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連続延伸・熱処理したポリフェニレンサルファイド繊維の繊維構造形成と力学的性質

■繊維生活部 奥村航 木水貢 長谷部裕之

緒  言
 ポリフェニレンサルファイド(以下,PPSとする)繊維は耐熱性,耐薬品性,難燃性,電気特性に優れており,主に高温ガス集塵用のバグフィルターとして利用されている。PPSのガラス転移温度は約90℃,融点は約280 ℃であり,溶融物の急冷で容易に非晶性材料を得られる点,半結晶性材料である点がポリエチレンテレフタレート(以下,PETとする)と類似している。
 一方,PET繊維の配向評価として,ネットワーク延伸比(以下,λnetとする)が提案されている。これは,引張試験で得られた各延伸繊維の真応力-真歪曲線を未延伸繊維の高歪領域に水平シフトして重ね合わせることにより,その真歪シフト量から定義される。λnetは引張試験から評価しているため,特に大きな変形を受けた後の物性値である強度と相関が良く,PET繊維の連続延伸では,力学的性質と良い相関関係があることが報告されている。λnetの評価方法は特に非晶性材料や半結晶性材料に適応できるとされており,半結晶性材料のPPSにこの概念を適応できれば,PPS繊維の力学的性質に対して新たな指標が得られる可能性がある。
 本研究では,PPS未延伸繊維を溶融紡糸で得た後,種々の条件で連続延伸・熱処理を行い,得られた試料の構造解析および物性評価を行った。また,λnetの概念をPPS繊維に適用し,配向パラメータである複屈折,λnetと力学的性質との相関について検討した。

PPS繊維の作製
 原料ペレットにはポリプラスチックス(株)製PPS(フォートロン0220C9,直鎖型)を用いた。ペレットを粗く粉砕後,160℃で約8 時間真空乾燥をおこなった。この樹脂について東測精密工業(株)製の溶融紡糸機を用い,孔径0.6mm,L/D=2,12hole のノズルから,340℃,10.5g/minで吐出した樹脂を,200m/min で巻き取り,未延伸繊維を作製した。この未延伸繊維を(株)石川製作所製の連続延伸装置で延伸温度90〜100℃,延伸倍率2〜4倍で熱ローラ延伸により連続的に延伸し,延伸試料を作製した。また,ロール延伸から連続的に125〜200℃に設定したプレートヒータにより熱処理した。

ネットワーク延伸比
 真応力-真歪曲線を未延伸繊維の高歪領域に重ね合わせることにより,図1の様なマスターカーブを得た。ただし,高倍率に延伸した繊維は未延伸繊維の曲線に直接重ね合わせることができないため,低倍率で延伸した繊維の曲線から順に未延伸繊維の曲線に重ね合わせ,マスターカーブを得ている。
 このマスターカーブを基にλnetを評価した。λnetは式(1)によって定義される。
 λsはマスターカーブの基準繊維のλnetであり,本研究では未延伸繊維を基準繊維として乾熱収縮率Sを使って式(2)から求めた。
 λrelは相対ネットワーク延伸比であり,任意の延伸繊維の真応力-真歪曲線をマスターカーブに重ね合わせる際の歪シフト量γsより式(3)で定義した。

(図1 真応力‐真歪曲線のマスターカーブ)
(式1)
(式2)
(式3)

力学的性質と配向パラメータの関係
 一般的によく用いられる配向パラメータである複屈折と上述のネットワーク延伸比が力学的性質をどの様に表現するかを評価するため,図2に複屈折とヤング率,強度の関係,図3にλnetとヤング率,強度の関係をそれぞれ示す。図2より,ヤング率と複屈折は良い相関があるが,強度と複屈折は特に配向結晶化前の低複屈折領域でばらつきが認められる。ヤング率は複屈折の増加に伴って緩やかに増加し,複屈折150×10-3で急激に増加した後,再び緩やかに増加した。また,図3より,強度とλnetとは良い相関関係があるが,ヤング率とλnetは特に配向結晶化前の低λnet領域で若干ばらつきが認められる。
 これらの配向パラメータと力学的性質の相関の差が現れる理由について考察する。
 一般に,ヤング率は微小変形に対する応力応答であるのに対し,強度は破断時の応力であり,破断に至るまで,降伏による初期構造の破壊と構造の再構築の履歴を受けるとされる。微小変形の際は試料全体に均一に応力が伝播するため,試料の平均的な配向構造が支配的であり,ヤング率はセグメントの平均的な配向構造を表現している複屈折と相関が高くなると考えることができる。一方で,初期構造の破壊と構造の再構築を受ける強度は,初期構造の平均的な配向である複屈折では高い相関にならず,実際に引張試験でその履歴を与えて応力を伝達する配向を評価したλnetと相関が高くなると考えることができる。

(図2 複屈折とヤング率(黒抜き),および強度の関係(白抜き) 延伸温度90℃(■),100℃(●),熱処理したPPS繊維(▲)。ボイドが発生したと考えられる試料の記号は小さくした。)
(図3 ネットワーク延伸比(λnet)とヤング率(黒抜き)およびλnetと強度の関係(白抜き) 記号は図2と同様。 ボイドが発生したと考えられる試料の記号は小さくした。)

結  言
 PPS繊維の真応力-真歪曲線を未延伸繊維の高歪領域に重ね合わせることにより,マスターカーブを得た。この際の真歪シフト量よりλnetを算出した。配向パラメータと力学的性質を調べたところ,複屈折とヤング率,λnetと強度と良い相関が認められた。

論文投稿
 繊維学会誌, 2012, vol. 68, no. 2, p. 33-41.