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釉性状の改質に関する研究

■九谷焼技術センター 高橋宏 若林数夫

 本研究では,九谷焼技術センターが開発し市販化した基礎釉に種々(酸化ケイ素,酸化亜鉛及び炭酸ストロンチウム)の添加剤を加え,釉の特性変化を評価検証した。これは,既存の釉を窯元の焼成炉に最も適した釉へと改良するための知見を得ることを目的として実施した。酸化ケイ素は上絵の剥離防止,酸化亜鉛及び炭酸ストロンチウムは曲げ強度向上に効果がみられた。
キーワード:九谷焼,釉薬,添加剤,曲げ強さ

Research on Modification of Glaze Property

Hiroshi TAKAHASHI and Kazuo WAKABAYASHI

We evaluated changes in the characteristics of glaze by mixing additives (silicon oxide, zinc oxide and strontium carbonate) with the basic glaze that was developed by us and put on the market. This examination was carried out to optimize the current glaze for manufacturers’ furnaces. We confirmed that silicon oxide was effective in preventing exfoliation of over-glaze color, and zinc oxide and strontium carbonate were effective in improving bending strength.

Keywords:Kutani ware, glaze, additive, bending strength

1.緒  言
  九谷焼において上絵は重要性が非常に高い。九谷焼が発祥した時から,上絵の剥離は最も深刻な解決すべきテーマである。九谷焼技術センターでは,釉泥ショウの粒度分布が釉の特性に大きく影響することを示してきた1)。そして,釉の粒度を管理することで上絵具の剥離や,素地の貫入が防止できることを確認している。一方で,釉自体の特性は釉を構成する成分に左右され,調合組成が釉を特徴付ける最も重要なポイントであることに変わりはない2),3)。当センターで平成15年から16年度にかけて開発した基礎釉は,上絵剥離防止に重点をおいた釉薬であるが,問題なく利用できるという意見と,融解温度がやや高めで融けにくいという意見がある。これは,生産者である窯元の焼成炉の焼成条件が各々異なるためである。これらの対応としては,窯元の焼成条件に最適な釉薬をそれぞれ開発することが最も理想的ではあるが,各々の焼成炉の特徴を個別に調査し,幾種類もの釉を試作し評価していくことは,非常に多くの時間とエネルギーを要する。仮にそれぞれの釉を開発できたとしても,焼成炉の状態は日々変化しておりその変化に即した微調整も必要になる。本研究は,既存の釉薬に添加剤を加えることで上記の課題を解決しようという試みである。例えば,九谷焼の業界において上絵の剥離の対策として,珪石の添加という対策が行われている。これは釉を窯元独自に改良していることであり,生産者サイドでの対策の好例であると言える。今回,この珪石添加の効果の確認に加え,陶磁器では比較的よく利用されている酸化亜鉛(亜鉛華)と,効果が炭酸バリウムに近いといわれる炭酸ストロンチウムを添加剤として選択した。これら添加剤を,当センターが開発した基礎釉に添加し,特性変化を評価した。

2.実験内容
2.1 試験釉の作成
  基礎釉は,長石,珪石,石灰及びカオリンをトロンミルで混合粉砕して作成した。釉は次のゼーゲル式で示される石灰釉である。
(0.35KNaO, 0.65CaO)・0.74Al2O3・6.5SiO2
釉泥ショウをサンプリングし635メッシュ(目開き20μm)のフルイで通し,20μm以上の粗い粒子の割合が12〜14mass%となるように調整した。次に基礎釉に添加剤をそれぞれ,2.5,5.0,7.5,10.0mass%の外割で加え,今回評価する試験釉とした。添加剤は,珪石(SiO2),炭酸ストロンチウム(SrCO3)及び亜鉛華(ZnO)とした。なお,亜鉛華については1000℃で1時間仮焼したものを用いた。目的の調合であるか確認するため,蛍光X線分析装置(リガク製システム3270E,50kV,50mA)でFP法及び検量線法で定性及び定量分析を行った。

2.2 試験片の作成
  試験片は径が約100mmの皿と,鋳込み成形した100mm角の板を8×4×40mmに切り出したものを用いた。皿は上絵剥離試験及び貫入試験用に使用した。板は曲げ強さの試験用に使用し,そのサイズは日本セラミックス協会規格(JCRS203-1996)に準拠した4)。また,異なるハイ土への強度に対する効果を比較するため,板の試験片は二種類のハイ土 (通常の鋳込みハイ土,透光性ハイ土)を準備し使用した。

2.3 釉の評価
  始めに上絵剥離試験及び貫入試験を行った。上絵剥離試験は耐酸絵具を素地に塗布し,800℃焼成を3回繰り返した後,上絵の状態を目視で観察した。貫入試験は水中法で行い,温度差は200℃とした。水中に投入した際に発生したヒビの状態を観察した。また,高温加熱顕微鏡を用いて,炭酸ストロンチウム及び亜鉛華添加試験釉の融解温度を測定した。昇温は毎分10℃とし,3mmφ×3mmの円柱状にプレス成型したサンプルが融解し半円状になった温度を融解温度とした。
次に,曲げ強さの評価は3点曲げ試験で行った。試験条件は,支点間距離を30±0.5mm,荷重点間距離を試料の長さの1/2,クロスヘッド速度を毎分5mm,試験片の個数はそれぞれ15個である。これは,日本セラミックス協会規格(JCRS203-1996)に準拠した条件である。曲げ強さは,次式から算出される。
σ=3PLs/2wt2
ここで,σ:3点曲げ強さ(MPa)
P:試験片が破壊した時の最大荷重(N)
Ls:支点間距離(mm)
w:試験片の幅(mm)
t:試験片の厚さ(mm) である。
更に,添加剤による白色度の変化について分光測色計(ミノルタ製,CM-3600d)を用いて白色度ハンターの値を測定した。

3.結果と考察
3.1 上絵剥離及び貫入試験の結果
  各試験釉の上絵剥離及び貫入試験の結果を表1に示す。
上絵剥離試験では,絵具の一部分でも剥がれたり欠けたりした場合でも剥離と判定した。貫入試験において温度差200℃の試験条件では,必ず細かなヒビが発生する。このため,ヒビの発生有無ではなく,それぞれの試験釉に発生したヒビの状態を,基礎釉に発生した貫入と比較して判定した。
珪石は生産現場の実施例通り,上絵剥離防止に効果があることが確認できた。貫入については,ヒビが多数発生しており釉中に融けずに残留する珪石粒子が増加すると推測されるため,ヒビが発生しやすくなる傾向があり注意が必要である。炭酸ストロンチウムの添加量の増加は,上絵剥離発生の可能性を高める。貫入は添加量の増加にともない,一つ一つのヒビの大きさが大きくなり,数が減少する傾向がみられた。亜鉛華は添加量7.5mass%において,上絵の縁がごく僅かに欠けた状態となったため剥離と判定したが,上絵の浮き剥離は見られず概ね問題ない結果であった。貫入はヒビの減少だけでなく,ヒビが浅くなる傾向がみられたことが特徴的である。定性的ではあるが,上絵剥離試験及び貫入試験の結果においては,それぞれの添加剤の特徴がよく現れた。特に亜鉛華の添加では,上絵剥離及び貫入の防止の両方に対して良好な結果となり,釉の添加剤として非常に期待できる材料であるといえる。

(表1 上絵剥離及び貫入試験結果)

3.2 融解温度の測定
  当センターで開発した基礎釉は融解温度が高めであるという指摘がある。そこで融解温度を低下させる効果が期待できる,炭酸ストロンチウム及び亜鉛華を添加した試験釉の融解温度測定を行った。結果を図1に示した。尚,融解温度は昇温速度によって絶対値が変化するため,昇温10℃における基礎釉の融解温度を基準とした差をプロットした。予想通りどちらも融解温度を低下させる効果があり,添加量の増加にともない融解温度も低下した。

(図1 融解温度の変化)

3.3 曲げ強さ試験の結果
  試験結果を図2及び表2に示した。表2には曲げ強さの値と各々の標準偏差を示した。
STDと表記したものは,ハイ土(通常の鋳込みハイ土及び透光性ハイ土)に基礎釉を施釉したものである。図中のSiは珪石を添加した釉を施釉したサンプルを示し,ハイフン後の数値は添加量を示している。同様にSrは炭酸ストロンチウム,Znは亜鉛華を添加した釉を施釉したサンプルを示している。どちらのハイ土の場合でも,添加剤の添加量増加に伴なう曲げ強さの変化は同様の傾向であった。
添加剤各々についてみると,珪石の添加は若干ではあるが通常鋳込みハイ土で強度の向上がみられた。炭酸ストロンチウムについては,約5MPaの強度向上がみられた。これは二種類のハイ土ともほぼ同様の傾向であった。亜鉛華の添加では,添加量5.0mass%において通常鋳込みハイ土で約10MPaの強度向上がみられた。

(図2 曲げ強さの変化)
(表2 曲げ強さ)

3.4 白色度の変化
  添加剤及び添加量によって白色度に変化がみられた。図3は測色計での測定結果である。数値が高くなるほど白色度が高いことを示す。珪石及び亜鉛華を添加すると白色度が向上した。炭酸ストロンチウムの添加では白色度が低下している。これより,釉薬の添加剤によって素地の白色度が変化することがわかる。なぜ,添加する材料によって白色度に変化がみられたのかを検証するため,電子顕微鏡(SEM)による釉の断面観察を行い,釉にどのような変化が起こっているのかを検討した。図4(a)から(c)は添加量 10mass%,倍率200倍のSEM写真である。珪石は断面が荒れた様子であり,気泡が多数発生していた。これは釉中に結晶性の粒子が残留しているためであると推測できる。一方,炭酸ストロンチウムでは,滑らかであり気泡は観察できるが数は珪石や亜鉛華ほど発生していない。亜鉛華は炭酸ストロンチウム同様滑らかであるが,小さな気泡が多数発生している。珪石と亜鉛華の添加による白色度の向上は,結晶性粒子と気泡によるものであると推測できる。細かな粒子や気泡が光を乱反射することにより白色度が向上したものと考えられる。一方,炭酸ストロンチウムの場合,気泡の数も少なく,粒子性のものも見られない。つまり釉の透明性が高くなると考えることができる。

(図3 白色度の変化)
(図4 SEM像,200倍)

4.結  言
  本研究では,釉の性状を改良することを目的に,3種類の添加剤を5水準の添加量で基礎釉に加え効果を検討した。その結果について以下にまとめる。
(1)珪石の添加は,上絵の剥離を防止する効果がある。大量の添加は貫入が発生しやすい傾向がある。炭酸ストロンチウムの添加は,上絵が剥離しやすくなる。貫入は抑制される傾向にある。亜鉛華の添加は,上絵の剥離と貫入の防止に対して良好な結果となった。
(2)炭酸ストロンチウム及び亜鉛華とも釉の融解温度低下に効果がある。昇温速度毎分10℃において,炭酸ストロンチウムで50℃,亜鉛華で110℃の融解温度低下が確認できた。
(3)添加剤を加えると曲げ強さが向上した。特に,炭酸ストロンチウムと亜鉛華でその効果がみられた。通常鋳込み素地は亜鉛華5mass%添加で,強度が最大10MPa向上した。
(4)添加剤を加えると白色度に変化がみられた。珪石と亜鉛華で白色度が向上し,炭酸ストロンチウムで低下した。白色度の向上は,釉中に残留する粒子や発生した気泡の乱反射によるものと推測された。反対に白色度の低下は釉のガラス化が進行することによる透明性の向上によるものと推測された。

参考文献
1)高橋宏.釉設計技術の研究と応用.石川県工業試験場研究報告. 2005, no.54, p.69-72.
2)高嶋宏夫.陶磁器釉の科学.内田老鶴圃. 1994, p. 31-46, 119-214.
3)加藤悦三.釉調合の基本.窯技社. 1974, p. 11-36.
4)日本セラミックス協会規格.食器用強化磁器の曲げ強さ試験方法. JCRS203-1996.