3.薄板の成形シミュレーション
 3.1 塑性加工解析
 プレス加工における金型設計,工程設計および加工条件設定などに要する時間短縮やコスト削減を図るためのツールとして,動的陽解法2)による非線形有限要素法解析プログラムを用い,プレス加工などの塑性加工解析の利用について検討した。
 解析作業のフローを図9に示す。まず,材料物性,形状データ,境界条件などの入力データを設定し,有限要素の解析モデルを作成する。材料特性は,被加工材物のヤング率,ポアソン比,密度のほか,塑性域を考慮するための降伏応力と接線係数2)が必要である。形状データとしては,被加工材およびパンチやダイなどの工具表面の寸法が必要であり,この形状データをもとに要素分割を行い,有限要素解析モデルを作成する。境界条件は,パンチに与える荷重,速度,強制変位などの負荷条件やダイの固定などの拘束条件,さらに被加工物と工具との摩擦係数などの接触条件が必要である。
 変位,速度などの初期条件を設定すれば,時間ステップごとの運動方程式が得られ,変位増分,速度増分が計算される。変位が求まれば,変位ひずみ関係式や材料構成式から,応力,ひずみも求まる。
 この増分を所定の時間までステップごとに繰り返し行うことで,変形状態,応力ひずみ分布などの成形の過程の情報が求められる。
 これらの出力結果を評価することにより,工具形状の変更や最適加工条件の予測などが検討できる。


図9 塑性加工解析フロー

図10 円筒絞

図11 1/4解析モデル
表1 ブランクの材料特性
材料特性 材料
ヤング率(GPa) 206
ポアソン比 0.3
密度(×10-6kg/mm3) 7.85
降伏応力(MPa) 230
接線係数(GPa) 10
表2 解析モデル
モデル
番 号
解 析 条 件
rd rp Pb μ
1 5t 5t 15kN 0.05
2 3t 5t 15kN 0.05
3 5t 3t 15kN 0.05
4 5t 5t 5kN 0.05
5 5t 5t 15kN 0.30

図13 ブランクの変形と相当応力分布

図14 最小板厚の変化

図15 最大板厚の変化

 3.2 円筒絞りの解析例
 図10に示す円筒絞り解析を行い,工具形状や加工条件などの影響による成形性を比較した。
 図中,tはブランクの板厚,Dはブランク直径,dpはパンチ直径,rpはパンチ肩半径,ddはダイ直径,rdはダイ肩半径,Pbはしわ押さえ力を示す。
 解析モデルは被加工材のブランクと工具のパンチ,ダイおよびブランクホルダの4つの部分からなり,円 図9 塑性加工解析フロー 図10 円筒絞り 筒の中心軸の対称性から図11に示す1/4モデルを用いて要素分割を行い,ブランクは弾塑性体,工具は剛体として取り扱った。ブランクの材料特性は表1に示す値を用いた。
 負荷条件は,100msecで絞り高さが25tに成形するようなパンチ速度を時間増分ステップごとに与え,ブランクホルダに一定のしわ押さえ力Pbを与えた。
 拘束条件は,ブランクと各工具の対称面の移動拘束のほか,ダイを完全拘束した。
 解析モデルは,表2に示すモデル1の条件を基準にして,工具形状,しわ押さえ力,摩擦係数を変更した4つのモデルを作成し,解析結果を比較した。

 3.3 解析結果とその評価
  解析の結果,時間増分ステップの絞り高さはいずれの条件でも図12に示すような変化を示し,100msecでの変形状態は図13のようになった。この図の要素形状から,ブランクはパンチ肩半径の接触部分とダイ肩半径部分の接触部分の間の領域で最も大きく変形し,さらに相当応力分布や相当ひずみ分布を調べればその最大値から破断の発生箇所の同定ができることになる。
 しかし,絞り高さ25tでの各モデルの要素の板厚はいずれのモデルでも円筒側壁面で0.08t以下となったことから,実際の加工では破断が生じることが予想される。そこで,各モデルの成形性は,図14に示すように各モデルについて時間増分ステップごとに板厚の最小値を調べ,図12から板厚が0.5tになる時間の絞り高さから比較した結果,標準モデル1に比べ,モデル5(μ=0.3)の場合が最も絞り高さが低く,以下,モデル2,モデル3,モデル4の順となり,ブランク 図11 1/4解析モデル ランクと工具の接触による摩擦,ダイ・パンチ肩半径の形状による材料移動の良否が円筒絞りの成形性に大きく作用することを示した。
 一方,図15に示すように時間増分ステップでの板厚の最大値を調べると,モデル4(Pb=5kN)は,しわ発生の原因と思われる非常に大きな板厚の増加がフ ランジ部で生じ,さらにフランジ先端の半径方向の変位も最も大きくなった

 以上の結果,有限要素法を用いた成形シミュレーションで種々の加工条件の解析を実施することにより,変位,応力ひずみ分布から成形過程の情報を得ることができた。しかし,材料の破断やしわ発生をシミュレーションすることはできないため,解析結果から成形性の可否を判断するためには,最大の応力ひずみの発生箇所を調べるとともに,板厚の変化についても調べることが必要であることがわかった。
 実際のプレス加工は,摩擦やすべり損失により変形効率の影響を受けるため,加工の種類や金型構造や材料の拘束の程度により大きく変化する。円筒絞りや角筒絞りのような単純な形状を加工する場合は計算式から所定の加工条件を求めることができるが,これ以外 の複雑な形状の場合は近似の円筒や角筒の場合から推定する以外に方法はない。
 しかし現時点では,成形シミュレーションで最適な加工条件を得るためには,解析結果の評価から加工条件を変更し,再解析を実行する作業の繰り返しが必要であり,さらに解析作業の過程で解析精度を向上させるために,変形の著しい箇所の要素分割を細かくするなどの工夫が必要である。
 そのため,実際の加工実験を実施し,破断条件と成形シミュレーションによる解析結果との関係などのデータを蓄積する必要があるものと考えられる。

4.結  言
(1)張出しや押出しなどの複数の絞り加工を組み合わせた8回の工程を考案し,試験加工を実施した結果,板厚1.2mmのSPCE材で直径4mm,高さ11.8mmの円筒突起物を加工することができた。
(2)有限要素法を用いて薄板の成形シミュレーションの利用について検討した結果,変形や応力ひずみ分布などから成形性の相違を確認することが可能であることがわかった。ただし,加工による破断などを確認するためには,解析結果と破断条件との関係についてより多くのデータを蓄積することが必要であることがわかった。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた石川県技術アドバイザー熊谷久一氏((株)ハイモールド技術顧問),石川トライアルセンター新村誠一氏に謝意を表します。また,貴重な金型のご提供並びに加工実験のご協力を頂いた北陸プレス工業(株)に感謝します。

参考文献
1)栗原昭八著:実用プレス技術計算法,東京,工業調査 会,1984
2)日本塑性加工学会編:非線形有限要素法,東京,コロ ナ社,1994


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