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酸化物熱電変換材料の磁気応答性に関する研究

■化学食品部 豊田丈紫 佐々木直哉 嶋田一裕
■機械金属部 田畑裕之
■東京工業大学 奥部真樹 佐々木聡

 酸化物熱電材料の磁気ゼーベック効果を利用した熱電素子の開発を目的として0.1〜0.4Tの磁気回路を用いた評価装置の試作を行った。サマリウムコバルト永久磁石による磁気回路の設計を行うとともに磁場発生機構を試作した。磁束密度の空間分布評価の結果,±5%の変動領域内に試料を保持することが可能であることがわかった。Ruddlesden-Popperホモロガス相(RP相)を持つCaO(CaMnO3)n (n=2) の合成と磁気ゼーベック効果の評価を行った結果,La2-2xCa1+2xMn2O7 (x=0.95)のLaドープ試料において0.4Tの外部磁場を印加することで磁気ゼーベック効果が得られることがわかった。
キーワード: 酸化物熱電変換材料,磁気ゼーベック効果,ネルンスト効果

Study on magnetic responsibility for thermoelectric oxide

Takeshi TOYODA, Naoya SASAKI and Kazuhiro SHIMADA

For the purpose of applying the magneto-Seebeck effect of thermoelectric oxides to an element, we made a magneto-Seebeck measurement system with a series of magnetic circuits with a magnetic flux density ranging from 0.1T to 0.4T, using a samarium-cobalt permanent magnet. Measurement of magnetic flux density revealed that the variance in magnetic field of the specimens was kept in the range of ±5%. The effects of La-doping and external magnetic field on the crystal structure of layered perovskite-like Manganate have been investigated by substituting La3+ for Ca2+ in CaO(CaMnO3)n (n=2) with Ruddlesden-Popper phase. When the magnetic field increased to 0.4T, the Seebeck coefficient decreased because of increased electrical conductivity in La2-2xCa1+2xMn2O7 (x=0.95); this was evidence of the magneto-Seebeck effect.
Keywords : Thermoelectric oxide, magneto-Seebeck effect, Nernst effect

1.緒  言
  当場では,耐熱・耐環境性に優れるセラミックス熱電材料の合成手法およびセラミックス製熱電変換モジュールによる発電と廃熱回収への応用の検討を行ってきた1,2)。その結果,素子の熱膨張率制御による電極間との熱応力/熱ひずみの緩和によりモジュール耐久性が向上することを示した。しかし,n型材料の特性が低いために酸化物系材料を用いた発電システムは実用化されるまでに至っていないのが現状である。近年,ワイヤー化したBi系の熱電材料に磁場を印加することで,熱電特性の高性能化が見込めることが報告されている3)。一方で, n型酸化物熱電材料である強相関電子系Mn酸化物は磁気抵抗効果に見られるように局材スピンと伝導電子がカップリングすることで外部磁場により多彩な電子磁気状態に分かれることが知られている4)。よって,磁性(スピン・軌道)を制御することで高いエントロピー輸送による熱電特性の高性能化が期待されるが,磁気ゼーベック効果やネルンスト効果について詳細な研究が行われていないのが現状である。そこで本研究では,磁気応答性に関する評価装置の開発を行うとともに酸化物熱電材料の磁気効果応用素子の可能性について検討を行った。

2.磁場発生機構の設計と性能評価
2.1 熱電材料の磁気効果
  熱電材料の磁気効果を考察するに当たっては,磁場を印加したときに現れる電子の輸送現象を捉える必要があり,磁界を考慮した材料中の電界Eと熱流qは,

(式(1)〜(2))

で書き表せる5)。ここでJは電流密度,∇Tは温度勾配であり,各係数ρ,α,R,N,κ,Mはそれぞれ電気抵抗率,ゼーベック係数,ホール係数,ネルンスト係数,熱伝導率,リーギ・ルデュック係数である。熱磁気効果は式1の第4項のネルンスト効果および式2の第3項エッチングスハウゼン効果,第4項のリーギ・ルデュック効果が知られている。図1に熱電変換および磁気応答性の概念図を示す。熱起電力に対応するゼーベック効果は,温度差方向に電場が発生するが,ネルンスト効果は,温度差方向と垂直方向に電場が発生する。これらの効果には形状因子も含んでおり,磁界の状態によってこれらが複雑に絡み合う輸送特性を示す。当然ながら電気的に計測可能な磁気ゼーベック効果はネルンスト効果を含んでおり,この効果を測定するためには,素子の両端に温度差をつけるゼーベック係数の測定配置に加えて温度差方向とは直行する方向に磁場を印加する必要がある。これによって,ネルンスト効果を含んだ熱起電力を求めることが可能となる。

(図1 ゼーベック効果とネルンスト効果の概念図)

2.2 磁場発生装置の検討
 磁気を利用した熱電素子開発としては,BiSb単結晶にて実験(1962)が先行研究として行われている6)。 このときの規格化された性能指数の最大値はおおよそ0.5Tにて得られている。最近では,Bi系の熱電材料の多結晶をワイヤー化することで0.32T(300K)で最大の磁気効果が得られる報告がある7)。本研究では電気炉を用いた高温測定を想定しており,液体ヘリウムが必要な高磁場発生装置を用いることは困難となる。そこで必要な均一磁界領域と設置空間を考慮して希土類系の永久磁石にて構築することとした。2.3節の計算結果から,本研究において設計する磁場発生装置は0.1から最大0.4Tの磁束密度の4種類とし,希土類永久磁石を用いて既存の熱電特性評価装置(オザワ科学製RZ2001i)に磁気回路を設置する構造とした。このときの条件として10%以下の磁界変動領域を温度勾配方向で5mm,試料厚さ3mmとし,試料スペースに空隙11mm以上で設置空間(Φ60mm)内に配置する磁気回路を設計した。また,温度上昇による磁界の減衰を最小限とするため,キュリー点(Tc)が高いSmCo系磁石(Tc=700〜800℃)にて磁気回路を構成することとした。

2.3 磁気回路の設計
 磁界と電界は物理特性上類似する多くの特徴があるため磁気回路においてもオームの法則など抵抗計算の法則を適用することができる。よってマグネットの起磁力をF(A),全磁束をΦt (Wb) とし,回路の磁気抵抗(リラクタンス)をR(A/wb)とすれば,

(式(3))

で表される。図2に示すような磁気回路を想定した場合,磁気低抗は,回路の空隙長をlg,断面積をSgとすると,

(式(4))

となる。ここでμ0は空隙における透磁率であり,真空の透磁率(4π×10-7〔H/m〕)に等しくなる。電気回路では電流が回路外に漏れることはないが,空隙を持つ磁気回路の場合では絶縁部と導体ヨークとの透磁率の差があまり大きくないため,実際には磁束の漏洩が大きくなる。この漏れ磁束分は漏洩係数(leakage factor)σとして,磁気回路に生ずる全磁束Φtと空隙の有効磁束Φgとの比で下記のように表わされる。

(式(5))

空隙面の増加分に相当する漏洩係数σ以外に磁気回路中の接ぎ目などによる磁束の損失である起磁力損失係数(reluctance factor)f(概ね1.1〜1.3の値)を考慮した磁気抵抗Rcは,

(式(6))

となる。一方でマグネットの断面積をSm,長さをlmとし,マグネット内の減磁界をHd(A/m),磁束密度をBd(T)として磁束密度が一様であるとすればマグネットの起磁力Fmと磁束Φtは下記のように表せる。

(式(7))
(式(8))

以上の関係式と磁石の種類と大きさから空隙内部における磁束密度(点,分布,方向性)を計算することが可能となる。図3に設計値0.4Tの磁気回路の11mmのギャップ中における磁束密度の空間分布を示す。中心位置からの距離が離れるに従って磁束密度の変化が大きくなるが,試料の設置位置(±2.5mm)の空間分布の変動は10%以下に抑えられることがわかった。

(図2 磁気回路の構成)
(図3 0.4T磁石の空間磁束密度の計算結果)

2.4 磁場発生機構の設置と性能評価
  熱電特性評価装置へ磁石の配置図および装置概観図を図4に示す。試料中心に均一磁場を印加するために上下左右方向に±5mm以上の調整が可能な可動機構を持つように設計した。磁気回路の特性を評価するため,磁束密度の空間分布をガウスメータ(東陽テクニカ製)にて測定した。試作した各磁石の中心位置の磁界および均一磁界の領域を表1に示す。磁束方向に対して水平方向に比べて垂直方向では磁石の対向中心線から逸脱するに従い急激に磁束密度が減少する。しかしながら±5%変動領域は設計値を満たしており,磁気応答性の評価に必要な均一磁界の印加が可能である。以上の結果から,設計・試作した磁石は所望の特性を有し,磁気応答性評価に利用可能であることが示された。

(図4 試作した磁石の配置図(左)と実際の設置の様子(右))
(表1 磁場発生機構の磁場特性)

3.磁気応答性実験
3.1 層状n型熱電変換材料について
  強相関電子系における熱電材料としてペロブスカイト型Mn酸化物CaMnO3の熱電特性が報告されている8)。この中で,Caサイトを種々のイオンで置換することで102(S/cm)オーダーの導電率(σ)と最高−120μV/Kのゼーベック係数(S)が得られ,これらの積で表される出力因子(Z=S2σ)が広い温度範囲で2×10-4W/mK以上となることが示されている。一方で,高温超電導体の関連物質である一連の層状コバルト酸化物において優れたp型熱電性能が見出されており,ブロック構造を示す層状化合物が熱電性能に有効であることがわかっている9),10)。ペロブスカイト型酸化物はRuddlesden-Popperホモロガス相(RP相)が存在し,図5に示すようにnが有限な値を持つときA2BO4型構造と同じMnO2層の間にCa2O2層を持つ構造と強磁性的な交換相互作用を示すMnO2層が交互に並んでおり2次元的な広がりを持つMn-Oネットワークが形成されることが知られている11),12)。またn=2の層状構造は,外部磁場によって強磁性金属(FM)⇔強磁性絶縁体(FI)⇔常時性絶縁体(PI)の多彩な電子磁気状態に分かれ巨大磁気抵抗効果を示すことが知られている4)。以上のことから磁気応答性評価のための試料として層状構造のMn酸化物であるCaO(CaMnO3) 2型のLa2-2xCa1+2xMn2O7の合成を行うこととした。磁気構造による磁気応答性を評価するためにLa添加量を変えることで,Mn4+を多く含む相(x=0.95)とMn3+を同程度含む相(x=0.75)の組成を合成した。

(図5  CaO(CaMnO3) n型Mn酸化物の結晶構造12))

3.2 実験方法
  試料はLa2O3,CaCO3,MnO2を用いて,La2-2xCa1+2xMn2O7 (x=0.75,0.95)となるように秤量した。次に遊星ボールミル((株)レッチェ製,PM-100)にて粉砕・混合処理を行い加圧成型後に大気中900℃にて仮焼成した。粉砕・加圧成型後,大気中1350℃で24時間焼成を行い,空気中に急冷処理を行う工程を3回繰り返すことで複合酸化物を合成し,粉末X線回折測定(マックサイエンス製,MXP-18)により結晶性を評価した。図6に合成した層状Mn酸化物のX線回折パターンを示す。

(図6  La2-2xCa1+2x Mn2O7のX線回折パターン)

3.3 結果と考察
  熱電特性評価および磁気効果は,焼結体を3.6×3.6×6.8mmの四角柱に成形加工して測定した。無磁場における熱電特性は最高800℃まで測定した。一方,磁気効果測定は温度差方向に対して垂直方法に0.1Tから0.4Tの外部磁場を付与して最高100℃まで測定した。図7に無磁場におけるゼーベック係数と導電率の測定結果を示す。また,磁場応答性の測定結果を図8〜10に示す。無磁場中での測定においては,x=0.75とx=0.95ともに負のゼーベック係数を示すn型の熱電特性を示した。x=0.95は室温付近でも−80μV/mであり800℃で最高−160μV/mの高い熱起電力を持つことがわかった。磁気応答性に関しては,x=0.75のゼーベック係数および電気伝導率は外部磁場に対してほとんど変化が観察されなかった。一方で,x=0.95ではゼーベック係数は磁場により低下したが導電率では2ケタの上昇が観察された。また,0.4Tにおける出力因子は無磁場に比べておよそ1.5倍の値を示した。一般的に,磁場を印加したときの導電率は磁気抵抗効果により磁束密度の2乗に比例して低下することが知られている13)。しかし,Laを微量添加することで磁気効果による導電率の急激な増加が観察されたことから,磁気効果が層状Mn酸化物特有の結晶構造に由来することが考えられる。RP相Mn酸化物La2-2xCa1+2x Mn2O7は,ab方向に強磁性二重交換相互作用の働く連続したMn-Oネットワークを有し,c軸方向は反強磁性的な相互作用を示す。また,0.825≦x≦1.0の領域では磁気特性が著しく変化することが報告されている14)。よってLa添加によってMn3+が生成することで電子伝導を担うab面内方向の交換相互作用が外部磁場の影響によって大きく変化したと考えられる。一方,RP相では層状構造により層界面によるフォノンの散乱が増強され,キャリア濃度の上昇に比べて熱伝導率の上昇は低く抑えられることが知られている15)。よって,層状Mn酸化物の無次元性能指数ZTは磁気効果により大きな値を示すことが示唆される。一方で,形状因子では今回長軸方向と短軸方向のアスペクト比が既往の研究報告例7)と比べて低い1.89であり,高アスペクト比化にすることで磁気応答性の改善が見込める。熱伝導率を含めた熱電材料の磁気応答には最適な外部磁場が存在するため,形状を含めた複合的な要素を考慮した評価が必要であると考えられる。

(図7  La2-2xCa1+2x Mn2O7の高温熱電特性)
(図8  La0.1Ca2.9 Mn2O7のゼーベック係数)
(図9  La0.1Ca2.9 Mn2O7の導電率)
(図10  La0.1Ca2.9 Mn2O7の出力因子)

4.結  言
  磁場応答性に関する磁場発生装置の設計および評価装置の開発を行うとともに,磁場効果を使った酸化物熱電材料の磁気ゼーベック効果の評価に関して検討を行った結果を以下に示す。
(1)磁気回路設計から,室温以上での評価において永久磁石を用いた磁場発生機構の設計が可能であることがわかった。
(2)SmCo系磁石を用いた磁気回路を試作し,±5%の変動領域内に評価試料を設置することが可能であることがわかった。
(3)Ruddlesden-Popperホモロガス相(RP相)を持つLa2-2xCa1+2xMn2O7 (x=0.75,0.95)の合成を行い磁気ゼーベック効果の評価を行った結果,x=0.95において磁気ゼーベック効果が得られ,出力因子で無磁場に比べ最大1.5倍の値をとることがわかった。

謝  辞
  本研究を遂行するに当たり,磁場発生機構の設計・試作に関するご協力を頂いたオザワ科学(株)・中久木孝氏,(株)東和製作所・菅谷豪洋氏,清水智氏に感謝します。本研究は,科学技術振興機構イノベーションプラザ石川の委託事業(実用化FS)による支援を受けて実施しました。

参考文献
1) 豊田丈紫,北川賀津一,中村静夫. “熱電変換磁性体セラミックスの開発”. 石川県工業試験場研究報告, 2004, p. 37-42.
2) 豊田丈紫,佐々木直哉,嶋田一裕. “熱電変換セラミックスのモジュール化技術に関する研究”. 石川県工業試験場研究報告, 2008, p. 53-56.
3) Y. Hasegawa, T. Komine, Y. Ihikawa, A. Suzuki and H. Shirai “Numerical Caluculation of Magneto-Seebeck Coefficient of Bismuth under a Magnetic Field”, Jpn. J. Appl. Phys. 43, 2004, p.35-42.
4) 早川純,浅野秀文,松井正顕. “層状構造La2-2xCa1+2x Mn2O7の磁気状態図”. 日本応用磁気学. 2008, p. 53-56.
5) “熱電材料の磁界効果”. 高効率熱電変換材料の現状と展望. 電気学会技術報告 第1042号. 2006, p.25-26.
6) R. Wolfe and G.E. Smith “Effects of a Magnetic Field on the Thermoelectric Properties of a Bismuth- Antimony Alloy”. Appl. Phys. Lett. 1 ,1962, p. 5-7.
7) Y. Hasegawa, H. Nakano, H. Morita, T. Komine, H. Okumura and H. Nakamura “Power factor enhancement in a magnetic field using polycrystalline bithmath microwire array”. J. Appl. Phys. 102 ,2007, p. 073701-1-073701-5.
8) M. Ohtaki, H. Koga, T. Tokunaga, K. Eguchi and H. Arai “Electrical Transport Properties and High-Temperature Thermoelectric Performance of (Ca0.9M0.1)MnO3 (M=Y, La, Ce, Sm, In, Sn Sb, Pb, Bi)”. J. Solid State Chem. 120, 1995, p. 105-111.
9) I. Terasaki, Y. Sasago and K. Uchinokura “Large thermoelectric power in NaCo2O4 single crystal”. Phys. Rev. B56,1997, p. R12685-R12687.
10) R. Funahashi, I. Matsubara, H. Ikuta and T. Takeuchi “An oxide single crystal with high thermoelectric performance in air”. Jpn. J. Appl. Phys. 39, 2000, p. L1127-L1129.
11) S. N. Ruddlesden and P. Popper “New compounds of the K2NiF4 type”. Acta. Cryst. 10, 1957, p. 538-539.
12) C. Cardoso, R. P. Borges, T. Gasche and M. Godinho “Ab-initio calculations of the Ruddlesden-Popper phases CaMnO3,CaO(CaMnO3) and CaO(CaMnO3)2”. J. Phys.: Condens. Matter, 20, 2008, p.1-8.
13) 小川吉彦. “第2章 熱電磁場の輸送理論”. ゼーベック発電システム解析の理論. 森北出版, 1998, p. 34-50.
14) I. D. Fawcett, E. Kim, M. Greenblatt, M. Croft and L. Bendersky “Properties of the electron-doped layered maganates La2-2xCa1+2xMn2O7(0.6<x<1.0)”. Phys. Rev., B62, 2000, p.6485-6495.
15) K. H. Lee, S. W. Kim, H. Ohta and K. Koumoto “Thermoelectric properties of layered perovskite-type (Sr1-xCa)3(Ti1-yNby)2O7”, J. Appl. Physic., 101, 2007, p. 083707.