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FRP製薄板パネル用穴あけドリルの開発

■機械金属部 廣崎憲一 山下順広
■東興産業(株) 辻谷正彦 間戸朋之

 炭素繊維強化プラスチック(CFRP)やガラス繊維強化プラスチック(GFRP)等のFRP材料を切削する場合には,FRP材料自身が強化繊維シートの積層材であるため,繊維の毛羽立ちや表層剥離が問題となる。特に,板厚の薄いパネル部品にドリルで穴あけをする場合,材料がたわみ易いことから,反動による跳ね返りが生じ,これらの問題が一層生じ易くなる。本研究では,たわみの要因となる切削抵抗を低減化し,かつ,毛羽立ちや表層剥離を防ぐことを目的に,先端部に突き出した小さなドリルを備え,後段には鋭角の切れ刃を持つ「段付き複合アングルドリル」を考案した。その結果,GFRP薄板材料の片持ち固定条件下のドリル加工試験において,考案ドリルは送り量を標準条件の2倍とする高送り条件にも拘わらず,最大切削抵抗の低減化によりパネルの跳ね返りを抑制でき,従来のドリルに比べて加工穴の品質改善が図られた。
キーワード: 繊維強化プラスチック,穴あけ,ドリル,切削抵抗,デラミネーション

Development of Drilling Tools for Thin Panels Made of Fiber-reinforced Plastics

Kenichi HIROSAKI, Yorihiro YAMASHITA, Masahiko TSUJITANI and Tomoyuki MATO

When materials made of carbon fiber reinforced plastics (CFRP) or glass fiber reinforced plastics (GFRP) are cut, problems such as uncut fibers remaining and delamination of layers can occur. This is due to the composition of FRP materials, which are made by laminating several sheets of strong fiber. These problems are particularly frequent in the case of drilling a thin FRP panel, due to the rebound motion that occurs after it bends. In this study, we proposed a new drilling tool, a “step multi-angle drill“, which consists of a small drill at the front tip and a double-angle cutting blade at the back, for the purpose of reducing cutting force that causes work bending, and preventing uncut fibers and delamination. In a drilling test conducted on thin GFRP panels in an overhung condition, the proposed drilling tool prevented bending of the works by reducing the maximum cutting force, and improved the quality of cut holes compared with a conventional tool, even though the test was conducted at a feeding speed twice as high as the normal operation speed.
Keywords: FRP, drilling, drill, cutting force, delamination

1.緒  言
 積層された炭素繊維やガラス繊維のシートを樹脂で固めた繊維強化プラスチック(FRP)は,軽くて強い材料として近年注目されている。特に,近年の旅客機では,燃費の向上や機内の気圧維持などを目的に,炭素繊維強化プラスチック(CFRP)やガラス繊維強化プラスチック(GFRP)が機体の構造体やパネル部品の材料として多く採用されている。これらのFRP材料は強化繊維シートの積層材であることから,切削加工の際に“繊維の毛羽立ち“や“表層剥離“が問題となる。特に,航空機の主翼に取り付けられるFRP製薄板パネル部品は,外縁部のトリム加工と取付け用の穴あけ加工が施されるが,その際のワークの固定には,パネルの内のりを吸着する治具が用いられ,加工対象となる外縁部はオーバーハングした状態となる。そのため,その外縁部をドリルで穴あけ加工する場合,材料がたわみ易く,その反動による跳ね返りによって,前述の問題が一層生じ易くなる。
 そこで本研究では,たわみの要因となる穴あけ加工時の切削抵抗を低減化し,かつ,毛羽立ちや表層剥離を防止することを目的に,新たなドリル形状を考案した。また,GFRP薄板材料を加工対象にたわみの生じ易い片持ち固定条件下において,試作した考案ドリルの加工性能について検証し,ドリル形状の最適化を行った。

2.ドリルの設計指針と試作
2.1 薄板パネル部品加工における課題
 航空機の主翼には,メンテナンス用の薄板パネル状の部品が数多く取り付けられている。それらの外形寸法や曲面の曲率は,取り付けられる箇所の翼形状に倣うため,個々で異なった設計となっている。これらパネル部品の加工は,外縁部のトリム加工と取り付け用の穴加工が施されるが,加工用の固定治具を個々の部品形状に合わせて用意することは非経済的である。一方,積層材料は局所的に挟み込むような応力を与えると積層間の剥離が発生する危険があることから,ある程度柔軟性を持った吸盤により吸着して保持することが多い。そのため,パネルの固定に図1に示すようなパネルの内のりを吸着するしくみの治具が採用されると,その際加工する外縁部はオーバーハングした状態となる。ドリルで穴あけ加工する場合には,その切削抵抗により材料がたわみ易く,穴加工の貫通間際にはその反動の跳ね返りにより,FRP材料の毛羽立ちや表層剥離の問題が一層生じ易くなる。したがって,これを回避するためにはドリル加工時のスラスト荷重(軸方向の切削抵抗)を低減化する必要がある。

(図1 パネル外縁部の穴あけによるたわみの発生)

2.2 ドリルの設計概念
 ドリル加工時のスラスト荷重を低減化することは,送り速度を小さくすることで達成できるが,非能率的な加工となる。そこで本研究では,切削抵抗を低減化し,かつ,毛羽立ちや表層剥離の防止を目的に,先端部に突き出した小さなドリルを備え,後段には鋭角の切れ刃を持つ「段付き複合アングルドリル」を考案した。これは,図2に示すように,下穴加工と仕上げ加工の2工程の作業により切削抵抗を分散させる方法を1本のドリルで行う段付きドリルを基本としている。一方,段付きドリルとすることにより,加工に関与する工具の長さは2倍程度となるため,これまでと同等な送り速度では加工時間が単純に2倍となる。そこで,送り速度は通常の条件よりも速くする必要があり,切れ刃直角に対する実質の送り量を小さく抑えるために,後段の切れ刃に鋭利な角度を有する仕上げ外周刃を施すものとした。

(図2 ドリルの設計概念)

2.3 加工性状に及ぼす外周刃形状の影響
 ドリル加工においては,最終的に最も直径の大きい切れ刃が仕上げ加工の加工品位を決定づける。本節では,段付き複合アングルドリルにおける外周刃の形状が加工性状に及ぼす影響について調べた。

2.3.1 試験装置および被削材
 切削加工試験には加工装置として,図3に示す5軸マシニングセンタ((株)松浦機械製作所製 FX-5G)を用いた。また,ドリル加工における切削抵抗は,4軸切削動力計((株)キスラー製 9272)を用いて測定した。
 被削材は,航空機のパネル部品に使用されている材料と類似の板厚3mmのGFRP材を用いた。本材料は,マトリクス樹脂にエポキシ系樹脂を用い,ガラス繊維の織種は朱子織,積層数は13層,繊維の含有体積率は48%である。

(図3 切削加工試験装置)

2.3.2 試験方法および加工条件
 試験方法は,図4に示すように,テーパ角を有したテーパ型ドリルを用いて,下穴φ4mmが施された試験片にドリル加工を行った。表1に,試験に用いたテーパ型ドリルの種類と加工条件を示す。テーパ型ドリルは,ねじれ角が25°であるねじれ刃型とねじれ角の無い直刃型に大別した。また,一般に用いられるツイストドリルも標準ドリルとして実験に供した。加工条件は,現状で使用している切削速度80m/min,送り量0.04mm/revを標準条件とし,送り量を標準条件の2倍とするものを高送り条件とした。なお,本研究で用いるドリルの材質はGFRP加工への耐摩耗性を考慮し超硬合金とした。また,加工雰囲気は乾式とした。

(図4 切削加工試験装置)
(表1 使用工具及び加工条件)

2.3.3 試験結果
 加工性状の評価として,加工穴出口に発生するアンカットファイバ(毛羽立ち)の発生状態を指標に用いた。図5に評価方法を示す。評価方法は,加工穴出口の写真画像を2値化処理し,加工穴の面積に対する残存ファイバの占有面積の百分率をアンカットファイバ占有率(UCFRと表記)と定義した。
 図6に,各種工具によるUCFR値の比較と加工穴の観察例を示す。一般に使用されるテーパ角が鈍角となる標準ドリルに比べ,テーパ角が鋭角であるねじれ刃型テーパドリルは,UCFR値が小さくなった。しかし,直刃型テーパドリルの場合は,テーパ角がより小さいにも拘わらず,UCFR値はねじれ刃型に比べ悪化する傾向になった。また,送り速度の差異については,いずれのドリルにおいても有意な違いはみられず,高送り条件による加工が可能であると考えられる。

(図5 加工性状の評価方法)
(図6 外周刃形状の違いによる加工性状の比較)

2.4 考案ドリルの試作
 前節までの設計概念に基づき,段付き複合アングルドリルを試作した(図7)。考案ドリルは,[1]先端部と,[2]仕上げ部から構成される。先端部は,直径が製作の制限上最も小径にできる2mmとし,突き出し長さについては先端部単独で板材を貫通できる3mmとした。また,その先端角は切削抵抗の低減と食い付き時の求心力を高める目的として,標準ドリルの先端角よりも鋭角となる90°とした。仕上げ部については,中間刃のテーパ角を標準ドリルの先端角と同程度である120°,その刃径は4mmとし,外周刃のテーパ角については数種類設定した。また,ねじれ刃型に加えて,直刃型についても試作した。

(図7 段付き複合アングルドリルの試作)

3.考案ドリルの基礎的加工性能
本章では,被削材のたわみを無視できる剛性の高い固定条件下における切削加工試験を行い,試作したドリルの基礎的な加工性能について調べた。

3.1 試験方法
 加工試験は,表2に示すように3種類の考案ドリルと一般的な標準ドリルを用いて,たわみの発生しない固定条件下で前述のGFRP材の穴加工を行った。切削抵抗は,軸方向であるスラスト成分及び回転方向となるトルク成分を測定し,加工性状としてアンカットファイバ占有率を評価した。加工条件は,標準条件及び高送り条件とした。なお,標準ドリルの場合は標準条件のみとした。

(表2 加工試験に用いたドリル)

3.2 実験結果および考察
3.2.1 切削抵抗の比較
 図8に,標準ドリルと考案ドリル(ねじれ刃型:テーパ角60°)の加工試験における切削抵抗の推移を示す。なお,測定データにはある程度の高周波成分が重畳しているため,切削抵抗の直流成分が観察し易いように,スムージング処理を施した波形も図中に示した。標準型ドリルでは台形型のプロファイルが一段観察されるが,考案ドリルでは先端部による加工と,次いで仕上げ部による加工が行われるため,二段の波形となることが確認される。たわみの要因となるスラスト荷重値は,考案ドリルが高送り条件であるのにもかかわらず,その最大値は標準ドリルに比べて十分小さく,加工時間はほぼ同程度となった。なお,考案ドリルではトルクが大きく振動しているが,後述するCFRP値の結果から加工には影響の無い程度であった。
 図9には,各種ドリル及び切削条件における切削抵抗の比較をまとめた。切削抵抗の値は,考案ドリルでは先端部によるものと,仕上げ部によるものをそれぞれ評価した。先ず,考案ドリルの先端部については,いずれのドリルも共通の仕様であることから,その切削抵抗値は本来同一となることが理想である。しかし,結果は多少異なっており,これは工具成形精度のばらつきによるものと考えられる。平均的には標準条件においてスラスト荷重は約10Nであり,送り量を2倍とした高送り条件では約17Nに上昇した。次に,仕上げ部のスラスト荷重については,直刃型の場合に標準条件で約9Nであり,高送り条件では約12Nに上昇した。一方,ねじれ刃型の場合では,標準条件で約6Nと小さく,高送り条件においても同等な値を維持した。これは,ある程度のねじれ角を有する鋭角の外周刃によって,加工物をドリル軸上方へ引き上げる作用が働いたものと考えられる。ねじれ角の無い直刃型ではこの作用が生じず,高送り条件において単純にスラスト荷重が上昇した。また,トルク荷重については,考案ドリルの種類における顕著な差異はみられず,高送り条件のトルクは標準条件に比べて単純に増加した。それらは標準ドリルのトルクよりもわずかに高くなったが,材料のたわみに直接関与せず,加工の障害となる水準では無かった。
 結果として,考案ドリルのスラスト荷重は,仕上げ部よりも先端部の方が高く,それは標準ドリル(標準条件)より50%程度抑制できることが確認された。

(図8 切削抵抗の推移)
(図9 切削抵抗の比較)

3.2.2 加工性状の比較
 図10に,各種ドリルのUCFR値の比較を示す。考案ドリル間の比較では,前章の外周刃による影響の結果と同様に直刃型ドリルのUCFR値はねじれ刃型ドリルに比べて顕著に高くなり,それは標準ドリルに比べても悪い結果となった。これらは,アンカットファイバの防止にドリルのねじれ角が有効であることを示唆している。一方,ねじれ刃型ドリルにおける外周刃テーパ角の影響は,実験的にテーパ角60°の方が20°のものより良好な結果となった。
 したがって,本試験では,テーパ角60°のねじれ刃型考案ドリルが,切削抵抗および加工性状の観点から最も適していると判断される。

(図10 アンカットファイバ占有率の比較)

4 片持ち固定条件における加工性能
 本章では,加工対象が剛性の低い片持ち状態で固定される場合において,考案ドリルの加工性能を評価し,標準ドリルと比較してその優位性を検証した。

4.1 試験方法
 図11に,片持ち固定条件による加工試験方法の模式図および加工の様子を示す。切削動力計上にGFRP板材を片持ち状態で固定し,加工中の切削抵抗を測定した。加工位置は,現状の吸着式治具を用いたパネル加工において,外縁部が突き出している平均的な長さを考慮し,固定端から60mmとした。
 加工試験に用いたドリルは,前章の試験で最も優れた結果であったテーパ角60°のねじれ刃型を考案ドリルとして用いた。また,比較対照として標準ドリルを供した。加工条件は,考案ドリルは高送り条件とし,標準ドリルの場合は標準条件とした。

(図11 片持ち固定条件による加工試験)

4.2 実験結果および考察
 図12に,片持ち固定加工時における両ドリルの切削抵抗の推移を示す。図中の波形はスムージング処理したものであり,完全固定加工時の波形も併せて示す。標準ドリルの場合,スラスト荷重の立ち上がりに完全固定加工と比べ遅れが生じている。その後,スラスト荷重は最大約35Nまで上昇し,急激にスラスト荷重が除荷される現象となった。これは,加工物がたわみながら加工され,貫通直前の板厚が薄くなったところで加工物が跳ね返り,実質は非常に高い送り速度(指令値の10倍程度)になったためと考えられる。一方,考案ドリルでは,片持ち固定加工と完全固定加工の推移に時間的遅れがほとんどなく,たわみ量がわずかであることがわかる。スラスト荷重の最大値は,先端部に作用する約13Nであり,標準ドリルの約40%に抑えられた。一方,仕上げ部による加工領域でスラスト荷重が波打つ現象が観察された。これは,ねじれ刃により加工物に過度な引き上げ力が働いたためと考えられる。
 また,図13には加工穴の出口側の観察写真を示す。片持ち固定加工の標準ドリルでは,加工穴の外縁が白く,表層剥離を生じている様子が観察される。これは跳ね返り現象による急激な送り状態に起因するものと考えられる。このように,片持ち固定加工では,加工性状に及ぼすたわみの影響が顕著に現れ,考案ドリルの優位性が認められた。

(図12 片持ち固定条件における切削抵抗の推移)
(図13 加工穴の観察写真)

4.3 ねじれ角の修正による改良
 片持ち固定加工における考案ドリルの優位性が示された一方,ねじれ刃の作用により加工物が過度に引き上げられる現象が生じ,加工性状にその影響がわずかに認められた。そこで,引き上げ力を抑制するため,ねじれ角のみを現状の25°から15°及び5°に修正したドリルを試作した。前述と同様に片持ち固定条件による加工試験を行い,その効果について調べた。
 その結果,修正ドリルの双方共に引き上げ現象が抑えられ,加工品位も良好であったが,ねじれ角15°のドリル(図14)の方がわずかに切削抵抗の安定性に優れていた。図15に,ねじれ角15°の修正ドリルについて切削抵抗のプロファイルと加工穴出口側の観察写真を示す。このプロファイルから,仕上げ刃による波打ち現象が消滅し,引き上げ力が抑制されたことが窺える。なお,最大スラスト荷重は約20Nであった。また,片持ち固定加工の加工穴は,完全固定加工と同等の加工品位が得られ,図13に示したねじれ角25°の場合に比べて向上していることが認められる。

(図14 ねじれ角修正ドリル)
(図15 修正ドリルの切削抵抗と加工穴の観察写真)

5.結  言
 片持ち固定状況下にあるFRP製薄板パネルのドリル加工において,薄板の跳ね返りによる加工不良を防ぐため,スラスト荷重を抑制するドリル形状について検討した。以下に,その結果を述べる。
(1) 先端部に突き出した小さなドリルを備え,後段には鋭角の切れ刃を有する段付き複合アングルドリルを考案した。
(2) 板厚3mmのGFRP材の加工において,支持部から60mmの加工位置の場合,考案ドリルの最大スラスト荷重は標準ドリルの約60%に抑制され,薄板の跳ね返りによる繊維の毛羽立ちや表層剥離を防ぐことができた。

謝  辞
 本研究の一部は,平成22年度経済産業省戦略的基盤技術高度化支援事業により実施しました。記して謝意を表します。