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能登地方の伝統発酵食品「あじのすす」の香気成分

■化学食品部 勝山陽子 道畠俊英
■石川県立大学 矢野俊博
■東京海洋大学 久田孝

 ナレズシである「あじのすす」はアジと炊飯米で作られる能登の伝統的な乳酸発酵食品の一つである。独特な香りはナレズシの典型的な特徴の一つであることから,漬込み期間の異なる「あじのすす」(1.5,4,8,12か月)のヘッドスペースガス中の揮発成分についてGC/MSを用いて分析した。その結果,米飯部よりも魚肉部で,揮発成分の種類と量がともに多く検出された。魚肉部の主要な揮発成分は酢酸及び1-penten-3-olであった。しかし,ヒト標準閾値を考慮すると,3-methyl-butanal(アーモンド臭)やpentanal(グリーンな香り)といったアルデヒド類や,アルコール類では1-octen-3-ol(マッシュルームの香り)が「あじのすす」の典型的な香気成分であると考えられた。
キーワード: 発酵食品,あじのすす,香気成分,GC/MS

Volatile Compounds of a Traditional Fermented Food, Aji-No-Susu, in Noto

Yoko KATSUYAMA , Toshihide MICHIHATA, Toshihiro YANO and Takashi KUDA

Aji-no-susu, a type of narezushi, is a traditional Japanese lacto-fermented food prepared with Japanese horse mackerel (Trachurus japonicus) and cooked rice. One of the typical features of aji-no-susu is its unique smell. We therefore analyzed volatile compounds in the headspace gas of four aji-no-susu products fermented for 1.5, 4, 8 or 12 months by GC/MS. The quantity and variety of volatile compounds in the fish portion were larger than those in the rice portion. In the fish portion, the main volatile compounds were acetic acid and 1-penten-3-ol. However, considering the human threshold, some aldehydes - such as 3-methylbutanal (almond-like), pentanal (greenlike) and 1-octen-3-ol (mushroom-like) - could be considered typical odor compounds in aji-no-susu.
Keywords : fermented food, aji-no-susu, volatile compound, GC/MS

1.緒  言
 日本における「すし」の起源は,塩漬けされた魚を炊飯米と一緒に長期発酵したナレズシと呼ばれるものであり,アジで作られたナレズシ「あじのすす」は石川県能登半島の伝統的な乳酸発酵食品である。ナレズシでは乳酸菌や酵母といった微生物により,味や生理活性を担う遊離アミノ酸や有機酸などが生成されることは良く知られている1)-3)。香気成分についての報告は少なく,ナレズシの一種であるフナズシについて,有機酸の他,アルコール,エステル類が主要な成分であることが報告されている4)。本研究では「あじのすす」について,有機酸分析,TCT-GC/MS 法並びにヒト標準化嗅覚閾値を用いて,香気成分を検討したのでその結果を報告する。

2.材料及び実験方法
2.1 材料
  「あじのすす」の製法は概ね,塩漬けしたアジを塩抜きした後,桶の中で炊飯米と順に重ねていき,重石をかけて室温で発酵するというものである。本研究に使用した「あじのすす」は,市販試料2種(発酵期間1.5か月と8か月)及び自家用2種(4か月と12か月)の計4種であり,製造者は全て異なるが,いずれも伝統的な製法3)によって作られたナレズシである。これら4種の試料は採取後,分析に使用するまで-30℃で保管した。分析時は解凍後に米飯部と魚肉部に分け,計8サンプルを分析試料とした。

2.2 実験方法
2.2.1 有機酸量の測定
 試料10gを30mLの蒸留水で,室温,2時間抽出後,4℃で10000xg,20分の遠心を行い得られた上清を回収した。残った沈殿に対して,さらに2回,同様の抽-2-出を行った後,抽出液を100mLに定容した。本抽出液をメンブランフィルター(0.45μm)にて濾過したものを分析用試料とした。有機酸量は,有機酸分析システム(昭和電工(株)製ShodexOA)により測定した。

2.2.2 揮発成分の測定
 「あじのすす」よりヘッドスペースガスを回収する方法は既報5)に準じて行った。すなわち「あじのすす」の米飯部1gもしくは魚肉部1gに対して,内部標準液として4μLのブチルヒドロキシトルエン(BHT)溶液(100μg/mLヘキサン)を加えた物をナスフラスコに入れ,窒素パージ(45℃,10分)を行ってTenaxTA管(ジーエルサイエンス(株)製)に捕集後,TCTGC/MS(TCT:ジーエルサイエンス(株)製,CP-4010,GC/MS(株):島津製作所製,QP-505A)にて揮発成分を測定した。GC条件はカラム(J&WScientificInc.製,DB-WAX,60m×0.25mm),GCプログラム(40℃;10分,40℃→230℃;5℃/分,230℃;14分),導入部温度(150℃),検出部温度(230℃)である。なお,マススペクトルは70eVの化学イオン化によって得られるものとし,マススペクトルデータは,NISTデータベース('98edition)との比較により解析した。推定した揮発成分量は0.4μgに相当する内部標準(BHT)に対する面積率によって算出し,ng(BHT相当量)/gで表示した。

2.2.3 臭気値の算出
「あじのすす」で検出された30種の揮発成分濃度を,既報のヒト標準化嗅覚閾値6)で割り,式(1)より臭気値(OdorUnit:OU)を算出した。

3.結果及び考察
3.1 有機酸量
 表1に「あじのすす」の有機酸量を示した。米飯部及び魚肉部で共通して,乳酸(Lacticacid)が非常に多く,サンプル間で26-86mg/gと異なった。またこの含量は,他の魚の発酵食品である糠漬け(<18mg/g)7)やフナズシ(<18mg/g)8)より多い結果となった。したがって,「あじのすす」の発酵には積極的な乳酸菌の関与が考えられる。フナズシの特徴的な揮発成分の一つとされている酢酸(Aceticacid)は4),乳酸よりも少量であったものの2.2-6.1mg/gと優勢であった。なお,他の有機酸は一部の試料で検出されたが,その値は0.7mg/g未満であり微量であった。

(表1  「あじのすす」の有機酸(mg/g))

3.2 揮発成分量
 表2にTCT-GC/MS法により「あじのすす」のヘッドスペースガス中の揮発成分を分析した結果を示した。検出された成分はアルデヒド類,有機酸類,アルコール類,エステル類等であった。
 8サンプルに共通する特徴として,アルデヒド類は米飯部よりも魚肉部に多いこと,主要な揮発成分は有機酸類とアルコール類であり,中でも酢酸は魚肉部で4100-6500ng/gと優勢であることなどがわかった。酢酸は魚の長鎖脂肪酸が微生物により分解されて生成すると言われており9),前述の通りフナズシの特徴的な揮発成分の一つとされている4)。一方,表1で有機酸量としては酢酸よりもはるかに優勢であった乳酸は,揮発成分量としては少量であった。これは,酢酸と乳酸の水和性が異なることによると考えられる。2番目に共通して多い成分である1-Penten-3-olは,果物にも含まれる甘い香りを放つ成分であり10),11),魚肉部で980-2900ng/gであった。1-Penten-3-olはイワシにおいて脂質の酸化によって保存中に30倍まで増加するとの報告がある3)。
 発酵期間の短い1.5か月発酵品,4か月発酵品並びに8か月発酵品と比較して,発酵期間の長い12か月発酵品では検出成分の種類が多く,特に魚肉部では最も多い39種が検出された。
 なお,4か月発酵品においては,フナズシ4)で主要な揮発成分とされている1-Propanolが,炊飯部及び魚肉部で非常に多く含まれていた。

(表2 「あじのすす」のヘッドスペースに含まれる揮発成分濃度(ng(BHT相当量)/g)*)

3.3 揮発成分の臭気値
 表3に,表2において示した揮発成分のうち,ヒト標準化閾値が報告されている物質30種について,臭気値を算出した結果を示した。結果はlog10で表示したため,臭気値が2.0の物質は,1.0の物質よりも100倍の強度があることを示している。なお,臭気値の高い成分については,参考文献より引用した「匂い表現」を示した11)-17)。
 アルコール類は表2で見られたように,「あじのすす」の揮発成分量としては多く含まれるが,いずれの成分もヒト標準化閾値が高いことから,アルコール類は香気成分として感じにくい。しかし,アルコール類のうち1-Octen-3-olについては,標準化閾値が3.02ng/gと非常に低いため,アルコール臭の主な成分と考えられる。なお,1-Octen-3-olはマッシュルームの典型的な香りであり,n-6飽和脂肪酸の代謝物であると報告されている18)。
 アルデヒド類の臭気値は全般的に高く,「あじのすす」で感じる主要な香気成分はアルデヒド類やケトン類であることが示唆された。3-Methylbutanalでは2.0-2.3であった。数値は最小値と最大値を示している。以下同様に,Pentanal(1.3-2.0),Hexanal(1.4-1.6),2,3-Pentadione(1.3-1.6),Butanal(1.1-1.5)と,全ての魚肉部サンプルにおいて非常に高い値を示した。3-Methylbutanalはアーモンド臭と言われているが,生ニシンや蒸したニシンで検出されたとの報告がある12)。また,3-Methylbutanalは魚醤油の香気成分にも多量に含まれていることから5),アミノ酸の1種であるロイシンが化学的にストレッカー分解したか,もしくは微生物分解により生じたものと考えられる。長期発酵品である12か月発酵品の魚肉部では,他サンプルで検出されなかったtrans-2-Nonenal(3.3)が高い値を示した。一般的にNonenalは,老化にともなってヒトの身体で増える加齢臭19)としてよく知られているが,trans-2-Nonenalはキュウリのような香りとされており,キュウリでは9-リポキシゲナーゼとリアーゼによって脂肪酸の一種であるリノレン酸から生成することが良く知られている13)。またtrans-2-Nonenalは,魚油入りのマヨネーズで検出されたとの報告11)や,牡蠣ではn-6飽和脂肪酸の酸化により生成されるとの報告20)がある。さらに,魚の皮膚には飽和脂肪酸及びリポキシゲナーゼが多く含まれているとの報告21)もなされている。これより「あじのすす」においてもtrans-2-Nonenalは脂肪酸から生成された可能性が考えられる。
 有機酸類のうち酢酸については,揮発成分量では優勢であったが,閾値が非常に高い(145ng/g)ため臭気値は低く(1.0-1.7),香気成分としては感じにくい。一方,12か月発酵品ではButanoicacid(2.2-2.5)や3-Methylbutanoicacid(2.0-2.4)の臭気値が高いことから,これらが酸臭の主な成分と推察される。またこれらは,発酵食品でよく検出される香気成分であり,フナズシなど熟成したナレズシで特徴的な香りを示す成分の一つであることから8),「あじのすす」においても香気成分に影響を与えていると考えられる。
 以上より,ナレズシの主要な香気成分は揮発成分量の多い有機酸類4)であるとされてきたが,これに加え臭気値による検討を加えることにより,脂質酸化物であるアルデヒド類や一部のアルコールが香気成分に大きな影響を与えていると推察される。

(表3 「あじのすす」のヘッドスペースに含まれる揮発成分の臭気値(OU))

4.結  言
 本研究では,「あじのすす」には他のナレズシと比べて乳酸量が多く含まれており,積極的な乳酸菌発酵が関与していることが示唆された。また,標準化閾値から判断し,1-Octen-3-ol,3-Methylbutanal,Pentanal,Hexanal,Aceticacid等が「あじのすす」の典型的な香気成分であることが示唆された。さらに長期発酵品である12か月発酵品ではtrans-2-NonenalやButanoicacidを含む多様な成分が香気成分として加わり,独特の風味を与えていると考えられる。香気成分はいずれも脂質の酸化により生じると考えられる。今後,これらが魚の内在性酵素によるものか,発酵に関与する微生物によるものか,その他の反応によるものかを明らかにするため,発酵過程における微生物叢の解析等を含めて検討を行っていきたい。

参考文献
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