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業務向けに応用可能な白素地の研究

■九谷焼技術センター 高橋 宏 木村裕之
■金沢工業大学 大橋憲太郎

 本研究は,近年生産比率が上昇している食器製品を業務向けに応用できる技術の確立を目指して実施した。生産実績がある透光性ハイ土にアルミナまたは無機バインダを加え,さらに九谷焼技術センター開発釉に酸化亜鉛を加えた釉を用いて,強度の向上と上絵加飾可能な素地を開発する方法を検討した。強度の評価は,実際の製品強度を評価するため衝撃試験を行った。衝撃試験の結果,素地にアルミナを添加し,酸化亜鉛添加した九谷焼技術センター開発釉を用いたサンプルで強度が向上した。また,今回開発した白素地への上絵加飾性は良好で,800℃の上絵焼成を2回行っても剥離は発生しなかった。
キーワード: 九谷焼,素地,添加剤,衝撃強度

Research on Kutani Ware for Use in Meal Service

Hiroshi TAKAHASHI, Hiroyuki KIMURA and Kentaro OHASHI

Recently, the production ratio of tableware has risen in Kutani ware. The present study therefore aimed to establish technology for applying Kutani ware to meal service. The development of tableware for meal service was examined. Body strength was improved by adding alumina powder or inorganic binder to the translucent body, and by using of the original glaze, which was made by adding zinc oxide to the glaze developed by Kutani Ware Technology Center. An impact resistance test was conducted to evaluate the actual product strength. The alumina-added sample and glazed sample demonstrated high impact resistance. As a result of evaluation test of decorating with the overglaze color, exfoliation of overglaze color did not occur even after two firings at 800°C.
Keywords : Kutani ware, body, additive, impact resistance

1.緒  言
 近年九谷焼においては従来の置物や壷などの美術品に比べ,食器の生産比率が高くなってきている。既に学校給食用食器として強化磁器が開発され,地元小中学校で利用されており,将来の主力製品として業務向け食器への注目が高まってきている。しかしながら,強化磁器は素地強度を向上させるため,通常の九谷焼素地とは材料調合が異なることから,釉の組成も特殊な調合となっている。このため,上絵の加飾が困難であり華麗な上絵装飾という九谷焼の特徴を前面に出した業務用食器の普及には至っていない。また,九谷焼の食器は,鋭角的な縁形状が多いことから,他産地の食器と比較してワレやカケが発生しやすいともいわれている。これらのことから,上絵加飾が可能であり,高い強度を有する素地の開発を求められている。
 そこで,本研究では素地強度の向上と良好な上絵加飾性を併せ持つ白素地の検討を行った。特に今回は,製品強度をより実際的に評価するため,衝撃試験の評価を中心に行った。

2.実験内容
2.1 試験ハイ土の作製
 試験ハイ土には,曲げ強度向上に効果のあるアルミナ粉または無機バインダーを添加1)した透光性ハイ土を用いた。初めに透光性ハイ土を解コウ剤0.4%,水分量30mass%の泥ショウに調整した。その一部とアルミナ粉または無機バインダーの所定量をポットミルに入れ,3〜4時間混合した。次に,この混合物と残った透光性ハイ土を混合撹拌して,試験用ハイ土を作製した。なお,添加量はベースとなる透光性ハイ土に対してアルミナ粉,無機バインダーそれぞれ5及び10mass%とした。

2.2 試験サンプルの作製
 試験サンプル皿は,図1に示す5寸(径が約150mm)のモッコ皿及び丸皿を圧力鋳込み成形で作製した。添加剤2種(アルミナ,無機バインダー),添加量2水準(5mass%,10mass%,モッコ皿については10mass%のみ)の試験サンプル皿を作製した。各々の皿はそれぞれ20点以上作製した。成形後,自然乾燥するまで室温放置し乾燥後にキレなどの欠点の発生の有無を確認した。その後760℃で素焼きを行った。素焼き後に,キレやワレ等が発生していないか確認し施釉を行った。釉薬は,酸化亜鉛を10mass%添加した九谷焼技術センター開発釉2)を用いた。この釉薬は素地の曲げ強度の向上に効果があった1)。施釉乾燥後,ガス炉を用いて還元雰囲気SK9で本焼成を行った。さらに,素地及び釉薬について熱膨張率の測定を行った。

(図1 試験サンプル皿外観写真)

2.3 衝撃試験
 衝撃試験は,衝撃試験機(図2,ASTMC368-88に準拠3))を用いて行った。試験サンプル皿に与える衝撃エネルギーは,初期値0.027Jとし,サンプル皿が破壊されるまで0.014J毎増加させて行った。それぞれ15点の試験を行い,平均値及び標準偏差を算出した。

(図2 衝撃試験装置)

2.4 上絵加飾試験
 上絵加飾試験は,絵具の所定量を試験サンプル皿に塗布し,上絵焼成後の状態を目視で観察して行った。上絵具は,種々の絵具との適応性を検証するため,市販品の無鉛絵具2種(A社:焼成温度850℃,B社:焼成温度830〜860℃)と,九谷焼技術センターで検討中の低温化無鉛絵具(焼成温度800℃)を用いた。低温化無鉛絵具については,上絵職人に試験サンプル皿を供給して,通常の業務通りの絵付方法で絵付けを依頼した。上絵焼成についても,絵具の焼成温度800℃で2回焼成し,上絵剥離の発生有無などの確認をした。

3.結果と考察
3.1 衝撃試験結果
 図3,4に衝撃試験の結果を示した。図中では,添加剤を加えないベースの透光性ハイ土で成形した素地を透光性と表記した。また,無機バインダーを添加した素地を無機バと表記した。
 衝撃試験において釉薬を施さない無釉の場合,素地に加える添加剤の効果はほとんどみられなかった。反対に釉薬を施すと,皿の形状による差は見られるものの,強度向上の効果がみられた。どちらの形状でも素地へアルミナを添加したサンプル皿が,最も衝撃強度が高い結果となった。無機バインダーについては,強度が低下あるいは変化なしという結果であった。しかしながら,図中のバーで示す強度のバラツキをみると,無機バインダーの強度のバラツキが最も小さい。今回最も強度が高かったアルミナを10%添加した素地は,バラツキが大きく製品の強度の安定性という点からは課題が残っているといえる。アルミナ添加の効果と衝撃強度のバラツキの理由は,曲げ強度の試験結果1)と同様であると推測している。一方で無機バインダーを添加した素地の強度のバラツキは,ベースの透光性素地よりも小さくなることから,製品強度の安定化という点で有効であると考えられる。今回,アルミナと無機バインダーを両方同時に添加したサンプルの検討はできなかったが,強度を向上させつつ,品質が安定する方策として,両添加物を加えると有効であると考えられる。
 無釉と施釉の強度の比較では,素地への添加剤の効果よりも明確な差となった。モッコ皿は,強度の向上幅は小さかったが,丸皿では明確な強度向上がみられた。衝撃強度については,衝撃試験機の構造上,サンプルの縁形状が強度に対して最も影響を及ぼす要因である。図5に皿の縁形状断面の模式図を示す。図中の灰色の左方向矢印は与える衝撃の運動方向を示している。衝撃方向に対して,モッコ皿(A)は縁形状が上方向であることから,耐衝撃性が低い結果になったものと考えられる。丸皿(B)は縁形状が横方向になるため,耐衝撃性が高くなったものと推測している。しかしながら,いずれの場合においても,施釉による強度向上の効果が明らかになったのは,本研究による成果であるといえる。
 強度においては,素地の熱膨張と釉の熱膨張の関係が議論されており,釉の熱膨張率が素地の熱膨張率よりも低い状態(圧縮釉と言われる状態)のときに強度が高いと一般的に言われている。図6は素地と釉薬の熱膨張率の関係を示している。透光性,アルミナ添加及び無機バインダー添加素地どれもが,750℃付近までは釉よりも熱膨張率が高い状態であるが,釉薬がガラス化する800℃付近ではアルミナ添加素地を除いて,釉よりも熱膨張率が低い状態となっている。つまりアルミナを添加した素地は加熱過程を通して,常に釉よりも熱膨張率が大きい。この結果と衝撃強度との関係を考察すると,加熱過程を通して素地の熱膨張率が釉の熱膨張率よりも高い状態にある場合,強度が高くなっているという結論となり,これまで高い強度の条件として説明されている素地と釉との関係に一致していた。

(図3 衝撃強度試験結果(モッコ皿))
(図4 衝撃強度試験結果(丸皿))
(図5 縁形状模式図)
(図6 素地及び釉薬の熱膨張率曲線)

3.2 上絵加飾試験結果
 図7に上絵職人に依頼して作製したサンプルを示した。このサンプルは,現在当センターで開発中の800℃焼成の無鉛絵具を施したものである。上絵剥離が発生しやすい吉田屋風の加飾を施した場合でも,剥離は発生せず良好な結果を得た。さらに上絵焼成を2回繰り返しても,上絵の剥離は発生しなかった。
 市販の2種類の無鉛絵具のうち,850℃焼成絵具は,上絵剥離の発生はなく良好な結果であった。一方の830〜860℃焼成絵具は,高温の860℃焼成で上絵剥離が発生した。低温の830℃焼成の場合,上絵の剥離は発生しなかったが,溶融不足が僅かに見られ良好な結果が得られなかった。
 以上より,使用する絵具については,事前の試験を行い,焼成温度や素地との適合性を十分に検証する必要がある。

(図7 上絵加飾サンプル)

4.結  言
 本研究は,既存の透光性ハイ土をベースに2種類の添加剤(アルミナ,無機バインダー)を加えた素地と,酸化亜鉛を加えた九谷焼技術センター開発釉を用いて,上絵加飾可能な強度の高い素地を開発することを目的に実施した。以下に,本研究で得られた結果をまとめる。
(1)アルミナを加えた素地は,衝撃強度が最も高くなった。アルミナは,ハイ土組織の気泡などの隙間を埋めて緻密化する効果があると考えられた。しかしながら,強度のバラツキが大きいことが判明した。
(2)無機バインダーを加えた素地は,衝撃強度向上の効果は見られなかった。しかしながら,強度のバラツキがベースの透光性素地よりも小さくなることが判明し,強度の安定性に効果があるものと期待できる。
(3)施釉したサンプルの衝撃強度は,無釉と比較して向上した。衝撃強度においては,釉薬が強度向上に重要な働きをしているといえる。
(4)上絵加飾試験では,860℃焼成で適合性が悪い絵具があったが,他は良好な加飾性を示した。特に800℃焼成の低温化無鉛絵具については,皿全面に絵具を加飾する場合でも,上絵の剥離がなく良好な結果であった。
 今後は,素地技術の成果の普及を進めていくために広くPRに努めていく。釉薬技術の成果については,釉薬メーカと技術移転について検討している。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,研究実施当時に金沢工業大学大橋研究室の学生であった和田森裕也氏に感謝します。

参考文献
1) 高橋宏,木村裕之,大橋憲太郎. 磁器素地の品質向上研究. 石川県工業試験場研究報告. 2008,no. 57,p.61-64.
2) 高橋宏,若林数夫. 釉性状の改質に関する研究. 石川県工業試験場研究報告. 2007,no. 56,p. 79-82.
3) ASTM C368-88: 2006. Standard Test Method for Impact Resistance of Ceramic Tableware.