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メソポーラスシリカの合成と鉛吸着特性−鉛吸着材料への利用の検討−

■化学食品部 笹木哲也 嶋田一裕 田畑裕之

 本研究では,有機-無機ハイブリッドメソポーラスシリカの鉛吸着材料への利用の可能性を評価した。3タイプ4種類のメソポーラスシリカを合成し,X線回折,電子顕微鏡,比表面積/細孔分布測定で細孔構造を,蛍光X線分析,X線光電子分光分析,赤外分光分析で導入した有機基を評価した。合成材料の水溶液中の鉛の吸着率を評価し,有機基の導入により鉛吸着率が向上したことを確認した。また,吸着率と構造との因果関係を評価し,細孔径が2-5nmの領域では径が大きい方が吸着に有利であることがわかった。
キーワード:メソポーラスシリカ,有機-無機ハイブリッド材料,吸着材料

A Study on Lead Adsorption Property of Synthesized Mesoporous Silica

Tetsuya SASAKI, Kazuhiro SHIMADA and Hiroyuki TABATA

In this study, the possibility of the application of organic-inorganic hybrid mesoporous silica to lead (Pb) adsorbent was investigated. Four kinds of mesoporous silica, which were classified into three different types according to their structures, were synthesized. Their pore structures were examined by the X-ray diffraction method, electron microscopy and nitrogen adsorption measurement, and the organic groups contained in them were observed by X-ray fluorescence analysis, X-ray photoelectron spectroscopy and infrared spectroscopy. As a result of the experiments using the synthesized materials with pore sizes of 2 to 5 nm in diameter, the existence of organic groups was effective in increasing Pb adsorption, and the materials with larger pores enabled more Pb adsorption.

Keywords:mesoporous silica, organic-inorganic hybrid material, Pb adsorbent

1.緒  言
  近年,環境保全の問題から簡易型分析装置のニーズが高まり,鉛など有害元素の高感度検出を実現する前処理用濃縮材料の開発が求められている。
これまで,鉛担持材料として合成繊維1)や樹脂などを用いた鉛濃縮能を有する材料開発が行われている(図1)。しかし,合成繊維や樹脂には鉛の吸着サイトが少ないこと,吸脱着の速度が遅いことなどの問題がある。
メソポーラスシリカは,数nmの規則正しい細孔構造を持ち,表面積が大きく,さらに細孔内に有機基を導入することで吸脱着特性を制御することも可能であることから,鉛吸着材料として有望と考えられる(図2)。我々はメソポーラスシリカを鉛担持材料として利用することに着目した。
そこで,本研究では,(1)基本骨格のメソポーラスシリカに加え,鉛吸着能を有する有機基を導入した数種類のメソポーラスシリカの合成を試み,(2)合成材料の構造を評価する。そして,(3)鉛の吸着能を評価し,これら合成材料の構造上の特徴と鉛吸着能の関係を考察して,メソポーラスシリカの鉛吸着材料への利用の可能性と今後の課題を検討した。

(図1 高感度分析用前処理濃縮材料の一例)
(図2 メソポーラスシリカのイメージ図)

2.実験方法
2.1 メソポーラスシリカの合成方法
  図3にメソポーラスシリカの合成方法のイメージ図を示す。界面活性剤がミセル形成した溶液中に原料を入れ,界面活性剤を鋳型とした細孔を持つメソポーラスシリカを合成した。原料に有機基を含む珪素化合物を用いて,メソポーラス骨格内に有機基を導入した。メソポーラスシリカ細孔内に残っている界面活性剤は,塩酸のエタノール溶液で取り除いた。
下記に記載した合成材料は,構造上の特徴を持ち,メソポーラスの基本骨格のみのタイプ(I)と有機基を側鎖に持つ分岐タイプ(II),及び有機基を直鎖に組み込んだ骨格組込タイプ(III)に大別できる。構造タイプのイメージを図4に示す。
合成試料の試料名,タイプの種別,導入した有機基を表1に示す。分岐タイプ(II)はチオール基(-SH),ニトリル基(-CN)を導入した二種類のメソポーラスシリカを合成した。特に,チオール基(-SH)は鉛の高効率吸着能を付与するために導入した。骨格組み込みタイプ(III)はエチレン基(-CH2-CH2-)を導入したメソポーラスシリカを合成した。

(図3 合成イメージ)
(図4 構造タイプのイメージ)

2.1.1 タイプ(I)の合成2)
  蒸留水50ml,エタノール50mlの混合溶液中に28%アンモニア水を13ml,N-Cetyl-N,N,N-trimethylammo- nium Bromide(東京化成工業(株))を2.4g加えて撹拌した。Tetraethyl Orthosilicate(TEOS)3.8gを滴下して加えると無色沈殿が生成した。常温で2時間撹拌した後に沈殿をろ過した。得られた粉末を1N塩酸エタノール溶液に加え,3時間加熱還流した。放冷後,ろ過,アセトン洗浄,乾燥し,無色粉末を得た。

(表1 合成した試料の分類)

2.1.2 タイプ(II)の合成2)
  タイプ(I)の合成と同様の方法で行い,MP-SHはTEOSの代わりに(3-Mercaptopropyl trimethoxysilane (東京化成工業(株))とTEOSの1:5混合溶液を,MP-CNはTEOSの代わりに4-(Triethoxysilyl) butyronitrile(東京化成工業(株))とTEOSの1:5混合溶液を用いた。

2.1.2 タイプ(III)の合成3)
  蒸留水40mlに水酸化ナトリウムを0.59g,Octadecyltrimethylammonium chloride(東京化成工業(株))を1.24g,1,2-Bis(triethoxysilyl)ethane(Aldrich Co.,LTD.)を1.69g加え,10h加熱還流すると無色沈殿が生成した。沈殿をろ過し,得られた粉末を1N塩酸エタノール溶液に加え,3時間加熱還流した。放冷後,ろ過,アセトン洗浄,乾燥し,無色粉末を得た。

2.2 細孔構造の評価
2.2.1 電子顕微鏡観察
  合成材料の形状を観察するため,走査型(SEM)並びに透過型(TEM)電子顕微鏡観察を行った。SEM観察は試料の金蒸着処理を行った後,(株)日立製作所製S-3000Nを行った。TEM観察は銅グリッド上に試料を分散させた後,日本電子(株)製JEM-2010で行った。

2.2.2 X線回折測定
  細孔構造を確認するため,粉末X線回折測定を行った。測定装置には(株)マック・サイエンス製SRAM 18X HFを用いて測定した。なお,測定にはCu-Kα線を用いた。

2.2.3 比表面積/細孔分布測定
  試料の表面積及び細孔径を評価するため,比表面積/細孔分布測定を行った。測定装置には日本ベル(株)製BELSORP28SA-SPを用いて測定した。なお,吸着ガスには窒素ガスを使用した。

2.3 有機基の評価
  メソポーラスシリカ内の有機基の存在を確認するため,各種測定による定性分析を行った。チオール基の確認には,理学電機工業(株)製サイマルテックス12(管球:Rh)による蛍光X線分析とサーモフィッシャーサイエンティフック(株)製シグマプローブによるX線光電子分光分析を行った。
二トリル基の確認には,(株)堀場製作所製FT-730による赤外分光分析のKBr錠剤法で測定した。

2.4 吸着能評価
  合成したメソポーラスシリカの鉛吸着能を評価するため,鉛1ppm水溶液の吸着評価試験を行った。メソポーラスシリカ0.1gと鉛水溶液(鉛:1ppm,NaHPO4:0.016M,クエン酸:0.002M)10mlを混合し,10秒間超音波処理した。溶液をろ過し,ろ液を20mlにメスアップして,原子吸光分析で鉛の定量分析を行った。原子吸光分析装置には(株)日立ハイテクノロジーズ製Z-2000を用いた。

3.結果と考察
3.1 細孔構造の評価
3.1.1 電子顕微鏡観察
  基本骨格タイプ(I)のMPと骨格組込タイプ(III)のMP-EtのSEM像(倍率:5000倍)を図5に示す。共に小さな微粒子が集まって,一次粒子を形成しており,MPはMP-Etよりも一次粒子が小さい。
基本骨格タイプ(I)のMPと骨格組込タイプ(III)のMP-EtのTEM像(倍率:80000倍)を図6に示す。MP-EtのTEM像から細孔が周期的に観察され,Et-MPのTEM像のフーリエ変換像を解析すると,細孔の周期が4.1nmであった。また,MP-EtはMPよりも細孔の規則性が高いことがわかる。
なお,基本骨格タイプ(I)と分岐タイプ(II)は合成条件がほぼ同じであるため,タイプ(II)のMP-SH,MP-CNはタイプ(I)のMPと同様の粒子形状,細孔形状であると考えられる。

(図5 走査型電子顕微鏡像)
(図6 透過型電子顕微鏡像)

3.1.2 X線回折測定
  粉末X線回折パターンを図7に,パターンピークのd値を表2に示す。粉末X線回折パターンから合成試料の細孔の規則構造に由来するピークを確認した。本ピークのd値は試料の「細孔径+細孔壁」の周期構造に相当する。基本骨格タイプ(I)の3.68nmに対し,分岐タイプ(II)は3.31nm及び3.62nmと類似の値であった。これは,タイプ(I)とタイプ(II)は合成方法が類似しているため,構造も類似していると考えられる。タイプ(I),(II),(III)を比較すると,タイプ(III)はタイプ(I),タイプ(II)よりも細孔の周期幅が大きい。この原因として,合成に用いた界面活性剤がタイプ(III)はタイプ(I),(II)よりも大きいため,細孔の鋳型となる反応溶液中のミセル構造が大きいことが挙げられる。
なお,X線回折パターンから得られた細孔周期性がTEM像の細孔周期性よりも1.0nm大きくなった原因として,TEMは微小な領域の観測であるため,バルク分析のX線回折の平均値とは異なることが挙げられる。このため,細孔の周期性データとして,より全体を反映しているX線回折測定から得たd値を以後の考察に用いる。

(図7 X線回折スペクトル)
(表2 粉末X線回折パターンピークのd値)

3.1.3 比表面積/細孔分布測定
  合成試料の比表面積/細孔分布測定を行った。比表面積/細孔分布測定の結果とX線回折測定のd値を表3に示す。
比表面積/細孔分布測定は合成後3ヶ月後に行ったが,X線回折により構造の安定性を確認した。その結果,MP,MP-SHはd値が約0.1nm小さく変化していた。このため,X線回折は細孔分布測定時の結果を用いて,比表面積/細孔分布測定結果を考察した。また,MP-CNはd値が約0.4nm小さくなり,ピーク強度も低くなっていたことから,MP-CNの細孔構造が劣化していると考えられる。細孔構造が劣化した試料の測定結果は信頼性に乏しいため,MP-CNの比表面積/細孔分布測定結果に関する考察は行わなかった。メソポーラスシリカの実用化を目指すにあたって,耐久性向上が重要な課題であることも分かった。
  細孔分布測定の解析法はメソ孔(2-50nm)の解析に用いるBJH法を採用した。MP-Etの比表面積/細孔分布測定から得られた細孔径3.4nmと「細孔径+細孔壁」を示すX線回折のd値5.07nmの比率が2:3である。MP-EtのTEM像においても,「細孔径」:「細孔径+細孔壁」の比率がおおよそ2:3であり,前述の比率と一致した。TEMで観察される「細孔径」と「細孔径+細孔壁」の比は,比表面積測定/細孔分布測定とX線回折測定より求めた細孔径と細孔壁のサイズの妥当性を支持するものであった。
細孔壁に相当する「X線回折によるd値と比表面積/細孔分布測定による細孔径の差」は,MPとMP-SHはそれぞれ1.3nmと1.81nmである。MPとMP-SHは合成条件がほぼ同じのため構造が類似しており,細孔の周期性が同程度であることから,有機基導入によりMP-SHの細孔壁が0.5nm厚くなっていることが確認された。細孔壁に有機基が存在することで,細孔壁が厚くなり,細孔径が小さくなっていると考えられる。

(表3 比表面積/細孔分布測定結果とX線回折測定結果)

3.2 有機基の確認
3.2.1 チオール基の確認
  MP-SHの蛍光X線分析スペクトルを図8に示す。横軸は分光結晶(NaCl)のブラッグ角である。硫黄のピークが検出されたことから,MP-SH内に硫黄元素が含まれていることを確認した。
MP-SHのX線光電子分光分析スペクトルを図9に示す。S-Hの結合エネルギーに相当する164eVのピークを検出したことから,MP-SHに含まれている硫黄はS-Hの状態で存在していることを確認した。
以上より,MP-SHに目的のチオール基が存在していることを確認した。

(図8 MP-SHの蛍光X線分析スペクトル)
(図9 MP-SHの蛍光X線分析スペクトル)

3.2.2ニトリル基の確認
  MP-CNの赤外分光分析スペクトルを図10に示す。2227cm-1に吸収ピークがあることから,試料内にニトリル基が存在することを確認した。以上より,MP-CNに目的のニトリル基が存在していることを確認した。

(図10 MP-CNの赤外分光分析スペクトル)

3.3 吸着能評価
  鉛吸着実験結果を表4に示す。基本骨格タイプのMPと比較して,有機基を導入したMP-SH,MP-CN,MP-Etは鉛吸着能が向上した。また,骨格組込タイプと分岐タイプの鉛吸着率は同程度である。このため,鉛濃縮材料の開発に有望なメソポーラスシリカとしては,合成がより簡単で,機能性付与が容易な分岐タイプが望ましい。
MP-Etが最も高い吸着率(80%)を示すことや,4試料の中でMP-Etの細孔径が最も大きいこと,更に常温で溶媒である水自体が毛細管現象によりトラップされる細孔径が数ナノであることを考え併せると,この数ナノの領域では細孔径が大きいほど鉛の物理吸着に有利と推察される。また,鉛の高効率吸着に期待したMP-SHはMP-CNと同等の吸着率であり,MP-SH,MP-CNの細孔径が1.3, 1.4nm程度と小さく,細孔径の寄与と相殺されて本来の効果が発揮されていない可能性もある。鉛吸着率向上を目指すにあたり,細孔径制御が重要であるという今後の課題も得た。

(表4 鉛吸着能評価結果)

4.結  言
  本研究で得られた主な結果は以下のとおりである。
(1)基本骨格のメソポーラスシリカ,チオール基(-SH),ニトリル基(-CN)を側鎖にもつ2種類の分岐タイプのメソポーラスシリカ,及びエチレン基を直鎖に組み込んだ骨格組み込みタイプのメソポーラスシリカを合成した。
(2)合成材料の細孔構造を,X線回折,TEM観察,比表面積/細孔分布測定で評価した。その結果,有機基の存在する分岐タイプは基本骨格材に比べ,細孔径が小さいことがわかった。長鎖の界面活性剤を使って合成した骨格組込タイプは,他のタイプよりも細孔径が大きいことがわかった。
(3)合成材料の鉛吸着能を求めた結果,細孔径の最も大きい骨格組込タイプが高い吸着率を示した。これにより,細孔径の制御が吸着率向上には重要であることがわかった。
今後は,細孔径を制御して細孔径と鉛吸着能との関係,及びより高効率な鉛吸着能を持つ有機基の導入を検討し,鉛吸着率向上を目指す。また,実用化のためには,メソポーラスシリカの耐久性の向上も今後の課題と考えられる。

謝  辞
  本研究を遂行するに当たり,透過型電子顕微鏡観察に関してご協力とご助言を頂いた(独)産業技術総
合研究所中部センター主任研究員安岡正喜氏,研究員佐藤公泰氏,並びに関係各位に感謝します。比表面積/細孔分布測定に関してご協力とご助言を頂いた福井県産業技術センターグループリーダー佐治栄治氏,主任研究員木下佳紀氏に感謝します。
  なお,本研究は(独)科学技術振興機構イノベーションプラザ石川の支援を受けており,関係各位のご協力に対して感謝します。

参考文献
1)斎藤幸司. 放射線グラフト重合捕集材を用いた有害元素除去に関する研究. 青森県工業総合研究センター事業報告書. 2003, p. 211.
2)Inagaki,S. Novel Mesoporous Materials with a Uniform Distribution of Organic Groups and Inorganic Oxide in Their Frameworks.J.Am.Chem.Soc. 1999, vol. 121, p. 9611-9614.                           
3)Ganesan,V. Surfactant Templated Sulfonic Acid Functionalized Silica Microspheres as New Efficient Ion Exchangers and Electrode Modifiers. Langmuir.
2004, vol. 20, p. 3632-3640.