簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:566KB、4ページ)


表面改質による撥水性を付与する繊維加工技術の開発

■繊維生活部 木水貢 奥村航

 エキシマレーザを用いて,ポリエステル繊維やポリエステルフィルムの表面に凹凸を付与し,その処理条件による凹凸状態と撥水性について検討した。
 その結果,レーザ処理の照射エネルギー密度及びパルス数により表面凹凸が変化し,撥水性が向上した。また,フッ素系以外の撥水剤をポリエステル織物の表面に塗布した後,レーザ処理を行ったところ,未処理の試料と同等に表面凹凸ができ,照射エネルギー密度の増加に伴い撥水性が向上することが分かった。
キーワード:エキシマレーザ,表面改質,撥水性

Surface Treatment Technology Using Excimer Laser Radiation for Increased Water Repellency

Mitsugu KIMIZU and Wataru OKUMURA

To increase water repellency, polyethylene terephthalate (PET) fabrics and films were treated with KrF excimer laser radiation, and the formation of a rough surface was observed with a SEM. The surface morphology and water repellency changed according to the density of irradiated energy and pulse quantity in the laser treatment. In addition, the fabrics were radiated by a KrF excimer laser after being coated with two types of water-repellent agent. The rough surface was formed on the sample coated with water-repellent agent in the same way as on the sample without water-repellent coating, and the water repellency increased with the increase in density of the radiation energy.

Keywords:excimer laser, surface treatment, water repellency

1.緒  言
  繊維や高分子製品の撥水性は,スポーツウェア,レジャーウェアや自動車内装材など広い分野で求められている。撥水性を繊維・高分子製品に付与するには,表面や界面を疎水性素材で覆うことが必要となり,非常に小さい表面張力を示すフッ素系素材が多く用いられている。しかし,昨今の環境対策の中で,ゴミの焼却処理によるダイオキシン類の発生が深刻な問題となっており,塩素以外のハロゲン化ダイオキシンの毒性も少しずつ明らかとなっている。そのため,フッ素に代わる素材やこれまでとは異なる方法で撥水性を付与する技術の検討が必要となっている。
一方,近年,自然界や生体内で見られる現象に注目して,その発現構造を模倣し,その一部を取り込んだ技術の開発が進められている。自然界における撥水現象は,植物の葉に見られる。植物の葉の表面は,クチクルと呼ばれる外皮の膜で覆われ,このクチクルはワックスから形成され,数mmの凹凸により撥水性を示す。特に,蓮や里芋などでは図1に見られるように,数mmの凹凸上に,更に数百nmの産毛状の凹凸があり,そのため超撥水性が発現する。
本研究では,繊維・高分子表面にこれらの自然界で見られる葉の表面凹凸構造を再現し,その撥水性の検討を行った。具体的には,繊維及び高分子の表面に数mmの凹凸を付与するため,エキシマレーザを用いて表面改質を検討した。この表面改質方法については,染色性やぬれ性,特に化学的改質による表面の親水化を目的とした研究が多く行われており,レーザ処理により表面が凹凸になること,照射エネルギー密度やパルス数によってその凹凸が変化する1),2)ことなどが知られている。しかし,表面凹凸の状態と撥水性については十分に検討されていない。そこで,本研究では物理的表面凹凸による撥水性の発現効果を明確にするため,エキシマレーザの照射条件による表面への凹凸の形態変化と,その凹凸と撥水性の関係について検討した。

(図1 里芋の表面状態と接触角)

2.実  験
2.1 繊維及びフィルム表面の改質
  レーザ処理には,住友重機械工業社製のKrFエキシマレーザ加工機(発振波長248 nm,パルス波)を用い,照射は大気圧中で任意の照射エネルギー密度,パルス数で処理した。表面改質を行う材料として,ポリエステル織物(染色堅ろう度用試験布)及びポリエステルフィルム(厚さ0.35 mm)を使用した。
照射するレーザ光はスリット光とし,図2に示すように織物及びフィルムの長さ方向に垂直に走査した。

(図2 レーザでの加工状態)

2.2 撥水性の評価
  撥水性の評価には水を用い,自動接触角計(協和界面科学(株)製 CA-VP型)により評価した。接触角の測定は,一般的にq/2法が用いられているが,本研究では液滴の左右端点と頂点を結ぶ直線の固体表面に対する角度から接触角を求めた(図3)。

(図3 接触角と表面張力の関係)

2.3 繊維及びフィルム表面の観察
 レーザ等で改質した繊維及びフィルムの状態を確認するために,走査電子顕微鏡(S-3000N形,日立製作所製)を用いて表面観察を行った。

3.結果と考察
3.1 レーザ処理による表面状態
  図4及び図5はレーザ処理の条件による織物表面の状態を,図6及び図7はフィルム表面状態を電子顕微鏡により観察した結果をそれぞれ示したものである。
織物の場合,レーザ処理により凹凸が繊維軸に対して垂直に付与される(図4)。照射エネルギー密度については,50 mJcm-2pulse-1を除いて照射エネルギー密度の増加に伴って凹部分の幅が広くなり,凸の部分が徐々に小さくなっていった(図4)。また,50 mJcm-2pulse-1の時には,照射エネルギー密度が高いときとは異なり,レーザ処理された繊維全体が縮み凹凸が形成されているようである。
パルス数では,回数が多いほど繊維表面の凹凸が明確に形成された。また,エネルギー密度が100 mJcm-2pulse-1でパルス数が20回以上になると,凸部分が重なり合い,繊維全体で凹凸の融着が発生している(図5)。
フィルムの場合では,図6,図7より繊維の場合と同様にレーザにより試料表面に凹凸が付与された。照射エネルギー密度の増加に伴って凹部分が広がるとともに,凸の部分が徐々に小さくなる。さらに凸部分が照射方向の垂直方向に並ぶ。また,パルス数が増えることで凹凸が明確となり,10回以上で回数が増えると重なり合い大きな凸が形成され,凹凸の差が増加した。

(図4 レーザの照射エネルギー密度によるポリエステル織物の表面改質状態(パルス数10shots 5000倍))
(図5 レーザのパルス数によるポリエステル織物の表面改質状態(照射エネルギー密度100 mJcm-2pulse-1 5000倍))
(図6 レーザのフルエンスによるポリエステルフィルムの表面改質状態(パルス数10, shots 5000倍))
(図7 レーザのパルス数によるポリエステルフィルムの表面改質状態(照射エネルギー密度100 mJcm-2pulse-1 , 5000倍))

3.2 表面改質による撥水性の変化
  織物をレーザ処理した試料について,接触角を測定した結果を図8に示す。織物については,レーザ処理の総エネルギー量が約1〜2 Jcm-2までは照射エネルギー密度やパルス数の増加に伴い接触角が増加したが,それ以上の総エネルギー量では接触角が飽和または減少した。また,高い照射エネルギー密度ほど総エネルギー量が大きい領域で撥水性が向上した。これは,前述の表面観察で示したように,パルス数が増すと凹凸が大きくなるため,低い照射エネルギー密度では撥水性が減少するが,高い照射エネルギー密度では高い総エネルギー量でも細かい凹凸を維持できるためと考えられる。
図9にレーザ処理したポリエステルフィルム上の液滴状態写真を,図10に接触角を測定した結果を示す。フィルムについては,レーザ処理の総エネルギー量が約5 Jcm-2前後までは照射エネルギー密度やパルス数の増加に伴って接触角が増加し,それ以上の総エネルギー量では接触角が減少する傾向にあった(図9)。ここで,フィルムでは織物の場合とは異なり,タテ方向,ヨコ方向で撥水性が異なった。本研究で使用したレーザ光の幅は約5 mm程度であり,広い範囲の表面の処理を行うため,図2に示すようにレーザ光をヨコ方向に数回走査した。フィルムではレーザ光による凹凸が走査方向に対して垂直方向に並びやすくなり(図6),そのために撥水性に異方性が生じたものと思われる。
織物の場合,撥水性の異方性は見られずタテヨコともほぼ同様の撥水性を示した。図11に見られるように,凹凸が繊維軸に対して垂直に発現した繊維が織り組織によりタテ糸とヨコ糸が交互になることで,撥水の異方性が生じなかったものと考えられる。

(図8 レーザ加工したポリエステル織物での接触角)
(図9 レーザ加工したポリエステルフィルム上の液滴の状態)
(図10 レーザ加工したポリエステルフィルムの接触角)
(図11 エキシマレーザ加工によるポリエステル織物の表面改質状態(照射エネルギー密度100 mJcm-2pulse-1, 100倍))

3.3 撥水剤を塗布した試料の表面改質
 更なる撥水性の向上を検討するため,フッ素系以外の既存の撥水剤をポリエステル織物の表面に塗布後,レーザ処理を行い,その影響を検討した。撥水剤には,パラフィン系とシリコン系の2種類を使用した。
レーザ処理した試料の接触角の結果を図12に示す。撥水剤を塗布してレーザ未処理の試料と比較して,照射エネルギー密度の増加に伴い撥水性が向上した。レーザによる表面の凹凸状態は,撥水剤を塗布しないときとほぼ同じ状態であった。50 mJcm-2pulse-1の場合では,塗布しないときと同様の比較的大きな凹凸ができるため,十分な撥水性の向上が得られなかった。
また,撥水剤をコーティングして表面処理した試料について,洗濯試験による撥水性の変化を図13に示す。洗濯では撥水性は低下せず,撥水性を維持できることがわかった。

(図12 撥水剤を用いたPET織物での接触角)
(図13 撥水剤を用いたPET処理布の洗濯試験)

4.結  言
 繊維及び高分子の撥水性向上を目的に,エキシマレーザを用いて表面改質を行った。その結果,照射エネルギー密度及びパルス数により表面凹凸が変化し,撥水性が向上した。また,フッ素系以外の既存の撥水剤をポリエステル織物の表面に塗布後,レーザ処理を行ったところ,撥水剤は変化することなく,照射エネルギー密度の増加に伴い撥水性が更に向上した。更に,処理試料は洗濯後も,撥水性を維持できることが分かった。

謝  辞
本研究は,(独)科学技術振興機構イノベーションプラザ石川のFS委託研究(可能性試験)の一部として実施しました。関係各位に感謝します。

参考文献
1) 渡辺博佐, 高田忠彦, 都解圭郎. レーザーアブレーションによるポリエチレンテレフタレート繊維表面の変化. 繊維学会誌. 1993, vol. 49, p. 157-162.
2) 榎本一郎, 伊藤寿, 吉田英敏, 古田博一, 栗田征彦. ポリエステル繊維の表面改質効果. 東京都立産業技術研究所研究報告. 2002, vol. 5, p. 105-108.