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漆の乾燥時間に及ぼす温度および湿度の影響

■繊維生活部 江頭俊郎
■金沢工業大学 鍋田貴之 小川俊夫

緒  言
 漆はウルシノキから採取される樹液であり,ウルシオール,水分,ゴム質,含窒素物という成分から構成されている。漆は加工して塗料として使用されるが,漆の乾燥時間は温度と湿度によって影響を受ける。漆の乾燥時間の温度や湿度との関係を明らかにし,その産地による違いや成分との関係について検討した。

実験
 漆の試料は中国のアンコウ(Ankang),インヨウ(Inyan),カンチュウ(Hanzhong),コホク(Hubei),ジョウコウ(Chenkou),チッケイ(Zhuxi),ヒッセツ(Bijie),フケイ(Wuzi),モウポ(Maoba),ランコウ(Langao)の10産地のものを用い、JIS K5950に準じて,漆の成分組成を分析した。また、漆液をガラス板にフラットブレードアプリケータ(間隙38µm)で塗布し,恒温恒湿器中で塗膜乾燥時間測定装置(理研工業製RC型)を用いて、温度を5〜30℃の範囲で6水準、湿度を50〜80%の範囲で5水準について乾燥時間を測定した。

漆の乾燥時間と温度・湿度の関係
 漆の乾燥が温度や湿度に影響されるのは,乾燥が酵素を触媒とするウルシオールの重合という化学反応によって起こるためである。中国安康産漆の乾燥時間の温度と湿度との関係を図1に示す。乾燥時間の対数は温度と湿度に比例し,乾燥時間を温度と湿度の関数として表すことができる。アンコウの場合,乾燥時間t(min),温度T(℃),湿度h(RH%)とすると,

logt=5.470-0.0334h-0.0364T

となる。この式は3次元空間の平面をあらわす式である。図中の●は実測値、○は求めた近似平面上の近似値である。中国の10産地の漆について乾燥時間と温湿度の関係の近似式の定数を表1に示す。重相関係数はすべて0.9以上できわめて高い相関がある。また、産地によって乾燥性にかなりの違いが見られる。例えば、25℃,75%RHにおける乾燥時間で比較すると, 最も遅いインヨウ(196min)は最も早いヒッセツ(62min)の約3倍以上の時間を要する。漆の産地が明らかな場合には、表1を用いて漆を乾燥させる温湿度条件における乾燥時間が推測できるようになった。

(図1 アンコウ産漆の乾燥時間と温湿度の関係)
(表1 中国産漆の乾燥時間と温湿度の関係)

産地による乾燥速度の違い
 産地の違いによる乾燥時間の差は,漆の成分組成の違いに関係していると考えられる。そこで,乾燥時間とウルシオールの関係を図2に,乾燥時間とゴム質との関係を図3に示す。同図に示すようにウルシオールが多いほど乾燥時間が長く,ゴム質が多いほど乾燥時間が短い。一方,図4に示すように漆の乾燥時間と含窒素物(糖タンパク質)含有量との相関はほとんどみられなかった。
 漆の乾燥は,主成分のウルシオールが酵素ラッカーゼの働きによって酸化重合することによって進行すること言われている。ラッカーゼはゴム質中に含まれており,ゴム質が多いほど乾燥が早くなるのは,ゴム質含有量とラッカーゼの含有量とある程度相関があるためではないかと推定される。
 産地が不明な場合には、ウルシオール量とゴム質の量から漆の乾燥性を評価することができる。

(図2 乾燥時間とウルシオールの関係)
(図3 乾燥時間とゴム質の関係)
(図4 乾燥時間と含窒素物含有量の関係)

結  言
(1) 漆の乾燥時間の対数は,温度と湿度に比例することが明らかになった。
(2) 漆の乾燥時間は,その産地によって異なっており,ウルシオールやゴム質含有量との相関が高かった。
(3) 漆はウルシオールが多いほど乾燥が遅く,ゴム質が多いほど乾燥が早い傾向がみられた。

論文投稿
 マテリアルライフ学会誌2011,vol.23, no.2, p.72-75.