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高度複合技術による生分解性プラスチックの高性能化

■繊維生活部 山本孝 奥村航 神谷淳

 生分解性プラスチックは,資源循環型社会を構築するための重要な素材として注目されている。特に,バイオマス資源を原料とするポリ乳酸に期待が寄せられているが,従来のプラスチック製品に置き換わるためには,熱変形温度や機械的特性の改善が課題とされている。本研究では,ポリ乳酸を中心に,エマルジョンを用いたナノコンポジット技術を検討した。各種エマルジョンに有機化クレイを混合し,比較検討した結果、特定のエマルジョンについて有機化クレイの層間距離が変化することを確認した。この原因としてエマルジョンに含まれる界面活性剤の影響が推測された。ポリ乳酸エマルジョンと有機化クレイの混合物から作製したプレス成形フィルムについて測定評価したところ,熱変形の温度は上昇したが,ガス遮断性には効果が見られなかった。
キーワード:生分解性プラスチック,ポリ乳酸,エマルジョン,層間距離

Development of High-performance Biodegradable Plastic Using Advanced Composite Technology

Takashi YAMAMOTO, Wataru OKUMURA, Jun KAMITANI,

Biodegradable plastic is attracting attention as an important material for the development of a recycling-based society. In particular, polylactide made from biomass resources is thought to be promising. However, an increase in its thermal deformation temperature and improvement of its mechanical characteristics are deemed to be necessary for it to replace currently used plastic products. In this research, nano-composite technology using polylactide and other emulsions was examined. Organically modified clay was mixed with a polylactide emulsion, and the change in the interlayer space of the clay was observed in some types of emulsion. The influence of the surface-active agent included in the emulsion was considered to be the cause of the change. Physical properties of press molding film made from the compound of polylactide and organically modified clay were examined, and the thermal deformation temperature was found to have increased. However, the gas interception efficiency had not improved.

Keywords:biodegradable plastic,polylactide,emulsion,interlayer space

1.緒  言
  資源循環型社会への移行が先進国の基本的経済理念として認知されるとともに,地球環境への負荷が小さい生分解性プラスチック製品の需要が高まってきた。近年は,廃棄後は自然環境下で分解されるという「生分解性」に加えて,自然界で生産されるバイオマス資源を原料とするということが重要視されており,生分解性プラスチックのなかでもポリ乳酸のようにバイオマス資源を原料とする高分子材料が「バイオマスプラスチック」としてよりいっそう注目されている。しかしながら,生分解性プラスチックが,市場のニーズに対応し,従来のプラスチック製品に置き換わるためには,物性向上が不可欠とされており,原料自身の改質や複合化による検討がすすめられている。
物性の向上は,生分解性プラスチックだけでなく汎用プラスチックにおいても継続する重要課題として多くの取り組みがなされている。このうち,ナノコンポジット技術はポリアミドの研究1)を契機に急速に研究がすすめられてきた。ナノコンポジット技術が注目される理由は,(1)数%の粘土鉱物(クレイ)添加で,各種物性が著しく向上する,(2)特に新規な物質を使用しない,(3)既存の製造設備の手直し程度で可能,といった要因によるもので,ナノコンポジット化によって,引張強さ,弾性率,熱変形温度などの物性や,ガスバリア性などの機能性が向上するといわれている1)。
ナノコンポジット技術の大きなポイントは,いかに層状構造を有するクレイの各層を剥離し,ポリマー中にナノレベルで分散するかである。図1にその概念図を示す。このため,ナノコンポジット技術は,クレイの剥離を促進するために第4級アンモニウム塩などの有機化剤を層間に入れて層間化合物(有機化クレイ)とする層間挿入工程と,層間を剥離する工程の2段階からなる。層間を剥離する工程としては,拡大したクレイの層間にモノマーを割り込ませてから重合し,クレイの分散したポリマーとする方法,二軸押出機等を用いた溶融混練で有機化クレイの層を機械的に剥離し,ポリマーに分散する方法が知られている2)。この技術は生分解性プラスチックにおいても検討されており3),4),耐熱性を改善したポリ乳酸のナノコンポジットが開発されている5)。
しかしながら,これらの方法では,ポリマーと有機化クレイを均一混合するために,重合釜や二軸押出装置等といった装置が必要となる。そこで,特別な装置を必要とせずに均一分散できる方法として,すでにポリマー自身が微粒子として分散しているエマルジョンに着目した。ここでは,代表的な生分解性プラスチックであるポリ乳酸を中心に,エマルジョンを用いてより簡便にナノコンポジット化する技術の開発について検討した結果を報告する。

(図1 ナノコンポジット化技術の概念)

2.実験方法
2.1 有機化クレイの作製
  層状粘土鉱物としてクニミネ工業(株)製モンモリロナイト「クニピアF」を原料とし,有機化クレイを試作した。具体的には,あらかじめ60℃に加熱した水に1wt%のモンモリロナイトを投入し,約1時間撹拌した。これに,重量イオン交換率が100%になるように計量したアンモニウム塩(Dimethyl Dioctadecyl Ammonium(DDA))を投入し,さらに1時間撹拌した。得られた溶液を遠心分離して沈殿物を採取し,乾燥することで有機化クレイを得た。
図2に有機化処理前後のモンモリロナイトのX線回折曲線を示す。モンモリロナイトの層間距離1.22nmが,DDAによる処理後は3.56nmと広くなっており,有機化できたことが確認できる6)。

(図2 有機化によるX線回折の変化)

2.2 エマルジョンとの混合
  実験には第一工業製薬(株)製ポリ乳酸エマルジョン「プラセマL110」,ミヨシ油脂(株)製ポリ乳酸エマルジョン「ランディPL-1000」および「PL-2000」,比較として昭和高分子(株)製ビオノーレエマルジョン「EM-301」を用いた。これらエマルジョンに対して有機化クレイを所定量投入し,室温でマグネティックスターラによる撹拌を約5時間行った。その後,シャーレに移し,室温乾燥後,微粉砕器で粉砕した。

2.3 プレス成形によるフィルム作製
  エマルジョンを乾燥,粉砕した粉体を試料とし,成形機(アプライドパワージャパン製HPD-10-200)を用いて試験用フィルムを得た。試料は,温度190℃で加熱したプレス機に所定の厚さのスペーサを設置し,初期荷重2.45N/cm2で約30秒間おいた後,147.1N/cm2で3分間プレスすることで作製した。

2.4 測定評価
  X線回折装置(マックサイエンス製 SRAM18XHF)を用いてモンモリロナイトの層間距離を測定した。主な測定条件は,50kV/100mA,計測時間1.0秒,散乱スリット0.5deg,受光スリット0.3mmである。また,熱的特性の評価として,動的粘弾性装置((株)オリエンテック製DDV-U-EP)を用いて,損失正接(tand)および貯蔵弾性率(E’)の変化を調べた。試料長10mm,幅2mmとし,測定荷重2g,測定周波数11Hz,昇温速度2℃/minで測定した。さらに,成形したフィルムの酸素透過率をガス透過率測定装置(GLサイエンス社製GPM-250)で測定した。フィルムの厚さは約220mmである。

3.結果と考察
3.1 有機化による成形性への影響
  モンモリロナイトおよび有機化処理したモンモリロナイトとポリ乳酸エマルジョン「プラセマL110」を所定の方法で混合・粉末化した試料を用い,加圧プレスした状態を図3に示す。有機化しない場合は明らかにモンモリロナイトの分散が不均一であるのに対し,有機化処理した場合はポリ乳酸単独に近い透明性のあるフィルムができた。このことからも,有機化処理によってモンモリロナイトがポリマーとなじみのよい状態となっていることがわかる。

(図3 有機化による成形性への影響)

3.2 有機化クレイ混合によるX線回折の変化
  図4に5%の有機化クレイをミヨシ油脂(株)製ポリ乳酸エマルジョン「ランディPL-1000」および「PL-2000」と,昭和高分子(株)製エマルジョン「EM-301」に混合して得た粉末のX線回折曲線を示す。2θが10o以下の有機化クレイによる回折ピークが図2に示した有機化クレイの回折ピークとほぼ同じ位置であることから,有機化クレイの構造に大きな変化がなく,樹脂中にそのまま分散していることが示唆される。
図5に第一工業製薬(株)製ポリ乳酸エマルジョン「プラセマL110」について,混合する有機化クレイ量を変えて作製した粉末試料のX線回折曲線を示す。10%以上では他のエマルジョン同様に図2に示す有機化クレイとほぼ同じ位置の回折ピークが見られるが,5%以下になると4nmおよび1.9nm付近のピークが消失し,3%では1.8nmのピークのみとなった。さらに,これら粉末試料をプレス成形でフィルムとし,X線測定したところ,同様の変化をしていることを確認した。これらのことから,プラセマと有機化クレイの混合の場合は,5〜10%以下になると有機化クレイはその層間距離を広げてポリマー中に分散したことが推測される。
このようにプラセマだけが他のエマルジョンと異なる変化を示した原因として,エマルジョン化の方法の違いが考えられる。プラセマは,非イオン系およびアニオン系の界面活性剤の混合水溶液を用いて乳化することで製造している7)。このため,同社からエマルジョン製造に用いる界面活性剤混合水溶液およびこれを構成する各界面活性剤水溶液の提供を受け,その影響を調べた。なお,提供にあたって各界面活性剤の成分は公表されなかったが,特許7)から,非イオン系界面活性剤がショ糖脂肪酸エステル,アニオン系界面活性剤がスルホコハク酸塩であることが推測された。
図6に,エマルジョンに用いられる界面活性剤混合水溶液にそれぞれモンモリロナイトと有機化モンモリロナイトを入れ,常温で撹拌,乾燥した粉末試料のX線回折曲線を示す。図2のモンモリロナイトのX線回折曲線と比較してわかるように,エマルジョン用界面活性剤によっても層間距離が約1.2nmから約1.8nmにまで拡大している。一方,すでに層間の拡大した有機化クレイではわずかに変化がみられる程度であった。さらに,エマルジョンの界面活性剤を構成する非イオン系およびアニオン系の界面活性剤水溶液について,それぞれ単独で同様の試験を行ったところ,クレイの層間距離の変化は非イオン系界面活性剤によって生じていることがわかった。これらのことから,プラセマと有機化クレイの混合の場合は,有機化クレイ量が5〜10%以下になると,エマルジョン中の非イオン系界面活性剤で不安定な状態になっている有機化クレイの層間に,撹拌力によってポリ乳酸分子が入り込んで拡げることが推測される。また,5%以下で確認できる1.8nmのピークは,有機化処理で有機化されずに残存していた少量のモンモリロナイトが,エマルジョン中の非イオン系界面活性剤で層間を拡大したことによって現れたと考えられる。

(図4 エマルジョンへの有機化クレイの混合 上段:PL-1000 中段:PL-2000 下段:EM-301)
(図5 有機化クレイ混合比率による層間距離変化(プラセマの場合))
(図6 エマルジョンを構成する界面活性剤の影響)

3.3 物性の変化
  プラセマに有機化クレイを混合・乾燥した粉末試料を用いてプレス成形でフィルムを作製し,動的粘弾性を測定した。図7にその結果を示す。損失正接の曲線から,ポリ乳酸単体の場合のピーク位置が有機化クレイの混合によって高温側に約10℃シフトしていることがわかる。また,測定破断温度も,有機化クレイ混合によって,ポリ乳酸単独の場合よりも高温側に15〜50℃シフトした。この変化には図5のX線回折曲線から推測されるクレイの層間距離変化との明確な関係はみられず,単に有機化クレイの量に依存していると考えられる。
一般に,ナノコンポジット化によってガス遮断性が改善されるといわれており,ポリ乳酸の場合も同様な報告が示されている8)。このため,フィルム試料について,酸素透過性を測定した。
図8に示すように,全体的に有機化クレイの混合比率の増加とともに酸素透過量が増大し,遮断性が得られていない。この原因として,混合した有機化クレイが十分に分散せずに偏在し,逆にガス透過の経路を形成したことが考えられる。
層間拡大によって分散が改善された可能性のある含有量3%の場合については若干小さい透過率を示すが,ポリ乳酸単独の場合よりもガスを遮断するまでには至っていない。このことから,本実験条件では層間が拡大しても完全なナノコンポジット化までには至っていないと推測される。ナノコンポジット化を達成するためには,さらに,エマルジョン製造に用いる界面活性剤の種類や量,撹拌の条件について検討する必要があると考える。
有機化クレイの分散状態を検討するため,走査電子顕微鏡による表面観察を試みた。図9にその写真を示すが,それぞれの相違を明確に確認することができなかった。有機化クレイの分散を確実に確認するためには,透過型電子顕微鏡を用いたより高倍率での拡大観察を要する。

(図7 フィルム試料の熱特性)
(図8 ガス透過性の変化)
(図9 フィルム表面の走査電子顕微鏡写真 上:ポリ乳酸のみ,下:ポリ乳酸+10%有機化クレイ)

4.結  言
  ポリ乳酸についてエマルジョンによるナノコンポジット技術を検討し,次の成果を得た。
(1) ポリ乳酸エマルジョンに有機化クレイを混合撹拌することによって,クレイの層間距離拡大を示すX線回折極度曲線の変化が観察された。
(2) 各種エマルジョンを比較したところ,特定のエマルジョンにのみ層間距離の変化が観察された。この原因としてポリ乳酸をエマルジョン化する際の界面活性剤の影響が推測された。
(3) ポリ乳酸有機化クレイ混合物のプレス成形フィルムについて物性を測定したところ,有機化クレイ含有量の増加とともに測定破断温度は上昇したが,ナノコンポジット化によって期待されるガス遮断性の効果は得られなかった。

謝  辞
  エマルジョンをご提供頂いた各社,特に界面活性剤のご提供とご助言を頂いた第一工業製薬(株)に感謝します。また,ガス透過性測定にご協力頂いた富山県工業技術センター生活工学研究所の九曜英雄副主幹研究員に深く感謝します。

参考文献
1) 高分子学会編. 無機/高分子ナノ界面制御. (株)エヌティーエス. 2003.
2) 高分子学会編. スペシャリティポリマー. (株)エヌティーエス. 2003.
3) 昭和電工(株). 脂肪族ポリエステル組成物及びその成形品. 特開2000-17157.
4) Ray,S.S.; Okamoto,K.; Okamoto,M. Structure Property Relationship in Biodegradable Poly(butylene succinate)/Layered Silicate Nanocomposites. Macromolecules. 2003, vol. 36, p. 2355.
5) ユニチカ(株). 生分解性ポリエステル樹脂組成物,その製造方法,及びそれより得られる発泡体. 特開2002-363393.
6) 鈴木啓三. 粘土鉱物の特性とインターカレーション. プラスチック成形加工学会誌. 2002, vol. 14, no. 4, p. 206.
7) 第一工業製薬(株). ホットメルト接着剤. 特開2003-119448, 繊維処理剤. 特開2003-119672, 紙加工剤. 特開2003-119693, 熱可塑性バインダー. 特開2003-128790.
8) Ray,S.S.; Yamada,K. et al. New Polyactide/Layered Silicate Nanocomposites. Chem. Mater. 2003, vol. 15, p. 1456.