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環境に優しい炭素薄膜の開発

■機械金属部 安井治之 鷹合滋樹
■(株)オンワード技研 瀧真 長谷川祐史

緒  言
 近年,金属材料が過酷な条件で摺動し合う自動車部品,工具部品等では,耐摩擦性,表面平滑性,高寿命化が要求され,その使用環境も高温下,腐食雰囲気下など過酷になってきている。また,低摩擦によるエネルギーロスの低減,油不要のドライ加工など環境への配慮を考慮したモノづくりが必要不可欠である。このような要求に対して,環境に配慮した薄膜開発の重要性が増しており,研究開発が盛んに行われており,材料の硬度や耐摩擦・摩耗特性を改善し,部材の寿命を高めた炭素薄膜は急速に実用化が進んでいる。その中でも,最も実用化が進んでいるのがダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜である。今回,このDLC膜中の水素含有量を制御してDLC膜の高硬度化を図った炭素薄膜の研究動向および水素含有量の評価手法に関して紹介する。

炭素薄膜の開発
 図1は,DLC膜を分類するためにケンブリッジ大学のRobertsonらが提案した三元系に対して筆者がこれまでに実際に成膜した各種炭素薄膜を整理し直したものである。本図は,sp3(ダイヤモンド構造),sp2(グラファイト構造),水素の各組成から成るもので,水素が重要な役割を担っている。DLC膜の高硬度化は,この図に基づき2種類の方法により試みた。一つは,DLC膜中に硬い微粒のダイヤモンド(ナノダイヤモンド)を分散させる事による高硬度化,もう一つの手法は,DLC膜中に存在する水素量を極力減らす事による高硬度化である。
 本稿では,従来からのDLC膜,DLC膜にナノダイヤモンド粒を混在させることにより実現したハイブリッドナノダイヤモンド(HND)膜,そして膜中の水素含有量を極力減らしsp3構造に近づけた高密度DLC膜について紹介する。
・DLC膜
 DLC膜は,1971年にAisenbergらがイオンビーム蒸着法により,また,1980年にWeissmantelらがイオンビームスパッタ法とベンゼンのイオン化による低圧合成法によりダイヤモンド膜の合成を目的に始められた。成膜された膜は,アモルファス状でありダイヤモンドとは異なるものであったため,当時i-カーボン膜と呼ばれ区別されていた。以降,ダイヤモンドの気相合成法が盛んになり,ダイヤモンド合成の副産物として成膜されたアモルファス膜はDLC膜と呼ばれた。その硬さはビッカース硬度で4000HV以上を示し,硬く,アルミニウム合金等の非鉄系材料との摩擦・摩耗特性に優れることから,積極的にDLC膜を作る研究が行われるようになってきている。
・ハイブリッドナノダイヤモンド(HND)膜
 DLC膜の高硬度化手法の一つとして考案したのが本HND膜である。DLC膜中に硬い微粒のダイヤモンド(ナノダイヤモンド)を複合化することにより,DLC膜の高硬度化を図ったのである(図2参照)。その特性は,DLC膜よりも硬い硬度40GPa,DLC膜と同等の摩擦係数0.1を示した。
・高密度DLC膜
 DLC膜は,膜中に存在する水素の存在により硬さ等の機械的特性が大きく影響される。そこで,我々は,DLC膜のさらなる硬さ向上のアプローチとして,膜中の水素含有量を極力減らすことによりsp3結合の割合を高く維持した高密度DLC膜を作製した。本膜は,固体グラファイトを原料としたフィルタードアーク蒸着(FAD)法より膜中におけるドロップレットの混入を極限まで下げて成膜を行った。成膜装置の概要を図3に示す。
 高密度DLC膜の特性は,硬度は90GPaと従来DLC膜の3倍以上の硬さをもち,CVDダイヤモンドに準じる硬さ(100GPa)を示すことがわかった。摩擦係数は,アルミニウム合金に対してDLC膜より低い摩擦係数0.1以下を示した。また,膜密度を評価した結果,高密度DLC膜は従来DLC膜(1.9g/cm3)の密度を上回る3.0g/cm3であり,ダイヤモンド膜(3.5g/cm3)に近い値が得られた。

(図1 炭素薄膜開発のコンセプト)
(図2 HND膜のイメージ図)
(図3 FAD装置の概要)

炭素薄膜中の水素含有量評価
 従来から実用化されている炭素薄膜は,炭化水素系ガスを原料とするために水素を膜中に含有している。そこで「DLC膜」と,これまで紹介してきた「ナノダイヤモンド(ND)膜」,「HND膜」,さらに黒鉛を原料とした「高密度DLC膜」の4種類を成膜し,それぞれの膜中含有水素量を測定した。
 水素量測定では,3MVタンデム加速器(日本原子力研究開発機構・高崎量子応用研究所TIARA施設)による共鳴核反応分析(RNRA)法を用いた。RNRA測定装置の概略を図4に,測定結果を図5に示す。その結果,DLC膜は30.6at%,ナノダイヤモンド膜は8.8at%,DLCとナノダイヤモンドの積層膜であるHND膜は,DLC膜部24.7at%+ナノダイヤモンド部10.6at%+DLC膜部29.4at%の二双山状になり,高密度DLC膜は検出限界以下であった。

(図4 RNRA測定装置の概略)
(図5 RNRA法による水素含有量測定結果)

結  言
 DLC膜は今後も進化しながら実用化されると考えられる。我々の研究グループでは,DLC膜中に含まれている水素に着目し,その定量測定技術の開発を行い,さらにDLC膜中の水素含有量をほぼ0とした高密度DLC膜に着目して,研究を継続している。FADシステムにより成膜した高密度DLC膜は,硬さ90GPa,膜密度3.0g/cm3とダイヤモンドの硬さと密度に近く,また,摩擦係数0.1以下と従来DLC膜より低いため,これまでDLC膜では対応できない新たな市場に進出できるだけの性能をもっていることがわかった。さらに,水素含有量に関しては,検出限界以下とほぼ水素フリーの膜であることを確認しており,この「水素フリー」,「高密度」,「高硬度」,「低摩擦係数」の4つのキーワードにより究極のDLC膜が実現できるものと考えている。

論文投稿
J. Vac. Soc. Jpn. 2010,vol. 53, no. 1,p. 1-7.