簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:2.2MB、4ページ)


マグネシウム合金鋳造材の熱処理による機械的性質の変化と金属組織

■機械金属部 藤井 要 鷹合滋樹

 近年,マグネシウム合金は航空機,自動車,自動二輪など,軽量化を重視する分野の部品として需要が拡大し,県内の鋳造業においても数年前から商業ベースで試作(小ロット)生産がされ始めた。しかしながら,この合金は,高温で酸化しやすいため熱処理が難しく作業実績が乏しい。そのため,機械的性質を十分に引き出すための熱処理条件データ等の蓄積が不足しているのが現状である。そこで,本研究では,熱処理による機械的性質の変化と機械的性質を左右する金属組織の特徴について調査検討し,次の結果を得た。1)時効処理と引張試験特性の変化の関係は,引張強さは時効時間に対して変化が少ないのに対し,耐力は増加し,伸びは低下する。2)耐力が同一な低温時効と高温時効による伸びを比較した場合,低温処理材の方が伸びが大きい。3)時効処理材の結晶粒内には,鋳造時のデンドライト組織の影響を受けた連続析出物の密度の変化が現れる。4)時効処理材の引張破面を観察した結果,ノジュラー組織等の粗大な粒界析出物による粒界破壊が支配的であり,球状の晶出物からのボイドの生成も確認された。
キーワード:マグネシウム合金,鋳造材,熱処理,機械的性質,金属組織

The Mechanical properties and microstructure of cast- AZ91 alloys on heat treatment

Kaname FUJII and Shigeki TAKAGO

The feature of microstructures and mechanical properties on heat-treatment process of AZ91E cast alloy was investigated. Obtained results are follows, 1) Increasing aging time, the change of tensile strength was small, however proof strength was increased, and elongation was decreased. 2) As compared the elongation of the between low-temperature prescription processing and high-temperature processing in the case of same proof strength, the elongation of the low-temperature processing was larger than that of high temperature. 3) In the transgranular microstructure of the aged sample, the fluctuation of the density of the continuous precipitate which influenced of the dendrite as cast was observed. 4) As fracture surface observation of aged sample, the intergranular fracture which makes intergranular precipitation of a nodular precipitation was dominant and generation of void from rough spherical crystallization phase was also observed.

Keywords:AZ91alloy, alloy castings, heat treatment, mechanical properties, microstructures


1.緒言
 マグネシウムは比重が約1.7で,実用金属材料中で最も小さい。この特徴を活かして,軽量化を重視する分野の部品に需要が拡大し,石川県の製造業おいても鋳造部品が近年,商業ベースで製造され始めた。
 アルミニウム合金等の時効硬化型合金の鍛造材や展伸材がその加工硬化によって強さを増すことができるのに対し,鋳造材は熱処理がその強さに重要な役割を果たす。そのため,溶体化処理および人工時効処理を施すいわゆるT6処理が一般的に行われる1)。またマグネシウム合金は,アルミニウム合金と比較した場合,高温で酸化しやすいため熱処理が困難でその作業実績が乏しく,機械的性質を十分に引き出すための最適な熱処理条件データの蓄積が少ないのが現状である。
 本研究では,マグネシウム鋳造材の機械的性質に及ぼす熱処理条件の影響を調べた。また,強度特性に密接に関わる析出組織の変化を観察し,EPMAやオージェ電子分光分析装置による破断面の観察により,機械的性質を左右する金属組織の特徴について調査したので報告する。

2.実験方法
2.1 試験材料
  マグネシウム鋳造材の試験片は,県内鋳造工場において表1に示す組成の市販材のJIS MC2E(ASTM AZ91E相当)合金塊を溶解し,JIS Z 2201の4号引張試験片形状に砂型鋳造した。この試験片を鋳造材とした。鋳造材を413℃で16時間のSF6ガスとアルゴンガスの混合雰囲気中で溶体化処理後、衡風空冷し,溶体化処理材とした。さらに、168℃または216℃の大気炉で時間を変化させて時効処理を行い,時効処理材とした。

(表1 マグネシウム合金塊の成分)

2.2 機械的性質、破面観察、組織観察等
  試験材は,機械加工することなく鋳肌のまま、もしくは熱処理したままの表面状態で引張試験を行い,引張強さ、破断伸び、0.2%耐力を求めた。引張試験片つかみ部から採取した試験片を、鏡面研磨後、硝酸と酢酸のエタノール溶液でエッチングを行い、光学顕微鏡による組織観察やEPMA、電界放射型電子銃を搭載したオージェ電子分光分析装置を用いて電子顕微鏡観察(以下SEM観察)及び成分分析を行った。加えて、XRDによる解析も行った。引張破断後の破面の観察や分析は、オージェ電子分光分析装置を用いて行った。

3.実験結果及び考察
3.1 引張特性に及ぼす時効処理条件の影響
 図1に鋳造材および溶体処理材の各時効時間に対する引張強さ,0.2%耐力及び破断伸びの変化を示す。鋳造材に溶体化処理を施すと引張強さは上昇するが,時効時間に対する依存性は小さく,ほぼ横ばいであった。それに対して0.2%耐力は,時効時間が長くなると徐々に増大した。また,破断伸びは,溶体化処理により増大するが,その後の時効処理では時間が長くなるに従い小さくなった。0.2%耐力の値が同一な168℃での長時間処理と216℃での短時間処理を比較した場合、低温長時間処理の方が破断伸びがわずかに大きいことがわかった。

(図1 各時効時間における機械的性質の変化)

3.2 金属組織観察
3.2.1 マクロ組織観察,EPMA分析,XRD解析
 図2に216℃で時効処理した試料の各段階における光学顕微鏡による組織写真を示す。図2(a)の鋳造材では等軸デンドライド組織が見られ,粒界近傍の輪郭明瞭な共晶化合物とデンドライドの内部には黒い点状の晶出相が見られる。これら化合物のEPMA分析を行った結果,粒界近傍の化合物はMg,Alの他にZnが若干検出されることからMg-Al化合物にZnが固溶した晶出相であり,点状のものはAl-Mnのみ,もしくはAl-Mnに若干のFeが含まれる晶出相であることが確認された。(b)の溶体化処理材の組織写真では,鋳造材に観察された晶出相は溶体化処理により消失し,固溶されないAl-Mn系化合物の点在が確認できた。(c),(d)の時効時間がそれぞれ1時間,5時間の試料の組織写真では、Al-Mn系化合物に加え,時効により析出したMg-Al系析出物が結晶粒界および粒内に黒色のコントラストとしてみられる。これらの析出相,晶出相に関し,XRD解析を行ったところ,Mg母合金の回折ピークの他に鎌土ら2)が報告するMg17Al12や,Cerriiら3)が報告するAl8Mn5化合物の回折位置に一致するピークが確認された。Mg17Al12ピークに関しては溶体化処理でいったん消滅し,時効時間の増大とともに増加する傾向が見られた。それに対してAl8Mn5ピークに関しては鋳造材および各熱処理段階において存在し続けた。

(図2 熱処理における組織の変化)

3.2.2 SEMによるミクロ観察
 図3に216℃で5h時効処理材のSEM組織写真を示す。光学顕微鏡組織写真とは異なり,結晶粒界及び粒内の析出相のコントラストは白く見られる。図3(a)の視野中に観察されたAl-Mn系晶出物を高倍率で観察した結果,約3〜7μmの大きさの球状もしくは楕円形状であった。(b)の結晶粒界では粒界反応析出による縞状のノジュラー組織が見られる。また(c)のようにノジュラー組織ではない粒界析出相も見られた。また結晶粒内の白いコントラストの強い部位では,析出物は(d)のように浮き彫りになって観察され、方向性をもった数百nmの細長く伸びた板状の析出物が高密度で見られた。これら析出物の形状は、CELOTTO4)がTEMによって観察した連続析出物の形状と一致した。また連続析出物は、低倍率でコントラストが薄いe)部位ではまばらであった。この析出密度の違いは,鎌土ら2)が報告するように溶体化処理後もデンドライト組織の影響を受けた溶質原子濃度の高い部位と低い部位が存在し,時効処理により析出密度の差が生じたためと思われる。

(図3 216℃5h時効処理材のSEM組織写真)

3.3 引張破面の観察
3.3.1 破面に対して垂直な断面からの観察
  図4に216℃で5h時効処理を施し,引張試験後の破面に垂直に切断し、断面観察した組織写真を示す。図4(a)では破断位置が結晶粒界に沿って破断していることが確認できた。また,矢印で示した箇所のように粒内破壊も見られるが,その破断位置は周辺の粒界破壊の形状に依存した形でき裂が伝播しているように思われ、コントラストの薄い部分をき裂が優先的に進展しているように見られた。同図の□で囲った部位をSEMにより高倍率で観察した写真を(b)に示す。ここで写真右下,き裂内部に白く見えるのは試料研磨過程の樹脂埋めの際に進入した樹脂であり,組織とは無関係である。き裂はノジュール内部もしくはその近傍に存在しているのが確認できる。また,矢印で示すようにき裂表面にAl-Mn系化合物もいくつか観察された。さらに□で囲った領域を拡大した写真を同図(c)に示す。右上のクラックはノジュラー組織と微細な連続析出部位との界面(ノジュールの先進粒界)で発生していることがわかる。また,左下のクラックに関しては晶出物が割れ,粗大な析出相に平行してクラックが進展しているのがわかる。また,右下の晶出物界面と結晶粒界からクラックが発生し,ボイドを形成しているのが確認できる。

(図4 引張破面断面の組織写真(216℃5h時効処理材))

3.3.2 破断面の観察

 次に,破断面のSEM観察を行った。図5(a)は比較のための溶体化処理のみを施し,図2(b)のような粒内粒界共に析出物が無い状態での引張破断面の像で,図5(b)は図4と同一の時効処理を施した試験片の破断面を示す。(a)は粒内延性破面および脆性へき開破面の混合破面であるのに対して,(b)は粒界破面が支配的であることがわかる。これらは、溶体化処理材における伸びの値が時効処理材に比べ高いことと対応している。ノジュラー組織は結晶粒界から母相の晶へき面に沿って析出するので,き裂がノジュラー組織を介した場合,粒界破面となり得ることが考えられる。確認のため,図5(b)の破面の[1]部周辺を拡大した像を図6(a)(b)に示す。(a)では,ノジュールを形成している析出物が破断面に現出している。このような粒界析出物とマトリックス界面でき裂が発生したことが明瞭に確認できる組織がいくつか確認された。また,(b)のように形状からAl-Mn系晶出物と思われる組織も確認され、晶出物とマトリックス界面にはボイドの形成が見られた。下の晶出物の表面には微細なディンプルが確認され,上の晶出物は表面が滑らかで粒子自体の割れによるか界面での剥離によるものと見受けられる。また、オージェスペクトルによりMnが検出された。これらは図4(C)で示したように晶出物の周辺組織の状態やマトリックスとの界面状態によって左右されると考えられる。さらに、図5(b)[2]部の拡大像とAl KLLオージェマッピング像を示す。延性破壊を示す1μm以下の微細なディンプルが観察され,ボイドの核がAlリッチな析出物であることが確認できることから,この部位は粒界ではなく結晶粒内であることが推察できる。

(図5 破断面のSEM像)
(図6 図5[1]部周辺の拡大像)
(図7 図5[2]部の拡大像)

4.まとめ
(1)時効処理における機械的性質の変化を調べたところ,引張強度は時効時間に対して変化が少ないのに対し,耐力は増加し,伸びは低下した。
(2)耐力が同一な低温時効処理と高温処理の伸びを比較した場合,低温処理の方が伸びが大きいことがわかった。
(3)時効処理後の結晶粒内には,鋳造時のデンドライト組織の影響を受けた連続析出物の密度の濃淡が現れた。
(4)時効処理材の破面観察を行った結果,ノジュラー組織等の粒界析出物による粒界破壊が支配的であった。また,球状のAl-Mn系晶出物からのボイドの生成も確認された。

謝辞
本研究を遂行するに当たり鋳造サンプルをご提供いただいた谷田合金(株)に感謝いたします。

参考文献
1)鎌土重晴, 小島 陽. 熱処理. 38号巻1号, 1998, P.26.
2)鎌土重晴 他. 軽金属. Vol. 37, No.11, 1987, P714.
3)E.Cerry 他. Material Sience and Engineering A. 2002,p208.
4)S.CELOTTO. Acta MATERIALLIA. Vol. 48, 2000, p1775.