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気相処理によるアラミド繊維の高機能化と応用
■繊維生活部 守田啓輔 沢野井康成
アラミド繊維は,高強度,高耐熱性等の優れた特長を有する反面,機能加工剤との密着性が低いため,後加工により機能性及び耐久性を付与しにくいことが実用面での課題とされている。本研究では,アラミド繊維に機能性と耐久性を付与する目的で,活性ガス(フッ素ガスと二酸化硫黄ガス)を用いた気相処理を行った。気相処理したアラミド布帛に対し,機能加工(撥水,帯電防止,防汚,抗菌)をそれぞれ行った場合の洗濯耐久性を評価した。その結果,アラミド繊維への気相処理により機能加工剤の密着性が増大したため,気相処理を行わない試料に比べて,繰返し洗濯後も機能性の低下が抑制された。気相処理後に機能加工したアラミド布帛を使用して,撥水性を有する手袋及び消防服,帯電防止性を有する作業着,防汚性を有する靴をそれぞれ試作した。
キーワード: アラミド繊維,活性ガス,フッ素ガス,二酸化硫黄ガス,機能加工
Functionalization and Application of Aramid Fiber by Exposure to Active Gas
Keisuke MORITA and Yasunari SAWANOI
Aramid fiber has excellent tensile strength and heat stability, but the interaction between its surface and the finishing agent is not strong enough. The adhesion of finishing agents for application of aramid fiber to functional products requires improvement. In this study, we pre-treated aramid fiber by exposing it to active gas (fluorine gas and sulfur dioxide gas) for the purpose of increasing its durability and functionality. We evaluated aramid fiber that had been gas-treated and finished with coatings for hydrophobicity, prevention of static electricity, release of soil, and bacteria repulsion, for washing durability. The results showed that because the gas treatment caused increased adhesiveness of the finishing agents, even after repeated washings the properties were better maintained compared with fiber that was not gas-treated. Using aramid fibers that were first gas-treated, and then coated to give them various functional properties, we made trial products such as hydrophobic gloves, hydrophobic firefighter uniforms, antistatic work clothes, and soil-releasing shoes.
Keywords : aramid fiber, active gas, fluorine gas, sulfur dioxide gas, functionalization
1.緒 言
近年の繊維業界において,汎用合成繊維(ポリエステル,ナイロン等)の国内需要が減少し,非衣料分野の商品開発が加速する中,高強度繊維の一種であるアラミド繊維が注目されている。アラミド繊維は,汎用繊維に比べて機械的強度,耐熱性,耐薬品性等に優れており,その特性を活かした特殊用途(産業資材や防護服など)を中心に普及している。今後,同繊維の用途を従来の特殊分野以外にも展開して需要を広げていく上で,いかに付加価値を高めるかが課題と考えられる。しかし,アラミド繊維は表面構造が強固で緻密なため,後加工における機能加工剤の密着性が低く,機能加工を行ったとしても,耐久性が低いことが課題であった1)。そのため,これまでに機能性をアラミド繊維に付与するための様々な方法が試みられてきたが,実用化された事例は見あたらない。
その解決方法の一つとして,アラミド繊維の表面改質を行うために,活性ガス(フッ素ガス,二酸化硫黄ガス)を用いた気相処理法を試みた。その結果,活性ガスの作用によりアラミド繊維表面が化学的に改質されて機能加工剤の耐久性が向上する一方,繊維の物性や表面形態には影響を及ぼさないことが確認された2)。
本研究では,アラミド繊維の気相処理条件と処理効果の相関性や,アラミド繊維に機能加工を行った場合の加工剤の耐久性について評価し,具体的な機能性アラミド製品への応用展開の可能性について検討した。
2.実験方法
2.1 試料
本研究では,パラ系アラミド繊維の平織物及び横編ニット(いずれも幅1m,長さ10m未満)を使用した。
2.2 気相処理
試料を入れた密閉槽に,窒素ガスで希釈した活性ガス(フッ素:二酸化硫黄=3:5)を充填し,気相処理を行った。処理速度(布の巻返し速度)は5水準(v1,v2,v4,v6,v8),処理時間は4水準(t1,t2.5,t5,t10)に設定した。ここで,vとtの後に付く数字は相対比を示す。気相処理後,槽内を酸素・窒素混合ガスで置換し,試料をアルカリ液で洗浄してから水洗・乾燥した。
2.3 機能加工
2.2節で気相処理したアラミド布帛を各種加工剤液に浸漬した後,ヒートセッター(コーコク機械(株)製)によりパッドキュア加工を行った。加工温度は180℃,加工時間は2分とした。加工剤は,下記(1)〜(4)の薬剤を5%水溶液に調整して使用した。ただし,後述の3.1節で行った撥水試験のみ,撥水剤を0.5%液とした。
(1)撥水剤(明成化学工業(株)製 アサヒガードAG-E082)
(2)帯電防止剤(日油(株)製 Lipidure-CF72)
(3)防汚剤(北広ケミカル(株)製 TF-3800)
(4)抗菌剤(五大化成(株)製 ニューマルチパワー)
2.4 洗濯試験
繰返し洗濯試験による機能加工剤の耐久性を評価するため,JIS L0217 103法による洗濯(40℃・5分)→すすぎ(2分)→脱水(1分)の工程を最大50回繰り返した。試験機は,全自動繰返し洗濯機(辻井染機工業(株)製 SAD-135E)を用いた。洗剤は,家庭用合成洗剤(花王(株)製 アタック)を使用し,3.3節の抗菌加工品の場合のみJAFET標準洗剤を用いた。なお,気相処理後に機能加工した試料(C)の他に,比較用として,未処理試料(A)と,気相処理せずに2.3節の加工を行った試料(B)についても洗濯試験を行った。
また,洗濯後の試料の表面観察は,デジタルマイクロスコープ(キーエンス(株)製 VHX-900)により行った。
2.5 機能性評価
撥水性試験はJIS L1092 6.2に準拠し,散水後の布帛表面における水滴の残留状態から撥水度(級)を求めた。また,試験後の試料の含水率(%)を測定し,下式から撥水率を導き,撥水性の定量的指標とした。
撥水率(%) = 100 − 含水率
帯電性試験は,JIS L1094(半減期法)に基づき,20℃・40%RHの環境下で,スタティックオネストメータ(シシド静電気(株)製 H-0110)を使用して,10kV印加後の飽和帯電圧(kV)と半減期(s)を測定した。
防汚性試験は,ボーケン法(JSIF A 001)3)を参考に,汚染液(墨汁)に浸漬した試料を室温で約24時間乾燥した後,JIS L0217 103法に基づき洗浄した。汚染前後における色差(ΔE*ab)を高速分光光度計(マクベス製 MS-2020PL)により測定し,汚染度の目安とした。
抗菌性試験は,JIS L1902(菌液吸収法:黄色ブドウ球菌使用)により実施し,静菌活性値と殺菌活性値(いずれも値が大きいほど抗菌性が高い)を求めた。
3.結果と考察
3.1 気相処理条件の検討
気相処理速度の異なるアラミド織物試料C(v1〜v8)およびBについて,撥水加工後の撥水率と洗濯回数との関係を図1に示す。ここで,CはいずれもBより洗濯耐久性が高く,中でも処理速度が最小であるC(v1)が最も高い耐久性を示した。次に,試料を静止させた状態(処理速度v0)で,処理時間のみ変えた結果を図2に示す。処理時間t2.5,t5,t10はいずれもBより洗濯耐久性が高いが,各々の値は殆んど差がなかった。したがって,アラミド繊維に気相処理を行う場合,処理速度が遅く,かつ処理時間がt2.5以上の条件で最も効果的であると考えられる。これらの結果を基に,3.2節以降での機能加工(撥水,帯電防止,防汚,抗菌)では,気相処理を処理速度v1,処理時間t5の条件で行うこととした。
(図1 気相処理速度と撥水性)
(図2 気相処理時間と撥水性)
3.2 撥水性評価
同一条件で撥水加工したアラミドニットB,Cの耐久性試験結果を図3に示す。Bは,洗濯回数と共に撥水率が徐々に減少し,撥水度は初期の4級から洗濯50回後に2級に低下した。これに対し,Cでは洗濯による撥水率の減少は僅かであり,洗濯50回後の撥水度も4級を維持していた。また,洗濯後の表面状態を比較すると,図4のように,Bでは全体に毛羽立ちが発生したのに対し,Cでは毛羽が殆んど認められない。
アラミド織物について同様の試験を行った結果を図5に示す。ここで,Bは洗濯と共に撥水性がほぼ直線的に減少し,撥水度も初期の5級から50回後に1級まで低下した。一方,Cは洗濯10回までは撥水率が初期に近い値を保ったものの,洗濯20回以降は次第に低下し,撥水度は初期の5級から最終的に2級となった。図6の表面状態は,図4と同様,Bに比べてCの方が毛羽が発生しにくい傾向を示している。
これらの結果は,気相処理したアラミド繊維と撥水剤との密着性が増大したことに起因すると考えられる。なお,織物よりニットの方が撥水耐久性が高い理由は,糸がループ状に編まれて起伏に富むニットの方が,直線状の糸が格子状に組まれた平坦な織物よりも比表面積が大きく、気相処理効果も大きいためと推察される。
(図3 撥水加工アラミドニットの洗濯耐久性)
(図4 撥水加工アラミドニット(洗濯50回後)の表面状態)
(図5 撥水加工アラミド織物の洗濯耐久)
(図6 撥水加工アラミド織物(洗濯50回後)の表面状態)
3.3 帯電防止性、防汚性、抗菌性の評価
機能加工(帯電防止加工,防汚加工,抗菌加工)をそれぞれ施したアラミド布帛の耐久試験結果を,それぞれ図7〜図9に示す。ここで,各グラフの縦軸の物性値は,いずれもBに比べてCの方が洗濯耐久性に優れている。これらも,3.2節の撥水加工と同様,気相処理による効果が,アラミド繊維と機能加工剤との密着性向上に寄与しているためと推察される。
(図7 帯電防止加工アラミドニットの洗濯耐久性)
(図8 防汚加工アラミドニットの洗濯耐久性)
(図9 抗菌加工アラミドニットの洗濯耐久性)
3.4 繊維製品への応用
従来のアラミド繊維製品は,消防服など一部の製品を除き,機能加工された製品は存在しなかったが,今回,気相処理後に機能加工したアラミド布帛を用いて,図10に示す4種類の機能性繊維製品(手袋,消防服,作業着,靴)を製作した。手袋及び消防服は,それぞれ撥水加工したアラミドニット及びアラミド織物を使用しており,例えば消防活動や水害救助時等に耐久性を発揮することにより,濡れに伴う作業性の低下や着用時の不快感を抑制することが期待できる。作業着は,帯電防止加工したアラミド織物を使用したもので,工場内等における静電気トラブルを防ぐ。靴は,防汚加工アラミドニットを用いており,安全靴としての用途が見込まれる。これらはいずれも,従来のアラミド製品に比べて耐久性に優れる(機能性が低下しにくい)ことが最大の特長である。
(図10 試作製品例)
4.結 言
本研究で得られた成果は以下のとおりである。
(1)アラミド繊維の気相処理は,処理速度が遅く,かつ処理時間がある一定値以上の条件で,機能加工剤(撥水剤)との密着性が最も高くなることを見出した。
(2)このアラミド繊維への気相処理効果により,撥水加工,帯電防止加工,防汚加工,抗菌加工のいずれも気相処理なしの場合に比べて耐久性が向上した。
今後は関連企業と連携して,気相処理アラミド繊維を用いた機能性製品の用途拡大に寄与していく。
参考文献
1) 米長粲. 耐熱性繊維とその用途開発動向. 加工技術. 2008, vol.43, p.177-178.
2) 守田啓輔, 神谷淳. スーパー繊維素材の機能性付与に関する研究. 石川県工業試験場研究報告. 2009, No.58, p.39-42.
3) 機能性素材の評価試験法. ボーケン品質評価機構, 2009, 31 p.