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微生物の新規固定化技術の開発

■化学食品部 井上智実 勝山陽子 中村静夫

 オリーブオイルを90%以上分解するアシネトバクター属の新規微生物を実用化するため,10%スキムミルク固定化物よりも100倍の生菌が残存する固定化方法を見いだすことを試みた。2ヶ月間の加速試験を行い,保存性を生菌数により評価した結果,グルタミン酸ナトリウムへの固定化物が最も保存性が高く,10%スキムミルク固定化物よりも3000倍の生菌が残存した。また,大腸菌についても同様に固定化実験を行った。その結果,澱粉に1%スキムミルクを加えた固定化物が最も保存性が高く,1%スキムミルク固定化物よりも100倍の生菌が残存した。
キーワード:微生物,固定化,保存,グルタミン酸ナトリウム

Development of New Immobilization Technology for Microorganisms

Tomomi INOUE, Yoko KATSUYAMA and Shizuo NAKAMURA

To find a practical use for a new kind of bacteria of the Acinethobacter sp., which can decompose 90% of olive oil, we tried to find a method of immobilization that survives the number of microorganisms 100 times more than does the method that uses 10% immobilized skim milk. We conducted an acceleration test for two months to evaluate the capacity for preservation based on the number of surviving bacteria. The result was that immobilized monosodium glutamate had the highest capacity for preservation, which survived the number of bacteria 3,000 times the number obtained using 10% skim milk. We conducted a similar experiment on E.-coli and found that immobilized starch mixed with 1% skim milk had the highest capacity for preservation, surviving the number of bacteria 100 times more than did 1% skim milk only.
Keywords:microorganism, immobilization, preservation, monosodium glutamate


1.緒言
 近年,微生物は厨房のグリーストラップに蓄積された油脂の分解1)−6)や燃料油流出現場における環境浄化などに利用されるようになってきた。また,ガソリンスタンドやクリーニング場跡地など汚染された土壌の浄化手段としても用いられつつある。
 一般的に微生物は,保存性を高めるために製剤化されているが,芽胞を作る微生物は数年間の保存が可能である。一方,芽胞を作らない微生物は保存性が劣り,いかに長期保存するかが課題である。
 また,微生物の製剤化方法は,大量培養後,遠心分離で集菌し,乾燥保護剤(10%スキムミルク)に懸濁させて凍結乾燥する手法7)が確立されているが,さらに保存性を高める技術が必要とされている。
 当場では,平成12年度より3年間,微生物を用いた廃油処理技術の開発に取り組み,その過程でオリーブ油を90%以上分解する新規微生物(アシネトバクター属)の単離に成功した。しかしながら,本微生物は芽胞を作らないため,長期的な保存が難しく,実用化するためには長期保存技術を開発する必要があった。
 本研究は,当微生物(以下,GKN-4とする)の固定化方法を検討し,先に述べた10%スキムミルクを用いた方法に比べ,1年後の生菌数が100倍以上残存する固定化担体を見いだすことを目的とした。また,固定化担体の汎用性を検討するため,大腸菌を用いた固定化実験を行った。

2.内容
2.1 実験方法
  実験にはGKN-4を用いた。まず,栄養培地(水1L中,Polypepton 10g,Yeast Extract 5g,NaCl 5g,pH7)10mLとGKN-4をL字管に加え,30℃で一晩振とうし,前培養を行った。前培養後,バッフル付き三角フラスコに栄養培地を200mL,前培養液を5mL加え30℃,120rpmで48時間,大量培養を行った。大量培養後,培養液を遠沈管に取り高速冷却遠心機にて4℃,7.5×103rpmで5分間遠心分離し集菌した。集菌した微生物は滅菌した固定化担体の溶液に分散させ,等量ずつサンプルびんに注入して−60℃で凍結させた。一晩凍結させた後,凍結乾燥を行い,固定化物を作成した。なお,これらの操作はすべて無菌的に行った。
 また,大腸菌を用いた実験も同様の手法で行った。

2.2 固定化担体の検討
  固定化担体にはゼラチンおよび天然多糖類として,アルギン酸ナトリウム,κ-カラギーナン,スターチ,デキストリンを用いた。また,スキムミルク,アスコルビン酸ナトリウム,グルタミン酸ナトリウム,エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を添加物として用いた。

2.3 固定化物の評価方法
 固定化物は,40℃の恒温槽内にサンプルビンの蓋をゆるめた状態で放置し,加速試験(40℃,2ヶ月で1年相当)を行い,固定化直後,5日後,15日後,30日後,60日後に生菌数測定して評価した。なお,生菌数測定は,スパイラルプレーティング法を用い,数段階に10倍希釈した試料を標準寒天培地に50μL塗抹し,30℃,24時間培養後のコロニー数を生菌数とした。

3. 結果と考察
3.1 GKN-4の固定化に関する検討
3.1.1 スキムミルク添加が生菌数に与える効果
  スキムミルクの添加が生菌数に与える効果を図1に示す。スキムミルクは,1%(図中S1),5%(図中S5),10%(図中S10)となるように調製し,GKN-4の懸濁液に添加し凍結乾燥を行った。また,比較としてスキムミルクを添加せずに試料を作成した(図中S0)。
2ヶ月間加速試験を行った結果,スキムミルクを添加しなかった固定化物は固定化直後の生菌数が2×1012個であったのに対し,加速試験2ヶ月後は6×104個となり,生菌数が約3/108に減少した。一方,スキムミルクを添加した固定化物は,固定化直後の生菌数は約9×1011個であったのに対し,加速試験2ヶ月後は3×105個となり,生菌数が約3/107に減少した。したがって,スキムミルクを添加することにより生菌数は10倍残存した。なお,スキムミルクの添加量が1〜10%の間では生菌数にほとんど差が認められなかった。また,スキムミルクを添加しなかった場合,3×105個の菌体が生存していたため,自ら乾燥保護作用のある物質を生産している可能性があった。

(図1 スキムミルクの添加量が生菌数に与える効果)

3.1.2 固定化担体が生菌数に与える効果
  アルギン酸ナトリウム(図中A),κ-カラギーナン(図中K),スターチ(図中S),ゼラチン(図中Z),デキストリン(図中D)をそれぞれ0.1gずつ取り,GKN-4の懸濁液をそれぞれに添加して凍結乾燥を行った。
 2ヶ月間加速試験を行った結果を図2に示す。スターチ,ゼラチンを添加した場合に最も菌体の死滅が少なく,生菌数の減少は1/104に抑えられた。また,10%スキムミルクによる固定化物と比べ生菌が約100倍残存した。

(図2 固定化担体が生菌数に与える効果)

3.1.3 固定化担体へのスキムミルク添加が生菌数に与える効果
 固定化担体へのスキムミルク添加が生菌数に与える効果を図3に示す。アルギン酸ナトリウム(図中AS),
κ-カラギーナン(図中KS),スターチ(図中SS),ゼラチン(図中ZS),デキストリン(図中DS)をそれぞれ0.1gずつ取り,1%スキムミルク溶液に調製したGKN-4の懸濁液をそれぞれに添加し凍結乾燥を行った。
 2ヶ月間加速試験を行った結果,アルギン酸ナトリウムにスキムミルクを添加した場合に最も菌体の死滅が少なく,生菌数の減少は1/104に抑えられた。また,10%スキムミルクによる固定化と比べ生菌が約100倍残存した。

(図3 固定化担体へのスキムミルク添加が生菌数に与える効果)

3.1.4 添加物が生菌数に与える効果
  一般的に加工食品は,酸化防止剤,有用アミノ酸,キレート剤などが加えられており,保存性,有用性が高められている。ここでは,これらの添加物が微生物の保存性に与える効果を検討した。
 添加物が生菌数に与える効果を図4に示す。酸化防止剤としてアスコルビン酸ナトリウム(図中A),有用アミノ酸としてグルタミン酸ナトリウム(図中G),キレート剤としてEDTA(図中E)をそれぞれ10mgずつとり,GKN-4の懸濁液をそれぞれに添加し凍結乾燥した。
 2ヶ月間加速試験を行った結果,グルタミン酸ナトリウムを添加した場合に最も菌体の死滅が少なく,生菌数の減少は3/103に抑えられた。また,10%スキムミルクによる固定化物と比べ生菌が約300倍残存した。

(図4 添加物が生菌数に与える効果)

3.1.5 固定化担体へのグルタミン酸ナトリウム添加が生菌数に与える効果
  固定化担体へのグルタミン酸ナトリウム添加が生菌数に与える効果を図5に示す。アルギン酸ナトリウム(図中AGS),κ-カラギーナン(図中KGS),スターチ(図中SGS),ゼラチン(図中ZGS),デキストリン(図中DGS)をそれぞれ0.1gとり,1%スキムミルク溶液に調製したGKN-4の懸濁液をそれぞれに添加し凍結乾燥を行った。なお,図中GSはグルタミン酸ナトリウムにスキムミルクを添加したもの,図中Gはグルタミン酸ナトリウムのみを添加したものを示す。また,比較として,1%および10%スキムミルクによる固定化物を作成した(図中S1およびS10)。
 2ヶ月間加速試験を行った結果,グルタミン酸ナトリウムのみを添加した場合に最も菌体の死滅が少なく,生菌数の減少は1.8/10に抑えられた。一方,比較用の10%スキムミルク固定化物の生菌数は5/105に減少した。すなわち,グルタミン酸ナトリウムを添加した場合,10%スキムミルクによる固定化物と比べ生菌が約3000倍残存した。なお,3.1.4で得られた結果よりも生菌数の残存が認められたのは,菌体当たりのグルタミン酸ナトリウム添加量が多かったためと思われる。

(図5 固定化担体へのグルタミン酸ナトリウム添加が生菌数に与える効果)

3.2 大腸菌の固定化に関する検討
 今までは,GKN-4の固定化について検討してきた。ここでは,固定化方法の汎用性を検討するために大腸菌の固定化について検討した。

3.2.1 固定化担体が大腸菌の生菌数に与える効果
 固定化担体が大腸菌の生菌数に与える効果を図6に示す。アルギン酸ナトリウム(図中A),κ-カラギーナン(図中K),スターチ(図中S),ゼラチン(図中Z),デキストリン(図中D)をそれぞれ0.2gとり大腸菌の懸濁液をそれぞれに添加して凍結乾燥を行った。また,比較として,大腸菌の1%スキムミルク固定化物を作成した(図中S1)。
 2ヶ月間加速試験を行った結果,スキムミルクを添加していない固定化物は,1ヶ月後に大腸菌が完全に死滅していた。また,スキムミルクによる固定化物は,固定化直後の生菌数が2×108個であったのに対し,2ヶ月後は2×102個となり,生菌数が1/106減少した。

(図6 固定化担体が大腸菌の生菌数に与える効果)

3.2.2 固定化担体へのスキムミルク添加が大腸菌の生菌数に与える効果
 固定化担体へのスキムミルク添加が大腸菌の生菌数に与える効果を図7に示す。アルギン酸ナトリウム(図中AS),κ-カラギーナン(図中KS),スターチ(図中SS),ゼラチン(図中ZS),デキストリン(図中DS)をそれぞれ0.2gとり1%スキムミルク溶液に調製した大腸菌の懸濁液をそれぞれに添加して凍結乾燥を行った。また,比較として大腸菌を1%スキムミルクで凍結乾燥し固定化物を作成した(図中S1)。
 2ヶ月間加速試験を行った結果,スターチにスキムミルクを添加した場合に最も死滅が少なく,生菌数の減少が1/104に抑えられた。一方,比較用の1%スキムミルク固定化物の生菌数は1/106に減少した。すなわち,スキムミルクを用いた固定化物に比べ,生菌数は100倍残存した。

(図7 固定化担体へのスキムミルク添加が大腸菌の生菌数に与える効果)

4.結言
 工試単離微生物(GKN-4)はグルタミン酸ナトリウムに固定化した場合,最も生菌数の減少が少なく,加速試験2ヶ月後の結果では,10%スキムミルクを用いた固定化物に比べ,生菌が約3000倍残存した。

参考文献
1)Kato, A., Koseki, M., Ito, Kaneko, j., Izaki, K., Okuda, S.. Mizu Kankyohgakukaishi, 16, 59, 1993, p.59-65
2)Chigusa, K., Yaguchi, J., Yamamoto, N.. Yohsui to haisui, 37, 4, 1995, p.320-326.
3)Kato, A., Okaniwa, Y., Okuda, S.. Yohsui to haisui. 37, 4, 1995, p.303-307.
4)Watanabe, A.. Kankyohgijyutsu. 26, 36, 1997, p. 36-39.
Sugihara, A., Shimada, Y., Tominaga, Y.. kemikaru enjiniaringu. 2, 1999, p. 54-59
5)Mihara, Y., Sugimori, D.. Sekiyu Gakkaishi. 43, 6 2000, p. 392-395.
6)土戸哲明, 高麗寛紀, 松岡英明,. 微生物制御. 東京, 講談社, 2002, p. 134-135