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「特集 中性子産業利用の新展開」 中性子を用いたDLC膜の密度評価の検討
■機械金属部 安井治之 鷹合滋樹
緒 言
石川県では金属材料の表面改質の研究を1980年代からスタートし,「イオン」と「プラズマ」の2つのキーワードを基本として薄膜作りを行ってきた。この間,薄膜の評価を最先端の手法(加速器を用いた薄膜中の含有水素量,中性子を用いた膜密度)により検討を行ったが,地方公設試験研究機関においては,薄膜の評価手法について設備的に限界があるため,中央の研究機関(日本原子力研究開発機構,産業総合技術研究所,理化学研究所等)の協力を得ながら新しい評価手法を取り入れてきた。
本稿では,その一例として石川県工業試験場で20年以上研究を継続しているダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜について「中性子」を用いた膜密度評価を行った事例に関して紹介する。
研究の背景
近年,金属材料が過酷な条件で摺動し合う自動車部品や工具部品等は,耐摩擦性,耐剥離性,表面平滑性,高寿命化が要求され,その使用環境も高温下,腐食雰囲気下等,過酷になってきている。特に最近では,低摩擦によるエネルギーの低減,油不要のドライ加工等,環境問題にも配慮した薄膜の需要が高まっている。このような要求に対して,材料の硬度や耐摩擦・摩耗特性を改善し,部材の寿命を高めるために,フィルター機構付きのアークイオンプレーティング装置(FADシステム)による高密度DLC膜の開発を行ってきた。これまでDLC膜の密度評価については,膜表面の硬さやラマン分光による間接的な手法を用いてきたが,最近では薄膜の密度評価手法として, X線反射率法(XRR法)が有効であることがわかってきたが,XRR法では炭素等の軽元素についての感度は小さい。そこで,XRR測定に加えて中性子の利用を提案した。中性子を利用した反射率法の場合,X線同様に密度の定量測定ができ,X線に比べ水素や炭素等の軽元素に対する感度が高い。本研究では,DLC膜の密度をX線および中性子による反射率法によって測定を行い,両手法の有効性を検討した。
硬度を追求した高密度DLC膜の作製
高密度DLC膜は,固体グラファイトを原料とし,FADシステムを用いて成膜した。このとき,膜中にグラファイトの粒(ドロップレット)の混入を極限まで下げた。その成膜条件は,超硬基板とSiウェハ基板を用い,圧力は0.02Pa以下,基板温度は150℃以下,基板バイアスはDC-100Vとした。なお,比較用の従来DLC膜は,C2H2ガスを用いたプラズマCVD法により成膜した。
高密度DLC膜の基本的特性は,Hysitron製ナノインデンテーション試験機による硬さ測定,およびCSM製トライボメータによる摩擦係数測定により評価した。その結果,図1のように高密度DLC膜の硬さは90GPaと,従来DLC膜(約20GPa)の4倍以上の硬さを持ち,ダイヤモンド(約100GPa)に準じる硬さを示すことがわかった。また,アルミニウム合金(A5052)ボールとの摩擦係数測定の結果,摩擦係数は,高密度DLC膜が従来DLC膜より40%以上低い0.09であった。
(図1 高密度DLC膜の硬度測定結果)
中性子を用いた高密度DLC膜の密度評価
前項で述べた高密度DLC膜について,中性子による密度評価を行った。中性子法は,反射率減少の開始点(臨界角)が明瞭であること,中性子が軽元素に対する反射の感度が高いこと,中性子の波長がX線よりも2倍近く長いこと等の特徴を有するので,高精度な膜密度測定が可能となるものと考えられる。
この評価では,反射率法を用い,中性子反射率測定は,日本原子力研究開発機構東海研究所JRR-3内のSUIRENを使用した。また,従来のX線による反射率測定も併せて行った。X線による反射率測定は,X線回折装置(ブルカー製 D8DISCOVER Ultra GID)を用いた。
図2に高密度DLC膜と従来DLC膜に対する中性子の回折角と反射率の測定結果を示す。臨界角の数値,および試料の表面状態等の各種パラメータ(粗さ,密度)を用いて,膜密度を計算することができる。膜密度の計算した値を表1に示す。その結果,高密度DLC膜の方が従来DLC膜より膜密度が高くなっており,また中性子反射法での測定結果は,X線回折法のそれと比較して,5〜6%大きい値が得られた。
(図2 中性子反射率法による高密度DLC膜とDLC膜の反射率と臨界角の関係の測定結果)
(表1 高密度DLC膜とDLC膜の密度評価結果)
結 言
原子炉から発生する中性子を利用した反射法により,DLC膜の臨界角度等から膜密度を測定することができた。その結果,従来DLC膜に対して高密度DLC膜は密度が高くなっていることが確認できた。今後のDLC膜の密度測定に対し,中性子反射率法が活用できると考えられる。しかしながら,中性子を用いた測定は,測定場所が限られているため,汎用装置であるX線反射率法と相補的に利用することが有用であると考えられる。
論文投稿
放射線と産業. (財)放射線利用振興協会. 2011, no. 129, p. 15-20.