簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:327KB、6ページ)


食品微生物の迅速検査方法

■化学食品部 勝山陽子 井上智実 中村静夫
■石川県保健環境センター 児玉洋江 倉本早苗
■石川県立大学 片山高嶺 矢野俊博 熊谷英彦

 近年,食に関する事件が相次ぎ,消費者の食の安全・安心に関する要求が高まっている。本研究では,食の安全を確保するために行われる微生物検査に関して,食品中の大腸菌を迅速検出する手法の開発を目指した。検査の迅速化のためにPCR法を応用することとし,大腸菌検出用プライマーの設計・評価及び食品検査への応用における条件検討を行った。その結果,加工食品中に存在する大腸菌を当日中に検出可能となった。
キーワード:大腸菌,迅速検出,PCR法,プライマー

A Study of a Rapid Method for Detecting Bacteria in Food

Yoko KATSUYAMA , Tomomi INOUE , Shizuo NAKAMURA ,
Hiroe KODAMA , Sanae KURAMOTO , Takane KATAYAMA , Toshihiro YANO and Hidehiko KUMAGAI

Consumer demand for food safety has gradually been rising due to the large number of recent food accidents. The purpose of this study is to develop a method for rapid detection of Escherichia coli (E.coli) in food. The polymerase chain reaction (PCR) method was used for rapid detection of E.coli. A primer set was constructed to utilize PCR, and its selectivity for E.coli was evaluated. Also, various conditions, under which a small number of E.coli could be detected in processed food, were evaluated. It was possible for this system to be completed within one day.

Keywords:Escherichia coli , rapid detection , PCR , primer

1.緒  言
  食品がヒトにもたらす危害のうち,代表的なものが病原性細菌による食中毒である。石川県の食中毒統計によれば平成9年から平成18年の10年間において168件の食中毒事故が発生しており,病原性細菌による事故が106件(63.1%)となっている。こうした背景から,多くの食品加工工場では腐敗及び食中毒防止のために,食品衛生法に定められた微生物規格・基準に留まらず,自社基準を設けて衛生管理に努めている。その衛生指標として生菌数のほか,大腸菌群の有無を判定する検査を行うのが一般的である。
従来,糞便汚染の指標と考えられていた大腸菌群(グラム陰性の無芽胞桿菌で,48時間以内に乳糖を分解して酸とガスを産生する,好気性菌または通性嫌気性菌)の性状を示す菌は,ヒトや動物の糞便とは直接関係のない自然界にも広く分布している。一方,大腸菌は糞便に存在する確率が高く,自然界では死滅しやすい。このため,大腸菌が食品に存在する場合,腸管系病原微生物の汚染を受けている可能性が高いことから,近年は食中毒予防のための食品の安全指標としては大腸菌の検査が適切と考えられている1)。しかし,公定法における大腸菌(Escherichia coli )は結果を得るまでに5日間を要し,食品の微生物規格・基準においては,大部分の加工食品に対して大腸菌群検査が適用されている2)。これに対して,水質基準については,厚生労働省が2003年5月に水の糞便汚染の指標を大腸菌群から大腸菌へと変更している。
公定法とは別に多くの簡易検査法が利用されているが,自主検査には大腸菌の簡易検査法として酵素基質培地法が利用されている。これは大腸菌のβ-glucuronidase活性(GUD)を指標とした手法であり,翌日に判定できることから汎用されている。しかし,腸管出血性大腸菌(EHEC)O157が陰性を示すだけでなく,糞便由来の大腸菌の34%が陰性(GUD(-))を示す3)といった問題も報告されている。一方,短時間検査が可能であるpolymerase chain reaction(PCR)法も,迅速法として細菌検査への応用が検討されている4)。サルモネラ等の食中毒病原菌の検査キットが次々と開発されているが,非病原菌である大腸菌検査への応用は遅れをとっている。
そこで本研究では,大腸菌をPCR法を応用して迅速に検出する手法の開発を目指し,大腸菌検出用プライマーの設計並びに有用性の評価を行った。また,加工食品中の大腸菌をPCR法で当日中に検出する手法を検討した。さらに,PCR法の信頼性を評価するために,酵素基質培養法及び公定法との比較を行った。

2.材料及び実験方法
2.1 プライマーの有用性評価
2.1.1 供試細菌株
  供試した菌株は,IFO標準株16株,食品及び環境中から分離した大腸菌58株,同由来大腸菌群(大腸菌以外)45株,ヒト由来大腸菌35株(EHEC O157 30株,VT(-) のO157 5株),赤痢菌20株である。各内訳は,IFO標準株については表1に示した。EHEC O157の内訳は,O157:H7( VT1+2)14株,O157:H7 ( VT2 ) 12株,O157:HNM ( VT1+2 ) 2株,O157:HNM ( VT2 )  1株,O157:H7 ( VT1 ) 1株である。VT(-) のO157の内訳は,O157:HNM 3株,O157:H16 1株,O157:HUT 1株 である。赤痢菌の内訳は ,Shigella. sonnei 7株,S. flexneri 9株,S. dysenteriae 3株,S. boydii 1株 である。なお,食品等からの分離は,デソキシコレート培地(関東化学(株)製)及び酵素基質培地(Pro・mediaアガートリコロール培地(エルメックス社製))を用いた培養法により行った。ヒト由来大腸菌及び赤痢菌については,石川県保健環境センター保存株を使用した。

2.1.2 DNA溶液の調製
  菌体DNAの調製は,37℃,標準寒天培地(日水製薬(株)製)によって一晩培養して形成された集落から,一白金耳を滅菌水100 μLに懸濁し,95℃,5分加熱後に,氷上で急冷した。その後,13000×gで5分間遠心分離後,得られた上清をPCRに用いる鋳型DNA溶液とした。

2.1.3 プライマー
  設計した大腸菌検出用プライマーは,大腸菌が保有するβ-glucuronidase遺伝子(uidA;172 bp)を標的としたものである。なお,DNA抽出の確認には,16S rDNA;349 bp(Escherichia coli (position 9-357)の場合)を標的としたユニバーサルプライマー5)を使用した。配列は表2の通りである。

2.1.4 PCR反応及び検出
  PCR反応溶液組成は,DNA溶液 5 μL , 10mM dNTPs 0.4μL , ×10 Buffer 2 μL , 5u /μL Taq DNA Polymerase (プロメガ(株)製) 0.2 μL , 50 μM 各プライマー 0.2 μL , 滅菌水の計20 μLとした。
PCR反応条件は,初期熱変性を94℃;3分,サイクリングは熱変性を94℃;10秒,アニーリングを56℃;20秒,伸長反応を74℃;20秒で,25〜50サイクルとした。
増幅遺伝子の確認は次のように行った。上記PCR反応液5 μL を,2%アガロースゲル(Agarose for 50〜800 bp fragment:ナカライテスク(株)製)を用いた電気泳動に供し,続くエチジウムブロマイド溶液((株)ニッポンジーン製)染色において,増幅産物のサイズを50 bp DNA Step Ladder マーカー(プロメガ(株)製)と比較した。349 bpの位置にDNAバンドを確認することにより,菌体からのDNA抽出が成功していることを確認した。また,172 bpに位置するDNAバンドの有無により,大腸菌検出用プライマーへの反応性を評価した。PCR反応にはDNA増幅装置((株)アステック製 PC708)を,電気泳動にはMupid-2plus(Mupid社製)を,増幅産物の確認には電気泳動検出装置(タカラバイオ(株)製 Digi-GelShot)を使用した。

(表1 IFO標準株の内訳)
(表2 プライマー配列)

2.2 食品検査への応用
2.2.1 検査試料の調製
  凍結融解させた生鮮鶏肉を0.1%ペプトン加生理食塩水にて懸濁,希釈することにより,添加菌源液を調製した。食品検査試料20 gに培地40 mLを加えてストマッカーにより懸濁溶液を調製し,この食品懸濁溶液が大腸菌(1〜10 cells/10 mL) ,大腸菌群(10 〜100 cells/10 mL) ,一般生菌数(1000〜10000 cells/10 mL)となるように,上記の添加菌源液を接種した。添加菌源液を含んだ食品懸濁溶液10 mLを増菌培養に使用した。

2.2.2 増菌培養条件
  大腸菌を優先的かつ迅速に増殖させるための増菌培養条件の検討にあたっては,EC培地(栄研化学(株)製),BHI培地(栄研化学(株)製),Terrific broth(Difco社製:以下TBと略す)を使用し,35℃もしくは42℃における増殖を比較した。培養前後の菌数の確認には,標準寒天培地及びPro・mediaアガートリコロール培地を使用した。

2.2.3 DNA溶液の調製及びPCR
 増菌培養液からのDNA溶液の調製は以下のように行った。4〜8時間培養した培養液1.2 mLを,100×gで1分間遠心後,上清1 mLを回収して13000×gで5分間遠心した。沈殿に滅菌水25 μLを加えて懸濁後,95℃,5分加熱後に,氷上で急冷した。その後,13000×gで5分間遠心分離後,得られた上清をDNA溶液とした。プライマー,PCR反応及び検出はプライマーの有用性評価の際と同様に行った。ただし,PCR反応のサイクル数は30サイクルとした。

2.3 酵素基質培地法及び公定法との比較評価
  大腸菌検出用プライマーを用いたPCR法の信頼性を評価するため,他法とPCR法との比較試験を行った。

2.3.1 酵素基質培地法との比較
 酵素基質培地法(GUD活性) との比較においては,食品等からPro・mediaアガートリコロール培地によって,大腸菌群58株,大腸菌44株を分離しPCRを行った。各菌株からのDNA溶液の調製,使用プライマー,PCR及び検出はプライマーの有用性評価の際と同様に行った。

2.3.2 公定法との比較
 公定法との比較においては,食品衛生検査指針2)に従い糞便系大腸菌群検査を行った。すなわち,EC培地にダーラム管を入れたEC発酵管にて44.5℃,24時間培養した。ガス発生が認められEC発酵管陽性となった96検体についてはIMViC試験を行った。同時に96検体のEC培養液1 mLを回収し,13000×gの遠心によって得られる沈殿を滅菌水100 μLに懸濁し,DNA溶液の調製に用いた。使用プライマー,PCR及び検出は食品検査への応用の際と同様に行った。

3.結果と考察
3.1 プライマーの有用性評価
  標準菌株に対するプライマー有用性を確認した結果例を図1に示す。No.1,2の大腸菌(Escherichia coli)については,172 bpの位置にDNAバンドが見られることから大腸菌2株に対して,大腸菌検出用プライマーが反応したことを確認した。大腸菌群を含む大腸菌以外の14株(No.3〜16)については,本プライマーの反応は認められなかった(図1)。同様に,食品等からの分離菌株については,大腸菌58株は全て本プライマーに反応したが,大腸菌群45株は全て反応しなかった。EHEC O157については,血清型・毒素型に関わらず全て反応し,VT(-) のO157についても全て反応した。赤痢菌については,S.dysenteriae 1株のみが反応しなかったが,その他の19株は反応した(表3)。
以上の結果,今回我々が設計したプライマーは大腸菌に対して特異性が高く,GUD(-)であるEHEC O157についても反応したことから,大腸菌検出用プライマーとして有用であることが示唆された。また,Stemaら6)は,赤痢菌41株についてuidAを標的としたハイブリダイゼーション法を実施したところ,全株に反応したことを報告している。我々の設計したプライマーでも同様に高い確率で赤痢菌に反応した。赤痢菌が食品から検出されることは食品衛生上,重要な問題であることから,食品の安全指標検査の実施においては,本プライマーの使用により大腸菌と同時に赤痢菌の検出が可能であることは有用であると考えられる。

(図1 各種標準株におけるuidA及び16SrDNA 遺伝子の増幅(番号は表1の通り))
(表3 各菌株に対するプライマー有用性評価)

3.2. 食品検査への応用
  培地及び培養温度を変えた条件にて,4時間の増菌培養を行った培養液について大腸菌,大腸菌群,一般生菌数の濃度を比較した。その結果,35℃ではいずれの培地を使用した場合にも大腸菌が大腸菌群より劣性になった(図2(a))。一方,42℃ではいずれの培地においても大腸菌が大腸菌群より優性となり,EC培地に対してBHI培地及びTBの増殖速度が速かった。価格がBHI培地の1/4程度であるTBによる増殖はBHI培地による増殖と差異がなかった(図2(b))。
これよりTB,42℃にて培養する条件を本検査法の増菌培養条件とし,種々の食品試料について検討した。かまぼこを検査試料とした結果例について図3に示す。増菌培養前には,大腸菌(2 cells/10 mL),大腸菌群(20 cells/10 mL),一般生菌数(1800 cells/10 mL)であった食品懸濁TB液を42℃,4-8時間培養した培養液を用いてPCR反応を30サイクル行った場合,8時間培養液から大腸菌の検出が可能であった。
これより,食品中に大腸菌が多種の菌と共存し,かつ10 cells/g 程度の場合でも,開始から11時間程度で検出可能であることが示唆された。

(図2 4時間増菌培養後の菌数比較)

3.3 酵素基質培地法及び公定法との比較評価
  図3の事例に示した検査法の信頼性を評価するために,PCR法と他法との比較試験を行った(表4)。各種食品から酵素基質培地法により大腸菌とされる44株,大腸菌群とされる58株を分離しPCR法を行った結果,大腸菌2株及び大腸菌群3株については結果が一致しなかった。また公定法との比較においては,96検体のうちIMViC(-)の10検体は,PCR法でも全て陰性となったが,IMViC(+)の86検体のうち84検体がPCR法でも陽性となった。以上より,本検査法は,簡便培養法として汎用されている酵素基質培地法及び公定法に対していずれも95%以上の確率で一致した。
今回比較した酵素基質培地法,公定法,PCR法では,それぞれで大腸菌の定義が異なっている。酵素基質培地法では,GUD(+) を大腸菌の定義としている。公定法で規定されている大腸菌は,大腸菌群の中でも,44.5℃で発育して乳糖を分解し,ガスを産生する菌群(糞便系大腸菌群)のうち,インドール産生能(I),メチルレッド反応(M),Voges-paskauer反応(Vi),及びシモンズのクエン酸塩利用能(C)の4つの性状によるIMViC試験のパターンが「±+− −」のものである(表4では,IMViC(+)と表示)。一方,比較の対象となった本報告におけるPCR法では,Escherichia coli の有するuidA遺伝子を指標とした。それぞれの手法で大腸菌の定義がこのように異なっていることから,結果が完全に一致することは考えにくい。しかし,現在,公定法で規定される大腸菌,及び簡易検査法として汎用されている酵素基質培地法による大腸菌に対して,本検査法で定義する大腸菌の一致率が95%以上あったことから,本検査法を迅速検査法として活用できる可能性が示唆された。今後,信頼性を確保していくには,検体検査における比較評価を更に重ねていくことが必要と考える。

(図3 かまぼこの検査例)
(表4 他法との比較評価)

4.結  言
  食品中の大腸菌を迅速に検出するための検査法を検討し,以下の結果が得られた。
(1)大腸菌検出用プライマーを設計・評価し,有用性を確認した。
(2)大腸菌や多種の菌が存在する食品を,TBを用いて懸濁溶液として,42℃,8時間培養した後,DNAを調製してPCRを行うことにより,合計11時間程度の検査時間で大腸菌が検出された。
(3)本検査法の信頼性を評価するために,現在汎用されている酵素基質培地法及び公定法との比較評価を行った結果,95%以上の確率で一致した。

謝  辞
  本研究を遂行するに当たり,酵素基質培地法及び公定法との比較評価においてご協力頂いた(株)アルプに感謝します。

参考文献
1)厚生労働省監修. 食品衛生検査指針 微生物編.  社団法人日本食品衛生協会. 2004, p. 143.
2)厚生労働省監修. 食品衛生検査指針 微生物編 . 社団法人日本食品衛生協会. 2004, p. 129-140.
3)Lum,R. et al. Appl. Environ. Microbiol. 1989 , vol.55 , no. 2 , p. 335-339.
4)伊藤武監修. 食品微生物の簡便迅速測定法はここまで変わった!.(株)サインエンスフォーラム. 2002 , p. 208-214.
5)中川恭好,田村朋彦,川崎浩子. 遺伝子解析法, 放線菌の分類と同定. 日本放線菌学会編. 2001, p. 89.
6)Stema,G.N. et al. Appl.Environ.Microbiol. 1996, vol. 62, p. 3350-3354.