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コーティング金型の熱処理変形低減の検討 −形状測定と熱処理シミュレーションによる熱ひずみの緩和−

■機械金属部 谷内大世 藤井要 舟木克之 根田崇史

 熱処理シミュレーションでは,これまでに鋼軸や歯車などの単一素材の機械部品を対象に、変形低減の取組が行われてきたが,コーティングした製品の変形低減については報告事例がない。そこで,本研究では中空円柱形状の金型(SKD11)に熱CVDによるTiN膜をコーティングした際に生じる変形の原因とその低減方法を三次元測定機と熱処理シミュレーションを用いて検討した。その結果,(1)初期の熱処理条件で生じた変形は,形状測定結果より鼓型と樽型の複合変形であった。(2)シミュレーション結果より,変形の原因は主に熱ひずみであることが確かめられた。(3)熱ひずみを緩和する条件でコーティングを行った結果,変形量が10μm以下に低減できた。
キーワード: 変形低減,コーティング,熱処理シミュレーション,形状測定,熱ひずみ

Investigation of Reduction in Distortion of Dies due to Heat Treatment Coating
- Decrease of Heat Strain Based on the Results of Shape Measurement and Heat Treatment Simulation -

Taisei YACHI, Kaname FUJII, Katsuyuki FUNAKI and Takashi KONDA

Heat treatment simulation has been carried out with the aim of reducing distortion of machine parts made of a single material, such as steel shafts and steel gears. However, there have been few reports on cases of reduction of distortion in coated products. In this study, the causes of distortion and a method for reduction of distortion were investigated for a hollow cylindrical die (SKD11) coated with TiN film by thermal CVD. A coordinate measuring machine was used for measurement, and heat treatment simulation was conducted. The results are as follows: (1) the measurement clarified that the distortion caused under the first coating condition was a combination of an hourglass-shaped distortion and a barrel-shaped distortion; (2) the simulation proved that the main cause of distortion was heat strain; (3) when the coating experiment was conducted with a lower heat strain, the distortion was reduced to less than 10μm.
Keywords : reduction of distortion, heat treatment simulation, shape measurement, heat strain

1.緒  言
 機械部品等に用いられる鋼では,熱処理によって要求性能に応じた硬さや靭性を得ているが,一般に焼入れ・焼戻しにおいては変形を生じ易い。この変形を低減することができれば,熱処理後に行われる矯正工程を省略でき,大幅な生産工程改善が可能となる。寸法精度が厳しく要求される金型製造では,熱処理時の変形を低減することが同様に重要である。特に,耐摩耗性,耐焼付き性等を付与するために金型をコーティングする場合は,熱処理後に修正加工ができないため,金型のコーティング工程で生じる熱処理変形の低減は,金型品質の向上に欠かせない技術となっている。
 熱処理変形は,焼入れ時の変態応力や熱応力等が複雑にからみ合って生じるものであり,その低減にはこれらの応力成分を小さくする必要がある。実際の熱処理工程においては,変形および応力の挙動を直接観察することは不可能である。一方,1990年代頃から開発された熱処理シミュレーション技術1)により,コンピュータ上で経時的な変形や応力の挙動解析が可能となった。このシミュレーション技術は,組織と温度,応力−ひずみの相互作用を(1)相変態による応力解析,(2)熱伝導解析,(3)応力とひずみ関係解析の3種の理論によって温度分布,冷却速度,組織,硬さ,ならびに変形を予測している。この技術を利用することにより,試行錯誤せずに机上で最適な熱処理条件の検討が可能となった。これまでに単一素材のキー溝付き鋼軸2)や歯車3)などについてはシミュレーションが行われ,変形低減等に効果が認められている。しかし,コーティングした製品については報告事例がない。これは上記3種の解析理論では母材のみに限定され,コーティング膜と母材を考慮したシミュレーションができないためである。本報告では,コーティングにおける熱処理条件は焼なまし工程と同等の熱履歴であることに着目し,コーティング時に生じる変形は,膜の影響を無視でき,母材の熱処理変形が主であると仮定してシミュレーションを行った。
 コーティング金型の製造においては,一般に熱処理後の変形の様子(金型全体の変形の方向)を把握することによって、低減方法を検討できる。そのため,本研究では,コーティング後の金型形状を測定することによって変形原因と低減方法を検討し,シミュレーションによってその妥当性を確認した。
 試験片は,切削加工により削り出された中空円柱形状のTiN膜コーティング金型とした。金型の熱処理工程は,約1000℃で熱CVDによるTiN膜のコーティング,真空焼入れ,焼戻し工程の順からなる。本研究では,このうちコーティング工程で生じる変形に注目した。

2.実験方法
2.1 金型の材質・形状と熱処理工程
 金型の材料と形状は,合金工具鋼(SKD11)であり,外径θ100mm×内径θ50mm×高さ100mmの中空円柱形状とした。また,コーティングの熱処理は,常温から約1000℃まで昇温後,この温度を保持しTiN膜を成膜,最後に緩やかに常温まで冷却する工程とした。

2.2 形状測定
 コーティング金型の熱処理後の変形の様子を調べるために,コーティング前後の金型形状の測定を行った。測定には,三次元測定機(Carl Zeiss製 UPMC550 CARAT S-ACC)を用いた。測定箇所は,図1に示す外径面および内径面の4箇所(A,A',B,B'部)とし,高さ方向15mm〜85mmの直線性(真直度)を評価した。また,高さ5mmおよび95mmの内径について円測定を行い,それぞれの中心を結んだ軸を基準軸とした。

(図1 形状測定位置)

2.3 熱処理シミュレーション
 本研究では,熱処理シミュレーションシステム(クオリカ(株)製 GRANTAS)を用いて,変形原因の検証を行った。シミュレーションは,熱処理炉内において金型の内径側温度と外径側温度のそれぞれが均一であると仮定し,図2に示す二次元モデルの面とした。このモデルの面は,上記の仮定によりX軸対称であり,下面はY軸方向には動かないので,Y軸拘束に設定した。また,外径面,上面,内径面の3面を熱境界面に設定した。SKD11の材料データは,文献4),5)から熱物性値(熱伝導率等),機械的性質(線膨張係数等),組織変態物性値(CCT曲線等)を調査して設定した。また,金型への熱伝達率は,文献6)を参考にして設定した。

(図2 シミュレーション二次元モデル)

3.結果および考察
3.1 金型の形状測定結果と変形原因の検討
 図1のA,A',B,B'部におけるコーティング前後の内径面および外径面の高さ方向の形状測定結果を図3に示す。なお,図中右側の外径高さ50mm付近の段差は,切削加工時のつかみ換えによるものである。内径面および外径面ともにコーティング後は,コーティング前と比べ約10μm〜30μmの変形が認められる。A,BおよびB'部の内外径面は,中央部がへこんだ鼓型の形状であった。一方,A'部は,内外径ともに逆の樽型に変形しており,全体的な傾向としては,鼓型と樽型の複合変形であった。
 磯村の焼入れ変形に関する報告7)によると,熱処理変形の主要因には,(1)熱ひずみ,(2)変態ひずみ,(3)組織差ひずみがある。高温で処理するコーティング工程を含む今回の場合においては,(4)高温保持時の材料軟化に伴う自重による変形(クリ―プ)が追加されると考えられる。変形原因を推測するにあたり,コーティング工程は焼なまし工程と同様な熱履歴である。そのため,コーティング後の変態ひずみや組織差ひずみを考慮する必要は無く,変形原因から除外される。
 一般に中空円柱形状の焼入れでは,熱ひずみあるいは変態ひずみの影響により,外径面が急熱・急冷の場合は鼓型,内径面が急熱・急冷の場合は,樽型に変形するとされている5)。今回の金型が鼓型および樽型の複合変形であったことから, A,A',BおよびB'の各部で生じた加熱・冷却時の温度ムラが主要因と考えられた。よって,コーティングにおける変形原因は,(1)熱ひずみと(4)高温保持時の材料軟化に伴う自重の影響であると推察された。

(図3 コーティング前後の内外径面形状)

3.2 シミュレーションによる変形原因の検証
 熱ひずみの影響を検証するため,熱処理シミュレーションを行った。変形の傾向を確かめるため,内径面または外径面のどちらかが急熱・急冷になるよう,一方の面だけに熱伝達が生じるよう熱境界条件を設定し,解析を行った。その結果,図4に示すとおり,熱伝達が行われる面がへこみ,鼓型または樽型となることが確かめられた。
 高温保持時の材料軟化に伴う自重による変形の検討のために,重力を考慮した条件を与えてシミュレーションを行った。その結果,高温時に材料が軟化しても重力を考慮しない場合と比較して,形状変化に差異がないことから,自重による変形への影響は無いと推察できた。
 以上のことから,金型に発生した鼓型および樽型の複合変形の原因は一方の面が急熱・急冷されることによる熱ひずみの影響であることが確認できた。

(図4 熱処理シミュレーション結果)

3.3 金型の変形低減
 上述の結果から,コーティングで生じる変形の主要因は,熱ひずみであることがわかったので,加熱・冷却ムラ(熱ひずみ)が低減できる昇温速度,保持温度,冷却速度に変更して,金型コーティング試験を行った。この時の金型形状測定結果を図5に示す。内径および外径ともにコーティング後の形状は,鼓型や樽型の形状になっておらず,ほぼコーティング前の形状を維持している。また,この金型は,従来の処理条件の形状測定結果(図3)と比較すると,変形量が約20μm減少し,内外径ともに10μm以下に低減された。TiN膜の厚さは,3.5μm〜4μmであるので,変形低減条件によるコーティングで生じる変形量が極めて少なくなったことがわかった。

(図5 変形低減品の内外径面形状)

4.結  言
 金型製造における熱CVDによるTiNコーティング工程において生じる変形を三次元測定機によって評価し,熱処理シミュレーション結果と比較しながら,変形原因と低減方法の検討を行った。その結果は以下のとおりである。
(1) 初期の熱処理条件で生じる変形は,形状測定結果より鼓型と樽型の複合変形であった。
(2) シミュレーション結果より,変形の原因は主に熱ひずみであることが確かめられた。
(3) 熱ひずみを緩和する条件でコーティングを行った結果,変形量が10μm以下に低減された。
 以上、形状測定と熱処理シミュレーションを行うことで変形原因の特定と低減方法の検討を行い、実際に変形の低減が可能であることを確認した。

謝  辞
 本研究の遂行に当たり,試料の提供とコーティングの協力を頂きましたフジタ技研(株)に感謝します。

参考文献
1) 井上達雄. 熱処理シミュレーションの歴史と現状. 熱処理. 2002, vol. 42, no. 5, p. 304-311.
2) 有本亨三, 奈良崎道治. 熱処理シミュレーションによる鋼軸焼曲りメカニズムの解明. 熱処理. 2002, vol. 42, no. 5, p. 346-352.
3) 巨東英, 向井竜二, 町田一成. 歯車の浸炭焼入れシミュレーションと実験検証. 熱処理. 2002, vol. 42, no. 5, p. 365-371.
4) George F. Vander Voort. Atlas of Time-Temperature Diagrams for Irons and Steels. ASM International. 2004, 435 p.
5) 日本熱処理技術協会. 熱処理技術便覧. 日刊工業新聞社, 2000, 960 p.
6) Michiharu Narazaki, Minoru Kogawara, Ming Qin, Youichi Watanabe. "Measurement and database construction of heat transfer coefficient of gas quenching". IDE 2008, Bremen Germany, 2008-9-17/18, 2008. p. 327-334.
7) 磯村良蔵. 熱処理ソースブック第3巻(欠陥とその対策). 日本熱処理技術協会, 2008, p. 17-24.