簡易テキスト版

簡易テキストページは図や表を省略しています。
全文をご覧になりたい方は、PDF版をダウンロードしてください。

全文(PDFファイル:304KB、4ページ)


天然物由来抗菌性コーティング材の開発

■繊維生活部 吉村治
■根上工業株式会社 吉本克彦
■金沢工業大学 大澤敏

 近年,揮発性有機化合物(VOC)等による環境汚染が問題視され,コーティング材料分野においても安全・安心に対する志向性が高く,脱有機溶剤化が急速に進んでいる。本研究では,新規コーティング材料として,人体への安全性の高い天然高分子であるキトサンを選定し,キトサンの特長である抗菌能を活かした有機溶剤を用いない水系高分子材料の開発を検討した。材料調製はキトサンのカチオンポリマーに,アニオン系モノマーを加え,水系重合開始剤によりアニオンモノマーをポリマー化してポリイオンコンプレックスを形成させる方法を用いた。調製した材料は耐水性に優れており,抗菌性については試験した全ての材料で24時間後に病原性菌が死滅したことより,高い抗菌能を有することが認められた。また,織物へ応用した結果,操作性も良好で簡単に塗布することが可能なため,現在実用化の検討を続けている。
キーワード:キトサン,抗菌性,コーティング材,ポリイオンコンプレックス

Development of Antimicrobial Coating Material from Natural Polymers

Osamu YOSHIMURA, Katsuhiko YOSHIMOTO and Satoshi OSAWA

Recently, environmental pollution caused by volatile organic compounds has become a serious problem. The safety of the coating material has caused a great deal of concern, and steady progress is being made in replacing organic solvent with a new material. In this study we developed an antimicrobial product by using chitosan as a coating without an organic solvent. Chitosan is one of a few natural cationic polysaccharides that are harmless, and it has several potential functions such as antimicrobial activity. It was found that the developed product was highly water-resistant in spite of the water-solubility of the used material, and had excellent antimicrobial activity. We succeeded in applying the developed material to practical use, and proved that it was easy to apply it to textile fabrics.

Keywords:chitosan, antimicrobial activity, coating material, polyion complex

1.緒  言
  コーティング材は,塗布(コート)することにより被塗物に高品質化,高機能化を付与し高付加価値化することを目的に,多種多様な用途に利用されている。近年,集団食中毒問題等により,清潔・安全志向が高まるのに伴い,抗菌性のニーズや市場が急速に拡大している。さらに材料開発においては,環境対応が重要なテーマとなり,揮発性有機化合物(VOC)対策,有害物質対策等,環境や生体への配慮が必要不可欠となっている。特にVOCの問題は,浮遊粒子状物質(SPM)や光化学オキシダントの対策の一つとして,大気汚染防止法が改正・施行されるなど,排出抑制することが喫緊の課題となっている1)。
一方,天然高分子であるキチン・キトサンはカニ,エビ,昆虫,貝,キノコ等自然界に広く存在している塩基性多糖であり,優れた特長を有する素材として工業分野での利用も進んでいる2),3)。生物によるキチン・キトサンの年間合成量は10億〜1000億tと言われ,キトサンは工業的には,酸アルカリ処理によってカニ等の甲殻類の外骨格から1000t程度生産されている。キトサンの多くが水処理分野の凝集沈殿剤として利用されているが,最近では無害性,保湿性,免疫活性作用等により,化粧品,特定保健用食品等として広範に使用されている。しかし,化学構造がセルロースに類似して結晶性が高いため,硬く,溶解性,反応性が乏しい。また,高コスト等の問題もあり,話題性が高い割には汎用性が低いのが現状である。
本研究では,特に塩基性官能基を有するキトサンの抗菌性に着目し,高コストでも応用可能な材料への展開を目的に,有機溶剤を用いない水系の新規機能性コーティング材の開発を検討した。

2.実験と方法
2.1 溶液の調製法及び試薬
2.1.1 キトサン溶液
 1L用三口フラスコにキトサン100g,水800gを入れ,Water Bath中で80℃に保ち,攪拌しながら酢酸100gを徐々に加えてキトサンを溶解し,10%キトサン酢酸溶液とした。

2.1.2 水溶性高分子材料溶液
  1L用三口フラスコに高分子材料100g,水900gを入れ,Water Bath中で80℃に保ち,攪拌しながら溶解し,10%溶液とした。

2.1.3 試薬類
  重合開始剤溶液は適宜水で0.1〜1%溶液として使用した。また,その他の必要な試薬は特級品,無ければ一級品を直接或いは水で希釈して使用した。

2.2 耐水性試験および抗菌性試験
2.2.1 フィルム調製
  新規に調製した材料の耐水性,抗菌性を評価し,構成成分の比率(割合)の影響等を考察するため,材料をフィルム化した。具体的には下記の溶液流延法(キャスト法)を用いてフィルムを作製した4)〜6)。

(図1 評価フィルムの調製)

2.2.2 耐水性試験
  耐水性試験はJIS K 7114の「プラスチック−液体薬品への浸漬効果を求める試験方法」に準拠し,試験液として「附属書A(規定)試験溶液の種類」で規定される蒸留水を用いて評価した。すなわち25℃の恒温乾燥機中60時間調製したフィルムを浸漬し,前後の重量変化を求め,残存率を測定した。
(式1 残存率(%)=M2/M1×100)
ここで,M2,M1はそれぞれ浸漬後および浸漬前のフィルムの重量を示す。

2.2.3 抗菌性試験
  抗菌性試験は,JIS Z 2801「抗菌加工製品−抗菌性試験方法・抗菌効果」に準じ,フィルム密着法により黄色ブドウ球菌及び大腸菌(病原性)を用いて試験を行った(石川県予防医学協会に委託)。

3.結果と考察
3.1 材料調製方法の検討
  コーティング材料として広範な応用をめざすためには,均一溶液系として取り扱えることが重要である。そこで,キトサンが酸に可溶な性質とポリカチオンであることに着目し,ポリイオンコンプレックスによる調製方法(図2)について検討した。
  一般的にポリカチオンとポリアニオンを混合すると直ちにポリイオンコンプレックスを生じゲル化するため,溶液粘度が急速に高くなりコーティング材として利用することが難しい。この問題を解決するため,対イオンとなるポリアニオンを重合により得る方法を採用した。具体的には,最初にアニオンモノマーとして溶液中に共存させ,固化する際にポリマー化しコンプレックスを調製する方法により,キトサン溶液にアニオンモノマーを添加してもゲル化は起こらず,良好なコーティング材料を合成できることが分かった。また,親水性の高い成分からなるポリマーコンプレックスだけでは,耐水性が悪いことが予想されたため,架橋剤を加えることで実証実験を行った。
  本研究では,キトサン,アニオンモノマー,重合開始剤等の組成比を変えて30種以上の材料を調製した。キトサン量を減らしフィルムを柔軟にすることを目的に高分子材料を添加した。なお,表1に作製した試料のうち,抗菌性試験を実施したNo.6〜11を示した。

(図2 キトサンの構造)
(表1 キトサンコーティング材の組成比)

3.2 重合開始剤と脱法処理の影響
アニオンモノマーをポリマー化するのに必要な重合開始剤として,代表的な水溶性アゾ系化合物であるV-50(2,2’-azobis[2-(2-amidinopropane)]dihydrochloride)及び過硫酸カリウムを検討した。過硫酸カリウムを用いた実験では白化現象が現れた。これは過硫酸化合物添加により相溶性が悪くなることや,過酸化物が強く酸化剤として働いたこと等が固形化に影響したものと推定された。一方,V-50を重合開始剤として使用すると,不溶化は起こらず,均一な状態のフィルムが得られた。開始剤自身に由来する小泡(窒素ガス;6mm程度)が現れたが,これは重合開始剤の量を減らすことでかなり減少させることが可能であった。重合反応を行うと,混合操作に起因する空気により,フィルムに大小様々な大きさの気泡が現れた。この気泡は,減圧脱泡操作を十分に行うことにより表面的に均一なフィルム表面を得ることができた(図3)。

(図3 脱泡処理の影響−マイクロスコープによる観察(倍率:100倍)−)

3.3 耐水性
 耐水性試験後のフィルム残存率は表2に示すとおり,全て70〜90%の範囲であった。これは材料の構成成分が全て水溶性の化合物からなるポリイオンコンプレックスであるということを考えると非常に良好な結果である。No.7,9,10は,表1に示すようにアニオンモノマー以外は同じ組成比であるが,この量を徐々に増やすと,残存率が少しずつ上がった。このことは,イオン結合の増加でより強固なポリイオンコンプレックスが形成されることによって,耐水性が向上したものと推察される。
耐水性とキトサン添加量との相関はあまり顕著に認められなかったが,フィルムを柔軟にするために添加する可塑剤の量を過剰に増加すると,水に対する耐性が極端に低下(残存率52%)した。また,架橋剤の添加量を増やすことで三次元構造が密になり,水への耐性を向上させることができるが,フィルムの硬度は量の増加につれて高くなる傾向を認めた。

(表2 耐水性試験結果)

3.4 抗菌性
  黄色ブドウ球菌および大腸菌に対する抗菌性試験結果を表3に示す。いずれの材料も24時間後には両方の菌が死滅していることを確認した。ブランクの24時間培養後の菌数をサンプルの24時間培養後の菌数で除した数の対数値(抗菌活性値2.0以上;抗菌効果あり)が2以上と大きいことから,すべての試料が優れた抗菌能を有することが分かった。材料の抗菌能はキトサンに起因すると考えられるため,表1に示すように本研究で調製した材料すべてがNo.6と同程度のキトサンを含みことを考慮すると,すべての材料において同等の抗菌性があると推察される。

(表3 抗菌性試験結果)

3.5 テスト事例
  本研究で開発されたコーティング材料は,食品・衛生関連施設用壁装材や床材,衣料,電化製品等の表面コート材に応用できると思われる。テスト事例として繊維に塗布したものを図4に示す。操作は図1に示すフィルムの調製において,流延過程を繊維上で行い,乾燥することで,簡単に塗布できた。繊維との密着性やコーティングした場合の色(キトサンの黄褐色)等まだ解決すべき課題は多いが,簡便な方法で表面コートが可能なため汎用性が高いものと考えられる。

(図4 実施例)

4.結  言
 開発したキトサン系コーティング材料の特性についてまとめる。
(1)すべて水溶性の出発物質を用いて調製したところ,良好な耐水性を確認した。
(2)黄色ブドウ球菌および大腸菌による抗菌性試験結果から,優れた抗菌能を確認した。
(3)添加剤の種類や量を容易に変えられる等,物性に合わせた材料調製が容易である。
(4)コーティング材料として,繊維その他の製品分野に簡単に利用できることを確認した。
  今後,材料構成成分の一部や添加割合等を変えて物性・機能性の評価を重ね,さらにコーティング方法の検討等によるコスト低減に取り組むことにより,本材料の実用性を高めたいと考えている。
なお,本研究の一部は(独)科学技術振興機構イノベーションプラザ石川の委託研究(可能性試験)の一部として実施いたしました。

参考文献
1) 石丸泰, 小川進. 改正大気汚染防止法(VOC規制)と揮発性有機化合物(VOC)の排出抑制について. DNTコーティング技報. 2005, No. 4, p. 25-32.
2) 矢吹稔. キチン,キトサンのおはなし. 東京, 技報堂出版, 1992, 140p.
3) キチン,キトサン研究会編. キチン,キトサンの応用. 東京, 技報堂出版, 1990, 321p.
4) 吉村治. 高機能性キトサン系樹脂の開発と実用化. 工業材料. 2001, Vol. 49, No. 8, p. 95-99.
5) 石川県, 根上工業(株), 科学技術振興事業団. インクジェット記録用シート. 特開2002-002089.
6) 石川県, 根上工業(株), 科学技術振興事業団. インクジェット被記録材. 特開2002-274015.