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機能性繊維の開発 -感温色素剤を練り込んだ繊維の開発と応用-

■繊維生活部 木水貢 山本孝 杉浦由季恵 森大介 守田啓輔
■ウーブンナック(株) 西弘三

 温度によって色相を変化させる色素剤を練り込んだ感温繊維の紡糸・延伸試験を行い,この繊維の耐光性の向上について検討した。その結果,以下の結果が得られた。
1.ポリプロピレン樹脂を用い,感温色素剤,着色顔料,紫外線吸収剤を練り込んだ感温繊維の安定した紡糸・延伸条件を見い出すことができた。
2.繊維の耐光性を向上させるため,練り込む紫外線吸収剤の種類及び添加量について検討し,ブルースケール3級以上の耐光性を示すことがわかった。
キーワード:感温色素剤,ポリプロピレン,紫外線吸収剤,紡糸延伸技術

Development of functional fiber
- Development of and Applications for Thermochomic Dyestuff Kneaded Fiber -

Mitsugu KIMIZU, Takashi YAMAMOTO, Yukie SUGIURA, Daisuke MORI, Keisuke MORITA, and Kouzo NISHI

We investigated spinning and drawing techniques for t thermochomic fiber treated with a dye that changes hue according to temperature, and studied the light-fastness of the fiber. The results obtained were as follows.
1. Spinning and drawing conditions for polypropylene fiber treated with thermochomic dyes, pigments and UV absorbers were found to be stable.
2. The light-fastness of the fiber was improved to the third grade or higher of the blue scale by adjusting the type and quantity of UV absorbers.
Keywords:thermochomic dyestuff, polypropylene, UV absorber, spinning and drawing techniques


1.緒言
 近年,繊維産業は中国,台湾,韓国等のアジア諸国の台頭により合成繊維の世界的な生産シェアが大きく変化し,日本の繊維製品生産量が減少し,これまで築き上げてきたシステムが維持できなくなってきた。そのため,紡糸メーカの系列において繊維の素材力と企画に頼ってきた川中(糸加工業,製織業,染色整理業等)の中小企業は,独自の商品企画力強化が必要となっている。
 そこで,工試では県内企業の企画力向上を支援するため,これまで繊維の川中企業等で行われてこなかった繊維素材の提案を可能にする機器である樹脂溶融混練装置やマルチフィラメント製造設備を導入し,機能性を有した繊維の開発を企業と共同研究で取り組んできている。本報告では,温度の変化によって色を変化させる色素剤(感温色素剤)を練り込んだ繊維の開発について述べる。
 この感温色素剤を用いた繊維製品は,これまで染色による捺染加工を中心にスキーウェアーなどで一部製品化されてきたが, 耐光堅ろう度と洗濯堅ろう度等に問題があり,持続した製品化に至っていない1)。また,繊維内に練り込んだ感温繊維の製品についても玩具用人形などで毛髪2,3)に使用されているが,作製されている繊維が太い繊度のものだけであり,耐光堅ろう度も非常に悪いため,用途拡大につながっていない。
  本研究では,150dtex 程度の比較的細い繊維を作製することとし,そのベースとなる樹脂の選定,感温色素剤や紫外線吸収剤を含有させたときの紡糸・延伸条件を検討した。また,作製した繊維の物性測定を行うことや,感温繊維の耐光性のための紫外線吸収剤の種類や練り込み条件そして,その耐光性も検討した。

2.内容
2.1 感温色素剤
  複素環を持つロイコ色素剤の着色には,プロトン供与物質(酸性物質)によって色素剤の一部の環が開環し,発色作用を示す色素剤がある4)。この開環・閉環に伴う着色−消色の化学的反応は可逆的なものであり,共存させたプロトン供与物質が所定の温度で非晶−結晶の変態(融点・結晶化)によって図1に示すように着色−消色を繰り返す物理的特性を発現する。図2には代表的な感温色素を示す。プロトン供与物質としては,有機燐酸化合物,脂肪族カルボン酸化合物またはフェノール化合物が用いられている。感温色素剤をいろいろな製品に安定して用いるため,感温色素剤とプロトン供与物質はマイクロカプセル内に内包され,使用されている。
 本研究では,(株)松井色素化学工業所製の感温色素剤(クロミカラー)において色3種(ピンク,ゴールドオレンジ,ターキスブルー),温度タイプ3種(10,15,25℃)を選び,試験に用いた。

(図1 感温色素剤の着色−消色物理的現象)
(図2 非晶−結晶変態用フルオラン色素)

2.2 紡糸・延伸条件
 今回検討した感温色素剤は染料であり,高温では昇華するため,練り込みや紡糸工程でのその成形温度を210℃以下としなければならない。そのため,融点が200℃以下のポリプロピレンを用いた。ポリプロピレン繊維は,強く,軽く,そして化学的安定性など多くの利点を持ち,非衣料に使用されている繊維であるが,染色性が極端に悪い。そのため,その利用用途は限られ,着色も原着のみ(顔料を繊維内に練り込んで着色)で行われてきた。ここでは,このポリプロピレンをベースに上記の感温色素剤を練り込み,その紡糸条件について検討した。使用した樹脂は流動性の異なる射出成型用4種(メルトフローレイト(MFR) 9,15,20,30g/10min)と繊維用2種(MFR 15,30g/10min)を用いた。

 今回の試験に用いたマルチフィラメント製造装置(ユニプラス(株)社製 UM-2002R)の概略図を図3に示す。本研究では,φ0.6mm,24holeのノズルを用い,紡糸条件(成型温度,樹脂の吐出量)と延伸条件(熱ロール速度,温度等)を変化させて紡糸・延伸試験を行い,繊維を作製した。試作した繊維の各条件による引張り特性の変化を確認するため,引張り試験機(INSTRON社製 Model-1112)を用いて,試料長200mm,引張りスピードで200mm/minの条件で引っ張り試験を行った。

(図3 マルチフィラメント製造装置の概略図)

2.3 耐光性試験
 上記で述べたように感温色素剤は太陽光(紫外線)によって感温性が失われるため,本研究では紫外線吸収剤を練り込み,色素剤によってその耐久性が異なることを考慮して,各色素剤における耐光性の確認と紫外線吸収剤の種類,量等による影響について検討した。使用した紫外線吸収剤はベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤3種(A,B,C)を用い,耐光性を検討した。
 試作した繊維の耐光性を確認するため,カーボンフェードメーター(スガ試験機(株)製 U48)で耐光試験を行った。測定条件としては,20時間照射し,試料の変色性についてブルースケール標準試料と測色機を用いて,標準試料とのdLab(濃度差,色相差)で評価した。色評価には,測色機(マクベス社製 Color-Eye 7000A)を用い,光源をD65,色判定のCCMソフト(石坂商事(株)製 マッチカラー)を使用して,色差式にCIE1976により評価した。

3.結果と考察
3.1 紡糸試験
  感温色素剤は上記にも記載したがマイクロカプセルに内包されており,ノズルでの吐出圧によって変形もしくは破損することが懸念されるため,通常紡糸工程を安定化するためにノズル近傍の吐出圧を高めているが,この紡糸では吐出圧を高くすることができない。さらに,耐光性向上のための紫外線吸収剤や多色の変化による多様性を求めるための感温色素剤,着色用顔料などの多くの物質を繊維に練り込むことによる溶融粘度低下が生じ,溶融粘度の変化が著しいため,溶融した樹脂を固化するための風乾の送風状態で長さ方向の斑が発生した。図4には,フィラメントの長さ方向での糸斑による熱ローラで発生した糸走行の不安定状態を示す。そのため,低温で流動性の良いグレードの樹脂材を選択,数種類のポリプロピレン樹脂を用いて紡糸試験を行い,安定した紡糸条件を確認したところ,感温色素剤,着色用顔料及び紫外線吸収剤等の種類や添加量を変化させても,射出成型用のMFR 15g/10minの樹脂と20 g/10minの樹脂をブレンドし,樹脂の配合比率を変えて使用することとで安定した条件を見いだすことができた。
 図5には,感温色素剤ピンク25℃・2wt%含有させた感温繊維を示す。体温で色相が変化することがわかる。
 図6には,感温色素剤ターキスブルー25℃・1wt%含有させて試作した感温繊維の延伸倍率による強度変化を示す。延伸倍率により強度が増加し,使用が十分可能な繊維となったが,延伸倍率を挙げることにより色が淡くなることがわかった。このことは,延伸時の張力により一部の機能剤のカプセルが壊れているものと推察する。感温繊維の製品化には,強度と使用する色の兼ね合いをみて延伸条件を決める必要がある。

(図4 熱ロールにおける糸斑による糸走行の不安定状態)
(図5 感温色素剤ピンク25℃・2wt%含有させた感温繊維(手の温度で変化する))
(図6 感温色素剤ターキスブルー25℃・1wt%含有させて試作した感温繊維の延伸倍率による強度変化)

3.2 耐光性試験
 感温色素剤の耐光性を向上させるため,繊維に3種類の紫外線吸収剤を練り込み,それぞれの紫外線吸収剤での添加量における影響を確認した。表1には,感温色素剤ピンク25℃・1wt%に対して試験を行った結果を示す。今回使用したベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤3種類は,どの紫外線吸収剤においても添加し,その量を増すことで色差が小さくなり,感温色素剤の耐光性を向上させることがわかった。表2には,ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤C・2wt%を添加したときの各色素剤への耐光性試験結果を示す。この紫外線吸収剤は試験に用いた3色の感温色素剤に対し使用した紫外線吸収剤の中で良好な耐光性を示した。また,試作した繊維は各色ともブルースケールと比較して色差が小さく,3級以上の耐光性を示すことが確認され,実用化に充分対応できるものと考える。

(表1 感温色素剤ピンクによる紫外線吸収剤の種類及び添加量による耐光試験結果)
(表2 各感温色素における耐光試験結果)

3.3 感温繊維の用途展開
 上記で確立した紡糸・延伸技術をもとに,紡糸メーカに感温色素剤入りマルチフィラメントの生産試験を委託した。さらに,その試作した繊維を用いて仮撚加工,撚糸,製織,後加工等の各工程での試験を行った。感温繊維製品としては,よこ糸に感温繊維を入れたジャガード織物,柄部分に感温繊維を用いた細巾ネーム,さらに複数の柄に数種類の感温繊維を配色した帽子,カバン等数点を試作した(図7)。

(図7 感温繊維を用いた試作品(帽子・カバン))

4.結言
 温度の変化により色相を変化させる色素剤を練り込んだ感温繊維で,細い径の繊維を紡糸する技術について検討を行った。さらに,この繊維の耐光性向上についても検討した。その結果,次のことが明かになった。
(1)ポリプロピレン樹脂を用い,感温色素剤,着色顔料,紫外線吸収剤を練り込んだ感温繊維の安定した紡糸・延伸条件を見い出すことができた。また,試作した繊維は使用可能な強度を有するが,延伸倍率によって色が淡くなるため製品化では,注意する必要がある。
(2)感温繊維の耐光性を向上させるため,ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤を練り込み試験したところ,耐光性が向上し,ブルースケール3級以上の耐光性を示すことがわかった。
 今後は,県内企業を中心に開発した繊維を利用した製品開発を提案し,商品化を行っていく予定である。
 本研究は平成15年度の(株)繊維リソースいしかわにおけるニューフロンティア事業の一環として実施された。

参考文献
1)荒谷善夫. 繊維学会誌. 機能性色素とその応用. vol.43. 1987. p408
2)実開昭59−83932
3)特開昭61−179389
4)松本喜代一,垣下智成. 染色工業. 機能性色素とその応用. vol.42. 1994. p537