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有機膜を用いたガスセンサの高機能化

■電子情報部 筒口善央 米澤保人  橘泰至

 半導体ガスセンサは,工業用途だけでなく,家庭電化製品まで広く使用されている。しかし, 特定のガス検出を目的としたセンサであっても他のガス種にも反応するという問題がある。そのため,大気中の一般環境計測では誤検知・誤動作の可能性がある。この問題を解決するため,本研究では,NH3ガス用半導体ガスセンサ素子を作製し,その感応膜表面にガスフィルターとして有機膜を塗布することを試みた。有機膜としては,ガスセンサ動作温度でも使用可能なポリイミド膜を使用した。塗布条件等を検討した結果,他のガスの影響を抑えることができ,特にアミン系の同種ガスであるTMA(トリメチルアミン)に対するガス感度を約1/10に抑えることができた。また,開発したセンサ素子を搭載したNH3ガス計測器を試作した。
キーワード:ガスセンサ,アンモニア,ポリイミド膜

Development of a Gas Sensor Using Organic Film

Yoshiteru DOGUCHI, Yasuto YONEZAWA and Yasushi TACHIBANA

Semiconductor gas sensors are used not only for industry but also for home electronics. However, semiconductor gas sensors designed to detect a specific gas detect other gases as well. Accordingly, they cause incorrect detection or malfunction when measuring in an environment with many kinds of gas. In order to solve this problem, we made semiconductor gas sensor elements for NH3 gas, on which organic film was applied on the sensing surface as a gas filter. Polyimide film was used because it is effective in the operation temperature range of the sensor. By adjusting the film application conditions, the influence of other kinds of gas could be suppressed. In particular, sensitivity to TMA (trimethylamine) gas, which is of the same amine gas group as NH3 gas, could be reduced to one tenth. We made a prototype of an NH3 gas measurement unit equipped with our newly developed sensor elements.
Key Words:gas sensor, ammonia, organic film


1.緒言
 ガスセンサは,製造プロセスにおける雰囲気等のガス濃度管理,排出ガスにおけるNOx(窒素酸化物)やSOx(硫黄酸化物)等の環境影響ガス検知の工業用途だけでなく,においの識別,ガス漏れ警報器,電子レンジやエアコン等の家庭電化製品まで広く使用されている。ガスセンサには,半導体方式,化学反応式,接触燃焼方式,水晶振動子式等の各種方式があるが1)2),小型軽量,低消費電力,長寿命かつ安定な面から半導体式が広く普及している。しかし,図1に示すように,NH3(アンモニア)ガス用センサであっても他のガス種に反応するという問題がある。そのため,大気中の一般環境計測では誤検知,誤動作する可能性がある。
 そこで,本研究では,構造が簡便で選択性の高いセンサを開発するため,半導体ガスセンサのガス感応膜となる半導体表面に,ガスのフィルターとして有機膜の塗布を試みた。検知ガス種としては,フロン代替冷媒やダイオキシン等の中和処理用触媒として需要が高まりつつあるNH3ガスに着目し,ガスセンサ素子とこれを搭載したNH3ガス計測器を試作した。

(図1 市販のNH3(アンモニア)ガス用センサの各種ガスに対する応答特性例)

2.半導体薄膜ガスセンサ
 基本となる半導体ガスセンサは,一般にNH3系ガスに対して感度が高いと言われていることから,ZnO(酸化亜鉛)をターゲット材としてスパッタリング法により作製した。

2.1 動作原理
 大気中では,ガスセンサ表面の粒子にO2(酸素)が吸着しており,特定の導電率を持っている。しかし,還元性ガスが存在すると,すでに吸着しているO2とこのガスが反応して,O2を離脱させる。これにより,半導体内を移動できる電子の数が増加するため,センサの導電率は増加する。また,導電率の増加は吸着分子数に依存するので,センサの導電率変化からガス濃度を計測することができる。

2.2 ガスセンサ素子の作製
 ガスセンサ素子の作製は図2(a)の手順で(b)に示した構造により行った。基板は,ガラスとセラミックスの3種類を用いた(表1参照)。ガラス基板には金電極(金ペースト:550℃30分焼成),セラミック基板には銀電極(銀ペースト:850℃30分焼成)を作製し,基板上の電極間にRF(反応性)スパッタリング法により,表1に示す製膜条件でガス反応膜(ZnO/In2O3)を堆積した。In2O3の添加理由は,2.4節で述べる。

(図2 作製手順とガスセンサ素子概略図)
(表1 成膜条件)

2.3 ガスセンサ応答特性の計測
 ガスセンサ素子の各種ガスに対する応答特性は,図3に示すガス応答計測装置を使用して評価した。ガスセンサ素子を動作温度までヒータで加熱し,初期抵抗が安定した状態で,チャンバ容積の1000ppm相当の測定ガスを注射器で注入する。抵抗計測にはデジタルマルチメータ(Hewlett Packard社製 型式34970A)を用い,ガス注入後10分間の抵抗変化を計測した。

(図3 ガス応答計測装置の概略図)

2.4 センサ材料および動作条件の最適化
 ZnO半導体薄膜中のキャリアの増加による感度向上のため,In2O3(酸化インジウム)をドナーとして添加し,ターゲット材料のZnOへの添加濃度(0.1〜15mol%)を変化させた。また,センサの動作温度を300℃,350℃,400℃で変化させ,最適な動作温度を調べた。図4に1000ppmのNH3ガスに対するセンサ抵抗比のIn2O3添加濃度依存性の動作温度による変化を示す。縦軸はガス注入前の初期抵抗値Raに対するガス注入後の最大抵抗値Rgの比(Rg/Ra)を表す。横軸はZnOターゲット中のIn2O3の添加濃度である。図4の結果より,半導体ガスセンサとして400℃,In2O3添加濃度2mol%で最大感度を示した。

(図4 1000ppmのNH3ガスに対するセンサ抵抗比のIn2O3添加濃度依存性の動作温度による変化)

3.有機膜フィルター一体型センサの作製
 有機膜を塗布したアンモニアガスセンサを作製し,アンモニアガスと他のガスに対するフィルター効果を評価した。

3.1 有機膜フィルター材料の選択
 表2に主な樹脂のガラス転移点,融点を示す3)4)。ポリイミド樹脂は,ガラス転移点が400℃で唯一ガスセンサの動作温度に耐えることができる。このため,ポリイミドワニス(蟹.S.T製Pyer-ML RC5057 ポリイミド濃度14〜18wt.%)を有機膜フィルター材料として選択した。

(表2 主な有機樹脂のガラス転移点,融点)

3.2 有機膜の塗布
 ポリイミドワニスを1−メチル−2−ピロリドン液で希釈後、約50mgをガス反応膜上に滴下し,スピンコーター(MIKASA製IH-D2)を用いて塗布した。その後,大気中で乾燥(120℃60分,200℃10分)と焼き付け(250℃60分,400℃30分のイミド化処理)を行った。図5に有機膜を塗布して作製した素子と断面構造概略図を示す。

(図5 作製したセンサ素子と断面構造概略図)

3.3 有機膜の成膜条件の最適化
 有機膜のフィルター効果を最適化するため,希釈によるポリイミドワニスの濃度(50〜100wt.%)と膜厚及び膜重量(密度)を変化させた。膜厚と膜重量は,図6に示すようにスピンコーターの回転数(2000〜8000rpm)で変化させた。ガス応答特性の例として,濃度60wt.%,回転数4000rpmで製膜した試料の各種ガス1000ppmに対する抵抗変化量(Rg-Ra)の時間変化を図7に示す。膜塗布により感度が低下したため,ガス感度パラメータとして抵抗比(Rg/Ra)の代わりに抵抗変化量(Rg-Ra)を用いた。図中の横軸で0分はガス注入時を表わす。NH3ガスに対して,同系のTMAガスの抵抗変化量は1/2程度で,他の種類のガスにも感度があり,十分な分離ができなかった。濃度80wt.%未満で,回転数が6000rpm以上では,有機膜がない場合と同様に,全てのガスが透過してしまい,フィルター効果が得られなかった。濃度90wt.%以上では,回転数に関係なく,全てのガスに応答を示さなくなった。これは膜が厚く,密度も高いため,ガス透過がしにくくなったものと考えられる。最適条件を検討した結果,濃度80wt.%、スピンコーターの回転数4000rpm40秒の条件で製膜した膜厚6mmのときに,図8に示すようにNH3ガスに対して同系のTMAガス感度を1/10以下に低下することができ,有機膜フィルターとして機能することが示された。

(図6 回転数に対する膜厚および膜重量の変化)
(図7 種々のガス1000ppmに対する時間応答特性例)
(図8 濃度80%時の種々のガス1000ppmに対する時間応答特性例)

4.結言
 ZnOガスセンサ素子のガス感応膜表面に,フィルターとしてポリイミド膜を塗布し,裏面にヒータ一を持つセンサ素子を作製し,次の結果が得られた。
(1)感度
 1000ppmのNH3ガスに対し,約400Ωの抵抗変化量が得られたことから,最小検出感度が数ppm(市販センサ並)まで計測できるセンサ素子が作製できた。
(2)選択性
  ポリイミド膜の塗布により,他種ガスの影響を抑えるとともに,特にアミン系の同種ガスであるTMAに対するガス感度を約1/10に抑えることができた。
(3)試作器の作製
  開発したセンサ素子を搭載したNH3ガス計測器(図9)を試作した。
 今後,開発した試作器の実用化テストを重ねるとともに,県内企業で活用を図りたいと考えている。

(図9 試作した計測器)

謝辞
 本研究の遂行に当たり,ご指導とご協力を戴きました金沢工業大学 高度材料開発センター 教授 南戸秀仁氏ならびに南戸研究室学生諸氏に感謝します。また,貴重な窒化アルミ基板をご提供頂いた東芝マテリアル鰍ノ感謝します。

参考文献
1)森泉, 中本共著. センサ工学. 鰹コ栄堂,1997.
2)栗岡, 外池編. 匂いの応用工学. 朝倉書店,1994.
3)F.Bueche 著. 村上謙吉, 小林隆一 訳. 高分子の物性.朝倉書店,1960.
4)高分子学会高分子辞典編集委員会 編. 高分子辞典.朝倉書店,1988.