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小型蛍光検出装置の開発

■電子情報部 米沢裕司
■管理部 中野幸一
■北陸先端科学技術大学院大学 井手上公太郎 高村禅
■(株)モリテックス 弓野猛
■大阪大学 斉藤真人 民谷栄一

 DNAやタンパク質の解析の際に,蛍光を検出する方法が広く用いられている。しかし,装置の設置には広いスペースが必要であるとともに,微弱な蛍光を検出することができずに高精度な解析が行えない場合があった。そこで,小型で高感度の蛍光検出装置を開発した。開発した装置は底面がA4サイズであり,制御やデータ保存のためのパソコンを必要としないことから,わずかなスペースに装置を設置することができる。また,バイオチップに接続する配線やチューブを外部から引き込むことができ,バイオチップに通電や送液などを行いながら蛍光検出を行うことができる。本稿では,開発した装置の特徴や構造について記すとともに,本装置を用いた蛍光検出の例について紹介する。
キーワード: 蛍光検出,バイオチップ,DNA,タンパク質,PCR

Development of a Compact Fluorescence Detection Device

Yuji YONEZAWA, Kouichi NAKANO, Koutaro IDEGAMI, Takeshi YUMINO, Masato SAITOU, Eiichi TAMIYA and Yuzuru TAKAMURA

The fluorescent detection method is widely used in the analysis of DNA and the protein. However, fluorescence detection device require large space and it may not be able to perform high-accuracy analysis because weak fluorescence is undetected. Therefore, we developed a compact and high-sensitivity fluorescence detection device for analysis of DNA and the protein. The base of the developed device is A4 size and a personal computer for control and data save is not required. Therefore, the developed device can be installed in small space. Also, wiring lines and tubes connected to the biochip can be led from the outside. So, Fluorescence can be detected while energization and solution sending to the biochip. In this paper, we describe the feature and the structure of the developed device, and then introduce examples of the fluorescence detection using the device.
Keywords : fluorescence, biochip, DNA, protein, PCR

1.緒  言
  DNAやタンパク質の解析の際に,DNAやタンパク質に蛍光色素を目印として結合させ,その色素が発する蛍光を検出して調べる方法が広く用いられている。試料中の蛍光の場所と強度の関係や,蛍光強度の時間的変化を調べることにより,DNAやタンパク質の定量を行い,またそれらの分布の観察を行う方法である。
 この蛍光検出を行う装置として,蛍光スキャナや蛍光イメージャと呼ばれる装置がよく用いられる。これは,試料にレーザー光などを照射することにより蛍光を励起し,その蛍光を光センサ(カメラなど)によって検出する装置である。そして,蛍光の強弱を画像にして可視化することや,蛍光の強度を数値で表すことにより,解析を行うことができる。
 しかし,これらの装置は大型である上に,装置本体の他に制御やデータ保存のためにパソコンを必要とするものがほとんどであり,装置の設置に広いスペースが必要であった。また,微弱な蛍光を検出することができないために,高精度な解析が行えない場合があった。
 そこで,本開発では小型で高感度に蛍光を検出できる装置を開発した。本装置は底面をA4サイズとし,わずかなスペースに設置できるようにした。また,一般的な蛍光検出装置で必要となる制御用パソコンは,本装置では不要にした。これらのことから,本装置はDNAやタンパク質の採取現場などへ持ち運び,現場で分析することも可能である。また,筐体内には高出力の半導体レーザーや光電子像倍管を備えたほか,蛍光を高感度に検出できるように光学部品の特性や構造を設計した。さらに,バイオチップを測定する場合に必要となる外部からの配線やチューブを装置内に引き込めるようにし,バイオチップに通電や送液などを行いながら蛍光検出を行えるようにした。
 本稿では,開発した装置の特徴や構造について記すとともに,本装置を用いた蛍光検出の例について紹介する。

2.装置の概要と構成
2.1 装置の概要
 本装置の外観を図1に,主な仕様を表1に示す。本装置は,装置内にセットした試料にレーザー光を照射し,50mm×30mmの範囲の蛍光強度とその分布を検出するものである。構造的な特徴としては,装置の正面と背面の2箇所に穴や溝を設けてあり,配線やチューブを装置内に挿入して試料に接続できるようにしている。次節以降で装置の詳細について記す。

(図1 蛍光検出装置の外観)
(表1 蛍光検出装置の主な仕様)

2.2 光学機構の開発
 本装置には半導体レーザー(波長640nm)を内蔵しており,図1のように検出ヘッドと光ファイバーで接続した。そして,レーザー光を検出ヘッドから試料に照射することにより,試料中の蛍光色素(Cy5またはこれと波長互換のもの)を励起して蛍光を発光させる。
 蛍光は検出ヘッドによって集光するが,集光した光には蛍光以外にレーザー光の反射光なども含まれているため,検出ヘッドに内蔵したダイクロイックミラーでレーザー光と蛍光とを波長によって分離した後,蛍光を光ファイバーに入射させている。しかし,この光ファイバーに入射した蛍光にも,ダイクロイックミラーで分離しきれなかったレーザー光が含まれているため,さらに複数の光フィルタを通すことによってレーザー光を遮断した後に,光電子像倍管に入射させて,蛍光を検出している。
 このように,レーザー,検出ヘッド,光フィルタ,光電子像倍管といった光学部品は光ファイバーを用いて接続した。これにより,光学部品のレイアウトの自由度が増し,装置筐体内の空きスペースに光学部品を配置することができるようになった。これは,装置の小型化に大きく寄与している。
 なお,微弱な蛍光も検出できるようにするため,ダイクロイックミラーや光フィルタは,蛍光色素Cy5やレーザー光の波長特性を考慮した上で本装置用に製作したものと市販のものとを組み合わせた。そして,ノイズの抑制を図るために,レーザー光の試料への照射角度を最適化し,検出ヘッドに入射するレーザー光の反射光を低減させた。さらに,外部から配線やチューブを通すための穴や溝から入射する外光の影響を受けないように,遮光などの対策を施した。

2.3 制御機構の開発
 本装置にはCPUボードを内蔵し,CPUボードにはADボード,DAボード,デジタルIOボード,モーターコントロールドライバなどをPC/104バスやシリアル通信ケーブルで接続している。ADボードでは光電子増倍管の出力(蛍光の強度)などを取得し,DAボードでは光電子増倍管のコントロール電圧を制御することにより,感度の調整を行っている。また,モーターコントロールドライバによって,検出ヘッドの位置制御を行い,レーザー光の照射位置を連続的に変化(走査)させている。
 このような機能を装置内に内蔵することにより,一般的な蛍光検出機で必要な制御用パソコンが不要となった。このことは,省スペースや可搬性の向上を図る上で重要な要素である。

2.4 ソフトウェアの開発
 前節で述べたCPUボードで動作する蛍光検出に関する各種処理を行うためのソフトウェアを開発した。このソフトウェアで装置正面のボタンを検知できるようにし,検出範囲や感度調整などの各種設定は装置正面のボタン操作により行えるようにした。また,蛍光強度は装置正面の液晶画面に表示するとともに,USBメモリなどに記録できるようにした。
 さらに,装置の設置スペースに余裕がある場合は,装置の使い勝手を向上させるために,キーボードやモニターを装置に接続できるようにした。この場合は,ソフトウェア画面(図2)を見ながら,マウスやキーボード操作により,各種設定を行うことができる。また,位置と蛍光強度の関係を画像化して表示し,任意の位置の蛍光強度を数値表示することができる。

(図2 蛍光検出用ソフトウェア)

3.装置による蛍光検出例
3.1 マイクロフロー型遺伝子検出チップ
3.1.1 遺伝子検出チップの概要
 マイクロフロー型遺伝子検査チップとは微細な流路を加工した図3写真左のような基板である1)2)。チップは94℃と59℃に温度制御した2つのヒーターに密着させて用い,チップの流路は2つのヒーターの間を往復するような配置となっている。そして,PCR溶液(温度サイクルによりDNAが連鎖的に増幅するようにDNA試料や試薬を調整した溶液)を流路に流すことによって,PCR溶液は2つのヒーターの直上を交互に通り,PCR反応に必要な温度の上昇と下降のサイクルを繰り返して,PCR溶液中のDNAを増幅させる。DNAの増幅とともに蛍光が発生するような処理をPCR溶液に施しておき,流路を流れるPCR溶液の蛍光強度を本装置で検出することによって,DNAの増幅の過程を検出した2),3)。

(図3 マイクロフロー型遺伝子検出チップ(写真左)と送液・温調用ユニット(写真右))

3.1.2 送液・温調用ユニット
 上述のようにマイクロフロー型遺伝子検査チップを用いるには,温度制御された2つのヒーターとチップ流路への送液が必要である。そこで,2つのヒーターはチップとともに装置内の試料台にセットし,ヒーターの電源用と温度検知用の配線や流路に接続するチューブを装置外部から引き込んだ。また,ヒーターの温度制御や送液を行うための機構をまとめ,蛍光検出装置から制御できる仕組みを設けた送液・温調用ユニットを開発した(図3写真右)。送液・温調用ユニットはポンプ,電磁弁,温度コントローラー,モーターコントローラなどから構成されており,これらは蛍光検出装置のソフトウェアから制御することができるようにした。そして,ポンプによる送液などと連動して,自動的に蛍光検出を行えるようにした。

3.1.3 蛍光検出結果
 遺伝子組み換えトウモロコシのDNAを本装置で増幅して検出した結果を図4に示す。図の横軸はレーザー光の照射位置を表しており,流路が形成されPCR溶液が存在する場所では蛍光を検出し,そうでない場所ではほとんど蛍光を検出していないことがわかる。また,横軸の値が大きくなるに従って,蛍光強度が増加しているが,これはPCRサイクル数(温度の上昇と下降の繰り返し数)が増すとともにDNAの増幅が進み,それに伴って蛍光が強くなっているためである。つまり,本装置によってDNAの増幅過程を検出できることを示している。
 また,DNAの含有率の異なるPCRサンプルについて比較したところ,図4のように含有率に依存して蛍光強度曲線が変化したことから、DNAの定量的な測定ができることが分かった3)。

(図4 遺伝子検出チップの蛍光検出結果)

3.2 電気泳動型免疫検出チップ
 電気泳動型免疫チップとは,抗原抗体反応を用いてタンパク質などを測定するためのチップである4)。本チップでは,測定対象物質(抗原もしくは抗体)を抗原抗体反応させた後に,抗原抗体反応物と未反応物とを電気泳動により分離する。そして,抗原抗体反応物(もしくは未反応物)が発する蛍光を検出することで,測定対象物質の定量を行うものであるが,微量の物質を検出するには高感度の蛍光検出が求められる。
 そこで,本装置で電気泳動型免疫チップの蛍光検出を行った。濃度の異なる抗原(アルブミン)を本チップで反応させ,開発した蛍光検出装置で検出した結果を図5に示す。抗原の濃度によって反応物(図中の○で囲んだ箇所)の蛍光強度が変化し,蛍光強度から微量の抗原の定量を行えることが分かった。

(図5 免疫検出チップと検出結果)

3.3 細胞切片
 細胞切片を調べる際に,切片を蛍光で標識し,その蛍光画像を蛍光顕微鏡で観察する方法がよく用いられるが,蛍光顕微鏡では感度が不足し,詳細な観察ができない場合がある。そこで,開発した装置を用いて嗅覚細胞切片の蛍光強度を検出し画像化を行った(図6)。本装置では一般の蛍光顕微鏡に比べてノイズの少ない蛍光画像を得ることができ,蛍光顕微鏡では検出困難な微弱なシグナルの検出ができた。
 また,このような細胞切片を蛍光顕微鏡で観察する場合は,細胞切片全体が視野に納まらないため,複数の領域に分割して観察や撮影を行うことがある。しかし,このような方法は,面倒な上に領域の境界で蛍光画像に不連続が生じてしまう。これに対して,本装置では領域を分割することなく蛍光検出できることから,不連続のない蛍光画像を取得することができた。

(図6 細胞切片の蛍光画像(試料提供:東京大学大学院理学研究科坂野研究室))

4.結  言
 わずかなスペースでDNAやタンパク質を高精度に解析できるようにすることに目的として、底面がA4サイズであり,制御用パソコンが不要な,小型で高感度の蛍光検出装置を開発した。本稿では,本装置による3つの検出結果について述べたが,これら以外にも様々な用途に適用することができる。今後は,Cy3やFITCなどCy5以外の蛍光色素への対応を進めていきたいと考えている。

謝  辞
 本開発は,文部科学省の知的クラスター創成事業により実施した「脳健診のための高機能バイオセンサの開発と新分野への応用」の一環として行ったものである。協力を頂いた関係各位に謝意を表する。

参考文献
1) 中山ほか. “マイクロ定量PCRデバイスの作製およびGMO検知への応用”. 日本化学会第87春季年会, 2007, p.461.
2) 斉藤ほか. “マイクロ定量デバイスを用いたGMO迅速検知への応用”. 日本化学会第89春季年会, 2009, p.1316.
3) 石川県ほか. 遺伝子定量装置及び定量方法. 特開2007-300896. 2007-11-22.
4) 独立行政法人科学技術振興機構. 免疫学的測定方法および免疫学的測定用チップ. 特開2005-233944. 2005-9-2.