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伝統工芸デザイン支援システムを活用した照明器具の開発指導

■繊維生活部 梶井紀孝 高橋哲郎 松山治彰 餘久保優子

 工芸素材の高品位な質感を三次元コンピュータグラフィックスで表現した伝統工芸デザイン支援システムを開発し,システムを活用して,九谷焼の照明器具を開発した。陶磁器の照明器具に施す伝統的な九谷焼の絵柄を,リアルな三次元コンピュータグラフィックスによる仮想試作を用いて検討を重ねた結果,製造者とデザイナー間で意志疎通を図ることができ,開発に費やす時間とコストを大幅に軽減することができた。
キーワード: 伝統工芸デザイン支援システム, 九谷焼照明器具, 絵柄検討

Development of a Kutani Ceramic Lampshade Using the Traditional Craft Design Support System

Noritaka KAJII, Tetsuro TAKAHASHI, Haruaki MATSUYAMA, Yuko YOKUBO

We developed a system to support the design of traditional crafts, using a three-dimensional computer graphics system, which enables the visualization of high-definition design images in real time, and also includes a database of patterns for traditional crafts. Kutani ceramic lampshades were made using this system. We reviewed the traditional patterns for ceramic lampshades using realistic virtual prototypes made by computer graphics. We were able to reduce the costs and time required for the development of prototypes, since the designer and the manufacturer could share the product image through computer graphics.
Keywords : traditional craft design support system, Kutani ceramic lampshade, pattern-review using 3D computer graphics

1.緒  言
 近年のライフスタイルの変化や消費者ニーズの多様化に伴い,伝統工芸産地では,商品の企画力やデザイン力を向上し,新たな市場を開拓することが課題となっている。しかし,提案型の商品開発は,試作費用や在庫のリスクが生じるため,中小零細企業の伝統工芸産地では,その取り組みが困難となっている。
  そこで石川県工業試験場では,平成17年度から,高詳細でリアルタイムの三次元CG(コンピュータグラフィックス)によって,伝統工芸品の仮想試作を行い,作り手・売り手・買い手の意志疎通を図りながら,商品の開発,商談ができるソフトウェア「伝統工芸デザイン支援システム」(以下,システム)の開発を行ってきた(図1)。
 システムの研究開発にあたり,産地企業,工業製品やインテリアのメーカ,大学等で研究会を組織し,産地で有効活用できるシステムを検討しながら開発を進め,具体的な新商品開発で試用してきた。その中で,九谷焼の産地企業と松下電工株式会社(以下,メーカ)とのコラボレーションにより,陶磁器や漆,金箔の工芸素材を用いた照明器具や手洗い器等の試作開発を行った。
本報では,九谷焼照明器具の開発において,システムを活用した事例について報告する。

(図1 伝統工芸デザイン支援システムの主な機能)

2.開発の内容
2.1 開発体制
 九谷焼照明器具の開発は,メーカ,石川県九谷窯元工業協同組合が中心となり,工業試験場のデザイン開発室がシステムを用いてデザイン開発指導を行い,さらに,九谷焼技術センターや九谷焼技術研修所とも連携を図りながら,試作検討,釉薬・絵具の選定に係る分析評価,生産技術等の支援を行った。
 九谷焼の磁器部品(笠部)製造は,九谷焼窯元の八弘窯(木田製陶所)で行い,磁器に施す上絵の柄製作は山近スクリーンが行った。また,製品の設計管理は,メーカが担当している。

2.2 開発工程
 図2に九谷焼照明器具の開発プロセスを示す。
 今回の九谷焼窯元とメーカとの異業種間の開発では,メーカのデザイン担当が,九谷焼の伝統技法を活かした陶磁器の製造方法を理解した上で,現代の生活空間にマッチした灯りの効果を得た商品を開発するということが,重要なポイントに上げられる。
 開発当初,メーカのデザイン担当が九谷焼産地の製造現場を訪問し,九谷焼の特徴を活かした商品展開について産地企業とディスカッションを行った。
 九谷焼の様々な素材や技法を活かした照明器具のアイデアに対し,窯のサイズや成形方法の制作上の課題や光の効果について検討を重ねた。
 その結果,透光性磁器独特のやわらかな照明効果を活かしたアイデアが基本となり,以下の3点を商品コンセプト(図3)を持ったモダンなデザインのペンダント(吊り)型照明器具の試作が決定した。
[1]磁器と九谷上絵柄からのやさしい透過光
[2]奇をてらわない素直でやさしい形状
[3]職人の細部までこだわった手仕上げ

(図2 九谷焼照明器具の開発プロセス)
(図3 商品コンセプト)

2.3 システムによる仮想試作
 商品コンセプトを具体的に反映した試作にあたり,システムを用いて,仮想試作を行った。
初めに,メーカのデザイン担当が設計した二次元図面を三次元CGソフトウェアShadeで形状を入力し,システム上のCG画像で,形状デザインの確認を行った上,システムに搭載されている九谷焼の伝統的な上絵技法の素材データーベース38種類(図4)の中から,商品コンセプトに合う絵柄の選定を行った。
 その後,窯元の職人にシステムのCG画像を見せて,磁器形状の細部の仕上げ方と,磁器への絵柄のつけ方について確認を行った。
 最終的には,システムで図5の4種類の九谷焼技法を用いた照明器具の仮想試作を行い,実物を試作することがなく,形状や絵柄のデザインを決定することができた。

(図4 九谷焼の素材データーベース)
(図5 システムによる仮想試作)

2.4 実物試作
 図6は九谷焼を代表する吉田屋風の絵柄をシステムで拡大させた画像であるが,実際の上絵の表現と同じく,釉薬の盛り上がりまで表現できたことによって,産地企業が実際の絵柄を制作する上の原画となった。
 九谷焼の上絵は,絵柄を施す面積や色数等によってコストが大幅に変わる。CG画像で事前に製造コストの確認が行えたため,最終的には2種類の絵柄に絞って,大小各サイズの照明器具を試作した。
 また,事前に実物と同様のリアルなCG画像で,メーカのデザイン担当者と製造者の間で,磁器の形状の仕上げ方についても確認できていたことによって,メーカのデザイン担当者が期待する仕上げ精度が産地企業に伝わっていたため,実物の試作での形状修正や絵柄変更は発生しなかった。(図7)
 その結果,試作期間が大幅に短縮できたことで,具体的な商品コンセプトの決定から商品の生産ロットを決めるまでの期間が約半年間で開発が行え,九谷焼の業界では異例の早さで照明器具を開発することができた。

(図6 九谷焼絵柄の拡大CG画像)
(図7 照明器具の実物試作)

2.5 開発商品
 工業試験場では,メーカ側の品質基準を満たすため,素地や釉薬,上絵具等の試験や,釉薬と絵具の剥離試験を行い,産地企業の技術サポートを行った。
 開発した九谷焼照明器具は,平成20年4月にメーカから発売され,現代の生活空間に和の陶磁器を灯りとして現した商品として好評を得ている。(図8)

(図8 九谷焼照明器具のカタログ)

3.結 果
 産地企業が新市場開拓に活用するための伝統工芸デザイン支援システムを開発し,さらにそのシステムを活用して九谷焼照明器具の開発を行った結果,意志疎通の難しい異業種間(産地企業とメーカ)で,デザインおよび製造方法等の検討を行う際に,大変有効であった。以下にその結果をまとめる。
(1)九谷焼の特徴である絵柄や陶磁器の仕上げ方を表現した仮想試作ができた。
(2)多種ある九谷焼の上絵技法の中から,商品コンセプトに合った絵柄が提案できた。
(3)仮想試作により,実物試作の回数を絞ることができ、短期間で開発することができた。

謝  辞
 本開発は,文部科学省の都市エリア産学官連携促進事業(石川南部エリア)「温新知故産業創出プロジェクト」における研究の一環で実施したものです。
 また,開発推進にあたり,ご助言を頂いた石川県九谷窯元工業協同組合ならびに関係企業の皆様に感謝します。

参考文献
1) 高橋哲郎,松山治彰,梶井紀孝,餘久保優子,加藤直孝. ITと工芸素材による伝統工芸デザイン支援システムの開発. 石川県工業試験場研究報告. 2008,
No57,p.25-28
2) 餘久保優子, 加藤直孝, 高橋哲郎, 梶井紀孝, 荒井潤一, 原田 崇. ユーザの感性を反映した伝統工芸デザイン支援システムの開発. 感性工学と感情研究の国際会議. 2007, p.10-12.