簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:36KB、2ページ)


能登の伝統食品「いしり」の脱塩・粉末化技術

■化学食品部 笹木哲也

緒  言
 石川県奥能登地方では,「いしる,いしり,よしる,よしり」(以下,いしり)と呼ばれている魚醤油が古くから造られている。地元ではいしり鍋や一夜干しなどの料理に使われてきたが,近年ではエスニック料理の調味料,大手食品メーカーの隠し味など用途が多様化しており,いしりの生産量もこの二十年程で増えてきている。
 いしりにはアミノ酸,ペプチド,タウリンを多く含み,また優れた機能性(抗酸化性,血圧上昇抑制効果)を持つことを石川県立大学と共同で明らかにしてきた。しかしながら,いしりは高濃度の塩分(25%程度)を含んでおり,調味料や機能性食品素材として利用するうえで大きなネックとなっている。そこで,優れた機能性などの特徴を残したまま,塩分を取り除いた脱塩いしりの調製を試みた。さらに,粉末調味料や機能性食品素材などへの用途拡大を目指し,脱塩いしりの粉末化について検討した。

いしりの脱塩技術
 電気透析法は,イオン交換膜に挟まれた試料に電気を流すことで,試料中のイオンを排出する技術である。本研究では,市販のイカいしり((有)カネイシ製),およびイワシいしり(ヤマサ商事(株)製)について,電気透析装置(旭化成(株)製,マイクロアシライザーS3)による脱塩を試みた。なお,アミノ酸などの呈味成分,機能性成分を維持したまま塩分だけを除去できるように,分画分子量100のイオン交換膜を用いた。イカおよびイワシいしり1Lを電気透析処理した場合の電気伝導度,塩分濃度の経時変化を図1に示す。電気伝導度は,脱塩開始後150分前後までほぼ一定で推移し,その後急激に低下した。一方,塩分濃度はほぼ直線的に減少し,いしりは約250分で完全に脱塩された。
 電気透析処理による全窒素量,総遊離アミノ酸濃度の経時変化を図2に示す。イカ,イワシいしり共に,全窒素量,総遊離アミノ酸濃度の経時的増加がみられた。このことから,電気透析処理によりいしり中に含まれる塩分は除去されるが,遊離アミノ酸,ペプチド,水溶性タンパク質などの主要な成分は残存することが確認された。また,残存成分が経時的に増加したのは,透析の進行に伴いいしり液量が徐々に減少し,結果として濃縮が起こるためと考えられる。
 続いて,塩分が5および15%程度残るように電気透析処理を行い,減塩いしりを調製した。イカ,およびイワシの減塩いしりの官能検査を実施したところ,旨味が強く辛味が抑えられており,良好な評価が得られた。すなわち,いしりの高い塩分濃度を低減させることで,減塩調味料としての利用の可能性が示唆された。

(図1 電気透析処理による伝導度と塩分濃度の経時変化)
(図2 電気透析処理による全窒素量と総遊離アミノ酸量の経時変化)

いしりの粉末化技術
 脱塩いしりを粉末化することで,粉末調味料や機能性食品素材などの新しい用途が期待できる。そこで,噴霧乾燥機(ヤマト科学(株)製,DL-41)を用いて脱塩いしり液の粉末化を試みた。脱塩いしり液を10倍に希釈し,いしりエキス分と同量のスプレー基材を添加して噴霧乾燥した。スプレー基材にはデキストリン(松谷化学工業(株)製,マックス1000),低粘度デンプン(松谷化学工業(株)製,スタビローズS-10),水溶性食物繊維(ロケットジャパン(株)製,ニュートリオースFB06)を用いた。本処理の収率を図3に示す。脱塩いしり原液のみの場合,収率は約15%と非常に低いものの,スプレー基材を添加した場合は,いずれも70%前後の高い収率が得られた。

(図3 各種スプレー基材を用いた噴霧乾燥処理の収率)

脱塩いしり粉末と機能性
 イカ,およびイワシの脱塩いしり粉末(100g)の全窒素量はそれぞれ5.9,6.7gであり,総遊離アミノ酸量は28000,30000mg,タウリンは2000,900mgであった。いしりの持つ呈味成分,機能性成分が脱塩いしり粉末に凝縮されていることを確認した。また,DPPHラジカル消去能(抗酸化性)は20,19μmol/gであり,高い抗酸化性が認められた。
 続いて,高血圧自然発症ラット(SHR)に脱塩いしり粉末5%を含む餌を与え,血圧上昇抑制効果を評価した。その結果を図4に示す。イワシいしり粉末はコントロール食に対して9週齢以降のSHRの血圧が優位に低下しており,強い血圧降下作用が確認された。

(図4 いしり粉末を摂取した高血圧発症ラットの血圧変化)

結  言
(1)いしりを脱塩,粉末化する技術を確立した。
(2)試作した脱塩いしり粉末は,遊離アミノ酸,タウリンなどの有用成分を豊富に含み,抗酸化性,血圧上昇抑制効果の機能性が優れていることを確認した。

論文投稿
月刊フードケミカル 2010,vol. 26,no. 1,p. 23-26.