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ヘルスケア繊維素材の研究開発

■繊維生活部 守田啓輔 杉浦由季恵 神谷淳

 ヘルスケア繊維製品への応用を目的として,天然溶菌酵素であるリゾチームをポリエステル繊維表面に固定化する技術を開発した。ポリエステル織物表面にアクリル樹脂剤をコーティングしてアニオン化処理した後,カチオン性タンパク質であるリゾチームを水溶液状態で塗布し,乾熱処理により固定化を行った。リゾチーム固定化繊維の抗菌性を試験した結果,抗菌防臭繊維製品として十分な量のリゾチームが繊維表面に存在していることを確認した。また,常温の空気中において,固定化リゾチームの活性が1年以上保持されることが分かった。ただし,固定化リゾチームの大部分が洗濯及びドライクリーニング処理により脱落しやすいため,繰り返し洗浄を伴う耐久繊維製品への応用は困難であった。本研究の応用事例として,ポリエステル薄地織物の表面にリゾチームを固定化して,抗菌性と花粉遮蔽性を有するショールを製作した。
キーワード:ヘルスケア,ポリエステル,酵素,リゾチーム,抗菌

Development of Healthcare Fiber Materials

Keisuke MORITA, Yukie SUGIURA and Jun KAMITANI

A method of fixing lysozyme, a natural antibacterial enzyme, on the surface of polyester fiber was investigated for application of the fabric to healthcare products. In this study, a polyester fabric sample was pre-coated with anionic acrylic polymer, and then coated with lysozyme solution, which was a cationic protein, and finally given a curing treatment. The antibacterial activity test of the lysozyme-fixed sample indicated that a sufficient amount of lysozyme for antibacterial textile products existed on the surface of the sample. It was clarified that fixed lysozyme retained its antibacterial activity for more than a year after exposure to the air at ambient temperature. It was suggested that lysozyme-fixed fabric was not applicable to textile products to be washed, because most of the lysozyme on the surface of the fabric was removed by washing using synthetic detergent or dry cleaning. As a trial application of a lysozyme-fixed polyester textile, a shawl with antibacterial and pollen-barrier properties was produced.

Keywords:healthcare, polyester, enzyme, lysozyme,antibacteria

1.緒  言
 ポリエステル等の合成繊維織物を主力とする北陸産地においては,安価な定番品を受注量産する旧来の姿勢から,企業独自の高付加価値製品を開発し,地域ブランド商品として積極的にPRする自販体制への転換が不可欠となっている。特に,業界の中核を担う織布企業の場合,例えば特殊素材を使用して差別化を図った自社の織物製品に対し,後加工により更に独自の機能性を付与するなど,最終製品を意識した自発的な取り組みを進める必要がある。
また近年,消費者の清潔・快適・エコロジー志向を反映して,繊維業界においても,健康維持を目的としたヘルスケア素材の需要が高まっている。例えば,再利用可能な自然循環型の素材(天然繊維,生分解性繊維等)に対し,皮膚刺激性の少ない抗菌・抗アレルギー性物質を加工した製品など,関連市場は年々活況を呈している。特に,小児や高齢者,要介護者,アレルギー性の人など,比較的抵抗力の低い消費者を対象とした衛生製品では,安全性の面から,天然由来の抗菌物質を使用することが望ましい。一般的な天然抗菌剤としては,キチン・キトサンや植物系抽出物等が知られる一方,食品業界においては,鮮度保持を目的としたタンパク質由来の抗菌物質としてプロタミンやリゾチームが多用されている1)。
リゾチームは,129個のアミノ酸から成る分子量14400の塩基性タンパク質酵素であり2),図1のような立体構造をとる。この酵素は,図2のように,細菌の細胞壁を構成する主成分であるムコ多糖類を加水分解することにより,菌を速やかに死滅させる。ただし,湿熱やアルカリ等により分子の3次元構造が崩れると,酵素としての触媒機能が失われるため,扱いに注意を要する。リゾチームは多くの動植物や微生物の組織中に含まれ,少量で顕著な溶菌効果を示す。菌壁にのみ選択的に作用し,それ以外の生体には無害であることから,惣菜等の食品保存料や,医薬品(感冒薬,抗炎症剤)の成分として,工業的に広く利用されている。また,水などの溶媒に溶けやすいため,物質表面に塗布し抗菌剤として応用することも容易である。
本研究では,天然抗菌物質であるリゾチームをポリエステル繊維表面に固定化する技術の開発を行い,県内企業と共同でヘルスケア繊維製品を試作したので,その結果について報告する。

(図1 リゾチームの分子構造)
(図2 リゾチームの溶菌作用)

2.実験方法
2.1 酵素の固定化
  一般に,繊維素材に対し機能剤を複合化する場合,大別して,(1)原料樹脂中に練りこみ紡糸する方法,(2)バインダー樹脂中に混練して基布に塗布する方法,(3)基布表面に化学結合により固着させる方法がある。(1)(2)の方法では,機能剤が基材中に物理的に取り込まれているので摩擦や洗濯等の耐久性に優れる。ただし,加工の際に熱や圧力が加わるため,タンパク質である酵素に適用した場合,酵素が失活する可能性が高い。従って本研究では,酵素の立体構造を保持することを優先し,(3)の化学結合による固定化を次の手順で行った。
カチオン性分子であるリゾチームをイオン結合によりポリエステル繊維上に固定化する場合,繊維表面をアニオン化するための前処理が必要となる。まず,アニオン性を有するアクリル系樹脂10%水溶液に織物生地を浸漬・パディングし,180℃で1分間熱処理した。続いて,リゾチーム(卵白由来,新日本薬業(株))の1%水溶液中に同生地を浸漬・パディングし,室温で乾燥させた後,180℃で1分間乾熱処理を行い,繊維表面にリゾチームを固着させた。最終的には,生地重量に対して約1wt%のリゾチームが固定化された。

2.2 固定化リゾチームの抗菌性評価
  リゾチームを固定化した布帛について,繊維製品の抗菌性試験方法(JIS L1902 菌液吸収法)に基づく試験を,(財)日本化学繊維検査協会に委託して行った。菌種は,同法に規定されている5種類(黄色ブドウ球菌,薬剤耐性黄色ブドウ球菌MRSA,肺炎桿菌,緑膿菌,大腸菌)に,オプションの3種類(腸管出血性大腸菌O157,サルモネラ菌,腸炎ビブリオ菌)を加えた計8種類について実施し,各々の静菌活性値及び殺菌活性値を導いた。

2.3 耐久性評価
  固定化したリゾチームの洗浄に対する耐久性を評価するため,洗濯試験及びドライクリーニング試験を行った。洗濯試験はJIS L0844 A-1法に準拠し,洗濯試験機を用いて,JAFET標準洗剤0.1%水溶液中40℃で30分間処理した後,常温で水洗・乾燥した。ドライクリーニング試験は,JIS L0860 A法に準じ,石油系溶剤(A)もしくはパークロロエチレン(B)を使用し,いずれも40℃で30分間処理した後,室温で乾燥した。また,リゾチーム固定化後に20℃,65%RHの雰囲気中で1年間経過した試料も,比較の対象とした。各々の試料について,2.2と同様に黄色ブドウ球菌を用いた抗菌試験を行い,処理前後の抗菌活性を比較した。

2.4 花粉遮蔽性及び通気性の評価
  (財)日本紡績検査協会に委託して行ったボーケン法(JSIF A 030-2004)により,布帛試料表面にスギ花粉0.05gを均一に散布し,裏面から5L/minで1分間吸気した後の花粉通過量から布帛の花粉遮蔽率を測定した。
また,通気性テスター(TEXTEST社 FX3300)により,布帛の通気度を測定した。

3.結果と考察
3.1 機能性評価
  図3に,リゾチームを固定化したポリエステル繊維の拡大写真を示す。
同試料の抗菌試験結果を表1に示す。全ての菌種について,抗菌加工繊維製品のSEKマーク認証基準値(静菌活性値2.2以上,殺菌活性値0以上)を上回っており,有効量のリゾチームが表面に固着していることを確認した。

(図3 リゾチーム固定化繊維)

3.2 耐久性評価
  リゾチーム固定化後1年経過した生地について,抗菌試験を行った。その結果,表2(1)に示すように,静菌活性値及び殺菌活性値はそれぞれ3.9及び1.5で,SEK認証基準値を越えており,固定化リゾチームの活性が空気中で長期間維持されていることが分かった。
一方,水系洗濯及びドライクリーニングによる耐久性については,表2(2)〜(4)に示す通り,各々の処理を1回行った後の静菌活性値及び殺菌活性値はいずれもSEK基準値を下回った。
図4に,洗濯前後におけるリゾチーム固定化繊維の表面状態を示す。洗濯回数と共に,糸表面に付着したリゾチームが徐々に脱落してゆく傾向が認められる。これは,リゾチーム自体が水や有機溶剤に溶け出しやすい特性を有することから,洗剤液やドライクリーニング液により繊維上のリゾチームが流出もしくは失活したためと考えられる。従って,リゾチーム固定化繊維の応用にあたっては,繰り返しの洗濯を前提とする耐久消費製品には不向きであり,洗浄を要しない繊維製品への用途に特定するか,製品タグ等において洗浄不可の旨を表示する必要がある。

(表1 リゾチーム加工布の抗菌試験結果)
(表2 固定化リゾチームの耐久性試験結果)
(図4 リゾチーム固定化繊維の表面)

3.3 応用事例
  リゾチーム固定化繊維を応用した製品事例として,天池合繊(株)のポリエステル極薄織物「天女の羽衣」を用い,図5に示す3枚重ね仕様のショールを試作した。
1枚目と3枚目の織物(A)は,たて・よこ糸が7dポリエステルモノフィラメント糸から成り,2枚目はたて糸が同7d糸,よこ糸に20d/24fポリエステル糸を用いた織物(B)である。Bの表面には,リゾチームによる後加工を施してあり,黄色ブドウ球菌を使用した抗菌試験の結果,静菌活性値及び殺菌活性値は,表3(1)に示すように,抗菌繊維製品として十分な性能を示した。
また,Bの付加機能である花粉遮蔽性を測定した結果,表3(2)及び図6に示すように,スギ花粉(直径20〜30mm)を99%以上遮断し,かつ通気度も市販マスクとほぼ同水準の値であった(表3(3))。なお,図5でショール表面に見られる細かい散らし模様は,石川県の伝統工芸である金箔を装飾的にプリントし高級感を付与したものである。本品は,口元を覆うように首に巻いて着用することにより,機能性(抗菌性,花粉遮蔽性)とファッション性を兼ね備えた新感覚のショールとして利用することができる。

(図5 試作ショール)
(表3 リゾチーム固定化ショールの機能性)
(図6 スギ花粉を捕捉した状態)

4.結  言
  リゾチーム酵素を表面に固定化したポリエステル織物を用いて,ヘルスケア機能を有する繊維製品を試作した。その成果を以下に示す。
(1)ポリエステル繊維をアニオン性高分子で前処理し,表面にリゾチームを固定化した。抗菌試験の結果,黄色ブドウ球菌など8種類の細菌全てに対して抗菌活性が認められ,抗菌繊維製品として十分な量のリゾチームが表面に固着していることを確認した。
(2)リゾチーム固定化ポリエステルの抗菌活性は,常温の空気中において1年間保持されるが,洗濯もしくはドライクリーニング処理によって低下することが分かった。
(3)本研究の応用事例として,天池合繊(株)のポリエステル極薄織物「天女の羽衣」にリゾチームを固定化し,ヘルスケア機能を備えたショール製品を試作した。今後は,「天女の羽衣」を応用した同社独自のファッション繊維製品の一つとして,各種展示会に出展しつつ販路開拓を支援していく。

謝  辞
  本研究の遂行にあたり,織物素材の提供ならびに試作縫製に関するご協力を頂いた,天池合繊(株) 天池源受 代表取締役社長に感謝します。

参考文献
1) 松田敏生. 食品微生物制御の化学. 幸書房. 1998, p. 255-289.
2) 林勝哉,井本泰治. リゾチーム. 南江堂. 1974, p. 31.