUC3523)を使用した周囲音量測計測回路を製作し,マイコンで周囲の音量に応じたA/D変換値が得られるようにした。このA/D変換値から周囲の音量を推測するために,騒音計の計測値とコンデンサーマイクからのA/D変換値の相関を調べた。その結果を図6に示す。この結果から,簡易なコンデンサーマイクで必要十分な騒音計測値が得られることを確認した。
 次に,周囲の音量に応じて必要な音量を出力させるために,本音声案内装置の音量指令変数と音声案内音量の関係を調べた。その結果を図7に示す。音声案内の音量には約20dB弱の幅があり,この幅を考慮した音量調整が必要であることがわかった。

(図6 騒音計とコンデンサーマイク計測値との相関)
(図7 音量指令変数と音声案内音量との相関)

4.3 音声案内音量と騒音の関係
 この2つの結果に加えて,「この周囲の音量(x)の場合は,この音声案内の音量(y)を出力すると周囲にうるさくなく,聞き取りもできる」といった関係(y=f(x))を導き出すことで,周囲の音量に調和した音声案内の音量を制御することが可能になる。この関係を導き出すために,以下の手順で実験を行った。
 騒音として「録音した駅ホームの音」を用意した。この騒音の音量を65,75,85dBの3段階に切りかえて各騒音音量下で音声案内文の聞き取り実験を行った。図8に示すように,被験者には音声案内装置に向かって50cm離れた位置に直立してもらった。実験では案内の内容を記憶できないようにA,B,Cの3種類の音声案内文を用意した。被験者は50歳代男性が3人,50歳代女性が1人,60歳代男性が2人,60歳代女性が1人である。実験の手順は以下の通りである。
(1)騒音の音量を65dBにする.
(2)音声案内文Aを最大音声案内音量60dBで再生する。
(3)聞き取った内容を,言ってもらう。
(4)内容が合わない場合は音声案内音量を2dBずつ上げ,ほぼ内容が合うまで音声案内音量を上げ続け,被験者に必要な音声案内音量を求める。
(5)同様に,75,85dBについても聞き取り実験を繰り返し,各騒音音量下で必要な音声案内音量を求める。
  各年代における実験結果を図9に示す。50歳代に比べ60歳代のほうが必要とする音声案内の音量が大きくなる。また,断片的に聞こえなくても文章の前後で内容を補完していることから,単純な案内文では周囲の音量より低い音声案内音量で十分に聞き取れることが分かった。この実験データより周囲の音量をx[dB],そのときの音声案内の音量をf(x)[dB]とすると最大値の近似線は,
f(x)=0.5x+35 (1)
となった。これは必要な音声案内音量が周囲の音量に一定音量を付加するのではなく,周囲の音量が大きいほど周囲の音量より小さな音量で案内しても聞き取り可能であったことを示している。この式と個々の装置の特性を示す図6と図7の結果から周囲の騒音に応じた案内音量の調整が可能となった。

(図8 聞き取り実験方法)
(図9 各年代における音声案内が聞こえたときの案内音量と騒音量の関係 )

 

5.結  言
 音声案内装置を組み込んだ設備機器が増加する中で,騒音という問題が露呈し始めており,その対策として過剰反応を減少させる「知的人感センサ」の開発と過剰音量を減少させる「音量調整機能」の開発を行った。知的人感センサの開発によって,トイレ前の基本行動パターンでは過剰反応が98.5%削減され,効果があることを確認した。音量調整機能の開発によっては,周囲の音量に応じて案内文の聞き取りが可能な範囲で音声案内の音量を調整することが可能となった。また,必要な音声案内音量は周囲の音量にあわせて増加するが,周囲の音量より大きくする必要のないことが分かった。

 

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,音声案内の聞き取り実験にご協力いただいた皆様に感謝いたします。

 

参考文献
1) 吉田俊治. 指向性音響システムとその応用. 環境工学総合シンポジウム講演論文集, 2004, Vol.2004, p124-127.
2) 松野博文,北山一郎,宇根正美. 視覚障害者のための誘導システムの開発. 平成15年度版兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所報告集, 2004, p111-118.
3) 畠山卓朗,萩原史朗,小池肇,伊藤啓二,大久保紘彦,C. W.ボンド, 春日正男. 赤外線音声情報案内システム. ヒューマンインタフェース学会論文誌, 2001, Vol.3, No.3, p163-169.
4) 坊岡正之,相良二朗,赤澤康史. 微弱電波を用いた音声案内システムの開発. 第11回リハ工学カンファレンス講演論文集, 1996, p237-238.