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楕円振動アクチュエータによるガラスの割断加工
■機械金属部 廣崎憲一 山下順広 高野昌宏 根田崇史 吉田勇太
液晶ディスプレイ用フラットパネルやハードディスクの基板など,情報産業を支える素形材として板ガラスが多用されている。これらの板ガラスは産業的には様々なサイズや形状が要求され,トリミング加工が施される。本研究では,この工程として,硬さ試験用圧子をガラス表面に楕円軌跡で間欠的に押し込む割断方法を提案した。本手法は,ヌープ圧子を楕円運動させることによって,ガラスの板厚方向に深いき裂を成長させるとともに,圧子先端の摩耗原因となるガラスとの摺動を抑止する効果が期待される。割断加工実験は板厚0.7mmの液晶用無アルカリガラスを対象に,振動周波数1kHz,送り速度30mm/sの条件下で行った。その結果,板厚の半分以上の深いき裂を発生させることができ,容易に手で分断することが可能であった。また,楕円振動による方法は,垂直振動のみの方法に比べて,圧子の摩耗量を約50%に減ずることができた。
キーワード: ガラス,割断,楕円振動,ヌープ圧子
Glass Plate Cutting Using an Elliptical Vibration Actuator
Kenichi HIROSAKI, Yorihiro YAMASHITA, Masahiro TAKANO, Takashi KONDA and Yuta YOSHIDA
Glass plates are frequently used as components of information devices, such as flat panels for liquid crystal displays and substrate disks for hard disk drive units. These glass plates are trimmed off into various sizes and shapes in the industrial process. This study proposes an innovative cutting method whereby a glass plate is indented by the intermittent elliptical motion of a knoop indenter. The method is expected not only to produce deep cracks in the vertical direction but also to prevent the indenter tip from wearing due to dragging on the glass. The cutting test was conducted for non-alkaline glass with a thickness of 0.7 mm, a material for producing liquid crystal displays, with the conditions of a vibration frequency of 1 kHz and a feed rate of 30 mm/s. As a result, a deep crack of more than half of the thickness of the glass was produced, and the glass plate could easily be divided by hand. It was also confirmed that the method reduced the wear depth to about 50% as compared with the simple vertical vibration method.
Keywords : glass, cutting, elliptical vibration, knoop indenter
1.緒 言
液晶ディスプレイ用フラットパネルやハードディスクの基板など,情報産業を支える素形材として板ガラスが多用されている。これらの板ガラスを所定のサイズに分割する方法として,従来より割断加工が行われている。産業用として一般的に用いられる割断方法は,ガラス基板表面にホイール(算盤玉状の工具)を転動させることにより微小なV溝を形成し,次いで曲げ応力を加えて分断する手法である。近年は,後工程となる曲げ分断工程を省くため,V溝形成時に板厚方向へ深い垂直き裂を発生させることが望まれている。そのため,突起状工具をミシン目状に深く押し込む技法が着目され,ビッカース圧子を間欠的に押し込む方法1)や,円周に鋸刃状の刻みを施したホイールを転動する方法2)が開発されている。しかし,これらの工具形状はガラス表面に余分な水平き裂を発生させる問題が生じる。
そこで本研究では,表面に生じる水平き裂を抑止し,かつ,板厚方向に深く垂直き裂を成長させることを目的に,ヌープ圧子を用いた割断方法について検討した。また,工具の摩耗原因となる工具とガラスとの間で生じる摺動動作を緩和する方法として,工具を楕円軌跡で加振する方法を提案し,その効果について検証した。
2.ヌープ圧子によるき裂発生条件の導出
本章ではヌープ圧子を間欠的に押し込むことにより,ガラスにき裂を生じさせるための加工条件を調べた。
2.1 実験方法
図1に実験方法を示す。割断工具は硬さ試験用のダイヤモンド製ヌープ圧子を用いた。ヌープ圧子は稜線の交角が異なる四角錐を成しており,本実験では交角が172.5°である稜線を工具の進行方向へ向け,その直角方向に交角が130°の稜線を配置した。このヌープ圧子をピエゾアクチュエータに取り付け,ガラス面に対して垂直に50Hzの正弦波により加振した。本実験では,押し込み量と押し込み間隔(ピッチ)をパラメータとしてき裂の形態について調べた。ガラス材料には板厚0.7mmの液晶用無アルカリガラスを用いた。
(図1 ヌープ圧子による間欠押し込み試験)
2.2 実験結果
図2に,ピッチ0.025mmの場合を例として,同一ピッチにおける押し込み量の違いによるき裂形態の相違を示す。図は真上からの観察(上図)と,板厚方向への垂直き裂の状態がわかりやすい斜め(45度)からの観察(下図)を示す。(a)のように押し込み量が小さい場合はほとんど垂直き裂は成長しないが,押し込み量が適度な量に到達すると(b)のように垂直き裂が板厚方向に成長した。さらに押し込み量が増加すると(c)のように垂直き裂の成長に加え,ガラス表面の水平方向にもき裂が発生した。この水平方向のき裂は後に成長し,ガラスの割れや破片の飛散の原因となる。また,さらに押し込み量を大きくしていくと,水平方向のき裂や破壊が著しくなり,垂直き裂は逆に成長しなくなった。
図3は,実験により得られたき裂形態を5段階に分類し,横軸にピッチ,縦軸に押し込み量として整理した結果である。同図より,垂直き裂が発生する条件は,実験を行ったピッチ0.002〜0.3mmの全範囲に存在し,適切な押し込み量はピッチに依存するが約2〜5mmの範囲となった。
(図2 押し込み量の違いによるき裂形態の相違)
(図3 押し込み条件とき裂形態の関係)
3.楕円振動アクチュエータによる割断加工
本章では圧子の摩耗を抑止する加振装置として,楕円振動アクチュエータを試作し,それを用いた割断加工実験を行った。
3.1 圧子とガラスとの相対すべり
前章の実験から,ヌープ圧子を板ガラス表面に間欠的に押し込むことにより,深い垂直き裂を発生させられることが検証できた。この方法を用いて生産レベルでガラスを割断する場合,加工テーブル上のガラスは一定の速度で送られる。しかし,圧子を垂直方向に降下させると,圧子はガラスを引っ掻くように摺動するため,圧子先端で摩耗が生じ,この傾向は高速送りになるほど強くなると考えられる。そこで,この現象を緩和する対策として,図4に示すように圧子を送り方向に対しても正弦波運動を与える,つまり,割断面に平行に楕円軌跡で駆動させる方法を提案した。このときの圧子の最下点における送り方向の速度Vxは式(1)で与えられ,ガラスの送り速度VFと等しくすることにより,圧子の摩耗現象を抑制できると考えられる。
(図4 圧子工具とガラスとの相対運動)
3.2 楕円振動アクチュエータの試作
圧子が楕円軌跡を描くアクチュエータユニットの概略図を図5に示す。ユニットは,平行板ばねと圧電素子を用いた微小変位構造をそれぞれ有する水平加振用フレームと垂直加振用フレームにより構成した。双方の圧電素子に同一周波数,位相差90°の正弦波を印加することにより,垂直加振用フレームに取り付けられた圧子は楕円軌跡を描くことができる。フレーム材料にはアルミ合金A7075を用い,図6に示すようにユニットの最小共振周波数が約2kHzとなるように設計した。また,それぞれのフレームは印加電圧125Vにおいて,約10μm変位する(最大印加電圧は150V)。
(図5 楕円振動アクチュエータユニットの概略図)
(図6 振幅の周波数特性)
3.3 液晶ガラスの割断加工実験
3.3.1 加工装置
図7に割断装置を示す。実加工において圧子が一定の押し込み量を維持するためには,板ガラス表面の数μmオーダのうねりに倣う必要がある。そこで,ユニットを精密リニアガイドに取り付け,エアシリンダによって重量的平衡を保ち,加振される圧子の押し込みに必要な荷重はおもりによって与える。また,板ガラスの送りはリニアモータ駆動テーブルを用いた。
(図7 楕円振動ガラス割断装置)
3.3.2 加工条件
加振条件は,周波数が1kHz,振幅量は片振幅で垂直方向に6μm,水平方向に5μmとした。したがって,圧子の最下点における送り方向の速度は,式(1)からVx=2π×5×10-3×1×103≒30mm/sとなるため,ガラスの送り速度VFは30mm/sとした。この場合,圧子の押し込みピッチは0.03mmとなる。この条件では,前章の実験結果(図3)から,圧子の押し込み量が2〜4μm程度となれば良好な割断が可能であると考えられる。
3.3.3 加工結果
予備実験として,押付荷重の違いによるき裂の状態を観察した結果,前章の加工実験でみられた押し込み量の違いによるき裂形態と同様の傾向を示した。本加工条件においては,押付荷重7Nにおいて良好なき裂状態が確認された。その加工状態を図8に示す。板ガラスの厚み方向には板厚の半分以上に到達する深いき裂が生じ,このときの圧子押し込み量を測定した結果,約3μmであることが確認された。この状態では手によって軽く触れるだけでも確実に分断が可能であった。
図9に,ヌープ圧子(a)を用いて割断加工を行ったガラス表面のき裂状態を示す。また,比較対照として,従来法であるビッカース圧子(b),及び鋸刃状ホイール(c)を用いた場合の加工状態を併せて示す。(b)及び(c)の方式ではガラス表面にそれぞれ工具形状に起因する水平方向のき裂が観察される。一方,(a)ではヌープ圧子特有の細長い菱形の圧痕が観察されるだけであり,後に成長しうるような水平き裂は見られなかった。
また,図10には,加工距離12000mm(80mm×150ライン) ,押付荷重5Nにおける加振モードの違いによる圧子の摩耗状態とその摩耗量を示す。加振モードは,提案する楕円振動(a)に加え,垂直振動のみ(b),振動なし(c)の3種類とした。摩耗量は工具先端部の後退した高さとし,非接触3次元表面粗さ測定機(ZYGO製 NewView5030)を用いて測定した。まず,摺動状態となる(c)の場合に著しい摩耗が観察されることから,摺動動作が工具摩耗を促進させることは明らかである。一方,振動を付与した(a)及び(b)は摩耗が抑えられているが,原理的に摺動動作を含んでしまう垂直振動のみの場合に比べ,楕円振動の摩耗量は約50%に減少しており,楕円振動が工具摩耗の抑制に効果のあることが実証された。
(図8 割断加工によるき裂発生の様子)
(図9 割断工具の違いによる水平き裂の状態)
(図10 加振モードの違いによる圧子の摩耗状態)
3.4 ディスク加工への適用
試作した楕円振動割断加工ユニットにより,板ガラスの送り機構として回転テーブルを用い,円形の加工を試みた。図11に,加工機の概観と割断加工されたガラスディスク(φ40mm)を示す。加工条件は,直線加工実験の場合と同一条件とした。円形加工においても直線加工と同様に深い垂直き裂が発生し,良好な加工結果が得られた。
(図11 ガラスディスクの加工)
4.結 言
板ガラスのトリミングに用いる割断方法として,ヌープ圧子を楕円軌跡で加振する手法を提案し,同手法を用いた割断加工実験を行った結果,以下の所見が得られた。
(1) 液晶用無アルカリガラス(板厚0.7mm)に対して深い垂直き裂を伴う割断加工が可能であった。
(2) ヌープ圧子は,ビッカース圧子と鋸刃状ホイールに比べて,水平き裂の発生を抑えることができた。
(3) 加振モードが楕円振動の場合は,垂直振動のみの場合に比べて,工具摩耗を抑えることができた。
(4) 回転テーブルを用いることにより,ディスク形状の割断加工も可能であった。
参考文献
1) 宍戸善明ほか. 脆性材料への圧子押込みにおける亀裂の発生と制御−第2報:傾斜圧子法による亀裂発生方向の制御−. 砥粒加工学会誌. 2001, vol. 45, no. 7, p. 348-351.
2) 三宅泰明. FPDガラス基板の切断技術. 砥粒加工学会誌. 2001, vol. 45, no. 7, p. 342-347.