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多孔性材料の応用

■化学食品部 北川賀津一 中村静夫 市川太刀雄
■繊維生活部 江頭俊郎

 地の粉の原料となる珪藻土は輪島市の通称小峰山で産出される。この珪藻土は粘土や珪藻からなる風化珪藻泥岩と呼ばれるもので近年枯渇化が心配されている。本研究では現在利用されていない珪藻土を有効活用することを目的に研究を進めた。可塑性の乏しい珪藻土は砂分が多く,粘土鉱物が少なかった。 Ca-モンモリロナイトを15重量%以上,可塑性の乏しい珪藻土に添加すると可塑性が上がり,焼結体の強度など物性も向上した。
キーワード:地の粉,珪藻土,可塑性,Ca-モンモリロナイト

Applications for Porous Material

Kaduichi KITAGAWA*, Shizuo NAKAMURA*, Tachio ICHIKAWA*, Toshiro EGASHIRA**

Diatomaceous earth, the raw material of jinoko, which is used in the production of Wajima lacquerware, is produced at Mt. Komine in Wajima City. Composed of clay and diatom, it is called weathered diatomaceous mudstone. Significant quantities of good-quality diatomaceous earth have already been mined, and there is concern that it may be depleted. This study was carried out to find ways of using diatomaceous earth that is not presently being used because of its poor quality, and the following results were obtained. Diatomaceous earth with low plasticity contains more sand and less clay compared with diatomaceous earth with high plasticity. A mixture of more than 15wt% Ca-montmorillonite improved the plasticity and sintering performance of diatomaceous earth with low plasticity.
Keywords: jinoko, diatomaceous earth, plasticity, Ca-montmorillonite


1.緒言
 江戸時代の寛文年間(1661〜1673年)に,輪島で発見された珪藻土を焼成粉末にして地の粉がつくられた。漆に地の粉を混入し塗り研ぎを何度も繰り返すと堅牢な輪島塗が得られる。これが本堅地法で「布着せ」とともに輪島塗の基本的工法となっている1,2)。江戸時代には,地の粉が珪藻土という特殊な植物プランクトン珪藻の堆積物であることは知られてなく,経験的に下地材として都合の良い,きめの細かい土として重宝され用いられてきた。
  地の粉の珪藻殻粒子は,電子顕微鏡レベルの超微細な細孔を多数持ち,漆液を十分に吸収し,化学的にも安定した吸収増量材となる。このことは,他の下塗粉ではみられない。輪島の塚田珪藻土に含まれる珪藻その他の微生物の化石としては,珪藻,珪鞭藻,海綿,骨片などがある。珪藻類は珪藻土中の約90%を占める。
  地の粉の原料となる珪藻土は輪島市の通称小峰山を中心とした丘陵地で産出される。珪藻土は粘土や珪藻の遺骸からなる風化珪藻泥岩と呼ばれるもので近年枯渇化が心配されている。戦後から原料の枯渇が指摘されるようになり,平成14年にボーリング調査が行われた。この結果,原土の埋蔵量に伴う採取可能な土量は426立方メートルで3),年間の地の粉使用量を3トンとした場合,可採年数は70年と推定された。しかし,現実的に使用できる量は,約半分の40年と考えられる。
  現在利用されずに廃棄されている可塑性の乏しい珪藻土を有効活用することを目的に,本研究では地の粉の物性を明確にし,粘土を添加して地の粉に活用する方法を検討した。

2.実験方法
2.1 地の粉の物性
地の粉及び珪藻土の組成は,蛍光X線分析装置(理学電機製:サイマルテックス12)で測定した。粒度分布は,篩振とう機(タナカテック製:R-2)で測定した。BET比表面積は,表面積測定装置(柴田科学工業製:P-850)で測定した。熱分析は示差熱分析装置(理学電機製:サーモプラス)で測定した。鉱物の同定は,X線回折装置(マックサイエンス製:MXP-18A)で行った。電子顕微鏡写真は,走査型電子顕微鏡(日立製作所製:SEMEDX)で測定した。耐火度は,ゼーゲルコーンを作成し電気炉で所定の温度に保持してゼーゲルコーンの溶倒状態から決定した。曲げ強度は,材料試験機(島津製作所製:AGS-500)で測定した。下地塗り試験は,試作した地の粉を輪島漆器商工業協同組合で漆と米糊と混合し行った。

2.2 地の粉の試作手順
  地の粉は以下の手順で試作した。珪藻土を小峰山(図1)から採掘し,採掘した珪藻土をロールクラシャーで粗く粉砕する。粉砕した試料を工場から工業試験場に送り,必要に応じて粘土または水を加えて,団子形状に手で練る。約10~14日間自然乾燥を行う。成形物におが屑を加えて容器に詰め,焼成炉で約750℃,5~6時間燻し焼きを行う。燻し焼きした生成物は乳鉢で乳棒を用いて粗粉砕する。粗粉砕した成形物は粉砕機でさらに粉砕する。粉砕した試料を篩振とう機にかけて44ミクロン以下に篩う。

(図1 小峰山珪藻土)

3.結果と考察
3.1 化学組成と物性
  能登珪藻土は珪藻泥岩と称され,珪藻以外には粘土鉱物,火山灰,細砂,鉄化合物,有機物,可溶性塩類など他種類の物質を含む4)。そのために,SiO2の含有量が少なく,Al2O3,Fe2O3が多い。今回の珪藻土の分析(表1)からシリカSiO2 66%,酸化アルミニウムAl2O3 15%,酸化鉄Fe2O3 5%,酸化マグネシウム1.4%,酸化カリウム1.4%,強熱減量(Ig. Loss) 9%となった。地の粉を蛍光X線で分析すると,分析値は珪藻土とほぼ同じであった。750℃で燻焼した際に,有機物,炭酸塩,含水鉱物が除去され,強熱減量は約2%に減少した。また,地の粉は原土と比較すると炭素C含有量が0.2%から1.3%に増加した。
  図2に可塑性の良い珪藻土と可塑性の乏しい珪藻土の粒度分布を調べた結果を示す。原土を100μmで篩い,それ以下の粒度分布を調べた。60μm以上2mm以下を砂,60μm以下を粘土と定義した場合,可塑性の乏しい珪藻土は砂分が多く,粘土鉱物が少ない。これとは逆に,可塑性の良い珪藻土は砂分が少なく粘土鉱物が多い。
  珪藻土の熱分析を行うと,100℃までに脱水による大きな吸熱ピークが観測された。一般に粘土鉱物の脱水には2種類がある。吸着水と粘土鉱物の層間水は300℃以下の比較的低い温度で脱水する。OHの形で入っている結晶水は比較的高温で脱水する。この低温域の層間水重量%を比較すると可塑性の良い珪藻土は44%,可塑性の乏しい珪藻土は33%であった。以上粒度分布と熱分析の結果より,可塑性の良い珪藻土は粘土鉱物の含有量が多く保水性も良いので,可塑性に優れることがわかった。よって,可塑性の良い珪藻土を用いて真空土練機で押し出し成形をする時は,途中で原土が詰まり成形できないという不具合は発生しない。
 珪藻土を水簸分級で珪藻殻と粘土鉱物に分離した試料粉末の電子顕微鏡写真を図3に示す。珪藻土の珪藻殻は10~40μmと大形のものから2,3μmの小形まで分布していた。形状は円形,多角形,ボート状,円錐状と多種多様であるが,珪藻土には円形のコシノディスクスが多かった。図3左の珪藻殻表面には約2μmの細孔が規則的に放射状または碁盤の目状に並び特異な構造を示した。図3右は粘土鉱物の電子顕微鏡写真である。粘土鉱物は珪藻殻と比較して非常に細かく,サブミクロンオーダーの1次粒子が凝集して2次粒子を形成していた。珪藻殻の真比重は小さく2.2~2.3である。珪藻土のかさ比重は0.68となる。地の粉のかさ比重を測定したところ約0.7であり,珪藻土のかさ比重の値とほぼ一致した。

(表1 地の粉と珪藻土の化学組成)
(図2 珪藻土の粒度分布)
(図3 珪藻殻と粘土鉱物の電子顕微鏡写真)
(図4 珪藻土粒子の模式図と多孔性の発現要因)

 図4に珪藻土粒子集合体の模式図と多孔性の発現要因を示す。珪藻土の微細な細孔が漆を多量に吸収するので,地の粉原料として有効である。細孔の発現要因は少なくとも次の4つが考えられる。一つは,珪藻などの殻をつくる珪酸ゲル中の微細な孔隙,もう一つは図3右で示されるような粘土鉱物の空隙である5)。これらはいずれもナノから数十ナノメートルの小さなメソ細孔である。一方,珪藻などの微化石内の孔隙は,図3左に示すように数マイクロメートル(数千ナノメートル)で比較的大きいマクロ細孔である。堆積物の粒子間空隙,これは堆積物の空隙でさらに細孔としては大きい。上記4つの細孔から地の粉は形成されている。これらは複雑に影響し,多量の漆を吸収すると考えられる。
  珪藻土の焼成温度とBET比表面積の関係を図5に示す。BET比表面積では窒素ガスを用い液体窒素の温度(-195.8℃)で吸着測定を行い,BET吸着等温式から単分子吸着量を算出し,1窒素分子の占有面積から表面積を求める6)。上述のように珪藻土は多孔質材料であるので,比表面積は約30m2/gと比較的大きい値を示す。珪藻土の大部分は非晶質シリカから構成され焼結の始まる高温域まで安定である。比表面積は30m2/g前後で焼成温度が上がるにつれて低下するが,900℃までは大きな比表面積を保持した。焼成温度1000℃で比表面積は3m2/gに大きく減少した。

(図5 珪藻土の焼成温度とBET比表面積)

3.2 可塑性の低い珪藻土への粘土の添加効果
  珪藻土と地の粉の化学組成や物性を調べた結果,可塑性の乏しい珪藻土は粘土鉱物が不足していることが判明した。そこで可塑性の乏しい珪藻土に添加できる粘土を調べた。図6に珪藻土のX線回折パターンを示す。最強ピークは石英であった。その他は長石とモンモリロナイト粘土が検出された。輪島の珪藻土は,風化が進んでいるので採取した試料によっては粘土鉱物が結晶構造を示さない。
  そこでモンモリロナイトを主成分とする粘土,ベントナイトを添加剤に選択した。図7に示すようにモンモリロナイトはSiの4配位正四面体層2つにAlの6配位正八面体層がはさまれる3層(2:1)構造を示す。モンモリロナイトは層格子の外側に水の分子を多くはさんでいる。今回,クニミネ工業製のNa-モンモリロナイトとCa-モンモリロナイトを使用した。次に可塑性の乏しい珪藻土,可塑性の良い珪藻土,Na-モンモリロナイト,Ca-モンモリロナイトの耐火度を調べた。各々の耐火度は,SK12(1350℃),SK14(1410℃),SK6(1200℃),SK14(1410℃)であった。珪藻土は,粘土鉱物の多い試料で耐火度が高くなった。モンモリロナイトの層間はNaが入るか,Caが入るかで耐火度が大きく変化した。Na-モンモリロナイトは耐火度が高く,Ca-モンモリロナイトは耐火度が低い。Na-モンモリロナイト,Ca-モンモリロナイトのX線回折パターンを調べた。その結果Na-モンモリロナイトは石英(SiO2),モンモリロナイト,長石,カルサイト(CaCO3)が検出された。Ca-モンモリロナイトはモンモリロナイト,クリストバライト(SiO2,石英とは結晶構造が異なる),石英が検出された。
  可塑性の乏しい珪藻土にCa-モンモリロナイトを混合し地の粉を試作した。Ca-モンモリロナイトの添加量が増すと成形性が向上した。Ca-モンモリロナイトの添加量を変えた試作品の3点曲げ強さは2kgf/mm2(20MPa)であった。粘土の添加量が増えるに従い,曲げ強さは増加した。15%以上粘土を添加すると,強度が飽和する傾向がみられたので粘土の添加量は15%とした。
  Na-モンモリロナイトとCa-モンモリロナイトを可塑性の乏しい珪藻土に15%添加し地の粉を試作した。輪島漆器商工業協同組合で,各々の試料を,漆,米糊と混合し木材の板にヘラで下地塗りを行ったところ,Ca-モンモリロナイトの方がNa-モンモリロナイトよりも,下地漆を塗るとのびやすくなった。下地漆は地の粉粒子が細かい方が塗りやすく,表面粗さも小さくなった。

(図6 珪藻土のX線回折パターン)
(図7 モンモリロナイトの構造)

5.結言
 地の粉の原料となる珪藻土を有効活用する研究を進めた結果,以下のことがわかった。
1)地の粉の化学分析は,珪藻土の分析値にほぼ等しかった。但し,強熱減量は約2%に減少し,炭素C含有量は0.2%から1.3%に増加した。
2)可塑性の乏しい珪藻土は砂分が多く,粘土鉱物が少なかった。可塑性の良い珪藻土は砂分が少なく粘土鉱物が多かった。
3)珪藻土にCa-モンモリロナイト又はNa-モンモリロナイトを添加して地の粉を試作した。
4)ヘラ付けによる下地漆塗りは,Ca-モンモリロナイトの方がNa-モンモリロナイトよりも,のびやすくなった。下地漆は地の粉粒子が細かい方が塗りやすく,表面粗さも小さくなった。

謝辞
 本研究を遂行するに当たり,御協力いただいた輪島漆器商工業協同組合に感謝します。

参考文献
1)輪島塗のあらまし.輪島漆器資料館パンフレット
2)張間喜一,古今伸一郎.輪島漆器.北国新聞社.1976, p.31-71.
3)輪島漆器商工業協同組合ボーリング調査
4)石川県工業試験場.能登地域未利用資源活用事業. 1998,p.3-8.
5)石川県珪藻土利用研究会基礎部会.能登珪藻土の基礎研究.1966,p.16-18.
6)慶伊富長.触媒化学.1981,p.455-461.