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レーザー加熱延伸を利用した産業用ポリプロピレン繊維の高性能化

■繊維生活部 奥村航 木水貢
■信州大学 大越豊

緒  言
 ポリプロピレン繊維(以下,PP繊維)は安価であり,かつ耐薬品性,リサイクル性の面で優れており,漁網,養生ネット,水産用ロープ,カーペット,生活用品,コンクリート補強材として使用されている。特にPP繊維は比重が最も軽い汎用繊維であり,高層ビルの養生ネット等,産業用途において軽量であることが求められる製品に利用されることが多い。製品のさらなる軽量化には,より細い繊維で必要とされる力学性能を発現できることが好ましい。従って産業用PP繊維については,力学物性の高性能化(高強度化・高弾性率化)への期待が高い。
 我々は,PP繊維の高性能化を図るため,レーザー加熱延伸法に注目した。レーザー加熱延伸法とは,熱源に放射熱を利用した延伸法であり,繊維断面内を均一かつ急速に加熱できる特徴がある。この特徴を活かし,これまで高強度・高弾性率繊維の開発,極細繊維の開発が行われてきている。特にPPに関しては,低配向繊維とフィルムに関するレーザー加熱延伸挙動の解析結果が報告されており,PP繊維を高強度・高弾性率化できる可能性が示唆されている。
 本研究では,種々のMFR(溶融したときの樹脂の粘性を表す値。MFRの値が高いほど低粘度になる)のPPについて未延伸繊維を作製し,構造解析をするとともにレーザー加熱延伸した繊維の力学物性の測定をした。得られた結果を基に,異なるMFRのPPをブレンドした未延伸繊維をレーザー加熱延伸することにより,PP繊維のさらなる高強度化を図った。また,レーザー加熱延伸した繊維を製織することによってコンクリートはく落防止用の繊維シートを試作し,その性能を評価した。

延伸繊維の物性
 日本ポリプロ(株)製のPP樹脂(アイソタクチックタイプホモポリマー,MFR11〜75)を用い,ユニプラス(株)製溶融紡糸装置により作製したマルチフィラメントを延伸実験に供した。(株)鬼塚硝子製の炭酸ガスレーザー発振器PIN-30S型を搭載した(株)石川製作所製レーザー加熱延伸機により延伸実験を行った。
 Fig. 1にMFRの異なる未延伸糸の延伸倍率と強度の関係を示す。MFR11および15の未延伸糸の最大延伸倍率が約5.4倍であるのに対し,MFR30以上ではMFRが上昇するに伴い最大延伸倍率が増加し,MFR30で7.8倍,MFR75で11.3倍に達した。また,最大強度はMFR15以下では8.0cN/dtex以下であるのに対し,MFR30以上では9.0cN/dtex以上になる。ただし,同じ延伸倍率で比較すると,MFRが低いほうが高強度になる。
 Fig. 2に各MFRの未延伸繊維のX線回折像を示す。MFR11および15の試料では結晶の回折が観察されるのに対し,MFR30以上の試料では結晶の回折は不明瞭となり,ブロードなリング状の回折が観察された。MFR11以上の繊維の方がMFR30以下の繊維よりも延伸性が低下する原因として,安定で破壊しにくい結晶が形成していることにより,延伸時の変形が抑制されていると考えられる。
 一般的に,合成繊維は高分子量でMFRが低い方が高強度になる傾向があり,本研究でも同延伸倍率ではMFRが低い方が高強度である。そこで,未延伸繊維で明瞭な結晶を形成せず,MFRが低いMFR30をベース樹脂にすることで延伸性を確保しつつ,MFR11をブレンドすることにより,繊維の高強度化を図った。Fig. 2に示すように,質量分率MFR11/MFR30=12.5/87.5でブレンドした未延伸繊維は結晶化しておらず,レーザー加熱および熱ローラーで7.8倍まで延伸した繊維で,強度は最大9.59cN/dtexに達した。

(Fig. 1 Strength of fibers. Open and closed marks show the as-spun and hot roller drawn fibers, respectively. The symbol shapes indicate the MFR; (□) 11, (○)15, (△)30, (▽)60, and (◇)75. And the cross marks are the data for MFR11/30 blend fibers whose fractions are(□) 50/50, (○)25/75, and (△)12.5/87.5.)
(Fig. 2 WAXD pattern of the as-spun fibers.)

はく落防止用繊維シートとしての性能評価
 経糸にMRCパイレン(株)製PP繊維(パイレン,190dtex)を,緯糸には本研究で試作したPP繊維を用い,模紗織と搦織の2組織の繊維シートを製織した。緯糸のPP繊維は上述の本研究で得られた最大強度の繊維試料を用いた。この繊維3本を200T/mの撚りを掛けて合糸し,緯糸に供した。生機の密度は,模紗織が8.46本/cm×8.27本/cm(21.5本/吋×21.0本/吋),搦織が2.5組/cm×2.5本/cm(6.4組/吋×6.4組/吋)であった。
 この製織した2種類の織組織の繊維シートを,エポキシ樹脂およびアクリル樹脂によってコンクリートブロックに接着した計4種類の試料について,NEXCO規格の試験方法(はく落防止の押抜き試験方法,試験法424-2009)に準拠し,押抜き試験を行った。試験結果をTable 1に示す。コンクリートはく落防止について独自の基準を設けているNEXCOの「構造物施工管理要領」にある「はく落防止の要求性能」によれば,押し抜き荷重1.5kN以上を要求している。本研究では,模紗織でアクリル樹脂を用いた場合のみ,この基準に達した。

(Table 1 Punching load of fabrics.)

結  言
 MFR11とMFR30のPP樹脂を質量分率12.5/87.5でブレンドして溶融紡糸し,この繊維をレーザー加熱延伸・二段延伸することで,強度は最大9.59cN/dtexに達した。最大強度を示した繊維を製織し,コンクリート剥落防止用繊維シート用途を想定して押し抜き試験を行なったところ,模紗織で接着剤にアクリル樹脂を用いた場合が最大の押抜き荷重1.5kNを示した。

論文投稿
 繊維学会誌, 2010, vol. 66, no. 6, p. 147-155.