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FDTD解析を用いたパッチアンテナの設計

■電子情報部 吉村慶之 漢野救泰 橘泰至 田村陽一
■(株)エフイーシー 小林英樹 杉村詩朗
■金沢大学 八木谷聡 長野勇

 アンテナの開発に当たり,その設計には理論式を用いた解析が行われている。この理論解析は,構造が比較的簡単なものには解析が可能であるが,形状が複雑になると理論解析による設計はできない。そこで,3次元的な形状をしたパッチアンテナに着目し,電磁界解析でよく用いられているFDTD数値解析法による設計を行った。この設計値を基に誘電体を用いたパッチアンテナを試作し特性値を測定した結果,FDTD解析結果と良く一致しており,その有用性を確認した。
キーワード:パッチアンテナ,FDTD,誘電体

Design of a Patch Antenna Based on FDTD Analysis

Yoshiyuki YOSHIMURA, Sukeyasu KANNO, Yasushi TACHIBANA, Youichi TAMURA,Hideki KOBAYASHI, Shiro SUGIMURA,Satoshi YAGITANI and Isamu NAGANO

Theoretical analysis is used for designing antennas. Although theoretical analysis can be used for designing relatively simple shapes, it cannot be used for designing complicated shapes. We designed a three-dimensional patch antenna by means of FDTD numerical analysis, which is most commonly used for electromagnetic wave analysis. We made a prototype of a patch antenna based on the FDTD analysis and measured its characteristics. Our experimental results corresponded to the values obtained by the FDTD analysis, thus verifying its validity.
Keywords:patch antenna, FDTD, dielectric material


1.緒言
 アンテナの開発においては,共振周波数,各種性能などを試行錯誤的に実験しながら設計している場合が多い。また,理論式を用いた解析による設計では線状,ループ状,面状など基本的な形状をしたアンテナには適用できるが,3次元形状など複雑な構造へは対応できない。開発時間やコストを考慮すると,アンテナ設計の時間短縮が要求される。そこで,構造物をメッシュ分割することによって,近似を用いながら解き進めていく数値解析を用いた設計を行うが,近似を用いるためメッシュ分割が粗いと精度が悪くなり,場合によっては計算が発散し,分割を細かくすると計算時間やメモリの増大などの問題点が生じる。しかしながら,近年のコンピュータ技術の発達により大容量メモリの使用や高速演算ができるようになったため,3次元問題への適用も可能となってきた。
  アンテナから放射される電波の電界・磁界強度,インピーダンス,物体への透過・反射など様々な特性を数値解析するには,有限要素法,モーメント法,FDTD(Finite Difference Time Domain:有限時間領域差分)法などがある1)。有限要素法及びモーメント法は周波数領域での解析,FDTD法は時間領域での解析であり,これらは,プログラミング化,計算速度,必要とするメモリ容量など一長一短がある。近年では,電波伝搬過程が時間的に変化していく様子が視覚的に確認でき,メモリの使用効率がよくプログラミングしやすいという点で,FDTD法2)3)がよく利用されている。そこで,本報告においても,FDTD法によりアンテナの特性を解析することとし,本手法の基礎的な計算法を示し,パッチアンテナへの応用,さらには2周波共用パッチアンテナの設計を行い,試作したアンテナとの特性を比較検討し,FDTD法による数値計算の有用性を調べた。

2.数値計算による設計
2.1 FDTD法
 FDTD法は,式(1)で示したマクスウェルの電磁界方程式を,時間的,空間的に差分化し,時間ステップごとに空間の電磁界を計算していく方法である。
Hは磁界強度,Eは電界強度,eは誘電率,mは透磁率である。
  x方向の電界Ex,y方向の磁界Hyがz方向へ伝搬する1次元問題を考えてみる。この場合,式(1)は,式(2)のように簡略化され,これを差分化すると式(3)となる。
 電界と磁界は,空間k的,時間n的に半セル,及び半ステップ分ずらしており,これがベクトル回転の計算に役立ち,これをYeeメッシュ2)という。実際に1次元問題の電波伝搬をYeeメッシュにより表現すると図1となる。

(図1 YeeメッシュによるFDTD表現)

2.2 パッチアンテナへの適用
2.2.1 実測との比較検討
  パッチアンテナは,図2に示すような放射板,誘電体,地板で構成されている。誘電体があることによって,その比誘電率erにより内部での波長が短縮される。自由空間の波長をl0とすると誘電体内部の波長lgはl0/√erで表され,パッチアンテナの共振周波数もerに依存する。一般にパッチアンテナの共振周波数はlg/2の長さの放射板サイズ(図2のbの値)で設計する4)。なお,同図bの値は,b≧aとする。なぜならaを大きくすることによって,導電電流が所望の方向(この場合x方向)に流れず,異なったモードの共振を起こすためである4)。また,理論では,放射板に対して誘電体,及び地板が十分に大きいという仮定の下で成り立っているため,有限サイズのものでは必ずしもlg/2で共振するとは限らず,数値解析で計算し設計することが要求される。
  そこで,図2のモデルで表1に示すような2種類の誘電体,及び地板サイズの矩形パッチアンテナに対してFDTD解析し,実測との比較検討を行った。各モデルにおいて,er=22.7とし,誘電体,及び地板のサイズはともにa’,b’は同一(a’=b’)とした。また,放射板は正方形(a=b)とし,中心から3mmの位置に給電点を設置した。比較のため,図3に示す矩形パッチアンテナを試作し,各種特性をマイクロ波信号分析装置(アンリツ叶サME7808A)で測定評価した。各モデルにおける入力インピーダンスを比較した結果,図4となり,インピーダンスの実部,虚部ともにFDTD解析結果と実測結果がほぼ一致していることが示された。また,虚部が0Ωの地点が共振周波数frであり,モデルAで7%,モデルBで1%の誤差で共振現象が表現できていることが確認できた。モデルAの共振周波数がモデルBよりも高くなる理由として,モデルAの放射板及び地板の端部では,誘電体が存在しないので電界を引き込みやすくなり有効共振波長が短くなるため,共振周波数が高くなると推察できる。
  次に,製作したアンテナにインピーダンスマッチング回路を装荷し,共振点におけるアンテナの電圧定在波比VSWR,及び最大放射位置で絶対利得Giを測定したところ,モデルAでは,VSWR=1.5,Gi =-4.5dBi,モデルBでVSWR=1.2,Gi =-4.3dBiの結果が得られた。マッチング回路に用いたインダクター,並びにキャパシターの回路定数は周波数によって変化するため,これらを再検討することにより,さらに性能の改善が図れると考えられる。

(図2 基本的な矩形パッチアンテナの構成)
(表1 解析モデルサイズ (単位:mm))
(図3 試作したパッチアンテナ)
(図4 FDTD解析結果と実測との比較)

2.2.2 フリンジング効果
  前述したように放射板が同じサイズでも,誘電体及び地板サイズが変わると共振周波数が変化している。これは,放射板の端で電磁界が均一にならないことから生ずるもので,フリンジング効果といわれる5)。図5にこのフリンジング効果の補正式を考慮に入れた共振周波数と,FDTD解析でa’(=b’)を変更した場合の共振周波数を求めた結果を示す。本補正式はアンテナ設計の一助となっているが,誘電体及び地板サイズがあまりにも小さい場合は,この補正を加えた理論式を用いても設計には適さないと考えられる。

(図5 フリンジング効果)

2.2.3 2周波共用アンテナの設計
  2周波共用(2種の周波数で共振する)パッチアンテナには,誘電体を2層構造にしたものや2種類の誘電体を用いたものがある4)。しかしながら,製造コストを鑑みると誘電体の種類は少ない方がよく,ここでは,図6に示すような1種類の誘電体を用いて,放射板の形状を変えることにより2周波共用パッチアンテナの設計を試みた。解析に当たり,誘電体の比誘電率er=9を用い,無線LANで使用されている2.45GHz,及び5.2GHz帯で共振するよう設計を行った6)。
 その結果,表2に示すパッチアンテナサイズで解析したところ,パッチアンテナの入力インピーダンスは図7となり,2.45GHz,及び5.17GHz帯で共振していることが分かる。そこで,このモデルサイズのパッチアンテナを試作し,特性を評価した結果を表3に示す。これより,共振周波数は2.45GHz帯で3.3%,5.2GHz帯で4.2%の誤差でFDTD解析値と実測値は一致しており,解析の有用性が確認できた。また,5.2GHz帯では絶対利得は2.45GHz帯よりも低いが,半値幅が広いため,実用に即したアンテナの開発ができたものと考えられる。

(図6 凸型放射板によるパッチアンテナモデル)
(表2 2周波共用アンテナのモデルサイズ (単位:mm))
(図7 2周波共用アンテナの入力インピーダンス)
(表3 2周波共用アンテナの特性評価)

3.結言
 従来,設計,試作,評価を繰り返し,試行錯誤しながらアンテナの開発を行ってきたものを,FDTD法を用いた数値解析の応用により,アンテナの設計を円滑に行うことを試みた。その結果,以下の結論を得た。
(1)FDTD法による数値解析を用いてパッチアンテナの設計を行った結果,実測値とほぼ一致しており,この手法の有用性が確認できた。
(2)理論解析ではできないとされる3次元的な物理現象を数値解析によって確認することができた。
(3)FDTD法を用いて2周波共用パッチアンテナの設計を行った結果,実用に即した設計が行えることが分かった。

謝辞
 本研究を遂行するに当たり,パッチアンテナの試作にご協力いただいたニッコー葛Z術部部長 滝本 幹夫氏に感謝します。また,アンテナの評価にご助言をいただいた金沢工業大学工学部助教授 野口 啓介氏に感謝します。

参考文献
1)橋本修. 電気・電子工学のための数値計算法入門. 総合電子出版, 1999, p. 121-150.
2)K. S. Yee. Numerical Solution of Initial Boundary Value Problems Involving Maxwell’s Equations in Isotropic Media. IEEE Trans. Antennas propagat. vol. AP-14, No.3, 1966, p.302-307.
3)宇野亨. FDTD法による電磁界およびアンテナ解析. コロナ社, 1998, p. 1-192.
4)後藤尚久. 図説・アンテナ. コロナ社, 1995, p. 194-231.
5)羽石操, 平澤一紘, 鈴木康夫. 小形・平面アンテナ. コロナ社, 1996, p. 86-94.
6)吉村慶之, 中野幸一, 小林英樹, 杉村詩朗, 八木谷聡, 長野勇. 誘電体の形状による矩形パッチアンテナの性能評価. H16年度電気関係学会北陸支部連合大会講演論文集, 2004, CP-38.