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炭酸ガスレーザー照射によるポリエチレンテレフタレート繊維の流動延伸挙動
■繊維生活部 奥村航
■Huvis, Co. Ltd. Nam Sungmin
■信州大学 大越豊
緒 言
非晶低配向のポリエチレンテレフタレート繊維(以下,PET繊維)を約115℃以上の温度で延伸すると,延伸可能な延伸倍率が急激に増加する現象が知られている。このような状態では,高倍率(高ドラフト比)まで延伸しても,低張力かつ低分子配向のまま,繊維の細化だけが進行していく。この状態は"スーパードロー"あるいは"流動延伸(flow drawing)"と呼ばれており,現象自体は以前から知られていたが,工業化には至っていない。しかし,近年,ナノファイバーが脚光を浴びるにつれ,繊維細化技術として見直されつつあり,いわゆる溶融エレクトロスピニングや炭酸ガスレーザー超音速延伸法の原型技術と言える。
本研究では,炭酸ガスレーザー加熱延伸法での流動延伸を試みた。この延伸法では,熱放射による加熱であるため,非接触でありながら急速な加熱が実現でき,昇温区間を数mmの長さに限定にできる。まず,炭酸ガスレーザー加熱延伸時のネック延伸状態と流動延伸状態との間の転移を,照射エネルギーに注目して整理した。次に,温度および糸速度プロフィールのon-line測定を行い,さらにこれから見かけ伸長粘度を見積もることにより,流動延伸時の変形挙動を定量化し,溶融紡糸やネック延伸で得られた結果と比較検討した。
延伸形態
レーザー出力P(4〜28W),レーザー照射幅D(4mm),糸供給速度vf(4〜6m/min)を変えてネック延伸と流動延伸の延伸形態の変化を調べた。ここでそれぞれの延伸条件を規格化するため,本研究では延伸前の繊維に照射される単位体積あたりのレーザーの照射エネルギーEで整理した。Eはレーザー照射密度と照射時間の積で近似できることから,式(1)で表現できる。
縦軸を延伸倍率,横軸をP/Dvfとし延伸形態を整理したものをFig. 1に示す。今回用いた非晶低配向のPET繊維に関するレーザー延伸挙動は,ほぼ延伸倍率と照射されるレーザーエネルギーで4つの領域に整理できることがわかる。延伸倍率が高すぎたり,照射エネルギーが少なすぎたりすると繊維は破断する。逆に照射エネルギーが多すぎると繊維は溶断する。また,延伸倍率3倍以下では明瞭なネック延伸は見られない。ネック延伸はほぼ延伸倍率6倍以下で安定して観測され,照射エネルギーが少ない場合はいわゆる冷延伸,照射エネルギーが多い場合はいわゆる温延伸になる。流動延伸可能な最大倍率は照射エネルギーの増加に伴ってほぼ指数関数的に増加する。この結果,ネック延伸が可能な延伸倍率6倍付近より下の領域では,同じ倍率,同じ照射エネルギーで,ネック延伸状態と流動延伸状態の二つの延伸形態が,いずれも安定に存在し得る。この場合,どちらの延伸形態が出現するかは,その条件における定常状態に至る経路に依存する。
(Fig. 1 Drawing form of laser-heated drawing as a function of draw ratio and irradiated energy.)
On-line測定
Fig. 2に流動延伸時の温度プロフィールとエネルギー収支から求めた計算値を示す。いずれの条件でもレーザー照射範囲内で室温から約210〜225℃まで加熱され,レーザー照射範囲を出ると徐々に冷却されている。本研究での流動延伸は,融点以下の温度で延伸が行われている。また,延伸倍率条件に関わらず,レーザー照射範囲内での挙動は一致しており,数値計算の結果とも一致している。Fig. 3に流動延伸時の繊維速度プロフィールを示す。いずれの延伸倍率でも,レーザー光の照射区間内から変形が始まり,レーザー光軸から10mmの位置までの間で急激な細化が観察される。また,繊維温度と同様,レーザー光の照射区間内では延伸倍率の影響は小さい。これは,延伸前の延伸応力が延伸倍率に関わらずほぼ一定であったことから,レーザー区間内の変形も延伸倍率に影響されなかったと考えられる。
また,流動延伸時の繊維速度プロフィールから算出したみかけ伸長粘度は,延伸倍率に関わらず繊維温度200℃付近から急速に減少し,10〜20kPa・sの最小値を示した。得られた値は溶融紡糸について得られた実験値に近いが,報告されている実験値よりは大きいことを報告した。
(Fig. 2 Measured and calculated fiber temperature profiles for the draw ratio of 5 (■, ― ―), 10 (□, ----- ), 15 (●, −・−・−) and 20 (○, ……).)
(Fig. 3 Fiber speed profiles. Symbols are the same as Fig.2. The marks plotted at the right end indicate the speeds of feed roller (▲) and take-up roller.)
結 言
炭酸ガスレーザー照射によってPET繊維を加熱し,連続的に延伸した場合,繊維に照射されるレーザーエネルギーと延伸倍率によって延伸形態を領域の4つに整理できることを確認した。
放射温度計で流動延伸時の繊維温度プロフィールを測定した結果,安定した流動延伸状態では,延伸倍率に関わらず繊維はいずれも210〜225℃まで加熱されていた。また,流動延伸時の繊維速度プロフィールを測定した結果,いずれもレーザー照射領域内で変形が始まり,レーザー光軸から10mmの位置までの間で急激な細化が観察された。
流動延伸時の繊維速度プロフィールから算出したみかけ伸長粘度は,延伸倍率に関わらず繊維温度200℃付近から急速に減少し,10〜20kPa・sの最小値を示した。
なお,本報は信州大学在学中に行った実験結果を基に,新たな考察を加え,まとめたものである。
論文投稿
繊維学会誌, 2011, vol. 67, no. 2, p. 40-46.