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無鉛不透明盛絵具の開発

■九谷焼技術センター 木村裕之 若林数夫

 九谷焼では,「九谷五彩」と呼ばれる青,黄,紺青,紫,赤の色鮮やかな五色の絵具を使用している。これら五色については,これまでの無鉛和絵具の研究で無鉛化を行ってきた。しかし,九谷焼製品には五色以外にも不透明な上絵具として,白盛絵具等が使用されている。本研究では九谷焼製品の完全無鉛化を行うために,無鉛白盛絵具の開発を行った。
キーワード:九谷焼,無鉛,白盛絵具

Development of Lead-free opaque Overglaze Color

Hiroyuki KIMURA and Kazuo WAKABAYASHI

Vividness five-coloreds of green, yellow, blue, purple and red called ‘Kutani Gosai’ have been used in Kutani ware. We until have made lead-free these five-coloreds in research of lead-free clear overglaze color. However, it be used opaque color Shiromori overglaze color besides the five-coloreds for the Kutani ware product. In This research involved Lead-free Shiromori Overglaze Color to be lead-free Kutani ware product decorating overglaze color.

Keywords:Kutani ware, lead-free, Shiromori overglaze color

1.緒  言
  陶磁器の上絵具には, 九谷焼に限らず800℃前後での溶融とガラスの透明感を生み出すためにフリット(ガラスの粉砕物)の成分として酸化鉛が使用されている。しかし, 鉛は重金属であり,人体に影響を与える恐れがある。このため, 2000年には国際標準化機構(ISO)の鉛溶出規制値が改正され, 期日については未定であるが食品衛生法における「飲食器からの鉛溶出規格基準」の改訂も見込まれている(表1参照)。このため,これまでに工業試験場では, 九谷焼で基本色として使用している青(緑), 黄, 紺青, 紫, 赤の五色について, 無鉛和絵具の研究開発等1)で無鉛化を行ってきた。更に, 金を着色剤として使用した透明感を持つ赤絵具の開発も行った2) 。しかし, 九谷焼製品には基本色の五色以外にも白盛絵具(白色の不透明な絵具)等が使用されている。九谷焼上絵製品の完全な無鉛化を行うためには, 無鉛白盛絵具の開発を行う必要がある。そこで, 本研究では, 他の無鉛和絵具と同時に使用可能な無鉛白盛絵具,無鉛黒盛絵具の開発を行った。また, 無鉛色盛絵具の色見本の作製も行った。
(表1 飲食器からの鉛溶出規格基準)

2.実験内容
2.1 着色元素の化学分析
業界で一般的に使用されている鉛を含有した白盛絵具について, 着色元素を調べるため化学分析を行った。黒盛については一般的には販売している絵具ではないため, ここでは絵具の分析ではなく黒色顔料の化学分析を行った。化学分析は粉末プレス法により試料を作製し, 蛍光X線分析装置(理学電機(株)製,システム3270E,50kV,50mA)で定性分析を行った。

2.2  無鉛フリットへの着色試験
2.2.1 無鉛白盛絵具の試作試験
無鉛フリットに白色となるであろう着色元素をそれぞれ添加し, 着色(発色)の状態,貫入の状態, 耐酸性について検討を行った。無鉛フリットに着色元素として, Al2O3,ZnO,タルク,MgO,TiO2,SnO2,ZrO2,ZrSiO4を外割で10.0mass%添加した。試料調整は, 無鉛フリット50gに各着色元素と水50mlを加えアルミナポットミルで90分間, 湿式粉砕・混合した。各添加試料0.75gを磁器素地に33mm×33mmの面積に均一になるように塗布し, 絵付け試料とした。各試料を電気炉で850℃まで270分で昇温させ15分間保持後, 自然冷却し評価試料とした。
着色状態については, 評価試料を目視により判断した。貫入の状態については, 評価試料を更に850℃で2度焼成を行い(合計3度の焼成を行い), 目視により貫入の有無を確認し, 更にガムテープを絵具表面に張り付け剥がすことにより剥離傾向の確認を行った。耐酸性については, 評価試料を4%酢酸溶液中に24時間浸し, 酢酸溶液中に溶出したアルカリ成分(NaとK)を耐酸性の指標として測定した。

2.2.2 無鉛黒盛絵具の試作試験
  無鉛フリットにCr2O3-Fe2O3-CoO, Cr2O3-Fe2O3-CoO-NiO, Cr2O3-Fe2O3-MnO2-CoO-NiOの黒色顔料を外割で10.0mass%添加し, 2.2.1と同様の手順で試料調整を行い着色の状態,貫入及び剥落傾向の状態, 耐酸性について検討を行った。

2.3 無鉛不透明盛絵具の量産試験
  2.2では50g程度の実験室レベルの調合であった。ここでは, 無鉛不透明白盛及び黒盛絵具について実際の絵具製造工程(絵具業者の絵具製造条件)において, 1バッチ2.0kg規模の調合を行った。調合した絵具について着色状態, 貫入の状態, 耐酸性について評価を行った。
また, 調合した絵具について実際に手描きを行ってもらい使い易さについて評価を受けた。

2.4 無鉛色盛絵具色見本の作製
白及び黒以外の色合いについて無鉛不透明色盛絵具の色見本を作製した。色素は, 業界で比較的簡単に入手可能な顔料を使用した。青(グリーン)系統6種類, 紺青(ブルー)系統6種類, 黄系統3種類, 紫系統3種類について作製した。また, 黒色顔料同様に各顔料について化学分析を行った。

3.結果及び考察
3.1 着色元素の化学分析
8種類の白盛絵具を化学分析した結果, 5種類の絵具でSnO2が, 4種類の絵具でZrO2が白色の着色色素として使用されていた。SnO2とZrO2の両方を含んでいる絵具が2種類あった。また, CeO2を着色色素として使用している絵具もあった。
4種類の黒色顔料を化学分析した結果, 2種類の顔料でCr2O3-Fe2O3-CoO-NiOが, Cr2O3-Fe2O3-CoO及びCr2O3-Fe2O3-MnO2-CoO-NiOが使用されていた。

3.2 無鉛フリットへの着色試験
3.2.1 無鉛白盛絵具の試作試験
表2及び図1に無鉛フリットへの各着色元素の試験結果を示す。着色の状態を確認するために絵具の下に呉須を使用して線描を行った(図1参照)。貫入状態及び耐酸性評価の比較として, 無添加の透明な無鉛フリットのみ(無添加)の結果も示す。着色の状態では, Al2O3,ZnO,タルクではほとんど着色せず透明であった。TiO2では黄色味を帯びたクリーム色になった。MgO, SnO2,ZrO2,ZrSiO4で白濁したが, MgOでは絵具表面が平滑な状態ではなく, 目的の絵具としては使えない状態であった。着色しなかったAl2O3,ZnO,タルクで貫入が見られた。その他着色した試料では貫入がみられなかった。剥落については, どの試料おいてもその傾向は見られなかった。耐酸性については, 溶出したNaとKの合計量について3試料の平均値を個々の溶出量として表に示した。Al2O3,ZnO,タルク,MgOでは大幅に溶出量が増加する結果になった。TiO2,SnO2では大きな変化は見られず, ZrO2,ZrSiO4で溶出量が減少する結果になった。
SnO2及びZrSiO4について添加量を20.0mass%とし, 更に評価を行った。発色については, SnO2とZrSiO4で大きな差はなく何れにおいても十分な濃さの白色を得ることができた。貫入と剥落傾向については, SnO2とZrSiO4のどちらにおいてもみられなかった。耐酸性については, 無添加で0.50mg/l,SnO2では0.80mg/l, ZrSiO4では0.45mg/lの結果となった。以上の結果より, ZrSiO4を20.0mass%添加したもので発色状態,貫入の状態, 耐酸性の良好な無鉛白盛絵具を得ることができた。
(表2 白盛絵具の着色試験結果)
(図1 白盛絵具の着色試験結果)

3.2.2 無鉛黒盛絵具の試作試験
着色の状態では,何れの系統の顔料でも10.0mass%の添加量で十分な濃さを得た。黒の顔料は, 十分な濃さでは黒色になるが, 薄めた場合に黒でなく赤味や青味を帯びてくる場合がある。このため1.25mass%の添加量を少なくした(発色を薄くした)試料を作製し, 着色(色合い)の状態を検討した。若干, 濃淡の差がみられたが, 何れの系統の顔料も大きな色合いの変化はみられず黒色になる結果を得た。
貫入については,何れの試料においても無添加と同程度の発生の状態であった。剥落については, どの試料おいてもその傾向は見られなかった。耐酸性については, 無添加で0.50mg/lに対しCr2O3-Fe2O3-CoOで0.50mg/l, Cr2O3-Fe2O3-CoO-NiOで0.68mg/lと0.80mg/l, Cr2O3-Fe2O3-MnO2-CoO-NiOで0.65mg/lの結果となった。
更に添加量の検討を行い,Cr2O3-Fe2O3-MnO2-CoO-NiOの顔料を6.0mass%添加することで発色状態,発色貫入の状態, 耐酸性の良好な無鉛黒白盛絵具を得ることができた。

3.3 無鉛不透明盛絵具の量産試験
2.0kg調整した無鉛白盛及び黒盛絵具の絵付け焼成した結果を図2に示す。調整した絵具を焼成したもの(図2中で白盛・黒盛と記載)に絵具の表面及び下に線描を行い着色の状態を確認した。また,白盛及び黒盛絵具に無鉛フリットを加え,1/2の濃さ(白盛1/2,黒盛1/2と記載),1/4の濃さ(白盛1/4,黒盛1/4と記載)についても着色の状態を確認した。着色の状態について,業界の複数の方に評価してもらったところ,十分に使用可能な発色状態であるとの評価を得た。
貫入と剥落傾向については,白盛では貫入は見られなかったが,白盛1/2及び白盛1/4では僅かであるがみられた。黒盛(黒盛1/2及び黒盛1/4)では未着色と同様にみられた。また,3度の焼成を行ったが何れの試料においても剥落傾向はみられなかった。耐酸性については, 無添加では0.48mg/l,白盛では0.35mg/l, 黒盛では0.43mg/lの結果となった。
また,業界の方に絵付けを行ってもらい使い易さについて評価を受けたところ,他の無鉛絵具同様に使用できるとの評価を受けた。
(図2 試作した無鉛白盛・黒盛絵具)

3.4 無鉛色盛絵具色見本の作製
各色素について,絵具の下に線描した呉須線が見えなくなる(不透明になる)添加量(約20.0mass%),その半分の濃さの添加量,半分の濃さと白盛絵具を混ぜ乳濁させたものの3種類の色合いで色見本を作製した。この色見本については,各色合いの絵具の調整割合を確認することで,絵描き職人の方が個々人で調整し,使用することを目的としている。
また,各色素について化学分析を行ったところ,グリーン系統では緑味としてCr2O3が,青味としてCoOが,黄味としてPr6O11が使用されていた。ブルー系統では,青味としてCoOが使用されていた。水色でV2O5が使用されていた。黄系統ではPr6O11,Sb2O3,V2O5が使用されていた。紫系統ではCr2O3が使用されていた。

4.結  言
九谷焼上絵製品の完全無鉛化を目的として,無鉛白盛及び黒盛絵具の開発を行い以下の結果を得た。
(1) 従来の鉛含有白盛絵具では,着色元素としてSnO2及びZrSiO4が使用されていた。
(2) 黒色色素では,Cr2O3-Fe2O3-CoO-NiO, Cr2O3-Fe2O3-CoO及びCr2O3-Fe2O3-MnO2-CoO-NiOが着色元素として使用されていた。
(3) 着色試験の結果から,無鉛フリットにZrSiO4を20.0mass%添加することで良好な無鉛白盛絵具を得ることができた。
(4) 無鉛フリットにCr2O3-Fe2O3-MnO2-CoO-NiOを6.0mass%添加することにより,良好な黒盛絵具を得ることができた。
(5) 無鉛白・黒盛絵具について2.0kg規模の量産試験を行い,良好な結果を得た。
(6) 緑系6種類, 青系6種類, 黄系3種類, 紫系3種類の色合いについて色盛絵具の色見本を作製した。

謝  辞
  本研究を遂行するに当たり,無鉛白盛及び黒盛絵具の試作・評価に協力頂いた九谷上絵協同組合の皆様に感謝します。

参考文献
1)木村裕之.石川県九谷焼試験場研究報告.2002,p.17-20.
2)木村裕之.石川県工業試験場研究報告.2004,p. 67-70.