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空冷高出力半導体レーザの開発と表面熱処理への応用

■機械金属部 舟田義則 廣崎憲一 中島明哉 根田崇史

 加工用高出力半導体レーザ装置の普及には,レーザ光照射時に生ずる熱で故障することを防ぐため,抜熱の高効率化と高信頼性化が不可欠である。そこで本研究では,ペルチェ素子やヒートレーン放熱器などを組み込んだ空冷式小型半導体レーザ装置を試作し,最大出力100Wのレーザ光を30秒間安定して連続照射できることを確認した。さらに,これを斜めに2台配置した装置を用いて,直径1.5mmのSKH51小径鋼材ピンの表面熱処理への応用を試みた。その結果,短時間かつ高出力でレーザ加熱する程,鋼材ピンの表面硬さを上昇させることができた。そして,最大でHV900まで表面を硬化可能であることを示し,試作した空冷式小型半導体レーザ装置が小径鋼材ピンの表面硬化に適用可能であることを明らかにした。
キーワード: 空冷化,高出力半導体レーザ,レーザ熱処理

Development of an Air-Cooled High-Power Diode Laser Unit, and Its Application to Surface Heat Treatment

Yoshinori FUNADA, Kenichi HIROSAKI, Akichika NAKASHIMA and Takashi KONDA

In order to market a diode laser unit for material processing, it is necessary to improve the performance and reliability of heat dissipation so as to prevent heat damage during irradiation. In this study, a prototype of an air-cooled diode laser unit was made consisting of Peltier devices and heat sinks using heat lanes. It was confirmed that this laser unit was able to emit a continuous laser beam for 30 seconds at a maximum output power of 100 W. Subsequently, the surface heat treatment for pins made of SKH51 with a diameter of 1.5 mm was tested using an apparatus with twin prototype diode laser units. Results demonstrated that heating with shorter irradiation at higher output power can raise surface hardness up to HV900. It was found that this air-cooled diode laser unit could be applied to the surface hardening of fine steel pins used as punching tools.
Keywords : air-cooled, high-power diode laser, laser heat treatment

1.緒  言
 レーザ加工は,光エネルギーを高密度に集中して加工物表面に照射することで材料の局部的な加熱・溶融・蒸発を生じさせ,これを利用して表面熱処理や溶接,穴加工や切断を可能とする。ガス溶断やアーク溶接,高周波加熱など従来の熱加工方法に比べ,熱影響や歪みが少ないことや生産性が高いことを特徴としている。また,機械加工に比べて,より微細な穴加工や切断が可能であるなど従来の加工方法に比べて優れた点が多い1)。例えば,表面熱処理にレーザ加熱を用いると,従来の高周波加熱では困難な局所かつ極表面の加熱が可能となり,高精度な表面熱処理が期待できる。したがって,これからのものづくり技術には欠くことのできない重要な加工方法として認識されている。
 しかしながら,様々な加工分野での利用が可能であるにも関わらず,溶接や表面熱処理などへの適用があまり進んでいないのが現状である。中小企業への普及が進まない理由として,装置の価格やランニングコストが高いこと,煩雑な定期保守が必要であることがあげられる。これらを解決するため,工業試験場では,安価で電力変換効率が高い高出力半導体レーザに着目し,これまでに精密溶接等への応用が可能であることを示してきた2),3)。しかし,現状の高出力半導体レーザでは,10000時間を超える長寿命な半導体レーザ素子を使用しているにも関わらず,寿命に至る前に故障することが頻発している。その原因の多くは,装置の温度上昇を防ぐために使用されている冷却水の詰まりに伴うオーバーヒートであり,その根本的な解決が望まれている4)。
 そこで本研究では,水冷装置を使用しない空冷式の半導体レーザ装置開発を目的に,電子冷却機器と強制空冷式放熱器を組み込んだ最大出力100Wの半導体レーザ装置を試作した。さらに,その実用性を検証するため,小径鋼材ピンに対するレーザ加熱表面熱処理実験を行った。以下にその内容を示す。

2.空冷式小型半導体レーザ装置の試作
2.1 レーザ装置の本体構造
  試作したレーザ装置の概観を図1に示す。同装置は,レーザ光発振部と集光光学部,冷却部から構成されている。レーザ光発振部には発振波長が808nmで最大出力50Wの半導体レーザ素子が2個組み込まれ,合計で100Wのレーザ光を照射可能とした。
 採用したレーザ素子の電力-光変換効率は約50%であるため,最大出力時にはこれと同等の100Wの熱量が発生する。これによる装置内の温度上昇を防ぐため,図2に示す空冷式冷却構造を作製した。これは,素子で発生する熱をペルチェ素子によって強制的に銅材プレートに移動させ,自励振動式ヒートパイプ「ヒートレーン」から成る放熱器によって大気中に強制排出する仕組みになっている。さらに,レーザ素子近傍に温度センサを取り付け,温調器を介してペルチェ素子駆動電源を制御することによって,レーザ光照射時も常に素子温度が一定であるよう設計・製作した。

(図1 空冷高出力半導体レーザ装置)
(図2 空冷式冷却構造)

2.2 レーザ装置の性能評価
 図3(a)は,試作した空冷式小型半導体レーザにおける出力特性をコヒーレント社製パワーメータ「FieldMate」とパワーセンサ「PM150C」を用いて測定した結果である。入力電流10A以上でレーザ光が出力される。そして,電流量が増加するに従い,照射されるレーザ光の出力は直線的に増加する。出力の繰り返し性が高いことから,装置への投入電流を精密に制御すれば,レーザ光の出力を精密に設定できることがわかる。なお,本装置では,投入電流52Aにて最大出力96Wが得られ,この場合の電力-光変換効率は51.3%に達した。図3(b)は,試作した装置におけるレーザ光の焦点位置でのスポットパターンを観察した結果であり,細長い楕円であることがわかる。プリメス社製ビームプロファイラ「FocusMonitor」により,スポットパターンの寸法を測定した結果,装置端から50mmの焦点位置において長径が2mm,短径が0.2mm(最大強度の1/e2で定義)であった。
 試作した装置における放熱性能を評価するため,30秒間レーザ光を連続照射した時のレーザ素子の温度変化を測定した。図4にその結果を示す。なお,測定時の室温は24℃であった。投入電流40Aでは,レーザ光は67Wで安定に出力され,レーザ素子の温度は,20℃±1℃の範囲で制御できていることがわかる。一方,投入電流50Aでは87Wのレーザ光が出力され,その間,レーザ素子の温度は0.13℃/秒で上昇し,24℃に達した。試作した冷却ユニットによる放熱性能が限界に近い状態にあると考えられる。しかし,出力変動は±1%以内であり,実用上問題ない。
 以上のことから,本研究開発で試作した装置は,最大出力が96Wであり,また,出力87Wで30秒間連続照射しても安定して動作可能であることがわかった。

(図3 空冷式半導体レーザ性能評価)
(図4 レーザ素子温度特性)

3.鋼材の高精度レーザ表面熱処理
3.1 小径鋼材ピンのレーザ加熱
 図5(a)に示すように,試作した空冷式小型半導体レーザを2 台斜めに配置したレーザ加熱実験機を用い,小径鋼材ピンについて表面加熱実験を行った。実験に使用した試料は,全長が40mm で直径が1.5mm,材質がSKH51 の小径鋼材ピンである。これを回転させながら流量0.17L/s のアルゴンガスを吹き付け続けた状態で先端から10mm の位置にレーザ光を照射した。
 図 5(b)は,回転速度2rps,合計出力100W の条件で二方向から同時にレーザ光を照射している時の様子である。レーザ光照射部が局所的に赤熱し,加熱されていることがわかる。

(図5 ダブルヘッド型レーザ加熱装置)

3.2 レーザ加熱後の表面硬さ
 回転速度2rpsの定速条件の下,出力や照射時間を変えてレーザ加熱した鋼材ピンの表面硬さをアカシ製マイクロビッカース硬さ試験機「MVK-H2」を用いて測定した。その結果を図6に示す。照射時間1秒の場合,出力80W以上で表面硬さが大きく増加し,出力100WでHV850に達した。そして,出力120Wで表面に僅かな溶融が見られるものの最高硬さHV900を得た。それ以上出力を高くすると徐々に表面硬さが減少し,出力180WでHV800になった。これは,必要以上に出力を上げるとレーザ光照射部周辺の温度が全体的に上昇し,表面硬化に必要な適度な冷却速度が得られなくなるためと考えられる。一方,照射時間4秒の場合,より低い出力で表面硬さが増加するが,その値はHV700に留まった。
 その他の条件でレーザ加熱した鋼材ピンの表面硬さの測定結果を図7に示す。照射時間が短く,出力が高い条件でレーザ加熱する程,鋼材ピンの表面硬度は上昇した。これは,短時間かつ高出力のレーザ加熱によって,レーザ光照射部周辺の温度を上げることなく照射部のみの表面温度を上昇させることができ,表面硬化に必要な冷却速度が得られるためと考えられる。

(図6 表面硬さ)
(図7 表面硬さに及ぼすレーザ加熱条件の影響)

3.3 レーザ加熱部の硬化深さ
 レーザ加熱によって硬化した鋼材ピンの軸に平行な断面を組織観察した。その結果を図8に示す。これは,出力100Wのレーザ光を1秒間照射して加熱した断面である。表面から中心に向かって組織変化が見られ,レーザ加熱の際の急加熱急冷により表面焼き入れがおこなわれていると判断できる。その範囲はレーザ光照射位置近傍に限られており,レーザ加熱に伴う硬化範囲が局所的であることがわかる。
 図9は,組織変化が見られる部分について半径方向に硬さ分布を測定し,加熱時間が1秒で出力が100Wと120Wとを比較した結果である。出力120Wの場合,硬さがHV800以上を示す深さが0.14mmであり,出力100Wの場合よりも深くまで硬化できることがわかる。しかしながら,いずれの場合も中心付近の硬さは,加熱前の母材硬さHV250に比べて,HV500以上に硬化している。中心付近の母材硬さに影響を与える事なく表面のみを硬化させるには,より高い出力のレーザ光をより短い時間で照射して極表面のみを加熱することが必要と考えられる。

(図8 レーザ加熱した小径鋼材ピン断面)
(図9 硬さ分布)

3.4 レーザ加熱による熱変形
 鋼材ピンについてレーザ加熱による変形の有無を調べるため,レーザ加熱後の鋼材ピンの輪郭形状を(株)ニコン製非接触三次元測定機「NEXIV-VMH300N」により測定した。回転速度2rpsで一定の下,出力100Wまたは出力120Wのレーザ光で加熱した場合の結果を図10に示す。いずれの場合もレーザ光照射位置で曲げの変形が発生し,出力100Wの場合で5μm,出力120Wの場合で7μmの先端ずれが生じている。
 この原因としては,回転させながらレーザ光を照射する際の始点・終点の存在によって周方向に熱応力の不均衡を生じたことが考えられる。こうした熱変形を防ぐには,レーザ光照射の始点・終点によって熱応力の不均衡を周方向に発生させないよう複数のレーザ光照射点を設けるか,または回転速度を大幅に上昇してレーザ加熱する手法が考えられる。

(図10 レーザ加熱後の先端ずれ)

4.結  言
 本研究では,空冷式小型半導体レーザ装置の試作と,これを2台斜めに配置した装置にて,レーザ加熱による小径鋼材ピンの表面熱処理への応用を検討した。得られた結果を以下に総括して述べる。
(1)ペルチェ素子およびヒートレーン放熱器を組み込んだ空冷式小型半導体レーザ装置を試作した。最大出力100Wで30秒間連続してレーザ光を照射することが可能であった。
(2)試作した半導体レーザ装置を斜めに2台配置した装置によって直径1.5mmのSKH51鋼材ピンをレーザ加熱した結果,表面硬化が可能であった。
(3)鋼材ピンの表面硬さは,短時間かつ高出力でレーザ加熱する程増加し,回転速度2rpsで最大HV900まで上昇させることができた。

謝  辞
  本研究では,空冷式小型半導体レーザ装置の試作開発において,「レーザプロセッシング助成事業」により研究助成頂いた財団法人天田金属機械加工機械技術振興財団に深謝します。

参考文献
1) レーザ学会編. レーザプロセッシング応用便覧. エヌジーティー, 2006, p. 145-269.
2) 舟田義則, 廣崎憲一, 中島明哉. 半導体レーザによる超薄板溶接技術の開発. 石川県工業試験場研究報告. 2006, no.55, p. 9-14.
3) 舟田義則, 廣崎憲一, 中島明哉. 超薄板製品の三次元溶接技術の開発. 石川県工業試験場研究報告. 2008, no. 57, p.1-4.
4) Georg Treusch, Raman Srinivasan, Dennis Brown, Robert Miller, Jim Harrison. Reliability of water cooled high power diode laser modules. Proc. SPIE. 2005, vol. 5711, p. 132-141.