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X線回折を利用した鉄鋼材料の非破壊硬さ試験

■機械金属部 鷹合滋樹 舟木克之 安井治之 藤井要
■金沢大学 佐々木敏彦 広瀬幸雄

 機械金属製品の品質管理工程においては,検査の簡易化・自動化が求められている。中でも金属材料の硬さは材料の強度特性を評価する手法として多く利用されているが,材料表面を傷つけてしまうことから,製品には適用できない問題がある。また,荷重をかける制約上,複雑形状をもつ製品は切断工程が必要となっている。本研究では,硬さと回折X線半価幅の相関性を検討して,機械加工等を施した試料に対する非破壊検査を試みた。対象材質は高炭素クロム軸受鋼(JIS-SUJ2)であり,焼入れ温度,焼戻し温度の異なる試料について調べた。その結果,いずれの試験片においても硬さとX線半価幅は変曲点を有する独特の相関性を有することがわかった。また,同一材質,加工条件であれば,予め用意した検量性を利用することで,X線の半価幅からロックウェル硬さを評価できることがわかった。
キーワード: 硬さ, X線回折, 半価幅, 非破壊検査, 熱処理, 焼入れ, 焼戻し, 高炭素クロム軸受鋼

Non-destructive Hardness Testing of Steel materials Using X-ray Diffraction

Shigeki TAKAGO, Katsuyuki FUNAKI, Haruyuki YASUI, Kaname FUJII, Toshihiko SASAKI and Yukio HIROSE

Inspection of machine product is very important for the quality control in metal working industry and hardness testing is useful for estimation of material strength. Present method, non-destructive test is demanded from the view point of automation of the inspection. In diffraction of steel, the full width at half maximum (FWHM) has correlation with the hardness. However, this parameter is also affected other factors of the material. In order to establish the fundamental X-ray measurement conditions, the high carbon chromium bearing steel was used in this study. The influences of the mechanical working and heat treatments on the FWHM were discussed. As the results, relations of the FWHM and hardness showed good correlation with an inflection point. By using X-ray diffraction, enable us estimate a hardness of steels under the same production lot, surface treatment and chemical compositions.
Keywords : Hardness, X-ray diffraction, Full width at half maximum, Non-destructive inspection, Heat treatment, Quenching, Tempering, High carbon chromium bearing steel

1.緒  言
 鉄鋼材料の硬さは機械部品の強度試験項目として重要であり,品質管理のために多く利用されている。硬さ試験は,ロックウェル硬さ,ビッカース硬さ,ブリネル硬さに代表されるように圧子を試料に押し付け,形成された圧痕の大きさをもって評価する方法が主である。近年では製品の検査工程において,全数検査による自動化,実製品自体の評価,複雑構造体への対応等のため,硬さの非破壊化への要望が高まっている。
 一方でX線法は,工業材料の非破壊検査方法として,探傷・透視や分析など,産業界で広く用いられている。中でもX線回折法は,残留応力や残留オーステナイトの定量測定が可能であるため,機械部品の加工,熱処理,溶接など製造条件の決定や,設計へのフィードバック等,生産技術の向上に使われている1)。このような非破壊試験は,破壊試験である硬さ試験とは異なり,複雑な形状物でも切断などの前処理をせずに評価できるメリットがある。
 X線を用いた硬さの研究では,各種鋼材における硬さとX線半価幅に相関性を論じた例があるが2)-8),これらはいずれも電解研磨を行った試料が中心であり,機械加工変質層の影響にはまだ不明な点が多い。機械部品の表面は何らかの加工が施されており,そのような場合における本手法の適用性を調査することは工業的にも重要である。
 そこで本研究では,ベアリングやカム部品として広く利用されている高炭素クロム軸受鋼材(JIS-SUJ2)に対して,X線を利用した硬さの非破壊評価技術の確立を目的とした。SUJ2は未溶解複炭化物が基地組織中で球状に分散し,焼入れ性も良く,焼戻し温度による硬さの制御が容易である。実験では,硬さをX線で評価する場合の照射条件等の基礎的事項について検討した上で,X線半価幅に対する熱処理条件および機械加工の影響について考察を行った。


2.実験方法
 試験片は直径25mmの球状化焼なましを行ったSUJ2の丸棒から厚み3mmの試料を切り出して作製した。表1にミルシートに記載された同一ロット品の化学分析結果を示す。なお,それぞれ硬さの異なる試験片を作製するため,表2に示す種々の条件で熱処理を行った。
 硬さはロックウェル硬度計を使用した。荷重は1470N{150kgf}とし,ダイヤモンド圧子Cスケールを用いた。試験機の検証には,硬さ基準片を使用し,校正値と測定値の差を確認の上,測定を行った。
 X線半価幅測定にはPSPC(位置敏感型比例計数管)を搭載した応力測定装置((株)リガク製MSF/微小部型)を使用した。X線は試料表面に対して,垂直方向より照射した。主なX線測定条件は表3に示すとおりである。

(表1 材料の化学成分)
(表2 熱処理の条件)
(表3 X線測定の条件)

 

3.結果および考察
3.1 金属組織
  図1に各試験片の内部金属組織(腐食液:3%ナイタール)を示す。焼なまし材はフェライト基地に複炭化物と微細な球状セメンタイトが混在した組織であり,焼入れ材は笹の葉状のマルテンサイトである。焼入れ材の炭化物の面積率は減少しているが,これは熱処理によって基地組織に溶け込んでいるためと考えられる7)。600℃焼戻し材ではマルテンサイト中の過飽和炭素がセメンタイトとして析出したソルバイト組織が観察された。

(図1 金属組織観察(ナイタールにて腐食))

3.2 X線プロファイル
  図2に1次元検出器PSPCで得られたX線回折像を示した。硬い材料ほど,X線回折のプロファイルが拡がっており,マルテンサイト変態に伴う不均一ひずみを反映していると考えられる。マルテンサイト変態では,固溶炭素量が多いほどC軸の伸びが大きくなることから,炭素量が約1%のSUJ2では,半価幅は大きくなる傾向にある。そのため,回折角2θの測角範囲は145〜165deg間で少なくとも20degは必要であることがわかる。
 また,試験片の回折図形を2次元検出器イメージングプレート(IP)上に撮影した結果を図3に示す。IPは中心角360°分の回折半価幅が画像処理によって可能であり,一度に多くの情報を得ることができる。いずれの試料も均一な太さをもち,連続性のある回折環となっている。焼入れ材の場合,環の輪郭は拡がっており,この現象は前述の1次元検出器で測定した半価幅の変化に対応している。

(図2 X線回折プロファイル)
(図3 Fe211からの回折環)

3.3 硬さと半価幅の関係
3.3.1 焼戻し温度の影響
 図4に焼入れ温度を850℃一定とし,焼戻し温度を200℃から600℃まで変化させた場合の硬さとX線半価幅の関係を示す。X線半価幅は,硬さとともに増加し,相関がある。特に46HRC付近(焼戻し温度500℃)を境とし,変曲点を持つ。
  この変曲点の前後では金属組織に大きな変化が見られる。すなわち,焼戻し温度500℃以下の領域では,鉄の結晶格子内で過飽和に炭素を取り込んだマルテンサイトがナノサイズのε炭化物などを析出してトルースタイトに変化する領域で,炭化物の析出に伴って,格子ひずみが減少することで硬さの低下とともに半価幅が減少し,回折線が鋭くなる7)。
 また,変曲点以上の焼戻し温度領域では,パーライトの母相に,ソルバイト+セメンタイトが混合した組織である。つまり,回折にあずかるパーライト相やソルバイト相には大きな格子ひずみがないため,硬さ変化に伴う半価幅の変化が小さいと考えられる。

(図4 ロックウェル硬さと半価幅の関係(焼戻し温度))

3.3.2 焼入れ温度の影響
  図5に焼入れ温度を変化させた場合の硬さと半価幅の関係を示す。800℃以上で焼入れした試料では,焼入れ温度が変わっても焼戻し温度と同様に46HRC付近を境にして線分の傾きが変化している。ただし,焼入れ温度750℃の場合,硬さと半価幅に相関はみられなかった。過共析鋼であるSUJ2の焼入れ温度はA1変態点(723℃)+50℃というのが一般的であり,本温度では,マルテンサイト組織が十分生成されなかったためと考えられる。すなわち,焼入れマルテンサイト組織の存在が,X線半価幅による硬さの定量評価のために必要であることを示唆している。
 しかし,焼入れしてない材料はフェライト組織を反映するため,半価幅が絶対的に小さい。したがって,実際の生産現場における熱処理品と非熱処理品の判別には十分利用できることがわかる。

(図5 ロックウェル硬さと半価幅の関係(焼入れ温度))

3.4 表面に加工層を有する材料への適用
 図6に各種機械加工を施した試料における硬さとX線半価幅の関係を示す。46HRC以上の試料では,加工による半価幅変化は硬さに伴う変化量よりも小さい。一方46HRC以下の場合,加工による半価幅変化は硬さに伴う変化量よりも大きい。材料が塑性変形を生じた場合にも不均一ひずみ(第3種応力)の存在により,X線半価幅は増加するため,表層部の半価幅は金属組織以外の影響が重畳して変化したものと推察される。しかし,いずれの加工においても相関性を有しており,同一加工条件であれば,製品の硬さの非破壊評価方法として,X線回折法が適用可能であると考えられる。

(図6 半価幅におよぼす表面仕上げの影響)

3.5 検量線を用いたX線による硬さの予測
  鏡面仕上げした硬さ基準片(SUJ2)のX線半価幅を測定し,硬さと半価幅の関係(検量線)を求めた。その結果,図7のように50HRC付近を境とした折れ線で近似される特有の関係が得られた。また,焼戻し温度が異なる試験片△印としてプロットしたところ,作成した検量線上にあり,よく一致することがわかった。
 基準片の硬さとX線半価幅の測定値から,本材料における検量式を作成した。ここでは50HRC付近を境としてそれぞれの領域で場合分けをした。得られた関係は次の通りである。
<50HRC以下の場合>
HRC=13.3×半価幅(deg)+12.0
<50HRC以上>
HRC=3.4×半価幅(deg)+40.3)…(1)
 本式のように硬さに対する半価幅の感度は50HRC以上の方が大きく,測定精度も高いことがわかる。これらの検量線を利用して硬さが未知の試料における半価幅から硬さの予測値を比較した。結果の一覧を表4に示す。結果より焼なまし材以外のものについては,検量線からの予測値に対し1HRC以内で一致することがわかった。一方,焼なまし材は大きく外れる結果となった。
 焼なまし材は半価幅そのものが小さく,良材と不良材の判定評価の判断としては活用できるが,検量線による硬さの定量評価を行うことは困難と考えられる。

(図7 ロックウェル硬さと半価幅の関係)
(表4 測定硬さとX線による予測硬さの関係)

 

4.結  言
 本研究では,加工表面層をもつ高炭素クロム鋼(JIS-SUJ2)に対して,X線による硬さの非破壊評価の適用性を検討し,X線パラメータと加工条件との関係を調べた。得られた知見をまとめると次の通りである。
(1) 軸受鋼JIS-SUJ2に対するX線による硬さ評価に必要なX線照射条件等の基礎的条件を明らかにした。
(2) 本手法はマルテンサイト変態に伴う不均一ひずみ量を測定したものであり,焼入れ温度および焼戻し温度が異なるSUJ2の硬さとX線半価幅において相関関係がある。
(3) SUJ2の場合,加工条件が変わっていても,マルテンサイト組織を有する材料であれば,X線で硬さを推定できる。ただし,非マルテンサイト組織の材料(不完全焼入れ鋼)の場合については,加工に起因する不均一変形によって半価幅が変動し,硬さの定量評価は困難になる。

 

参考文献
1) 日本材料学会編.改著X線応力測定法.養賢堂, 1986, p.185.
2) 森宗義,中西英介,田口一男, 第11回X線材料強度に関するシンポジウム講演論文集, 1974, pp.58-61.
3) McKeehan, M.; Warren, B. E., J. App. Physics, 1953, 14, pp.52-56.
4) Marburger, R. E.; Koistinen, D. P. Transactions of the American Society for Metals, 1961, 53, pp.743-752.
5) Lebrun, N. JI, J. L; Sprauel, M. Material Science and Engineering, 1990, A127, pp.71-77.
6) Kurita, M.; Hirayama, H. J. Testing and Evaluation, 1984, 12, pp.13-19.
7) 栗田政則, 井原郁夫, 材料, 1984, 34-379,pp.449-454.
8) 坂井田喜久,柏木章吾,沢木洋三,吉田 始, 片桐嘉門.材料, 2006, 55-7, pp.620-626.