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独立励振電極を有する超音波リニアモータの開発と応用 −超音波リニアモータによる光学機器製品の小型・高分解能化−

■機械金属部 高野昌宏 廣崎憲一 吉田勇太 新谷隆二

 超音波リニアモータは,小型,高分解能という近年の光学測定機器のニーズに適した性能を持っている。しかしながら,入出力特性に非線形領域,および不感帯が存在するため,精密な位置決めを行うには特殊な制御法が必要となる。そこで,本研究では,超音波リニアモータの制御性の向上,および小型,低コスト化を目的に,縦・屈曲独立電極を有する平板型積層振動子を提案した。縦振動と屈曲振動を独立に制御することで,従来の駆動方法と比べ非線形領域を1/20以下に低減でき,制御性を大きく改善した。これを用いた光学機器用アクチュエータは,電磁モータと比べ1/3の小形化,5倍の高分解能化を達成した。
キーワード: 超音波モータ,リニアモータ

Development and Applications of Ultrasonic Linear Motors with Independent Electrodes
- Miniaturization and Resolution Upgrading of Optical Instruments through the Use of Ultrasonic Linear Motors -

Masahiro TAKANO, Kenichi HIROSAKI, Yuta YOSHIDA and Ryuji SHINTANI

Ultrasonic linear motors have several advanced characteristics such as compact size and high resolution, which are features required for optical instruments. However, among their input-output characteristics, the presence of nonlinear range and dead zone is disadvantageous in terms of precise control. In order to achieve good controllability and low-cost fabrication, we propose an ultrasonic linear motor that incorporates a multilayered transducer consisting of respective electrodes for longitudinal and bending vibrations. The controllability in the motor was investigated by changing the shape of the vibration locus. The nonlinear range of the motor decreased to 1/20 of that of conventional ultrasonic motors. In an optical instrument actuator using the motor, the resolution increased five fold, and the size was reduced to one-third as compared with an actuator using an electro-magnetic motor.
Keywords : ultrasonic motor, linear motor

1.緒  言
 近年,バイオ産業やナノテク産業の発展に伴い,より高度な測定技術が求められている。それに伴い,光学系の測定機器では,小形化や高分解能化が一段と求められており,従来の電磁モータでは,これらの要求への対応が困難となっている。一方,超音波リニアモータは高分解能で,かつコンパクト性に優れている点から光学機器製品のニーズに適した性能を持っている。しかしながら,従来の超音波リニアモータは,入出力特性が非線形性を示し,さらに低速域では駆動しない状態,いわゆる不感帯が発生するため,低速駆動や微少送りの制御が難しいことが課題として挙げられる。このため,精密位置決めには非共振を利用した駆動法が併用されている1)。この非線形性,不感帯の原因としては,超音波モータの駆動原理が関係している。超音波モータは振動子と移動体から構成される。振動子を移動体に加圧接触させ,その接触部に楕円運動を生成することにより,摩擦で移動体を駆動する仕組みである。モータ速度は楕円運動の大きさを変えることにより制御しているが,低速で駆動する場合,楕円運動の送り方向成分(移動体の進行方向)とともに,それと直交する加圧方向成分(振動子の加圧方向)も低下する。このため,摩擦駆動に必要な加圧力変化が十分得られず,不感帯が生じる原因となる。この特性を改善するため,接触部の楕円運動軌跡を自由に変化できる複合振動子型超音波モータが提案されており,これまでの研究で加圧方向成分を一定に保つ駆動法を用いることで,不感帯が減少することが報告されている2),3)。しかしながら,この振動子は金属と圧電素子の複合体で構成されたランジュバン型構造であるため,小形化には向いていない構成である。
 一方,コンパクト性に優れた超音波モータとして,縦振動,屈曲振動を利用した平板型超音波リニアモータが提案されている4)。この振動子は,平板形状の圧電材料のみで構成されていることから,小型化や低コスト化に優れた構造である。振動子の電極は,長方形状に4分割(もしくは2分割)した形状となっており,各電極は縦振動と屈曲振動を連成して励振する仕組みである。このため,進行波型超音波モータと同様に,楕円運動軌跡を自由に変化させることができない。
 そこで筆者らは,光学機器製品に必要な制御性,コンパクト性,生産性に優れた超音波リニアモータを開発することを目的に,楕円運動軌跡を自由に制御できる平板型超音波モータを提案する。本報では,はじめにモータの基本構造,およびモータの動作性能について述べる。次に光学機器製品へ本モータを適用した結果について報告する。

2.モータの基本構造
 本モータの基本構成を図1に示す。平板状の振動子の長手方向の先端に摩擦ヘッドが取り付けられており,その摩擦ヘッドを移動体(スライダ)に加圧した状態で振動子を固定する。振動子の保持,および加圧は,同図に示す平行板ばねを用いた保持機構により行っている。この状態で,摩擦ヘッドに楕円運動を生成することにより移動体を摩擦で駆動する。楕円運動は,図2に示す縦1次振動モード(L1モード)と屈曲2次振動モード(B2モード)を合成することにより生成する。L1モードは振動子の加圧方向に振動し,B2モードはそれと直交する移動体の送り方向に振動する。したがって, L1モードとB2モードを独立に励振できれば,加圧方向成分と送り方向成分の大きさ,位相差を自由に制御することが可能な構成である。通常,所定の振動モードを効果的に励振するには,その振動モードのひずみ分布が大きい箇所(振動の節)に圧電材を配置することが望ましい。図3に有限要素解析(ANSYS10.0)で得られた各振動モードのひずみ分布を示す。L1モード,B2モードの電極領域は,図3に示すひずみ分布の大きい箇所に形成すべきである。同図に示すように,ひずみの大きい領域が互いに異なっているので,本振動子構造は,電極領域を別々に形成するのに適しているといえる。図4にL1モードとB2モードを独立に励振可能な本モータの電極構造を示す。L1モードを励振するための電極(L1電極)は,振動子の中心に十字形状で配置され,その角にB2モードを励振する電極(B2電極)が4つ配置されている。B2電極は,斜めに対向した2つの電極の一方を同位相,もう一方を逆位相で印加することにより,B2モードのみを励振するものである。したがって,L1電極,B2電極に印加する電圧の大きさ,位相差を変えることにより,摩擦ヘッドの楕円運動軌跡の形状を自由に変化させることが可能である。また,電極は,出力を向上するため,最適化した形状とした5)。振動子の大きさは,30×8.4×4mmの大きさであり,低電圧化のため,24層の積層構造とした。振動子の製造は,テープキャスティング法により行った。本振動子は平板状であるため,小型化が容易であり,また,生産性に優れた構造である。

(図1 本モータの基本構成)
(図2 利用する固有振動モード)
(図3 モードひずみ分布)
(図4 電極の基本構造)

3.モータの動作性能
3.1 基本特性
 本モータの推力-速度特性,推力-効率特性を図5に示す。同図に示すように,モータの最大推力は約11Nである。また,電極形状の最適化,および適正な摩擦駆動条件により,最大効率として約50%が得られている。これは,超音波リニアモータとしては,優れた効率であるといえる。
 次に本モータの制御の入出力特性について述べる6)。本モータは,楕円運動の加圧方向成分と送り方向成分を独立に制御できることが特徴であり,超音波モータの課題である制御の入出力特性の改善が期待できる。従来の超音波モータの駆動方法としては,電圧制御法,周波数制御法,位相制御法が用いられている。この各駆動方法と本研究の駆動方法の楕円運動軌跡の変化を図6に示す。電圧制御法,周波数制御法では,楕円運動軌跡の大きさを変えることにより,位相制御法では,楕円運動軌跡の形状を変えることにより,モータ速度を変化させている。これらに対し,本研究の駆動方法では,摩擦力を制御する加圧方向成分は一定の大きさを維持し,送り方向成分のみモータ速度に応じて変化させている。この各駆動方法における低速域の入出力特性を図7に示す。Drive Aは,本研究の駆動方法,Drive Bは電圧制御法,Drive Cは位相制御法の結果である。同図に示すようにDrive B,Drive Cでは,不感帯が存在し,また,速度のばらつきも大きいが,本駆動方法では,不感帯が無く,また,速度のばらつきも小さくなる結果が得られた。不感帯を含む非線形性を示す速度範囲の大きさは,従来の駆動方法(Drive B,Drive C)と比べ約1/20以下に低減し,本モータは良好な入出力特性を持つことが確認できた。

(図5 推力-速度,効率特性)
(図6 各駆動方法における楕円運動軌跡)
(図7 低速域における制御入力とモータ速度の関係 )

3.2 フィードバック特性
 次に各駆動法におけるフィードバック性能を調べた。使用したフィードバック制御系を図8に示す。本研究では,モータそのものの特性を評価するため,不感帯補償などの特殊な制御系は使用せず,基本的なサーボモータの制御ループを使用した。5mmのステップ指令を与えた時のスライダの応答及び目標値に対する偏差を図9に示す。Drive Bでは不感帯のため50μmの偏差が残るが,Drive Aの本駆動方法では,エンコーダの最小分解能である20nmの偏差に約2秒後に収束した。また,Drive Cは徐々に目標値に近づくが,4秒経過後も約2μmの偏差が残った。図10に0.1mm/sの低速で駆動したときのスライダの速度応答を示す。同図に示すように本駆動方法では,0.1mm/sの低速駆動においても安定した速度制御が可能であることが確認できた。なお,Drive Bについては,動作そのものが困難であったため結果は省略した。
 以上の結果から,本モータは通常のフィードバック制御系を用いても,20nmの高分解能な位置決め性能と0.1mm/sの優れた低速性能を持つことが確認できた。

(図8 フィードバック制御系)
(図9 5mmステップ指令時のスライダの応答)
(図10 0.1mm/sの低速駆動時のスライダ速度応答)

4.ミラーホルダへの応用
4.1 ミラーホルダ構造
 光学系の測定機器では,レーザ光の光路調整の精度が重要な性能となる。このため,レーザ光の角度を調整する機構であるミラーホルダ(ミラー角度調整機構)には高分解能かつ高安定性が要求される。また,近年,レーザ機器に内蔵する要望もあり,一段と小型化が求められる製品である。このような背景からミラーホルダを本研究の開発ターゲットとして選定した。図11に超音波リニアモータを用いたミラーホルダの基本構造を示す。既存の手動タイプのミラーホルダに取り付け(交換)可能とするため,本研究では,手動タイプで用いられているマイクロメータを超音波リニアモータで回転させる方式について検討することにした。ミラーの角度を縦方向,横方向にそれぞれ回転させるため,アクチュエータはミラーマウントの右上と左下の2箇所に取り付けた。アクチュエータ部はボールねじとナットから構成されており,ナットを回転させることにより,ボールねじを前方,後方に移動させる仕組みである。ナットの後部に円柱形状の摩擦接触部を取り付け,振動子によりナットを回転させる。光軸方向の長さを小さくするため,振動子は円筒の側面に押し当てる構造とした。光軸方向の長さは52.5mmであり,既存の電磁モータを使用した製品の全長170mmと比較して1/3以下となる。

(図11 ミラーホルダの構造)

4.2 微小送り性能
 ミラーホルダは仕様面からオープンループ駆動で利用されることが多い製品である。したがって,オープンループ駆動時の微小送り性能が重要となる。本モータは,低速でも安定に動作するため,この微小送り性能についても向上すると考えられる。そこで,3.2節と同様に各駆動方法で微小送り性能を比較した。図12に微小送り時のばらつきの比較結果を示す。同図に示すように,Drive B,Drive Cでは,微小送りのばらつきが非常に大きくなっている。超音波モータは共振を利用しているため,定常振動に至るまでに不安定な振動が発生し,このように微小送り時のばらつきが大きくなる。しかしながら,Drive Aの本駆動方法では,ばらつきが比較的押さえられている。これは,送り方向の振動が非常に小さく,振動が比較的早く安定したためであると考えられる。このように本モータはオープンループ駆動時の分解能向上にも効果があることが確認された。

(図12 0.1mm/sの低速駆動時のスライダ速度応答)

4.3 振動子の小型化
 4.1節で示したミラーホルダ構造に振動子を内蔵するためには,保持構造を含めた振動子の最大長さを,15mm以下とする必要がある。加えて,アクチュエータに求められる出力を考慮して,振動子のサイズは,長さ10mm,幅2.6mm,厚さ3.3mmに決定した。図13に試作した振動子の外観写真を示す。モータ性能を表1に示す。7.7Vrmsの駆動電圧で最大推力は約2N,最大速度100mm/s,最大出力0.06Wが得られ,製品の 必要スペックを満足した。振動子単体のパワー密度は90W/kgである。本モータはこのように小型化が容易であること,および,小型化しても比較的高いパワー密度を有していることが確認された。

(図13 10mm振動子の外観写真)
(表1 10mm振動子のモータ性能)

4.4 ミラーホルダの製作と評価
 図14に試作したミラーホルダの外観写真を示す。角度分解能としては,目標である1秒以下の性能が得られた。この値は電磁モータを利用した既存製品の5倍の分解能である。しかしながら,試作機を複数台製作し,性能のばらつきを調べた結果,順送りと逆送りの速度(送り量)に差が生じることが判明した。この原因を明らかにするために組み付け時の精度と速度差の関係を調べた。図15にロータと振動子の位置ずれによる速度差の変化を示す。同図に示す速度差は,約10mの距離を駆動後に測定した値である。順送りと逆送りで速度に差が生じた原因は,ロータと振動子の位置ずれによるものであることが,同図から確認できる。これは,位置ずれにより,振動子の加圧方向とロータの径方向が一致しなくなるため,加圧力変化に差が生じたものと考えられる。速度差を5%以下に抑えるためには,少なくとも位置ずれが50μm以下となるように組み付ける必要があり,この結果をもとに製品製作時の組み付け精度を決定した。

(図14 開発した光学機器製品)
(図15 ロータ,振動子の位置ずれと速度差の関係)

5.結  言
 光学機器製品に適した超音波リニアモータの開発を目的に,独立した縦・屈曲振動用電極を持つ積層平板振動子を提案した。楕円運動軌跡を適正化することにより,従来の駆動方法に比べ,入出力特性の不感帯を1/20以下に低減できることを示した。さらに,本モータは,通常のフィードバック制御系を用いても,20nmの高分解能な位置決め性能と0.1mm/sの低速性能を有することが確認された。開発した本モータの光学機器製品への適用について検討し,小型振動子および,それを用いたミラーホルダを開発した。開発したミラーホルダは,既存の電磁モータを利用した製品と比べて,1/3の小形化,5倍の高分解能化を達成した。

謝  辞
 本研究の遂行にあたり,ご助言を頂いた東京工業大学教授中村健太郎氏,金沢大学教授神谷好承氏,東北大学教授足立幸志氏に謝意を表します。また,共同で研究開発に参画して頂いたシグマ光機(株),ニッコー(株),財団法人石川県産業創出支援機構に感謝します。本研究の一部は経済産業省地域イノベーション研究開発事業として行いました。

文  献
1) K. Asumi, R. Fukunaga, T. Fujimura, M. Kurosawa. High speed, high resolution ultrasonic linear motor using V-shape two bolt-clamped Langevin-type transducers. Acoust. Sci. Tech. 2009, vol. 30, no. 3, p. 180-186.
2) K. Nakamura, M. Kurosawa, S. Ueha. Characteristics of a hybrid transducer-type ultrasonic motor. IEEE Trans. Ultrason. Ferroelec. Freq. Contr. 1991, vol. 38, no. 3, p. 188-193.
3) C. Yun, T. Ishii, K. Nakamura, S. Ueha, K. Akashi. A high power ultrasonic linear motor using a longitudinal and bending hybrid bolt-clamped langevin type transducer. Jpn. J. Appl. Phys. 2001, vol. 40, no. 5B, p. 3773-3776.
4) Y. Tomikawa, T. Takano, H. Umeda. Thin rotary and linear ultrasonic motors using a double-mode piezoelectric vibrator of the first longitudinal and second bending modes. Jpn. J. Appl. Phys. 1992, vol. 31, no. 9B, p. 3073-3076.
5) M. Takano, M. Takimoto, K. Nakamura. Electrode design of multilayered piezoelectric transducers for longitudinal-bending ultrasonic actuators. Acoust. Sci. Tech. 2011, vol. 32, no. 3, p. 100-108.
6) M. Takano, K. Hirosaki, M. Takimoto, S. Ichimura, K. Nakamura. Improvements in controllability of Ultrasonic Linear Motors by Longitudinal-Bending Multilayered Transducers with Independent Electrodes. Jpn. J. Appl. Phys. 2011, vol. 50, p. 07HE25.