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層状構造を持つマンガン酸化物の熱電特性評価
■化学食品部 豊田丈紫 佐々木直哉 嶋田一裕
■東京工業大学応用セラミックス研究所 奥部真樹 佐々木聡
緒 言
近年,低環境負荷社会の実現のため,産業分野から発生する廃熱回収技術が求められている。筆者らは,耐熱・耐環境性に優れるセラミックス熱電材料の合成手法およびセラミックス製熱電変換モジュールによる発電と廃熱回収への応用の検討を行ってきた。一方で,熱電発電システムを普及するためには周辺技術の高度化とともに熱電材料のさらなる高性能化が必要不可欠であり,p型と同等性能の発電効率10%超を達成するn型材料開発が必要となっている。そこで,本研究では新規n型熱電酸化物の開発を目的に自然超格子構造を有する層状マンガン酸化物の合成とその熱電特性の評価を行った。
熱電性能と層状マンガン酸化物の構造
熱電材料の性能は無次元性能指数(ZT)と呼ばれる指標によって決定される。ZTは,材料の持つゼーベック係数(S),電気伝導率(σ),熱伝導率(κ)ならびに絶対温度(T)を用いて以下のように表される。
セラミックス系材料ではNaxCoO2が変換効率で約10%に相当するZT=1を達成し,高いp型熱電性能を示すことが知られている。NaxCoO2は結晶中に複数のブロック構造を持つ自然超格子構造の層状コバルト酸化物であり,高い導電性と層間の界面効果による低熱伝導性を両立することで優れた熱電性能を示す。しかしながらp型とn型の2種類の材料で構成する熱電素子を形成した場合,n型酸化物の性能が乏しく素子の発電性能が低くなる課題がある。熱電材料の高性能化を達成するためには,高いゼーベック係数と電気伝導率とともに,低い熱伝導率を併せ持つn型材料の開発が必要である。
n型を構成するMn化合物はペロブスカイト構造を基本とした複数の層状化合物を有することが知られており,これらの構造から熱電特性に優れた候補が存在する可能性がある。ペロブスカイト構造は,CaO(CaMnO3)n(n=1,2,・・・)で表されるRuddlesden-Popperホモロガス相(RP相)が存在することが知られている。n=1ではCaO層とCaMnO3層が交互に積層し,n=2では図1のような層状構造をとり,CaOブロック層と(CaMnO3)2ブロック層の2層が交互に積層している。これは熱力学的に安定な超格子構造と捉えられ,量子サイズの界面効果により層界面にお いてフォノンが散乱され熱伝導率が低下することが期待される。そこで,CaO(CaMnO3)n(n=2)の材料合成を行うとともに結晶内のMnイオンの価数制御を目的としたLaドープによる熱電特性の評価を行った。
(図1 CaO(CaMnO3)2の結晶構造)
試料合成
本研究では,ソフト溶液プロセスの一つである液相沈殿法を採用した。本手法は出発原料を溶液ベースで混合することで構成金属元素の原子レベルでの混合が可能であり,La添加量を精密に制御することが要求される複合酸化物系熱電材料の合成に適している。出発原料としてCa(NO3)2・4H2O,La(NO3)3・6H2O,Mn(NO3)2・6H2Oを用いて,それぞれ0.1mol/Lの溶液を作成した。この溶液をLa2-2xCa1+2xMn2O7(x=0.75, 0.8, 0.85, 0.9, 0.95, 0.975, 1.0)となるようにビーカーに秤量した。次に金属イオンを安定化させるため,金属イオン量の3倍のキレート剤(クエン酸一水和物)を加えて混合溶液を作成した。この溶液を200℃で8時間乾燥させ,400℃で4時間保持して熱分解処理した後,600℃で1時間仮焼成させて金属酸化物を得た。焼成体を乳鉢で粉砕して再びペレットに成型し,1250℃で24時間焼成後に急冷処理することで目的の複合酸化物を合成した。
特性評価
得られた試料は,X線回折装置(BrukerAXS(株)製 D8 ADVANCE)にてX線回折パターンを測定し結晶構造の同定を行った。さらにリートベルト解析を行い結晶構造パラメータの精密化とLa原子の席占有率を求めた。その結果,得られたすべての試料が層状構造を持つ単一組成であることが分かった(図2)。また,得られた試料の電気抵抗率(図3),ゼーベック係数(図4)を熱電特性評価装置(オザワ科学(株)製 RZ2001i)で評価するとともに,x=0.9と1.0における熱伝導率(図5)をレーザーフラッシュ法(アルバック理工(株)製 TC-9000)にて測定したところ800Kまで1(W・m-1・K-1)以下を示した。これは,ペロブスカイト型の熱電材料(CaMnO3)と比較して低い値であり,ヴィーデマン−フランツ則からこの熱伝導率の低下は結晶構造に由来するものであることが分かった。無次元性能指数ZTは,x=0.975で最も高い値が得られた(図6)。
(図2 La2-2xCa1+2xMn2O7のX線回折パターン)
(図3 抵抗率測定結果)
(図4 ゼーベック係数測定結果)
(図5 熱伝導率測定結果)
(図6 無次元性能指数の組成依存性)
結 言
RP相を持つ層状マンガン酸化物の精密合成について検討し,液相沈殿法を用いることで層状構造の単一組成が得られた。熱電特性の評価からn型の熱電特性と低い熱伝導率を示した。結晶中のキャリアーの最適化を行うことでZTの上昇が見込めるため,新たな高温用のn型酸化物熱電材料として利用できる。
論文投稿
Jpn. J. Appl. Phys. 2011, vol.50, p. 041101.