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高周波回路における電圧波形解析手法の研究 −透過特性の反映−

■電子情報部 橘泰至 吉村慶之 田村陽一
■東京ドロウイング(株) 猪谷隆

 近年,電子機器は,内部の電子回路を高周波で動作させることによって処理速度が高速化している。DDRメモリを用いたDIMMなどの汎用的なパソコン用製品は,高周波動作に適した電子基板のデザインが公開されているが,組込機器においては機器毎に個別の設計が必要である。高周波信号は電子基板配線の影響を受けるため,汎用的な回路シミュレーションツールでは,電子基板配線のS21特性を反映させることが困難な場合があり,高周波の解析精度が低い。そこで本研究では,電子基板配線のS21特性を測定または計算により算出し,これをフーリエ/逆フーリエ変換により電圧波形に反映させることで配線を伝播した後の電圧波形を解析した。測定したS21特性を反映した解析波形は,反映する前の波形と比較して,実測波形との相関が強くなったことを確認し,これによって従来よりも解析精度が向上していることが分かった。
キーワード: 高周波特性,回路シミュレーション,S21特性,フーリエ変換

Research on a Method of Analyzing Voltage Waveforms in High-frequency Circuits
- Use of Permeability Characteristics -

Yasushi TACHIBANA, Yoshiyuki YOSHIMURA, Yoichi TAMURA and Takashi INOTANI

In recent years, high performance of electronic products has been achieved through the use of high-frequency circuits. Suitable designs for high frequency devices that are widely used in personal computers, such as DIMM using DDR memory, have already been published. However, circuit boards for embedded products need to be designed individually. Although high-frequency signals are easily affected by wiring on a circuit board, it is generally difficult to include the effect of the high-frequency characteristics (S21) of wiring in simulation results, so the simulation accuracy of high-frequency signals decreases when a conventional simulation tool is used. In this report, firstly, S21 was measured or computed, and then reflected on voltage waveforms by means of the Fourier / inverse Fourier transform. Lastly, the voltage waveforms that are transmitted from wiring were analyzed. As compared with waveforms without S21, the analyzed waveforms, on which S21 was reflected, had a strong correlation with the measured waveforms, thus demonstrating an improved accuracy of simulation.
Keywords : high-frequency characteristics, simulation of voltage waveforms, S21, Fourier transform

1.緒  言
 近年,電子機器では,内部の電子回路を高周波で動作させることによって機器の処理速度を高速化している。DDRメモリを用いたDIMMなどの汎用的なパソコン用製品などでは,高周波の動作に適した電子基板のデザインがJEDEC(半導体技術協会)から公開されているが,規格化が困難な組込機器では個別の設計が必要である。高周波信号は,電子基板配線の高周波特性の影響を受けて,電圧波形が減衰したり歪んだりし易くなると考えられる。そのため,高周波の電圧波形を解析する際には,電子基板配線の高周波特性を反映させることが重要である。しかし,従来の汎用的な回路シミュレーションツールで基板を構成する絶縁体の誘電率や誘電正接の扱いができない場合には,これらから算出される高周波特性を反映できない。このため,高周波における解析精度が低下している。
 そこで,電子基板配線における高周波特性の算出,測定1)や,高周波信号の伝播時間に関する研究2)を行い,配線における高周波特性の基礎データを測定し,収集してきた。本研究では,測定した高周波特性を反映させた電圧波形を解析する手法について検討した。また,回路・基板設計時などで高周波特性を測定する基板配線が無い場合を想定し,画像処理装置の設計段階において,計算で算出した高周波特性を用いて解析する手法を検討した。

2.高周波特性の解析への反映
2.1 解析の内容
 試料として図1に示す形状の基板配線を用いた。A-B間の線路長は200mm,線路幅は0.1mm,配線端AおよびBより10mmが直線で,それ以外は蛇行させた。蛇行幅は5mm,蛇行によって生じる配線間の距離は0.1mmである。本研究では,信号をA点から入力し,B点に伝播した際のB点の出力電圧波形を解析する。以降,解析の概要を示した図2の流れに沿って説明する。
 まず図2[1]では,A点の電圧波形を測定する。本研究では,500MHzの矩形波をパルスジェネレータ(アジレント・テクノロジー(株)製 81134A)で生成して,A点に入力する直前の電圧波形をオシロスコープ(アジレント・テクノロジー(株)製 DSA91304A)で測定した。測定したA点の電圧波形を時間軸で示すと図3のようになり,電圧の振幅は約0.225V,オフセット電圧は約0.245Vであった。
 次に図2[2]では,図4に示すネットワークアナライザ(アンリツ(株)製 ME7808A)を用いて,A-B間の高周波特性(以下S21特性:周波数における透過特性)を測定した。測定したS21特性は図5のように右下がりの特性となり,低周波の信号は配線を透過し易いが,高周波の信号は配線を透過し難くなることが分かる。例えば,A点に入力した5GHzの信号は約-6dB(1/2)の電圧振幅しかB点まで透過しない。
 ここで,周波数軸で表されるS21特性との演算を可能にするため,時間軸の電圧波形(図2[1])をフーリエ変換(FFT)し,図2[3]に示す周波数軸の電圧波形に変換する。ここで,フーリエ変換によって算出される周波数軸における電圧波形の周波数分解能⊿f(Hz)は,図2[1]で時間軸において測定した電圧波形の測定サンプル数N(個)とサンプリング間隔⊿t(s)の積の逆数となる(式(1))。
 そのため,電圧波形の測定時にサンプル数及びサンプリング間隔を過小に設定すると,式(1)右辺の分母が小さくなるため,フーリエ変換後の周波数分解能が粗くなり,高周波信号の解析に適さない。逆に,サンプリング間隔が過大な場合は,図2[1]において高周波信号が適切に測定できない。例えば,5GHzの正弦信号(1周期200ps)を測定する場合,オシロスコープの仕様によっても変わるが,一般的にサンプリング間隔は周期の1/4(50ps)以下に設定する必要がある。解析する信号の周波数に応じて,サンプル数及びサンプリング間隔を適切に設定することが重要である。また,サンプル数が多くなると演算の負荷が大きくなることも考慮する必要がある。
 ここでは,500MHzの矩形波を解析するため,周波数分解能を10MHz,サンプル数を16000,サンプリング間隔を6.25psとした。その結果,電圧波形の測定時間は100nsとなり,500MHzの矩形波50周期分を測定することになる。この設定で500MHz矩形波が適切にフーリエ変換できることを確認するため,A点の電圧波形と式(2)に示す理想矩形波v(t)をそれぞれフーリエ変換して比較した。図6に示す結果より,6GHzまでの周波数帯域において,A点の電圧波形は理想矩形波とほぼ一致しており,理想的な矩形波が再現できている。このことから,上記設定による電圧測定およびフーリエ変換は適切であると考える。なお,図6において各波形のピークは,いずれもA点と同一の周波数であったが,確認し易いように波形を周波数軸上でずらして表示した。
 次に図2[3]において,A点の電圧波形(周波数軸)と測定したS21特性(図5)の積をとることで,配線の特性が反映されたB点の電圧波形(周波数軸)が図6のように求まる。高調波の振幅は,S21特性が反映されることにより,減衰したことが確認できる。
 図2[4]に示すB点の電圧波形(時間軸)は,S21特性を反映したB点の電圧波形(周波数軸)を逆フーリエ変換(IFFT)することで求まる。本手法にて解析したB点の電圧波形と,オシロスコープで実測したB点の電圧波形を図3に合わせて示す。
 ここで,実測した電圧波形との一致度合いを確認するため,S21特性を反映して解析したB点の電圧波形と,実測した電圧波形の1周期分を回帰分析すると,相関係数が0.97となり,非常に強い相関が得られた。なお,A点の電圧波形と,B点の実測波形の相関係数を求めると0.72であり,S21特性による減衰や歪みの影響が現れている。従って,従来のS21特性を反映できない場合と比較して,S21特性を解析に反映させる本手法は,実測に近い電圧波形を解析できる。このため,本手法により解析精度を向上できたと考える。

(図1 電子基板配線試料の略図(平面図))
(図2 S21特性を反映させる解析の概要図)
(図3 電圧波形(時間軸))
(図4 ネットワークアナライザによるS21特性測定)
(図5 試料基板配線のS21特性)
(図6 電圧波形(周波数軸))
(式1)
(式2)

2.2 電磁界解析システムの活用
 実製品の回路や基板を設計する際は,基板を作製する前であるため,配線のS21特性を測定することができない。また,作製した基板においても,配線と測定用プローブ端子の間隔が一致しない場合や,電子部品を実装したために,S21特性を適正に測定できない場合がある。そこで,電磁界解析システム(CST社製 MW STUDIO)を用いてS21特性を算出し,信号が配線を伝播した後の電圧波形を解析する手法を検討した。
 まず,サンプルとして画像処理用製品の設計段階の基板配線を用い,電磁界解析システムにおいて図7の配線モデルを作成した。このモデルを実配線モデルとする。この他に,比較用として,基板構成,配線長が同一の設計条件である直線配線モデルを作成した。これら2つの基板配線は,配線の形状のみ異なる。本サンプルは,測定に必要な基板配線を作製する前であったため,電磁界解析システムを用いて,これら配線のS21特性を算出した。算出結果は図8のようになり,6GHzまでの周波数範囲におけるA-B間のS21特性は,直線配線と比較して実配線の方が悪く,高周波になるに連れてその差は大きくなった。このことから,直線配線と比較して実配線では高周波の信号が伝播し難いことが分かる。矩形波の立ち上がりおよび立ち下がりは,高周波が主成分であることから,これらの配線に矩形波を伝播する場合のB点の波形は,直線配線よりも実配線の方が,立ち上がりおよび立ち下がりが緩やかになると理論的に考えられる。
 実製品の動作を考慮してA点に入力する信号には,5Gbpsを想定した2.5GHzの矩形波を用いた。この波形に電磁界解析システムで算出した各配線のS21特性を反映させて,B点の電圧波形を解析すると,図9のように各配線の電圧波形が求まった。電圧波形の立ち上がりおよび立ち下がりは,直線配線よりも実配線の方が緩やかであり,これは理論と合致することから,各配線のS21特性は適正に反映できていると考えられる。
 これらのことから,電磁界解析システムにより算出したS21特性を用いることで,電子基板を作製する前の設計時であっても,本手法による電圧波形の解析が可能であり,有用であることを明らかにした。

(図7 電磁界解析システムで作成した実配線のモデル)
(図8 電磁界解析システムで算出したS21特性)
(図9 B点の解析波形)

3.結  言
 S21特性を反映させて電圧波形を解析する手法を検討し,以下の結果を得た。
(1) 本手法で解析した電圧波形と実測波形の相関(相関係数0.97)は,S21特性を反映する前(相関係数0.72)よりも強くなった。このことから,本手法により実測に近い電圧波形の解析が可能になり,解析精度の向上が図れた。
(2) 電子基板配線がない場合であっても,電磁界解析システムで算出したS21特性を用いて,本手法による解析が可能であり,基板設計に有用であることが分かった。

謝  辞
本研究を遂行するに当たり,アジレント・テクノロジー株式会社様より測定のご協力を頂きました。関係諸氏に感謝致します。

参考文献
1) 橘泰至, 吉村慶之, 猪谷隆. “プリント基板配線のSパラメータ測定による信号品質の向上“. 平成22年度電気関係学会北陸支部連合大会講演論文集. 福井, 2010-9-11/12, 電気関係学会北陸支部連合大会実行委員会. 2010, p. C-17
2) 橘泰至, 吉村慶之, 猪谷隆. “ミアンダ配線の伝播時間に関する考察“. 平成23年度電気関係学会北陸支部連合大会講演論文集. 福井, 2011-9-17/18, 電気関係学会北陸支部連合大会実行委員会. 2011, p. C-19