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排便検知システムのための温度センサの開発 -使い捨て可能な温度センサの開発-

■電子情報部 米澤保人 筒口善央

 寝たきり認知症老人の排便検知のため,おむつ内に設置する使い捨て温度センサを開発した。エポキシ樹脂板上に銅の薄膜を作製することで使い捨てを可能にし,抵抗の温度変化により温度を検出できた。また,抵抗変化を電圧に変換し,AD変換後に無線で送信することで,より実用に近いシステムを試作し,0.1℃以下の温度分解能が得られた。
キーワード:排便検知,使い捨て,温度センサ

Development of the Disposable Thermometer for Detection of Defecation

Yasuto YONEZAWA and Yoshiteru DOGUCHI

A disposable thermometer for use in the diaper of bedridden elderly people was developed for the purpose of detecting defecation. A thin copper film laminated onto an epoxy resin plate makes the thermometer disposable, and a change in resistance indicates a temperature change. The resistance change is converted into voltage. After conversion to digital data, wireless signals are transmitted. A temperature resolution of 0.1℃ or less was achieved.
Keywords:defecation detection, disposable thermometer


1.緒言
 寝たきりの認知症老人や障害者の排泄処理は,被介護者にとっても介護者にとっても,肉体的,精神的なストレスをもたらす。排泄のうち,尿に関しては吸収機能,消臭機能の優れたおむつの開発により,不快感が軽減されてきているが,排便はおむつを交換しない限り,不快感から解放されない。特に下痢便の場合には,不快感を与えるだけでなく,皮膚かぶれ等の障害を起こす原因となる。皮膚障害を起こせば,被介護者にも介護者にもさらに身体的,精神的,経済的負担が増えることにもなる。そのため,下痢便排泄後は速やかにおむつを交換し,皮膚の清潔を保つ必要がある。また,下痢便でない場合でも,認知症高齢者等は排便の不快感から無意識に便を手で触り,衣服やベッド等の汚染につながることがある。
 これに対して施設等では,定期的なおむつ交換を行っているが,根本的な解決にはなっていないため,下痢便等の排便を検知するシステムの開発が必要となる。排便直後におむつ交換が可能となれば,被介護者だけでなく介護者の負担も軽減できる。当場では,これまでに,においセンサと温度センサを用いたシステムの開発を試みているが1),排便検知には温度センサのみで検知できる可能性がある。
 本研究では,下痢便等の排便を検知するシステム開発のため,おむつとともに使い捨て可能な温度センサを開発し,温度信号を無線で送信するシステムの試作を行った。

2.使い捨て可能な温度センサの開発
2.1 使い捨て温度センサ
2.1.1 温度センサの選択
  温度センサには種々の方式があるが,本研究では,以下の事項を考慮した,開発の基本条件とした。
1)使い捨て可能
2)製作が容易でコストが低い
3)絶対的温度精度は不必要
その結果,温度センサは金属膜を用いることにした。センサは小型であることが望ましいが,電極部の接合やマスク作製の制約から,5〜10mm角とした。基材は,剛性がないと歪みによる抵抗変化が生じるため,厚さ1mmのエポキシ樹脂板材を用いた。金属膜は,抵抗温度係数が大きいことが望ましい。表1に示される係数の最も高い鉄(Fe)を選び,電子ビーム(EB)蒸着で膜を作製したところ,膜に亀裂が発生し,安定した抵抗値が得られなかった。これは,膜厚が数10nmと薄く,Feの融点が1気圧(atm)で1808Kと高いため,高温で膜が堆積し,基材との熱膨張の差により亀裂が発生したと考えられる。そこで,金属膜としては,融点が1atmで1356Kと比較的低く,機械的にも柔軟で,抵抗の温度係数が0.44%/℃と比較的高い銅(Cu)を用いることにした。

(表1 金属の室温付近の抵抗の温度係数(%/℃)2))

2.1.2 温度センサの作製
 温度センサの抵抗値は,消費電力の観点からは大きい方が望ましいが,あまり大きいとノイズに弱くなる。また,後述するパターン形成のためのマスク作製における線幅や膜厚の制限から,1kWを目標値とした。
  金属膜のパターン形成は,厚さ0.5mmのステンレス板でマスクを作製し,蒸着時に基材の上に設置して行った。マスクはレーザ加工機(コマツエンジニアリング製 YAG 2×2)で電極パターンに加工した。加工したマスクの例を図1に示す。パターンの線幅は,狭い方が望ましいが,あまり狭くすると,0.5mmの板厚との関係から陰になって膜が堆積しない。また,マスクを残す箇所もあまり細くすると加工時に変形してしまう。これらの制限から,マスク(電極パターン)の形状を決め,設定膜厚を20nmとすることで,抵抗値として1kW±20%が得られた。
  センサと送信機を結ぶおむつ内の配線も使い捨て可能の必要がある。配線には導電性布テープを用い,温度センサの電極と接触部には機械的に圧力を加えた。しかし,導電性布テープには弾性があるため,圧力が十分でないと接触抵抗が変動してしまう。そのため,図2に示すように基材(センサ)とポリカーボネイトで導電性布テープを挟み,エポキシ樹脂で固定する構造でセンサを作製し,接触抵抗の低減と安定化を図った。図3に図2の構造で作製した温度センサを示す。

(図1 電極パターン形成用マスク)
(図2 使い捨て温度センサ断面構造模式図)
(図3 作製した温度センサ部)

2.1.3 温度センサの特性
 前節で作製した温度センサを恒温槽に設置し,抵抗の温度依存性を評価した。センサの抵抗変化は図4に示す評価回路で行った。抵抗値の代わりに,温度センサと直列に基準抵抗を接続し,定電圧を印可して,温度センサ両端の電圧値を計測した。図4から,出力電圧はとなる。式(2)の第1項は一定であるため,上式からVoutはDrに比例することが分かる。
  図5にセンサ出力電圧の温度特性を示す。温度センサの出力は増幅器で増幅したが(2.2参照),極性を反転させたため,温度に対して出力電圧が逆比例となり,温度と抵抗変化が線形であることが確認できた。

(図4 温度センサ評価回路図)
(図5 センサ評価回路出力の温度特性)

2.2 無線による温度センサシステムの作製
 温度センサを排便検知に応用する場合,センサのデータを無線で送信することが望ましい。そのため,市販のAD変換器付きの無線送受信ユニット(WELLPINE COMM.製WP-205)を用いた。図6に本システムのブロック図を示す。
無線送受信システムのキャリアは314.5MHzで微弱電波を使用しているため,無線免許は不要である。また,12ビットのAD変換器を搭載しており,最大電圧入力は4.095Vであることから,電圧の分解能は1mV/bitである。一方,温度センサの出力は,仮に図4の回路でR=r=1 kWとすると,式(2)から8mV/℃となり,0.17℃の分解能があることになる。しかし,温度センサの抵抗のばらつきや,温度分解能を0.1℃確保し,AD変換器を含む送信機の消費電力を抑えるために基準抵抗を大きな値にすることを考慮すると,図4の回路の出力をそのままAD変換したのでは,十分な分解能が得られない。そこで,温度センサを駆動し,増幅した信号をAD変換器に入力する回路を当場のプリント基板試作システムにより作製した(図7)。増幅した信号をAD変換後の出力の温度依存性は前出の図5の通りで,12.8mV/℃で目標とした0.1℃以下の分解能が得られた。
  無線システムからのデータはRS-232CでPC(パソコン)に取り込み、データを蓄積した。

(図6 排便検知システムブロック図)
(図7 センサ駆動及びプリアンプ部)

3.排便検知の臨床実験
 寝たきりの認知症老人に対して,開発した温度センサシステムを用いて,おむつ内の温度データ収集試験を行った。
 おむつ内のセンサは,予め行った千木病院の31名の患者の排便位置調査から特定した位置に設置した。臨床データ収集実験は,同病院で浣腸を施した直後の6名の患者に対して行った。6名の内、1名はセンサ設置直後に排便があり,データ取得できなかった。また、1名は3時間以上排便がなく,排便時の温度変化データが得られなかった。4名については排便が観測され,最終的にセンサに排便が接触したことから、前述の排便位置調査が有効であったといえる。図8に温度データ取得例を示す。10mVは約1℃に相当する。図8では,矢印の箇所で約1℃の温度上昇が観測され,おむつ内を確認したところ,排便があった。また,スパイク状の信号が見られているが,これは通信の文字化けによるものであることが分かっており,今後,除去する必要がある。
 他の3名のデータも同様に温度上昇が観測され,排便が確認できたことから,本開発システムが排便検知に応用可能であることが示唆された。

(図8 臨床データ取得例)

4.結言
 使い捨て温度センサ及び無線による排便検知システムを試作し,臨床試験を行った。その結果,十分な温度分解能を持ち,排便検知に応用可能なシステムであることが確認できた。しかし、今回の臨床試験では,排尿時のデータが得られなかったため,排便との区別のためには,今後さらに臨床データの収集が必要である。
 また、本開発システムは,送信機部分は使い捨てでないため,センサと送信機の着脱作業が必要で,介護者にとって負担を増やすことになる。これらの負担増の少ないシステムへの改良が必要と考えられる。

謝辞
 本研究の遂行に当たり,助言を頂いた金沢大学大学院助教授北川章夫氏に,無線システムの構築に協力頂いた金沢大学大学院工学研究科有賀健太氏(現富士通)に感謝します。
 また,臨床試験や排便位置調査に助言並びに協力頂いた金沢大学医学部助手紺家千津子氏,(社)浅の川千木病院看護部長田端恵子氏に謝意を表します。

参考文献
1)筒口善央,米澤保人,山田有河.排便検知システムの開発. 石川県工業試験場研究報告. Vol.10, No. 49, 2000, p.5-
10.
2)国立天文台編. 理科年表.東京.丸善.1999, p.482.